トゥーマウス

大好き丸

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第十八話 暴食の蝿皇

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 それは人の形を成した化け物。
 真っ白な逆髪で黒い顔。目の位置にある白い模様に耳まで避けた口、均等に生え揃った牙。傷だらけの体から黒紫のオーラを滲ませ、両手のグローブから湯気を出している。禍々しくも圧倒的な力。

「これが……トゥーマウス……」

 グラシャラボラスに翻弄されていた男は鳴りを潜め、最強の悪魔が降臨した。

 バゴンッ

 建物を破壊して垂直に向かってくるグラシャラボラス。その速度はアークの隊員たちの目では追いきれない。

『そう来なきゃな……』

「かぁっ!!」

 グラシャラボラスは左手のジャマダハルをリョウに向かって振り下ろす。それを右足を軸に左足を前に出して避ける。この速度は本来なら避ける事は不可能だが、強化されたこの身なら大抵の事が可能だ。

 ドボッ

 そのままアッパーカットで腹部を殴り上げる。

「ごふっ!?」

 抵抗する事も出来ず無様に打ち上げられた。衝撃波が辺り一面に吹き荒れる。どれ程凄まじい勢いで殴ったのか計り知れない。その衝撃波の影響はアークの面々も顔を隠すほどで「うわっ!」とか「きゃあっ!」など様々な叫びを響かせる。
 こんな勢いで殴られたら消し飛ぶだろうが、そこは名のある悪魔。中々しぶとい。だからこそこんなものでは許されない。死ぬまで殴る。

 ドンッ

 最早当然のように地面が陥没し、その身は弾丸よりも速くグラシャラボラスに向かって飛んでいく。痛みに耐えつつ、吹き飛ぶままに身を任せていたグラシャラボラスの目の前に絶望がやって来た。「はっ」としたのも束の間、顔面一発と胸部と腹部にそれぞれ二発、計五発を瞬時に殴られる。その音は全て重なって一つの音が鳴り響いた様に聴こえる。

 ドパァンッ

 まるで花火の様な音でさらに上に打ち上げられる。だが、この空には限界が存在した。

 バジィッ

「がはぁっ……!!」

 結界だ。かなり広い範囲でドーム状に結界が張られていた。鳥かごのように閉じ込めて中からも外からも出入りを拒む。
 殴られた箇所は焼け爛れた上に凹んで戻る事は無い。結界に打ち付けられたグラシャラボラスが体を開いて無防備になった所をリョウの手が伸びる。ガシッと首を掴むとジュワッと首を焼いた。

「ぎっ……!!」

『なぁ……今どんな気持ちだ?』

 ブォンッ

 そのまま下に向かって投げる。自然落下とは違う、羽を広げる事もままならない程の勢い。リョウは結界を地面に見立てて、上から下に飛ぶ。

 パキィンッ

 結界もこの勢いに耐える事が出来なかった。足場にした場所に亀裂が入り、それを起点に結界が崩れ出した。
 そんなことはお構いなしにグラシャラボラスを追う。リョウの体には空気の膜が纏わりつく。その膜を超えた時ドンッとまたも花火のように辺り一面に木霊する。リョウはこの時、音速を超えた。
 ようやく羽を広げる事が出来るまで速度が落ちたグラシャラボラスはとにかく羽を広げて減速を試みる。しかし減速をリョウは許さない。

 ズンッ

 音速を超えた突撃はグラシャラボラスの腹部に刺さり、そのまま地面まで真っ逆さまに落ちた。

 バガンッ

 リョウが敵を追う為に踏み抜いた穴を広げるように丁度その場所に落ちる。地下鉄が通る空洞の中に瓦礫と共に落ちてさらにクレーターを残す。隕石の衝突と変わりない。
 キラキラと落ちて消える結界の破片が妙にきれいに見えた。
 羽根が舞い落ちる。名前にもある自慢の黒翼はあらぬ方向に折れ曲がり、もう飛ぶことはできないだろう。体も所々へし折れて満身創痍といった所だ。さらに聖なる鉄拳で殴られた箇所は殴られすぎた為か炭と化していた。

「ここ……こんなことがあってはならない……キサマ……キサマは一体何者だ!!」

 動けぬ体で本来口もきけぬ程痛めつけられても元気に声を出す。この世の者でない事をまざまざと認識させられる。その元気さが鼻に付いたのかリョウは胸部を穴が開く勢いで思いっきり踏んづけた。
 ベキゴキッと痛々しい音が鳴り響き、「がふっ!」と血の様な黒い液体を吐き出した。

『……そうだな……このまま知らせずに殺しちまうのも悪くはないが、冥土の土産って奴だ……』

 グラシャラボラスの頬を握って鼻先に顔を寄せる。ジュゥゥッと顔を焼きながら近くまで寄ると苦しみながらも怒りの表情で睨みつける。その目を見ながらリョウはニヤリと笑った。

『……よく聞け、こいつはベルゼブブ。”暴食の蠅皇”ベルゼブブだ……』

 リョウの頭の上で軽口を叩いていたとは信じられない程強大な悪魔の名前が出てきた。

 ベルゼブブ。
 教会が遠い昔に定めた七つの大罪。”憤怒””傲慢””強欲””嫉妬””堕落””暴食””色欲”の内、”暴食”を担う地獄でも指折りの悪魔。

 二つ名に”皇”を冠する事を許された七柱の一つ。神に背いた堕天使ルシファーが認める、並び立つものがいない頂点捕食者。
 その名を聞いた途端、グラシャラボラスの反抗的な目は一気に怯えた目になる。

「ひっ……ベルゼブブ様……?そんな馬鹿な……彼女はあの地から動く事は無いはず……ハッタりだ……」

 その怯え切った顔を想像していたリョウはより一層笑顔になった。

『……試すか?こいつの腹の中に入って存在ごと消える恐怖を噛み締めながら……二度と復活することの無い永劫の暗闇に落ちてみるか?』

 ガパァッと口が開く。口内は舌が見えるがその先は永久とこしえの闇。自分が作り出す闇など月の下の夜くらい明るく感じる。

「ひぃぃぃっ……!!おやめください!!このまま消滅させてください!お願いします!!」

 懇願。死を前にすれば人も悪魔も変わらない。

『……良い悲鳴だ……まさに甘美な……いや、止めよう。もうお前に付き合ってる場合じゃないんでな……もう死ね』

 手を振り上げてグラシャラボラスの顔面を穿ち抜いた。

 バキャッ

 頭がはじけ飛んで炭になる。頭の崩壊を皮切りに全身が灰となった。舞い落ちた羽根も灰になって消えた時にポツリと呟く。

『……また会おうぜ……駄犬』

 グラシャラボラスの死を見届けた後、また勢いよく地上に戻る。そこにはあまりの衝撃に立ってられなくなったアークの面々がへたり込んでいた。

『よう……大丈夫か?』

 隊長はへらっと笑う。

「倒したみたいだね……ほんと今回ばかりは死んだと思ったねお姉さん……じゃあ、もう帰りたいとこだけど……」

 といって振り向くと、丁度少女がこちらに歩いてくるのが見えた。

「まだダメっぽいよね……」

 件の少女。本来ならほとんど被害なく終わる所だった作戦を台無しにして、3チームをあの世に送った張本人。

『……探したぜ……リナァ……!』

 悪魔化したリョウに睨まれながらもリナは朗らかに笑って見せた。

「わぁ久しぶり!お兄ちゃん!」
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