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第114話 非合法
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「ちょっと待って下さい。お祖父さんを叩きのめす?何故です?」
当然の反応だろう。そして、その疑問は春田だけではない。メイド長の鈴木、付き人の菊地兄すら驚きのあまり目を丸くしている。
「うむ。私は一向に構わんぞ」
ヤシャは特別何てことないと腕を組んで肯定する。
「おいヤシャ!一体どんな事情かも知らないで受けるのは不味いだろ!」
春田は焦って肯定の取り消しを求める。
「なにか退っ引きならない事態でもあるのだろう。私は別に詮索するつもりもない。重要なのは金払いが良いかどうかだ」
よろず屋か賞金稼ぎみたいな事を声高に語る。それはその通りだが、いくらなんでも情が無い。お祖父さん本人がぶっ飛ばせと言うならまだしも、親族の、それも孫が祖父を殴れなんてよっぽどだ。お年玉をケチられてもそんな発想には至らない。ヤシャが聞くつもりは無いみたいなので、代わりに春田が聞くことにした。
「せめて理由を聞かせてください。ヤシャがぶっ飛ばしに行くほどの事なのかどうか見極めないと……」
ヤシャは人間ではない。車程度なら一撃で大破できる。そんな攻撃を真っ正面から食らえば大方死ぬ。
その一撃を食らう予定なのは滝澤 剛蔵(たきざわ ごうぞう)。
東グループを取りまとめる最大手企業グループの会長。食品、自動車、医療、銀行等。海外にも支社があり、ネット販売と通信事業にも手を出している。このグループだけで完結していると言われている財閥の最高権力者。
「理由は簡単です。わたくしのお祖父様の傲慢な天狗の鼻をへし折っていただきたいんです」
「天狗って……でもお祖父様となれば高齢じゃないんすか?」
「もう80になります」
そんな会長も今年で80歳。これだけを見れば会長の暗殺が目当てだとも思える。これを聞いてメイド長と菊池兄が「お待ちください!!」なんて止めに入る事すら幻視出来た。しかし、現実は違う。菊池兄は目が疲れたように目頭を押さえ、メイド長は俯き加減で黙りこくる。てっきり助け船が入るかと思ったがそんな事も無いようだ。そこまで人徳の無い人物なのだろうか?「鈴木、あれを……」と言うと、メイド長は一礼して部屋から出て行った。
「お祖父様は最近”裏格闘技”にご執心でご自分でも参加されて優勝までしてしまいました。調子に乗って大会の規模を広げようとしています。ご存じの通り、プロレスとかK-1と違って表舞台には出せない非合法の大会です。警察関係者も手を出せないからとやりたい放題なのです……」
聞いているとどうも本人を殴らなくてもいいような気がしてきた。裏格闘技にご執心というのは出資しているということ。裏でギャンブルでもして大富豪たちからお金を巻き上げているのだろうか?優勝というのも臭い。ちょっと参加してリングの上でパフォーマンスに興じたというのが正しいだろう。(戦うのはお祖父様とやらのお気に入りの格闘家の可能性が高い?)となれば叩くのはそのお気に入りか若しくはお祖父さんが賭けた格闘家のどちらかで決まりだろう。
ヤシャを見る。屈強な女戦士だ。筋骨隆々の赤鬼。この世界のどんな人間にも、いや生き物全てに勝てる。正に無敵と言って差し支えない。この筋肉を前にすれば機関銃すら意味をなさない。しかし、残念極まりない。こういう仕事をして欲しくないと思った矢先、裏格闘技なる非合法の仕事がやって来る。戦いこそが本分だとしてもこの世界では必要のない事。稼ぐなら仕方なしと諦めるしかないのか?
