魔王復活!

大好き丸

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第八十八話 奇声

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春田は最初こそ走っていたが、通学路の半分くらいの所で疲れてゆっくり歩きだした。

朝早くに時間を気にして走って通学?
部活とかしていないし、時間に余裕がありすぎて遅刻する訳もない。早く出るのは遅刻しない事は勿論、ゆっくりのんびり登校したいからだ。

学校は楽しみではないし、できる事なら半日くらい寝て過ごしたいもの……でもそういうわけにもいかず、こうして早く出る。そういえば明日は休みだが、いつもの様に自堕落に過ごせそうにない。一人暮らしのささやかな幸せは、一人だからこそ享受できる。今の住まいに自分を含め、今後5人で過ごす事になるのだから、ルール作りとか生活用品の買い出しとか考える事は山積みだ。

「明日学校だし時間も余裕もないから考える暇ないな……」と放置したことは、休みの日に当たり前のようにしわ寄せがくる。

一人になるとどうしても一人の時の利便性が頭を過ぎる。何の気なしに顔を上げると、もう既に校門前まで到着していた。

「ん?」

ふと違和感を覚える。いつもよりちょっと早いせいもあるが、最近は虎田と登校を共にしていた為、一人でここまで来た事に久々の気分を感じていた。

教室で久しぶりの一人を満喫することを考え、少しワクワクしながら校門を跨ぐ。運動部は朝から元気に声を出しあって練習を欠かさない。そんなに強くないから運動部で全国大会にいくなんて稀も稀だが、そんな事など関係ないのだろう。若いとは良い事だ。

そんな時、「キィエェェ!!」という奇声が遠い体育館方面から聴こえた。春田は一瞬、鶏の鳴き声かと思ったが、この辺で飼ってる所なんてないし、高校ではもちろん飼ってない。
運動部をチラ見してみるが、この鶏の鳴き声はいつもの事なのか気にもしない。

(おかしいな……こんな声聞いた事も無いが……)

ほんの20分ほど早いくらいの違いで、この奇声を聞けるか聞けないかの違いがあるのかと不審に思った春田は、野次馬的な気持ちで体育館の方面に歩いていく。

だんだん大きくなる奇声は、奇声に近い気合の入った人の声であると確信する。その上でこの声は体育館ではなくその近くの道場から聞こえる事が分かった。

(道場といえば菊地か?)

彼女は現在空手部部長である。
朝からこんな大声で稽古に励んでいるのかと思うと、流石と言えるが、他の部員がついていけるのか不安になる。

(ま、俺には関係ないが……)

菊地がどんな稽古をして部員とどう接してようが、正直興味はない。道場から聞こえた奇声が何であるかが知りたかっただけだ。

春田は教室に行こうと踵を返した。

「春田 聖也?何をしている?」

目の前には菊地の姿があった。汗だくで肩からタオルをかけている。汚れてもいい服なのか、白地で派手な柄のTシャツに太ももを半分隠す程度の短パンを履き、ほんの少しスパッツが覗いている。
その菊池の後ろには同じような格好をした部員たちが思い思いの体勢で体を休めている。今ランニングから帰りましたよ、と言わんばかりの雰囲気だ。

「あれ?……なんで?」

振り返ってみたり、菊池を見たりで混乱する。この奇声の主は菊池ではない。それに気づいた菊池はその答えを春田に聞かせる。

「私だと思ったのか?光栄な事だが、あれは黒峰先生だ」

菊池は肩幅に足を開き、腕を組んで誇らしげに道場を見ている。
剣道部顧問、黒峰 美子。彼女は幼少期から剣道を習っているのもあって剣道四段を取得している。菊池の話を聞いていると、まだ若いのもあって顧問をする傍ら、自分も参加して心身を鍛え、社会人の全国大会にも顔を出しているらしい。

鬼の黒峰の気迫は剣道の試合でこそ発揮されると言って過言ではない。教室のアレがまだ優しい方だったのだと思い苦笑する。バシンバシンと竹刀の音が鳴り響き、奇声と共に踏み込む音がドンッと軽快に鳴る。実際に見ていないのに想像できてしまう程の音は凄いの一言だ。菊池も隣で目を瞑って堪能している。

「あの方が同じ道場で稽古なさっていると思うと身が引き締まるというものだ」

「ふーん。そんなものかねぇ……」

それだけ言うと踵を返す。

「ん?見て行かないのか?」

昔の自分なら喜び勇んで「やぁやぁ我こそは……!」と戦いを所望したかもしれないが、今の感性には全くそぐわない。武道を志す者には尊敬できるのかもしれないが、春田は無難に関わらない様にするだけだ。

「何の声か気になっただけだ。謎が解けたし、もう行くぜ」

その時、バァン!という大きな音と共に扉が開け放たれる。そこにいた全員が驚きのあまりビクッとなって固まる。立っていたのは手拭いを頭に巻いた黒峰だ。汗を拭った後なのか水滴が垂れる事も無く、凛々しく雄々しいその立ち姿は戦乙女ワルキューレを思わせる。いや、剣道である事を考慮すれば女侍か?

