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第113話 滝澤邸
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「えー!何この可愛いの!?」
転移の魔法を使用し、春田たちはヤシャがどうしても手離さなかった子犬を2匹連れて一瞬で帰宅した。アリシアとニーナは出る時とあんまり変わらない姿勢で出迎えたが、ヤシャの持つ段ボールの中身を見てようやく動き出した。あんなに頑固にコントローラーにこびりついたアリシアの手がスルリと離れて子犬にご執心だ。
「おいおい。まだ汚いから洗ってからにしろよ」
かわいいと言っても野ざらしだったわけで、毛が汚いだろうし、ノミやダニがいたのでは堪ったものではない。早いとこ洗ってやるのが得策と考える。
「じゃあたしが洗う」
と言って風呂場に直行するアリシア。1匹だけささっと持っていってしまう。
「待て待て。これは私が拾ってきたんだぞ?私が洗う」
ヤシャも負けじと1匹持って風呂場に向かった。
「おいヤシャ、ダメだって。今から迎えが来るんだからお前が入っちゃダメ。ナルルは……」
「なぜわらわが畜生を洗わねばならんのじゃ?」
言う前に先手を打たれた。
「じゃポイ子。ポイ子に任せろ」
「お任せください!」
ポイ子は胸を張ってドンッとその胸を叩く。
「何が任せろだ。毒持ちは黙ってろ」
ヤシャは警戒して子犬を手放さない。
「くそっ!ダメか!マレフィアは……!?」
マレフィアは椅子に座ってうつらうつらして、すごく眠そうにしている。疲れたのだろう魔力を使わせすぎた。そんな時ちょんちょんっと肩をつつかれた。
「聖ちゃん。私がいるじゃない?」
ニーナがウキウキしながら春田にアピールする。
「……良いのか?」
「良いよー。その代わり今日も泊めてくれる?」
「え?!」と思ったが、背に腹は代えられない。すぐ来るかも知れないのだからここはお願いしようと腹が決まる。
「ヤシャ。子犬をニーナに預けろ」
ヤシャは嫌そうな顔をしたが、預けられるような適任がアリシアとニーナしかいない。毒持ちだからポイ子に渡したくないといった手前、ならばとニーナが声を上げたのに否定する事は出来ない。ヤシャは渋々ニーナに手渡す。
「ふふ~ん。じゃ、お風呂借りまーす」
「おい、大切に扱えよ?アリシアにも言っといてくれ」
「は~い」と呑気に返事をして風呂場に入っていった。いつまでもその背中を追っているように見つめるヤシャに水を差す様にチャイムが鳴る。
「あ、ほらな?すぐ来るって言ったろ……」
自分で言っててなんだが、何で住んでる場所を知っているのか不思議になった。そこでふと気づく。学校は東グループの傘下にある。情報を手に入れるくらい訳ないだろう。頭を振って考えを振り払う。玄関に行き、ドアを開けると予想通り黒ずくめの男が立っていた。顔を確認すると菊池兄である事が分かる。
「あ、どうもこんばんわ」
「ああ、ヤシャさんはいるかな?」
「ここだ」
すぐ後ろからぬぅっと現れる。
「これはヤシャ様。お迎えに上がりました。お車を用意しておりますので、下まで降りていただくようお願い致します」
深々と礼をする菊地兄。「うむ」と一つ頷くとドア枠に角をぶつけないように屈んでくぐる。
「あーお兄さん?俺もついて行って良いかな?」
春田は遠慮気味に質問する。
「は?ダメに決まってるだろ」
即答だ。しかし、春田は食い下がる。
「いや、そこを何とかお願いしますよ」
少し卑屈が入った低姿勢で懇願してみる。
「ダメったらダメだ。お嬢様はヤシャ様をご指名なんだぞ?」
取り付く島もない。だが、やはりヤシャだけでは不安だ。このまま行かせてヤバい事になっても責任は取れない。せめて一度、目の前でどんな仕事なのか見ないことには安心して送り出せない。