そんな事を考えているとメイドが何やら紙を持って帰ってきた。滝澤に手渡すと「ありがとう」と言って受け取る。その紙には裏格闘技に関する文書が綴られている。すぐ下にはサインする項目と血判印を押す箇所が設けられている。これは格闘家が非合法の大会に参加するための注意事項と共に口外しない事と、どんなことになろうとも主催者側は責任を取らない旨がしたためられていた。参加するだけでも一定の報酬は得られるが、優勝した暁には莫大な報酬と名誉が約束される。
「大会参加だけでもお金がもらえるのか……優勝するとどれだけもらえるんだ?」
ヤシャは興味津々にその項目を見ている。しかし、こういってはなんだがヤシャの優勝が決まっている出来レースという奴だ。こちら的にはありがたいが、出場してしまったが為にお偉いさんに睨まれる場合もある。このまま出場を見送るのも手ではあるのだが、ヤシャはそこまで思い至らない。というより必要がない。読み終わった頃合いを見て滝澤がそっとペンを置いた。「なぁ、ヤシャ。やっぱり……」と声をかけるが、すぐさまペンを取るとサラサラっとペンを走らせた。アルファベットでもなければひらがなでもカタカナでも漢字でもない。異世界で書き慣れた文字でサインを施す。
「これは……」
滝澤が読めずに困惑している。それを菊池兄もメイド長も覗き見るが読めなかった。
「私のサインだ。文句でも?」
「いえ、全く問題ございません。それでは血判を……」
そういうと菊池兄は黒い柄の飛び出し式ナイフを取り出しヤシャに手渡す。それを受け取るとすぐさま親指に刃を当てた。「ん?」だが切れる事は無い。「んん?」と何度かスライドさせたり突き立てようとして見るが、刃がミシミシ言い始めた所で「ストップストップ!」と春田が慌てて止めた。止めるのが遅かったか、切っ先が刃こぼれしている。
「ふんっ!よわっちぃ金属だ。こんなものが役に立つのか?」
ヤシャの思いっきりの良さに春田は内心諦める。一瞬頭を抱えそうになったが、結局ここまで金銭に対して敏感なのは働くことを強要した春田にこそあると気付いたからだ。ナイフを眺めた後テーブルの上に置く。「そんな……」メイド長は信じられないものを見た顔で後ずさる。菊池兄も同様だ。それを見て滝澤はニヤリと笑う。学校では決して見ることの出来ない顔でナイフを見ている。その顔を瞼を閉じる事でいつもの澄ました顔に変えると眉をハの字にした。
「困りましたねぇ。これでは出場できませんよ?」
「仕方ない……。俺が代理で押そう」
欠けたナイフを手に取ると躊躇なく指の腹を切る。傷を圧迫し血を浮かせた。
「よろしいのですか?」
「ヤシャもやる気だしな。俺が焚きつけたのもある。これくらい……」
サインをした誓約書に親指を押し付ける。指を離すとうまい具合に指紋の血判が出来上がった。
「お安い御用さ」
メイド長がすぐさま治療に当たる。消毒を済ますとサッとカットバンで傷を保護する。ヤシャはふふんっと得意気に腕を組み胸を張ると滝澤に目を向ける。
「さて、いつだ?」
滝澤はうっとりした目で春田を見た後、ヤシャに目を向ける。
「今からです。何かお伝えする事があれば携帯でどうぞ」
今日はナルルの手料理が食べられると期待していたのだが……。しょうがないとため息を吐いて携帯を取り出した。
当然の反応だろう。そして、その疑問は春田だけではない。メイド長の鈴木、付き人の菊地兄すら驚きのあまり目を丸くしている。
「うむ。私は一向に構わんぞ」
ヤシャは特別何てことないと腕を組んで肯定する。
「おいヤシャ!一体どんな事情かも知らないで受けるのは不味いだろ!」
春田は焦って肯定の取り消しを求める。
「なにか退っ引きならない事態でもあるのだろう。私は別に詮索するつもりもない。重要なのは金払いが良いかどうかだ」
よろず屋か賞金稼ぎみたいな事を声高に語る。それはその通りだが、いくらなんでも情が無い。お祖父さん本人がぶっ飛ばせと言うならまだしも、親族の、それも孫が祖父を殴れなんてよっぽどだ。お年玉をケチられてもそんな発想には至らない。ヤシャが聞くつもりは無いみたいなので、代わりに春田が聞くことにした。
「せめて理由を聞かせてください。ヤシャがぶっ飛ばしに行くほどの事なのかどうか見極めないと……」
ヤシャは人間ではない。車程度なら一撃で大破できる。そんな攻撃を真っ正面から食らえば大方死ぬ。
その一撃を食らう予定なのは滝澤 剛蔵(たきざわ ごうぞう)。
東グループを取りまとめる最大手企業グループの会長。食品、自動車、医療、銀行等。海外にも支社があり、ネット販売と通信事業にも手を出している。このグループだけで完結していると言われている財閥の最高権力者。
「理由は簡単です。わたくしのお祖父様の傲慢な天狗の鼻をへし折っていただきたいんです」
「天狗って……でもお祖父様となれば高齢じゃないんすか?」
「もう80になります」
そんな会長も今年で80歳。これだけを見れば会長の暗殺が目当てだとも思える。これを聞いてメイド長と菊池兄が「お待ちください!!」なんて止めに入る事すら幻視出来た。しかし、現実は違う。菊池兄は目が疲れたように目頭を押さえ、メイド長は俯き加減で黙りこくる。てっきり助け船が入るかと思ったがそんな事も無いようだ。そこまで人徳の無い人物なのだろうか?「鈴木、あれを……」と言うと、メイド長は一礼して部屋から出て行った。
「お祖父様は最近”裏格闘技”にご執心でご自分でも参加されて優勝までしてしまいました。調子に乗って大会の規模を広げようとしています。ご存じの通り、プロレスとかK-1と違って表舞台には出せない非合法の大会です。警察関係者も手を出せないからとやりたい放題なのです……」
聞いているとどうも本人を殴らなくてもいいような気がしてきた。裏格闘技にご執心というのは出資しているということ。裏でギャンブルでもして大富豪たちからお金を巻き上げているのだろうか?優勝というのも臭い。ちょっと参加してリングの上でパフォーマンスに興じたというのが正しいだろう。(戦うのはお祖父様とやらのお気に入りの格闘家の可能性が高い?)となれば叩くのはそのお気に入りか若しくはお祖父さんが賭けた格闘家のどちらかで決まりだろう。
ヤシャを見る。屈強な女戦士だ。筋骨隆々の赤鬼。この世界のどんな人間にも、いや生き物全てに勝てる。正に無敵と言って差し支えない。この筋肉を前にすれば機関銃すら意味をなさない。しかし、残念極まりない。こういう仕事をして欲しくないと思った矢先、裏格闘技なる非合法の仕事がやって来る。戦いこそが本分だとしてもこの世界では必要のない事。稼ぐなら仕方なしと諦めるしかないのか?
