「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜

大好き丸

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2章

16、影の大狼

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 洞窟を出たレッドはベルク遺跡で入手した欠片を眺める。安請け合いから始まった女神復活の手助け。ちょっとアヴァンティアまで足を伸ばして親友に合うだけの旅だったはずなのに。

「……こんなことになるとは……」

 ベルク遺跡の欠片とは違う欠片を取り出す。勇者が作ったとされる少女の姿をしたゴーレム。その命の源となっていたクリスタル。彼女の願いに渋っていたレッドだったが、ミルレースの説得もあってレッドは決心した。

『立派でしたよレッド。彼女もさぞ喜んでいることでしょう』
「やめてくれミルレース。例えそうだったとしても彼女の命を奪ってしまったのは事実だ。少し……そう、少しだけ1人にしてくれないか?」

 落ち込むレッドにこれ以上掛ける言葉もなく、ミルレースは気を利かせて少しでも遠くに離れることにした。欠片が本体である以上離れるにも限界があって、それほど遠くには行けないが、木の陰に隠れることくらい出来る。

『!?……レッド!!』

 舌の根も乾かぬうちの呼び出しには流石のレッドも険しい目を向ける。だが呼び出された意味を知れば、ちょっとした苛立ちなど忘れてしまう。
 そこに居たのは見たこともない巨大な狼。体高が5mはあり、ただ立っているだけでレッドを見下ろせる。影を切り取ったかのように真っ黒で、目だけが赤く輝く。その姿はこの世のものとは思えないほどに禍々しかった。

魔狼ファング……?いや、大き過ぎるな。それに魔狼ファングは銀色の体毛だ。真っ黒ってのは見たことがない。亜種?さしずめダークファングとでも呼ぶか……)

 グルルと喉を鳴らし、威嚇しているように見える黒い巨大な狼。レッドはクリスタルを懐に仕舞ってゆっくりと立ち上がる。
 間合いは精々10m。ここまで接近を許すとは不覚以外の何ものでもない。

(いくら探知能力に自信がないといっても……このデカさに気が付けないものか?まるで今この時この瞬間に出現したような……)

 しくは単純に自分の探索能力がまったく機能していないと見るべきか。

「……いや、些細なことだ……」

 レッドは剣を鞘から抜き払う。

『なっ?!正気ですか!?』
「あれだけの巨躯だ、俺が全力で走っても逃げられない。戦う以外に道はない」
『で、ですが……ブラックサラマンダーの時とは違うのですよ?戦力に差がありすぎると言うか……』
「俺には仲間がいない」

 ミルレースはハッとしてレッドを見る。その横顔は悲しみに満ちていた。

「この不利を打開するなら前衛の俺が飛び込み、後衛が追撃するチーム戦以外にない。回復を支援出来る司祭プリーストやアイテムを使いこなす盗賊シーフみたいな後衛がいれば先ず死ぬことはない。さらに固定砲台なんて言われてる魔術師ウィザードやそれに類する魔法使いマジックキャスターがいれば、無傷の勝利だって夢じゃない……」

 地面を踏みしめて前に進む。自ら間合いを縮めるのは、逃げずに戦うなら剣が届く範囲でないと手が出せないことと、敵が巨大故に懐に飛び込む方が死角があると踏んでのことだ。

「けど俺は1人だ。肩を並べて戦ってくれる仲間がいない。なら戦うしかないだろう?俺1人でも」
「ガウッ!!ガァオッ!!」

 狼は頭を低く下げ、戦闘態勢に移行する。いつでも飛び掛かってくる姿勢にミルレースの顔が青ざめる。

『レ……レッド……』
「大丈夫だ。俺は死なない。あの子と約束したんだからな……ミルレース。お前を絶対復活させてやる」

 レッドの覚悟が目の奥で真っ赤な炎となって燃えたぎる。それを知ってか知らずか、森の奥でゆらりと動く影が一つ。

「レッド=カーマイン……貴様の実力……試させてもらおうか……」



 突然レッドの前に現れた巨大な狼。これはレッドの考える魔狼ファングの亜種などではない。
 執事バトラーの産み出した存在であり、その名を”影の大狼シャドーガロン”。
 大国と互角に渡り合える程の中位級ドラゴンを、圧倒的に凌駕するバトラーのお気に入りである。

 試すと言いつつ最大戦力の1つを切ってくる。これを踏まえ、最初から生かす気などサラサラ無いことがよく分かる。

(ダンベルク様を単独で屠ったとするならば……シャドーガロンを退けることくらいは可能だろう……もし死ぬならば……その程度の者だったと言えよう……勇者を自称したあの男のように……)

 バトラーは鼻で笑う。勝てるわけがない。単独では……いや、例え冒険者チームであろうと無駄の極み。
 人類最高峰のチームと言われる”ビフレスト”クラスが10チームで囲んで一斉に攻撃すれば勝てるかも知れない。だが世界中掻き集めてもそれだけの水準に達しているのは精々5チーム。

