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第五十五話 夢
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黒塗りの高級車に乗ってしばらく走る。
車窓から外を眺めると、住宅街から街並みへと変化した。
「こうして同い年の友達と一緒に帰るのはわたくしの秘かな夢だったんです」
「そいつは何と言うか、ささやかな夢ですねぇ……そんな大役を俺なんかが叶えるとは……って、菊池の奴とは一緒に帰らないんです?」
その問いに対しては薄ら笑いと視線を車窓に移したところから察しがついた。
(菊池は飼い犬であって、友達ではないと?)それは何と言うか不遇という他ない。菊池は菊池なりのアピールの仕方をしているのだろうし、せめて友達とだけは認めてやって欲しい所だ。
きっとお兄さんも同じ気持ちだろう……と運転席を見るがバックミラーを覗き込んだりしてこっちを見るような真似はしない。当たり前の事と思っているのか、それとも悲しいけどそれどころではないのか、聞いていないのか。
「……しかし、やっぱ学校で噂されるだけはあるよな。市街地に邸宅があるとか?」
悪い空気を換えようと、外を眺めながら話題を変える。
「いえ、この辺りは確かにおじいさまがいらっしゃるのですが、わたくしの住まいは別にあります。ここに来たのはせっかくですし、春田さんにわたくしの夢をもっと叶えていただこうと、寄ったにすぎません」
「は?それは一体どういう事?」
春田が滝澤を見ると、すぐ傍に寄り添い、手をつなぎ始める。
良い匂いと共に手のぬくもりが直接与えられたことで、心臓が高鳴る。柔らかく繊細な手は絹のようにすべすべの気持ちのいい手だった。その一度も砂遊びすらしてこなかったような透き通る手で撫でまわされていると。
「お嬢様。友達というのは距離感が大事です。高校生の異性同士が手をつなぐなど、それは最早、恋人という間柄です。節度を守ってこそ友達足りえます。いきなり詰めすぎては勘違いの種です。冷静に行動をお願いします」
運転中の菊池は赤信号で止まったのを良い事に、ここぞとばかりに早口気味に捲し立てた。今まで我慢していた物が一気に噴き出したような、そんな空気を感じる。
「単なるスキンシップよ。そうガミガミ言わないで」
春田の手を触りながら、興味深そうに観察している。
「何が面白いんだよ……俺の手なんざどこにでもいる男子高校生の手だぜ?菊池さんもああ言ってるしさぁ……」
春田はそう言いつつもされるがままだ。突然手を引いたり、嫌がった拍子に鼻でもぶつけた日には滝澤本人は許しても、傷物にしたと、インテリヤクザから半殺しにされることがあるかもしれないからだ…というのは建前で、滝澤の手の感触を味わっていた。(まぁ離さないんじゃ仕方ないよね)と言う感じに。
菊池兄は春田の聞き分けの良さに一つ警戒心を上げた。
「君、春田くんだったかな。何を考えているか知らないが、君も君だぞ。出会って二日ほどのお嬢様を前に……感動もなければ、恐れ多いという感情もないのか?」
(お?何だこいつ?)人が味方すれば、より調子に乗って、ガツガツ言ってくる。
(だから俺もそう言ってるだろ!)と喚き散らしたいが喧嘩をしに来たわけではないし、彼の言いたいことは分からないわけではない。守らなければならない存在に変な虫がついていて、毒かどうかも分からずにそれを手にとってキャッキャ遊ぶ姿を目にすれば、はたき落としたくなるのは当然の事だろう。
「菊池。あなたこそ慎みを持ちなさい。いい大人がわたくしの友達に対して説教などみっともないですよ。それにわたくしももう子供ではありません。自分の選んだ人と一緒にいる事にケチを付けられては、わたくしの観る目の無さを疑っているも同じ」
手をにぎにぎしながら、キリッとした目で菊池を叱りつける。
「も、申し訳ございません……」流石に言い過ぎたと反省したのか、口出しを諦めて運転に集中する。
「春田さん。菊池が失礼いたしました」
飼い犬の粗相を詫びる飼い主の構図だ。手をにぎにぎしながら。
「いや、菊池さんは悪くないよ。俺が釣り合わないのが悪いんだしな」当然という風を装い、家まで送らなくてもいいからこの場での開放を望んでいた。
「許して下さるのですね。寛大なお方……。お詫びと言っては何ですが、お茶でもいかがですか?」
(勘弁してくれ……)早く帰りたかったし、最初からそのつもりだったろうと思う。ささやかな夢の正体は下校時の買い食いだろうと察しが付く。だが、ここまでお膳立てされて、断る事が出来るだろうか?