「菊地よ、聖也も連れていく。なに、邪魔にはならんだろう」
ヤシャ自身も動向をお願いする。菊地兄は二人の……というよりはヤシャのお願いに逡巡する。自分では決めかねたのか「少し待て」といって携帯を取り出し、こそこそと階段側に行って話し始めた。しばらくして「……畏まりました」と携帯を懐に仕舞うと戻ってくる。
「許しが出た。お前も来い」
偉ぶった態度にヤシャが少しピリッとするが、当の春田が気にせず「よっしゃ!」とガッツポーズを決めたので調子を戻した。下に降りると前回のヤシャの事を思ってかマイクロバスが駐車されていた。
「お嬢様の計らいでございます。どうぞ中に……」
とドアを開いた。ヤシャが座っても角に大分余裕がある。春田とヤシャが乗り込むのを確認すると菊池兄が運転席について「発車します」と一言。公道に出ると迷うことなく滝澤邸に真っ直ぐやって来る。
「でかいな……」
その大きさに驚愕する。豪邸と言って差し支えない。外国にありそうな貴族階級の邸宅のイメージ。
「やっぱ大金持ちは違うな……」
「何を言ってる?お前は城に住んでたじゃないか。まったく……この世界に来て完全にマヒしているな」
呆れ顔で春田の顔を見る。
「まぁそうなんだが、そういう意味でじゃなくてな……?」
「無駄口を叩くな。詩織様の前では大人しくしていろよ」
春田にはとことん厳しい。車を門の入り口につけると金属の門が自動で内側に開いていった。そのまま庭先に進めると庭の真ん中の噴水を回り込んで建物の入り口付近に停車させた。
「噴水なんて手の込んだものを……」
無駄だとも思ったが、金持ちの示威行為に対して何か言うつもりもなかった。先に菊池兄が降りると車のドアを開け、ヤシャに降りるように催促した。春田もそれに便乗して降りると建物を見上げる。何かの施設の様な邸宅。振り返ると庭木もよく手入れされていてライトアップされている。天使の彫刻があしらわれていて今にも動き出しそうなほどリアルでさらに美しい。
「……おい」
その場で庭の鑑賞をしている春田に菊池兄はぶっきらぼうに声をかけた。
「ぼさっとするな」
菊地兄は獅子の頭が象られたドアノッカーを持つと三度ノックする。コンッコンッコン。ほどなくして入り口が開くとメイドが顔を覗かせこちらをチラリと一瞥した。黒のワンピースにフリル付きの白いエプロンが施されたいわゆるエプロンドレスを着用し、頭にはホワイトプリムを乗せたいかにもな出で立ち。(現実にこんな人がいるんだ)と感心してしまった。女性はニコリと笑うと「お待ちしておりました。どうぞ中へ……」と扉を大きく開き、中へ誘う。
「おお……」
中は思った通り豪華で広い。目の前にはでかい階段があり、真っ先に上の階がある事をこれでもかと主張する。周りは多くの美術品と絵画に囲まれ、ピカピカに磨かれた大理石の床と天井の大きなシャンデリアに挟まれる。だが決して息苦しくなく、どれも間合いを広くとれている。
「私はメイド長の鈴木と申します。以後お見知りおきを」
鈴木と名乗った美しい女性はスカートの裾をつまみ上げ、頭を下げた。見事なカーテシーを決めて挨拶を済ませると、手を前に組んでまたニコリと笑顔を見せた。
「お嬢様は現在支度中でございます。お部屋をご用意させていただきましたので、そちらでお待ちいただくようお願いします」
丁寧にあいさつした後「こちらへどうぞ」と案内される。メイド、ヤシャ、春田、菊池兄の順でぞろぞろ長い廊下を歩く。所々に装飾された廊下自体が美術品の様だと言える。そんな風景に目を奪われ、キョロキョロ見ながら応接室に通される。中には重厚な黒いテーブル、フカフカのソファ、アンティーク風の高級な家具が並び、壺や彫像や絵画が10帖くらいある部屋に邪魔にならない様に置かれている。
「お茶をお持ちします。こちらでお待ちください」