 地上に住む人類を含めた生き物は脆弱だ。ダンジョンの奥深くを支配する魔族は、その1体1体が頭一つ以上抜けた強さを持ち、一度外界へと出れば下位のデーモンですら魔王として扱われる。
 人間は1ダンジョンを攻略した程度で全てのダンジョンを攻略したかのように息巻いているが、全ては魔族たちの気紛れで崩壊してしまう薄氷の上に立っているのだ。魔族たちという深淵に触れた時点で人類の負けは確定する。

「ガルルァッ!!」

 ドドッと地面を二度蹴り、相応の速度を持ってシャドーガロンはレッドに突っ掛けた。触れただけでプチっと潰れてしまうであろう前足にレッドは屈んで走り出す。

(愚かな……)

 シャドーガロンと視覚を共用するバトラーは、その行動に呆れる。死中に活ありと思っての行動かもしれないが、これはまったくの無意味である。
 シャドーガロンに死角はない。真っ赤で分かりやすい目が付いていることで正面や背後などを区別しがちだが、大元はバトラーの産み出した影の集合体。バトラーが第三の目となっている時点で、どこで何をして居るのかが把握されてしまう。
 バトラーの視覚を封じてシャドーガロンを孤立させるか、バトラー本体を狙うことが勝利の第一歩。つまりシャドーガロンの攻略法はバトラーを見つけるところから始まるのだ。

(やはりデーモンの吹聴か……勇者の水準にも達していない……軽く踏み砕いてしまおう……)

 ゴォッ

 レッドが懐に潜ってくることを予め知っていたかのようなシャドーガロンの前足。絶体絶命のピンチ。
 ミルレースも流石に目を瞑る。パチンと音を立てて真っ平らに潰れてしまうのが容易に想像出来てしまったから。

 ──ズンッ

 地鳴りがしてシャドーガロンの前足が地面に着く。だがそこにレッドの血は四散せず、レッドはシャドーガロンの後方に走り抜けた。

「……何?」

 バトラーの目に写ったのはレッドが剣の峰を前足の肉球部分に添えた瞬間である。ありえないことではあるが、象とイタチほどの重量差を剣一本でなした。
 同じ武器同士、拮抗し合った間合いの中で攻撃を往なすことは、達人同士の読み合いでなら考えられる。それもこれも質量に差がなかった場合にのみ有効な手段だ。
 であるなら不意に飛んできた巨岩を剣一本で往なすことは可能だろうか。
 答えは否。圧倒的な魔法で打ち砕くか、大仰に避けるしか道はない。

(だとしたら前足に添えた剣の峰はなんだ?……剣を犠牲に推進力を得て背後に回った?……いや、奴の剣は健在だ……何がどうなっている?)

 今までに見たこともない情景に頭が混乱する。とはいえ、背後に回り込んだから何だと言うのか。依然力量差は変わらずそのままである。ちょっと驚かされた程度で何でもない。

 ──ボッ

 レッドの剣が横薙ぎに振るわれた。左の後ろ足を切断しようとしての行動だろう。
 無駄な足掻きだ。ベルク遺跡に居たハイ・トレントの常時発動型パッシブスキルに物理無効が存在するが、それがシャドーガロンに付いていない訳が無い。それどころか、ハイ・トレント以上の無効を発揮する。
 レッドの剣が折れて絶望に歪む顔が目に浮かんでくるようだった。

「ギャウッ!!」

 だが現実はバトラーの予想を裏切り、剣はシャドーガロンの太い幹のような足を両断していた。足を一本失ったシャドーガロンは前方に飛び上がり、切られた足一本を浮かして情けなくひょこひょことバランスを保っている。

「フウゥゥゥゥ……ッ!」

 レッドの心臓は高鳴る。ほんの1mmでもズレていたら剣が折れていただろうと考える。
 勢いに乗った攻撃が運よく通ったが、もしハイ・トレントのように固ければ剣は刃こぼれを起こして使えなくなっていただろうとも感じた。
 レッドは自分の悪運に感謝する。

「正に紙一重の戦いだな。集中を切ることの出来ない綱渡りか……辛いな……」

 頭に掠めるのは昔の仲間たち。
 疲れたら背後に下がって補給も出来ただろう。危ないところを助けてくれるだろう。回復だってお手の物だ。
 レッドには居ない。ミルレースという観客以外には一緒に戦ってくれる仲間など存在しない。1年も前に追い出されたのだ。「お前と居るとつまんねぇ」と言われて。

「そうだ……勝って届けるんだ。これは俺への試練だ!」

 ゴーレムの背負った使命を受け継いだレッドは、心を奮い立たせて剣を握り、シャドーガロンに向けて走り出す。レッドの心胆を震わせる腹の底からの咆哮が、森一帯に響き渡った。
 シャドーガロンの目に恐怖の二文字が浮かんだ瞬間、斬撃は光の筋となって巨躯を走る。レッドの剣は地面を抉り、見上げるほどの巨体を数多の肉片へと分割していた。



 鬱蒼と広がる森林を音もなく真っ直ぐ走る。まるで木々が避けているかの如く、器用に障害物を掻い潜りながら速度を落とすことなく走り抜ける。

(何だったんだ?!あれは……!?)