「……春田。お前か?」

その言葉にビビッて振り向く。その目は薄目に細めて、近視の眼鏡なしが焦点が合わず、よく見ようとしている様な訝しい顔をしている。ゲッと思ったが、別にどうと言う事は無い。気持ちを落ち着けて挨拶をする。

「あ、おはようございまーす」

気が抜けたような挨拶にピリッとした空気が流れる。この場の空気は黒峰に支配されている。切れる刀身のような黒峰本人にこんな返答をすればどうなるのか分かったものではない。みんな黙って様子を見る。

「……ちょっと来い」

黒峰は手招きをして春田を呼んだ。春田は(えー?)と思ったが、逆らわずに「はい……」と道場に入っていく。菊池たちは入るべきかを外で話し合っている。

春田はその様子を横目で恨めしく見ながら靴を脱ぐ。剣道部員は壁際に座らされ、ハァハァ言いながら息を整えている。黒峰の可愛がりという奴だろうか?疲れ切っている。黒峰は顧問室に入っていく。ついていけばいいのか分からなかったが、部員の前に突っ立ってるのも気が悪いので顧問室に入る。

黒峰は椅子にドスッと座り、春田をまじまじと見ている。

春田は目が合わせられず室内を見渡す。簡素な室内には3つの席があり、目立つ場所にホワイトボードが飾られている。そこには1ヶ月先くらいに試合が予定されていた。空手部の試合が最も早い。菊池が出るのなら興味がある。

「お前は……本当に春田だよな?」

「は?質問の意味がわからないのですが?」

黒峰はもうしばらく春田を眺めていたが、頭を振って「いや、忘れてくれ」と椅子に座りなおす。

「それよりどうだ?今からでも剣道部に入ってみないか?」

と何故か部活に誘われる。前回も断ったのにまた誘うとは意外にしつこい。

「いやぁ、すいません……何というか興味がないというか……」

「そうか……残念だ。惜しいな……これほどの気配、社会人の大会にもいないのだがな……」

練習中に突如感じた無視出来ない気配。貴重な練習を中断してまで辿ってみれば、自分の受け持つクラスの生徒が…ただの17歳の少年が錬士や教士と呼ばれる人達より上という衝撃。正に逸材。

(それにしても、どうして今まで気付かなかった?普段どうやってこの気配を消していたのか?)

春田は気配という言葉を聞いて目を逸らす。

(やっぱり分かる奴には分かるのか?隠しきれない前世の気配が……)

ポイ子との会話で気配に関して言及したが、一般人にも知覚されるレベルに達している。きっと前世を知る奴等が一気に増えたせいだろう。
今はまだ知り合いが気づく程度だが、その内、街中を歩くだけで視線を集めてしまう可能性はある。

ちょっとした恐怖を感じつつ、黒峰に向き直る。

「えっと……もういいですか?教室行こうと思うんですけど」

「ん?あ、ああ。すまない、ちょっと考え事をしてたな。もういいぞ」

ペコッと会釈して顧問室から出ようとすると「春田」と呼び止められた。

「……まぁ、その……なんだ。気が向いたらまた見学にでも来い。興味が湧いたら私も嬉しいからな」

それを聞いてどう応えるか迷う。現在不本意に覚醒してしまったこれは、無視できないというだけの存在感を振り撒き、相手に居場所を伝えるという迷子になった時に便利な能力である。それを何かと勘違いした事がこの反応に繋がっているのだ。黒峰が密かに期待する存在では断じてない。

「……ありがとうございます。機会があればまた見学します」

道場を横切り、さっさと出て行くと以外にも早く出てきた春田に空手部が目を丸くしていた。まだ入るかどうか悩んでいたらしい。大体、剣道部の室内とは別になっているのだから気にせず入ればいいのに何をしているのか?

菊池は春田に近寄る。

「何だったんだ?」

特に隠すこともないし、普通に話す。

「剣道部に勧誘されたんだよ。断ったけどな」

「先生が勧誘?バカな……」

「何驚いてんだよ……別に普通だろ?まぁ、あと一年しかいられない俺を誘うのは数合わせくらいしか意味ないけどな」

聞いた菊池含め、空手部のメンツは唖然としている。「あの黒峰が?」という顔だ。

「じゃあな。朝練頑張れー」

もう振り返らずに校内に入って行く。その後ろ姿を追った後、みんなで顔を見合う。信じられないといった顔で菊池が見渡していると、道場の出入り口にいつの間にか黒峰が立っていた。その目は春田が消えていった校内を見ている。

「惜しい……」

ポツリと漏らした後、頭を振って声を張る。

「よぉし!休憩終了!!早く並べ!!」

少し早い終了宣言。

それを聞いて空手部は菊池を見る。菊池としても春田の件が気になって集中が切れていたので、この剣道部内での指示は渡りに船だった。

「私たちも胴着に着替えて練習だ。水分補給を忘れないように」
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