「私も手伝おう。そうだ、この部屋の物はどれも希少なもので、弁償は不可能だ。絶対触れるんじゃないぞ」
菊地兄は春田に指をさして釘をさすと、ヤシャをチラリと見て部屋から出て行った。
「あいつはどれだけ聖也の事が嫌いなんだ?なにか恨みを買うようなことをしたのか?」
「……滝澤さんに近付く悪い虫だと思ってるんだろうな。それか単に俺が気に食わないのか……」
二人並んでソファに座る。その辺にある美術品に目を向けながら大人しくしていると、そんなに間も空かずノックする音が聞こえてきた。「どうぞ」と了承の声を出すとメイドが数人やって来てお茶とお茶請けが運ばれてきた。お湯で温めたティーカップに紅茶を注ぎ、切り分けたケーキを皿に載せて目の前に出される。ヤシャは興味津々にその様子を眺め、春田はメイドたちの連係プレーに魅了される。用意が出来ると、先に案内してくれたメイドだけを残して他は退出した。
「どうぞ御召し上がりください。紅茶に砂糖を入れられるのであれば、そちらの入れ物に角砂糖がございます。遠慮せずお使いくださいませ」
メイドは一礼して壁際に立った。食べたり飲んだりして滝澤を待っていると、ノックする音がまた聞こえてきた。メイドがそっと覗くと「お待ちしておりました」とドアを開ける。そこにいたのは待ち人、滝澤 詩織。鮮やかな色のドレスを着込んで夜会でも参加するような出で立ちでやって来た。当然後ろから菊地兄が入ってくる。彼はそのままメイド長の隣に控えた。
「こんばんわ、春田さんにヤシャさん。お待たせして申し訳ありません」
一礼して入ってくる滝澤に目を奪われつつ慌てて挨拶する。
「……あ、こ、こんばんわ」
「うむ、待っていたぞ」
ヤシャはふんぞり返る。その態度は部屋に立つメイドの眉をピクリと動かすのに一役買った。自分の主人がこれから雇おうと言うのにその主人より上の態度を取られれば当然面白くはないだろう。菊地兄はヤシャの態度に眉一つ動かさない。彼も慣れたものだと思いつつ春田はヤシャを嗜める。
「ヤシャ、失礼だぞ」
ヤシャは「む?」と気付いたような顔を見せ、「……すまない」と滝澤に頭を下げた。妙に素直なヤシャに呆気にとられるメイド長と当然の顔立ちで見守る菊地兄。空気の読めないヤシャを空気の読める春田が制御する。それを思えば来てもらったのは間違いでない。しかしそれが単なる親族同士のノリではなく、主従関係であると滝澤は見抜く。その聡い目を瞼を閉じることで覆い隠すと、全く意に介していないように笑顔を見せる。
「お気になさらず。そのままで結構です」
滝澤が対面に座ると、メイドが待ってましたとお茶を差し出した。ティーソーサーを左手に持って右手にカップを持つと「しゅるっ」と一口すすった。流れるような一服が済むと顔をあげて二人を見る。
「今日はようこそおいで下さいました」
「いや俺たちの方こそ、呼んでくれた上に茶菓子まで出してくれるなんて思ってなかったから驚いたよ」
おどけた春田に対し楽しそうに「ふふっ」と笑って見せた。その雰囲気を残したままヤシャに目を向ける。
「お時間がかかりましたが、ヤシャさんにピッタリのお仕事がございましたので、どうかそのお力をお貸しいただきたく……」
「なるほど。私にピッタリの仕事か……」
体から湯気のような靄が立ち上がる。ヤシャを通して見た景色は全てが歪んで見える。先程から無礼な二人に内心憤慨していたメイドは、ヤシャの人間離れしたその様子に恐怖し、足が震えて動けなくなっていた。
「ヤシャ。まだ戦うと決まったわけじゃ……」
そんなヤシャを見ても怯えることなく水を差す春田。
「いえいえ、流石はヤシャさん。闘争の臭いを嗅ぎ取ったようですね」
その言葉に春田すらピリッとする。ヤシャを戦いに出すということは相手の命をも奪いかねない。その空気を感じ取った菊地兄は春田を薄目で睨んだ。警戒と闘争の空気、そして怯えと恐怖が混じったこの場所で、臆せず口を開いたのは滝澤だった。