 レッドの強さを垣間見たバトラーはシャドーガロンの死後、瞬時に踵を返して走り去った。

 あれは化け物だ。あれを人間とは呼べない。あれと戦うなど正気ではない。
 
 確かにこちらも単騎で向かわせた。本来であれば人間1人に対し、過剰戦力だったと言わざるを得ない。だからこそ図に乗った。立場をその身に分からせてやろうと息巻いていた。
 甘かった。
 大国を一息で潰せる力も、傷一つ負わないはずの頑強な体も、見た目だけで畏怖させる圧倒的なオーラも、何一つ効果がなかった。
 手も足も出ず、自慢の能力を引き出す間もなく瞬殺された。こうして逃げれているのが不思議なほどである。

 ダンベルクが1対1で敗れたのは真実だった。報告時、主人の癇癪で殺されたデーモンが憐れに思えた。

「この情報を……いち早くあの方々に……」

 敵から逃げる行為をこれほど正当化したのは生涯初だと言える。
 久しく忘れた恐怖が心を揺さぶる。もし慢心から主人の意向を無視してその身を怪物の前に晒していれば、死にはしなくてもタダでは済まなかっただろう。

 バトラーはこれ以降無心で走り続け、主人の下へと無事に到着する。



 レッドは街に戻る森の中、ゴーレムの言葉を思い出していた。

「敵は自分たちを皇魔貴族って言ってたそうだで。それぞれが無茶苦茶強い奴らで、人じゃ勝てないって聞いただ。勇者様が何とか1人倒したお陰でおらが居るだ」

 皇魔貴族。強さの序列を爵位とし、上下関係を定める能力至上主義の組織。
 ミルレースとゴーレムの言う救世主たる勇者は騎士ナイトの称号を持つ魔族に勝利し、女神の欠片を入手したのだという。
 レッドが倒したダンベルクは男爵バロンの称号を持っていた。ダンベルクが隠していた欠片が勇者の手に入れた騎士ナイトの欠片より小さかったことを考えれば、魔族はミルレース自体が封印出来ていれば欠片の大きさなど気にしていない。
 変な自尊心がない分、誰がどれだけのものを所持しているのかが分からない。もしかしたら持ってない奴が居ることもあり得る。
 酷い可能性だ。死ぬ思いで掴んだ勝利に、見合わぬ結果が待ち受けるなど考えたくもない。

(俺1人では無理だ……ダンジョンの攻略に時間が掛かる上に、移動にも時間が要る。それに敵がダンベルクレベルの能力を持っているなら、単独での撃破は困難だ。あの戦いは俺が先手を取れたから何とかなったが、次は後手に回らされるかもしれないし……)
『先程から黙って、何をお考えなのですか?』

 ミルレースは黙々と歩くレッドに優しく声を掛けた。

「大変なことだと思ってな……どうにもビフレストに託すだけじゃ終われない。勇者やゴーレムの思いを受け取った俺が、このまま背を向けるのは間違っている気がして……」
『なんと!それはもしかして……!』
「ああ、最後まで付き合うよ。俺なんかが参加したところで邪魔にしかならないだろうけど……」
『何を言い出すのですか!?むしろあなただけでも大丈夫ですよ!!』

 ミルレースは鼻息荒く胸元に両拳をギュッと添える。まるで憧れの有名人を見て興奮する少女のようなあどけなさを醸し出す。
 レッドはそんな反応に苦笑しながら首を振る。

「えっと……まぁ、ありがとう」
『お世辞じゃありませんよ?本心で思ってるんですから!』

 ブラックサラマンダーの群れを全滅させ、シャドーガロンを一蹴する力。自分を救ってくれたのは誰でもないレッドだった。それに気付いたミルレースは確信した。レッドこそが自分を復活させる本当の救世主なのだと。

 しかしレッドにとっては単なるおべっかに過ぎない。レッドにとっては魔獣をいくら倒せたところで意味はない。ダンベルクのような酷い仕打ちをしても部下が集まるような、そんな凄まじいカリスマ性を持っていれば自信もあっただろう。

 レッドはミルレースの言葉にただコクコクと頷いた。
 森の中で黄昏れるレッド。自分の見つけた新たな目標を胸に歩き出す。

「行くぞ。アヴァンティアへ」
『はい!……ところで……』

 ミルレースはキョロキョロと辺りを見渡す。

『……ここは何処でしょうか?』

 レッドはまたしても遭難した。
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