魔王復活!

大好き丸

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第九十話 館川

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竹内の怨めしい目を尻目に教室を後にした。

休みの日にまで登校するなんて初めての経験だった春田は、恥ずかしい気持ちと新鮮な気持ちが相まって、不思議と清々しい気持ちになった。

授業のない学校には運動部の喧騒や吹奏楽の練習の音が響き渡る。しかしそこまでうるさいとも思わず、悠々と廊下を歩く。

すぐに帰ろうかと思ったが、勿体ない気がしたので購買に行く。
平日であればHRが始まる時間にジュースを飲むという、ある種の解放感を味わうことを思いついたからだ。可愛い思いつきな上、無意味なことだが、本人には名案だった。

ウキウキしながら購買に行くとフワッと香水が香ってくる。その瞬間に「あっ」と足を止めた。嗅いだことのある匂い。これに絡まれるのは厄介きわまりない。

(今日は休みのはずなんだが……)と自分にも刺さる事を頭の中でぼやきつつ、踵を返す。しかし、気付いた後ではもう遅い。

「は~るちん!」

ここからでは購買は死角になっていて気付かれないと思ったが、その死角となる部分からわざわざ顔を覗かせてこちらを見る、ゆるふわパーマのギャルがそこにいた。

彼女の名は館川。
木島のグループに属するコミュ力おばけ。グループ内のムードメーカー。幾人もの男の心を弄び、前にいたグループから追い出されたトラブルメーカーでもある。

今日来ているということは部活か、それとも竹内と同じ補習か?

「お、おはよう館川さん……」

逃げようとしていたのに行動が遅かったために捕まってしまった。そして逃げようとしたのが後ろめたさにつながり、ギクシャクしてしまった。キョドッているその雰囲気に御しやすさを感じた館川は何故だか嬉しそうに春田に近寄る。

「ええ~?春ちんも補習?意外にバカなの~?」

ケラケラ笑いながら肩にもたれかかってくる。”も”のところで館川も補習であることがわかった。

「……補習ではないけど、今日が平日だと思い込んで登校した間抜けさ……」

困り顔で自嘲気味に笑う。それに対してやはり竹内と同様に、吹き笑いで応答する。

「ぷーっ!なにそれまっじめー!!あはは!おもしろー!」

(笑いたきゃ笑え……)と思いつつ、このウケ方には苛立ちを隠せない。眉と口角がピクピク思いに反して動く。
自分の事を棚にあげて他人を笑うのは如何なものか?指摘したら災いを招くだろうことは、火を見るより明らかなので、苦笑いで対応する。

「つーか館川さん時間あるの?さっき三國先生来てたぜ?もうそろそろ行った方がいいんじゃ……」

「あ、そう?さ~んきゅ」

去り際にポンッと肩を叩かれる。なにかにつけて触る。最近女性と関わることが多いためか前ほどドキッとはしなくなった。思ったよりあっさり終わった交流に肩透かしを食らった気になってなんだか安心した。歩き去ろうとする館川の後ろ姿を見送っていると、ふいに彼女は振り向いた。

「春ちんは~”こみゅ”やってんの~?」

「ああ、うん。やってるよ……」

脊髄反射で答えたが、少し後悔した。何故ならこの質問は登録の流れであると勘付いたからだ。またニコニコ嬉しそうに近寄ってくる。

「じゃID教えて~」

「ID」また新しい単語が出てきた。春田は携帯を取り出しわちゃわちゃする。

「え?ID?なにそれ?」

「ん~?もしかして設定してない?設定しとかないと、もし携帯壊れた時が大変だよ~」

こみゅはアプリを入れればすぐに起動し、多くの人とのコミュニケーションが可能となる。その為、IDやパスワード設定を忘れがちになる。これを設定していなければデータの喪失につながる。

「IDを設定しておけば~ID検索でも登録ができるから~便利だよね~」

とID設定についてレクチャーを受ける。半角英数を使ってIDを設定すると、ピロッという音と共に登録完了の文字が出てくる。館川の顔を写真で撮って切り抜いたアイコンとユーザー名の欄に”ひなちー”と書かれ、追加されていた。早速追加されたわけだが、早い事と同時に館川の名前が気になった。

「ひなちー?」

「言ってなかった~?私の名前は陽菜ひなっていうの~」

「ああ、だからひなちー……」

ぼんやり名前を眺めていると、館川は春田の顔を覗き込む。

「春ちんなら~陽菜って呼んでもいいよん?」

春田は一瞬顔が赤くなるかと思ったが、これが相手をたらし込もうとする手練手管だと思うとそれだけで冷静でいられた。自分が支配者であったという過去が同い年からの支配を拒んだ。というより正直カチンときたから何か言い返したくなったのが本音だが。覗き込んだ顔をまじまじと見ながら瞳を合わせる。

「そうか、ありがとう……陽菜」

自分が思う精一杯のイケメンボイスで館川に囁いた。館川も相当な策士。この程度でどうこうなる筈もなく二人で微笑み合う…というのが春田の思い描いた理想の形。

しかしそうはならなかった。

「……え?」

館川はきょとーんとしている。そんな返しではなく、焦って否定するとでも思っていた顔だった。
これは恥ずかしい。完全に見誤った。

しかし春田は引き下がれない。いや引き下がれるわけはない。吐いた唾は元に戻りはしない。

「……あ、あはは~……なんかごめんね~」

グサッときた。休日を平日と間違えて登校してしまったより恥ずかしいことがあるとは夢にも思わなかった。

「あ!もうこんなじか~ん。補習に出なきゃ落第しちゃ~う」

この痛々しい空気を変えるならそれしか無い。元々教室に行こうとしていたのだからこれは正しい。

「あ、うん、頑張って」

それ以外もういうことは無かった。館川も「じゃねっ」といってそそくさと教室に向かっていった。

「……帰ろ……」

心が折れた春田は購買でジュースを買う気力すら失い、肩を落として玄関口に向かって歩き出した。

館川は教室に向かう途中で高鳴る胸を抑えられなかった。恥ずかしさのあまり焦点が合わず、立ち止まる。春田の前ではなんとか耐えられたが、今思い返してみるだけで頬は赤く染まり、頭から湯気が出そうだ。

(ありえない……この私が?)

かっこいい男に惚れるならまだ分かる。例えば人気イケメンアイドルとか、運動部のイケメンとか、街でたまに見かけるお金持ちのイケおじとか。当然そういう男性に近づいたり、楽しく遊んだ経験がある。ときめいたことだって数知れない。
だがあくまで遊びだし、向こうも一線引いているところはあったから、本気にならずに楽しめていた。

かたや、病的なふつメン。身長もまぁまぁだし、鍛えているわけでは無いそんな男に……。

これはときめきでは無い。揺れ動いた程度などとっくに超えている。本人の考えを言葉にするならこれは「本気ガチ」。自分でも信じられないほど心を堕とされた。

「き……気のせい気のせい~」

館川は少し休んで教室にたどり着く。自分の心を誤魔化しつつ元気いっぱいに「おはよ~」と教室に入った。
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