「わたくしのお祖父様を完膚なきまでに叩きのめしていただきたいのです」
そしてその言葉はこの部屋の空気を一変させた。
転移の魔法を使用し、春田たちはヤシャがどうしても手離さなかった子犬を2匹連れて一瞬で帰宅した。アリシアとニーナは出る時とあんまり変わらない姿勢で出迎えたが、ヤシャの持つ段ボールの中身を見てようやく動き出した。あんなに頑固にコントローラーにこびりついたアリシアの手がスルリと離れて子犬にご執心だ。
「おいおい。まだ汚いから洗ってからにしろよ」
かわいいと言っても野ざらしだったわけで、毛が汚いだろうし、ノミやダニがいたのでは堪ったものではない。早いとこ洗ってやるのが得策と考える。
「じゃあたしが洗う」
と言って風呂場に直行するアリシア。1匹だけささっと持っていってしまう。
「待て待て。これは私が拾ってきたんだぞ?私が洗う」
ヤシャも負けじと1匹持って風呂場に向かった。
「おいヤシャ、ダメだって。今から迎えが来るんだからお前が入っちゃダメ。ナルルは……」
「なぜわらわが畜生を洗わねばならんのじゃ?」
言う前に先手を打たれた。
「じゃポイ子。ポイ子に任せろ」
「お任せください!」
ポイ子は胸を張ってドンッとその胸を叩く。
「何が任せろだ。毒持ちは黙ってろ」
ヤシャは警戒して子犬を手放さない。
「くそっ!ダメか!マレフィアは……!?」
マレフィアは椅子に座ってうつらうつらして、すごく眠そうにしている。疲れたのだろう魔力を使わせすぎた。そんな時ちょんちょんっと肩をつつかれた。
「聖ちゃん。私がいるじゃない?」
ニーナがウキウキしながら春田にアピールする。
「……良いのか?」
「良いよー。その代わり今日も泊めてくれる?」
「え?!」と思ったが、背に腹は代えられない。すぐ来るかも知れないのだからここはお願いしようと腹が決まる。
「ヤシャ。子犬をニーナに預けろ」
ヤシャは嫌そうな顔をしたが、預けられるような適任がアリシアとニーナしかいない。毒持ちだからポイ子に渡したくないといった手前、ならばとニーナが声を上げたのに否定する事は出来ない。ヤシャは渋々ニーナに手渡す。
「ふふ~ん。じゃ、お風呂借りまーす」
「おい、大切に扱えよ?アリシアにも言っといてくれ」
「は~い」と呑気に返事をして風呂場に入っていった。いつまでもその背中を追っているように見つめるヤシャに水を差す様にチャイムが鳴る。
「あ、ほらな?すぐ来るって言ったろ……」
自分で言っててなんだが、何で住んでる場所を知っているのか不思議になった。そこでふと気づく。学校は東グループの傘下にある。情報を手に入れるくらい訳ないだろう。頭を振って考えを振り払う。玄関に行き、ドアを開けると予想通り黒ずくめの男が立っていた。顔を確認すると菊池兄である事が分かる。
「あ、どうもこんばんわ」
「ああ、ヤシャさんはいるかな?」
「ここだ」
すぐ後ろからぬぅっと現れる。
「これはヤシャ様。お迎えに上がりました。お車を用意しておりますので、下まで降りていただくようお願い致します」
深々と礼をする菊地兄。「うむ」と一つ頷くとドア枠に角をぶつけないように屈んでくぐる。
「あーお兄さん?俺もついて行って良いかな?」
春田は遠慮気味に質問する。
「は?ダメに決まってるだろ」
即答だ。しかし、春田は食い下がる。
「いや、そこを何とかお願いしますよ」
少し卑屈が入った低姿勢で懇願してみる。
「ダメったらダメだ。お嬢様はヤシャ様をご指名なんだぞ?」
取り付く島もない。だが、やはりヤシャだけでは不安だ。このまま行かせてヤバい事になっても責任は取れない。せめて一度、目の前でどんな仕事なのか見ないことには安心して送り出せない。
「菊地よ、聖也も連れていく。なに、邪魔にはならんだろう」