そんな事を考えているとメイドが何やら紙を持って帰ってきた。滝澤に手渡すと「ありがとう」と言って受け取る。その紙には裏格闘技に関する文書が綴られている。すぐ下にはサインする項目と血判印を押す箇所が設けられている。これは格闘家が非合法の大会に参加するための注意事項と共に口外しない事と、どんなことになろうとも主催者側は責任を取らない旨がしたためられていた。参加するだけでも一定の報酬は得られるが、優勝した暁には莫大な報酬と名誉が約束される。
「大会参加だけでもお金がもらえるのか……優勝するとどれだけもらえるんだ?」
ヤシャは興味津々にその項目を見ている。しかし、こういってはなんだがヤシャの優勝が決まっている出来レースという奴だ。こちら的にはありがたいが、出場してしまったが為にお偉いさんに睨まれる場合もある。このまま出場を見送るのも手ではあるのだが、ヤシャはそこまで思い至らない。というより必要がない。読み終わった頃合いを見て滝澤がそっとペンを置いた。「なぁ、ヤシャ。やっぱり……」と声をかけるが、すぐさまペンを取るとサラサラっとペンを走らせた。アルファベットでもなければひらがなでもカタカナでも漢字でもない。異世界で書き慣れた文字でサインを施す。
「これは……」
滝澤が読めずに困惑している。それを菊池兄もメイド長も覗き見るが読めなかった。
「私のサインだ。文句でも?」
「いえ、全く問題ございません。それでは血判を……」
そういうと菊池兄は黒い柄の飛び出し式ナイフを取り出しヤシャに手渡す。それを受け取るとすぐさま親指に刃を当てた。「ん?」だが切れる事は無い。「んん?」と何度かスライドさせたり突き立てようとして見るが、刃がミシミシ言い始めた所で「ストップストップ!」と春田が慌てて止めた。止めるのが遅かったか、切っ先が刃こぼれしている。
「ふんっ!よわっちぃ金属だ。こんなものが役に立つのか?」
ヤシャの思いっきりの良さに春田は内心諦める。一瞬頭を抱えそうになったが、結局ここまで金銭に対して敏感なのは働くことを強要した春田にこそあると気付いたからだ。ナイフを眺めた後テーブルの上に置く。「そんな……」メイド長は信じられないものを見た顔で後ずさる。菊池兄も同様だ。それを見て滝澤はニヤリと笑う。学校では決して見ることの出来ない顔でナイフを見ている。その顔を瞼を閉じる事でいつもの澄ました顔に変えると眉をハの字にした。
「困りましたねぇ。これでは出場できませんよ?」
「仕方ない……。俺が代理で押そう」
欠けたナイフを手に取ると躊躇なく指の腹を切る。傷を圧迫し血を浮かせた。
「よろしいのですか?」
「ヤシャもやる気だしな。俺が焚きつけたのもある。これくらい……」
サインをした誓約書に親指を押し付ける。指を離すとうまい具合に指紋の血判が出来上がった。
「お安い御用さ」
メイド長がすぐさま治療に当たる。消毒を済ますとサッとカットバンで傷を保護する。ヤシャはふふんっと得意気に腕を組み胸を張ると滝澤に目を向ける。
「さて、いつだ?」
滝澤はうっとりした目で春田を見た後、ヤシャに目を向ける。
「今からです。何かお伝えする事があれば携帯でどうぞ」
今日はナルルの手料理が食べられると期待していたのだが……。しょうがないとため息を吐いて携帯を取り出した。
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