「あぁ……気にしないでくれ。俺は別に……」
(断るとも。面倒くさいしな!)第一、お嬢様とお茶なんて、堅苦しいのは願い下げだ。これには菊池も内心ほっとしているだろうとチラリと運転席を見る。
それを見て、菊池のせいでこうなったと勘違いした滝澤が無表情で、菊池を見る。
「……菊池」
その一言は絶大の一言だった。ビクッと体が跳ねる。車が蛇行しなかったのは奇跡と言える。菊池は気持ちを落ち着ける為、一拍置いて話し出す。
「春田くん。そう言わずに飲もうじゃないか。良い店を知っているから、そこに案内しよう」
震える声を我慢する菊池。それは怒りからか、それとも恐怖からか。
春田は胃がキュッとなる感覚を覚える。
今からヤクザの事務所に連れて行かれるような、恐怖と焦燥を味わいながら、何とかこの言葉を絞り出す。
「……わー、どんなところか…楽しみですね」
「本当に楽しみですね」
滝澤は春田に笑いかける。春田はその顔に張り付いた笑顔で答えた。
車窓から外を眺めると、住宅街から街並みへと変化した。
「こうして同い年の友達と一緒に帰るのはわたくしの秘かな夢だったんです」
「そいつは何と言うか、ささやかな夢ですねぇ……そんな大役を俺なんかが叶えるとは……って、菊池の奴とは一緒に帰らないんです?」
その問いに対しては薄ら笑いと視線を車窓に移したところから察しがついた。
(菊池は飼い犬であって、友達ではないと?)それは何と言うか不遇という他ない。菊池は菊池なりのアピールの仕方をしているのだろうし、せめて友達とだけは認めてやって欲しい所だ。
きっとお兄さんも同じ気持ちだろう……と運転席を見るがバックミラーを覗き込んだりしてこっちを見るような真似はしない。当たり前の事と思っているのか、それとも悲しいけどそれどころではないのか、聞いていないのか。
「……しかし、やっぱ学校で噂されるだけはあるよな。市街地に邸宅があるとか?」
悪い空気を換えようと、外を眺めながら話題を変える。
「いえ、この辺りは確かにおじいさまがいらっしゃるのですが、わたくしの住まいは別にあります。ここに来たのはせっかくですし、春田さんにわたくしの夢をもっと叶えていただこうと、寄ったにすぎません」
「は?それは一体どういう事?」
春田が滝澤を見ると、すぐ傍に寄り添い、手をつなぎ始める。
良い匂いと共に手のぬくもりが直接与えられたことで、心臓が高鳴る。柔らかく繊細な手は絹のようにすべすべの気持ちのいい手だった。その一度も砂遊びすらしてこなかったような透き通る手で撫でまわされていると。
「お嬢様。友達というのは距離感が大事です。高校生の異性同士が手をつなぐなど、それは最早、恋人という間柄です。節度を守ってこそ友達足りえます。いきなり詰めすぎては勘違いの種です。冷静に行動をお願いします」
運転中の菊池は赤信号で止まったのを良い事に、ここぞとばかりに早口気味に捲し立てた。今まで我慢していた物が一気に噴き出したような、そんな空気を感じる。
「単なるスキンシップよ。そうガミガミ言わないで」
春田の手を触りながら、興味深そうに観察している。
「何が面白いんだよ……俺の手なんざどこにでもいる男子高校生の手だぜ?菊池さんもああ言ってるしさぁ……」
春田はそう言いつつもされるがままだ。突然手を引いたり、嫌がった拍子に鼻でもぶつけた日には滝澤本人は許しても、傷物にしたと、インテリヤクザから半殺しにされることがあるかもしれないからだ…というのは建前で、滝澤の手の感触を味わっていた。(まぁ離さないんじゃ仕方ないよね)と言う感じに。
菊池兄は春田の聞き分けの良さに一つ警戒心を上げた。
「君、春田くんだったかな。何を考えているか知らないが、君も君だぞ。出会って二日ほどのお嬢様を前に……感動もなければ、恐れ多いという感情もないのか?」
(お?何だこいつ?)人が味方すれば、より調子に乗って、ガツガツ言ってくる。
(だから俺もそう言ってるだろ!)と喚き散らしたいが喧嘩をしに来たわけではないし、彼の言いたいことは分からないわけではない。守らなければならない存在に変な虫がついていて、毒かどうかも分からずにそれを手にとってキャッキャ遊ぶ姿を目にすれば、はたき落としたくなるのは当然の事だろう。
「菊池。あなたこそ慎みを持ちなさい。いい大人がわたくしの友達に対して説教などみっともないですよ。それにわたくしももう子供ではありません。自分の選んだ人と一緒にいる事にケチを付けられては、わたくしの観る目の無さを疑っているも同じ」
手をにぎにぎしながら、キリッとした目で菊池を叱りつける。
「も、申し訳ございません……」流石に言い過ぎたと反省したのか、口出しを諦めて運転に集中する。
「春田さん。菊池が失礼いたしました」
飼い犬の粗相を詫びる飼い主の構図だ。手をにぎにぎしながら。
「いや、菊池さんは悪くないよ。俺が釣り合わないのが悪いんだしな」当然という風を装い、家まで送らなくてもいいからこの場での開放を望んでいた。
「許して下さるのですね。寛大なお方……。お詫びと言っては何ですが、お茶でもいかがですか?」
(勘弁してくれ……)早く帰りたかったし、最初からそのつもりだったろうと思う。ささやかな夢の正体は下校時の買い食いだろうと察しが付く。だが、ここまでお膳立てされて、断る事が出来るだろうか?
「あぁ……気にしないでくれ。俺は別に……」
(断るとも。面倒くさいしな!)第一、お嬢様とお茶なんて、堅苦しいのは願い下げだ。これには菊池も内心ほっとしているだろうとチラリと運転席を見る。
それを見て、菊池のせいでこうなったと勘違いした滝澤が無表情で、菊池を見る。
「……菊池」
その一言は絶大の一言だった。ビクッと体が跳ねる。車が蛇行しなかったのは奇跡と言える。菊池は気持ちを落ち着ける為、一拍置いて話し出す。
「春田くん。そう言わずに飲もうじゃないか。良い店を知っているから、そこに案内しよう」
震える声を我慢する菊池。それは怒りからか、それとも恐怖からか。
春田は胃がキュッとなる感覚を覚える。
今からヤクザの事務所に連れて行かれるような、恐怖と焦燥を味わいながら、何とかこの言葉を絞り出す。
「……わー、どんなところか…楽しみですね」
「本当に楽しみですね」
滝澤は春田に笑いかける。春田はその顔に張り付いた笑顔で答えた。
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