ヤシャ自身も動向をお願いする。菊地兄は二人の……というよりはヤシャのお願いに逡巡する。自分では決めかねたのか「少し待て」といって携帯を取り出し、こそこそと階段側に行って話し始めた。しばらくして「……畏まりました」と携帯を懐に仕舞うと戻ってくる。
「許しが出た。お前も来い」
偉ぶった態度にヤシャが少しピリッとするが、当の春田が気にせず「よっしゃ!」とガッツポーズを決めたので調子を戻した。下に降りると前回のヤシャの事を思ってかマイクロバスが駐車されていた。
「お嬢様の計らいでございます。どうぞ中に……」
とドアを開いた。ヤシャが座っても角に大分余裕がある。春田とヤシャが乗り込むのを確認すると菊池兄が運転席について「発車します」と一言。公道に出ると迷うことなく滝澤邸に真っ直ぐやって来る。
「でかいな……」
その大きさに驚愕する。豪邸と言って差し支えない。外国にありそうな貴族階級の邸宅のイメージ。
「やっぱ大金持ちは違うな……」
「何を言ってる?お前は城に住んでたじゃないか。まったく……この世界に来て完全にマヒしているな」
呆れ顔で春田の顔を見る。
「まぁそうなんだが、そういう意味でじゃなくてな……?」
「無駄口を叩くな。詩織様の前では大人しくしていろよ」
春田にはとことん厳しい。車を門の入り口につけると金属の門が自動で内側に開いていった。そのまま庭先に進めると庭の真ん中の噴水を回り込んで建物の入り口付近に停車させた。
「噴水なんて手の込んだものを……」
無駄だとも思ったが、金持ちの示威行為に対して何か言うつもりもなかった。先に菊池兄が降りると車のドアを開け、ヤシャに降りるように催促した。春田もそれに便乗して降りると建物を見上げる。何かの施設の様な邸宅。振り返ると庭木もよく手入れされていてライトアップされている。天使の彫刻があしらわれていて今にも動き出しそうなほどリアルでさらに美しい。
「……おい」
その場で庭の鑑賞をしている春田に菊池兄はぶっきらぼうに声をかけた。
「ぼさっとするな」
菊地兄は獅子の頭が象られたドアノッカーを持つと三度ノックする。コンッコンッコン。ほどなくして入り口が開くとメイドが顔を覗かせこちらをチラリと一瞥した。黒のワンピースにフリル付きの白いエプロンが施されたいわゆるエプロンドレスを着用し、頭にはホワイトプリムを乗せたいかにもな出で立ち。(現実にこんな人がいるんだ)と感心してしまった。女性はニコリと笑うと「お待ちしておりました。どうぞ中へ……」と扉を大きく開き、中へ誘う。
「おお……」
中は思った通り豪華で広い。目の前にはでかい階段があり、真っ先に上の階がある事をこれでもかと主張する。周りは多くの美術品と絵画に囲まれ、ピカピカに磨かれた大理石の床と天井の大きなシャンデリアに挟まれる。だが決して息苦しくなく、どれも間合いを広くとれている。
「私はメイド長の鈴木と申します。以後お見知りおきを」
鈴木と名乗った美しい女性はスカートの裾をつまみ上げ、頭を下げた。見事なカーテシーを決めて挨拶を済ませると、手を前に組んでまたニコリと笑顔を見せた。
「お嬢様は現在支度中でございます。お部屋をご用意させていただきましたので、そちらでお待ちいただくようお願いします」
丁寧にあいさつした後「こちらへどうぞ」と案内される。メイド、ヤシャ、春田、菊池兄の順でぞろぞろ長い廊下を歩く。所々に装飾された廊下自体が美術品の様だと言える。そんな風景に目を奪われ、キョロキョロ見ながら応接室に通される。中には重厚な黒いテーブル、フカフカのソファ、アンティーク風の高級な家具が並び、壺や彫像や絵画が10帖くらいある部屋に邪魔にならない様に置かれている。
「お茶をお持ちします。こちらでお待ちください」
「私も手伝おう。そうだ、この部屋の物はどれも希少なもので、弁償は不可能だ。絶対触れるんじゃないぞ」
菊地兄は春田に指をさして釘をさすと、ヤシャをチラリと見て部屋から出て行った。
「あいつはどれだけ聖也の事が嫌いなんだ?なにか恨みを買うようなことをしたのか?」
「……滝澤さんに近付く悪い虫だと思ってるんだろうな。それか単に俺が気に食わないのか……」
二人並んでソファに座る。その辺にある美術品に目を向けながら大人しくしていると、そんなに間も空かずノックする音が聞こえてきた。「どうぞ」と了承の声を出すとメイドが数人やって来てお茶とお茶請けが運ばれてきた。お湯で温めたティーカップに紅茶を注ぎ、切り分けたケーキを皿に載せて目の前に出される。ヤシャは興味津々にその様子を眺め、春田はメイドたちの連係プレーに魅了される。用意が出来ると、先に案内してくれたメイドだけを残して他は退出した。
「どうぞ御召し上がりください。紅茶に砂糖を入れられるのであれば、そちらの入れ物に角砂糖がございます。遠慮せずお使いくださいませ」
メイドは一礼して壁際に立った。食べたり飲んだりして滝澤を待っていると、ノックする音がまた聞こえてきた。メイドがそっと覗くと「お待ちしておりました」とドアを開ける。そこにいたのは待ち人、滝澤 詩織。鮮やかな色のドレスを着込んで夜会でも参加するような出で立ちでやって来た。当然後ろから菊地兄が入ってくる。彼はそのままメイド長の隣に控えた。
「こんばんわ、春田さんにヤシャさん。お待たせして申し訳ありません」
一礼して入ってくる滝澤に目を奪われつつ慌てて挨拶する。
「……あ、こ、こんばんわ」
「うむ、待っていたぞ」
ヤシャはふんぞり返る。その態度は部屋に立つメイドの眉をピクリと動かすのに一役買った。自分の主人がこれから雇おうと言うのにその主人より上の態度を取られれば当然面白くはないだろう。菊地兄はヤシャの態度に眉一つ動かさない。彼も慣れたものだと思いつつ春田はヤシャを嗜める。
「ヤシャ、失礼だぞ」
ヤシャは「む?」と気付いたような顔を見せ、「……すまない」と滝澤に頭を下げた。妙に素直なヤシャに呆気にとられるメイド長と当然の顔立ちで見守る菊地兄。空気の読めないヤシャを空気の読める春田が制御する。それを思えば来てもらったのは間違いでない。しかしそれが単なる親族同士のノリではなく、主従関係であると滝澤は見抜く。その聡い目を瞼を閉じることで覆い隠すと、全く意に介していないように笑顔を見せる。
「お気になさらず。そのままで結構です」
滝澤が対面に座ると、メイドが待ってましたとお茶を差し出した。ティーソーサーを左手に持って右手にカップを持つと「しゅるっ」と一口すすった。流れるような一服が済むと顔をあげて二人を見る。
「今日はようこそおいで下さいました」
「いや俺たちの方こそ、呼んでくれた上に茶菓子まで出してくれるなんて思ってなかったから驚いたよ」
おどけた春田に対し楽しそうに「ふふっ」と笑って見せた。その雰囲気を残したままヤシャに目を向ける。
「お時間がかかりましたが、ヤシャさんにピッタリのお仕事がございましたので、どうかそのお力をお貸しいただきたく……」
「なるほど。私にピッタリの仕事か……」
体から湯気のような靄が立ち上がる。ヤシャを通して見た景色は全てが歪んで見える。先程から無礼な二人に内心憤慨していたメイドは、ヤシャの人間離れしたその様子に恐怖し、足が震えて動けなくなっていた。
「ヤシャ。まだ戦うと決まったわけじゃ……」
そんなヤシャを見ても怯えることなく水を差す春田。
「いえいえ、流石はヤシャさん。闘争の臭いを嗅ぎ取ったようですね」
その言葉に春田すらピリッとする。ヤシャを戦いに出すということは相手の命をも奪いかねない。その空気を感じ取った菊地兄は春田を薄目で睨んだ。警戒と闘争の空気、そして怯えと恐怖が混じったこの場所で、臆せず口を開いたのは滝澤だった。
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