一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?

大好き丸

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第六章 戦争Ⅱ

第三十七話 逆転

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 ウィーは後ろを振り返ること無く走る。ラルフが託したネックレスと使命を胸に、彼は制御室を目指す。制御室というのが何かも知らずに。
 転がりそうになるほど走って、いつの間にか知らない場所に来ていた。キョロキョロしながら場所を確認する。

『ここには印を付けておらんようじゃ。初めての場所に出たのぅ』

 ネックレスから聞こえてくる声に耳を傾けながらペタペタと歩く。足の裏の皮は厚いのでちょっとやそっとでは熱さ冷たさを感じる事はないが、ここは少し冷たい。歩く分には支障をきたさないが、気になる程度に冷たさを感じた。
 段々寒くなってきたウィーは両肩を抱えるように擦る。前に進むごとに寒いと感じることに気付いて立ち止まった。

『なんじゃ?どうした?』

「ウ……ウィ~……」

 心なしか声に震えが混じる。

『んむ?寒いのか?まぁその格好では仕方がないのぅ。儂が槍の状態なら何とでも出来たが、ちぃと我慢してくれい』

「……ウィー……」

 ラルフに抱えてもらっていた時は全く気にならなかったのに、ここまで寒いのは冷気が下に溜まる性質のせいだろうか?
 また歩くのを再開する。ペタペタ歩いていると少しずつ暖かくなってきた。運動していたからだろうか?いや、そうでは無く空気が暖かい。そこで立ち止まって振り返る。さっきのは何だったのか。

『ぬ?何か気になるのか?……見たところ、先と違って元気そうには見えるが……』

 アスロンもウィーの顔色を窺ってさっき通った場所を見る。二人はしばらく黙って眺めていたが、ふいにウィーがもと来た道を引き返した。

『……やはり気になる事があるようじゃな。良い良い、そなたは探索に秀でとる。感覚を信じよ。さすれば道は拓かれん』

 アスロンの意味深の言葉を聞き流し、一番寒いところに到着する。キョロキョロしながら何かを探すが、壁ばかりで何も見当たらない。手をかざして壁に触れる。こっちは冷たいが反対は何も感じない。冷たい方に触れ直し、ネックレスを眺めながら「ウィ、ウィ」と何かを伝えようとしている。

『ほう、ここが気になるのか?よし、ウィー。儂を壁に当ててくれい。そっとなそっと……』

 ウィーは慎重にネックレスを壁に当てる。また暫くそのままじっとしていると、今度はアスロンがふいに声をあげる。

『これは……ウィー、そのまま動くな』

 ネックレスが光を放つ。何が起こったのか気になるウィーはチラリとネックレスを覗き込むが眩しくて良く見えない。仕方なく光が収まるまでひたすら壁に付けていた。その内に光が収まり、淡く綺麗な光に変わる。

『ふぅ……お手柄じゃのぅウィーよ。まさしくこの先に儂らが探す制御室なるものがある。しかし、どうしたものか……今の儂ではこの先に進むことが出来ぬ……』

 壁に付けていたネックレスを離して手元に持ってくる。先も話した通り、ネックレスの状態では出来ることが限られる。このままではどうすることも出来ない。アスロンもかなり落ち込んだ様子で言葉を紡ぐが、そう悲観することではないとウィーは思う。何故ならウィーは気付いていた。走ってくるアルルの気配に。
 全ては運であると言える。もしアルルの方が捕まっていたら詰みだった。ラルフが捕まり、ウィーが放たれた事で通路の違和感に気付くことが出来た。しかしその実、用意したピースが嵌まっただけなのだ。ウィーはアルルと合流することでラルフに託された使命を果たした。



「!?……しまった!遅かった!!」

 船内を走り回っていたシャークとリーシャは、転移の罠を掻い潜る為に一度元の部屋に戻って来た。ここにいる筈のないラルフとその背後に立つイーファが見えた時、見失って割とすぐにラルフが捕まったのだと直感的に理解する。目の前にいる白絶と操られたミーシャを前に座らされるラルフは、端から見れば絶体絶命のピンチ。
 けれど状況はそう単純なものではなく、ラルフと白絶の間で不思議な空気が流れていた。

「……お前の勝ちだと……この期に及んで……まだ戯れ言を……」

 手の健を切られ、武器も持てず、血と言う名の命が流れ出す中にあって未だ負けを認めない。船内に流れる声の正体は気になるが、ラルフの顔がとにかく気に入らない。後ろでイーファがチャキッとラルフの頬に剣をかざす。いつでも斬るぞと脅しかけているようだが、その余裕を突き崩す事は出来ない。

「良いのかなぁ……俺にかまっている暇なんてないと思うぜ?」

「……なに……?」

 ラルフ以外の連中も若干ながら緊張が緩んでいる。何が起こっているのか定かでは無いが、言い知れぬ不安が白絶を襲った。

「アスロンさん!さっさとやっちゃって下さい!!」

 ラルフは天井に向かって大声を出す。

『うむ!任せろ!』

 それは船の外で起こった。船の影すら見えないほど覆っていた濃霧が晴れていく。雲が晴れるより速い。船の全貌が露になると同時に領域魔法の効力は消え失せる。その瞬間に白絶の魔法糸と、それに付随してあった洗脳魔法の効力も掻き消える。

「……!?」

 白絶の表情は誰の目にも分かる程驚いて固まっていた。魔法糸が取り付けられていたみんなの顔に生気が戻る。イーファはラルフの頬に向けた剣を慌てて離した。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 その瞬間に洗脳の効力が消えた事を知るラルフ。

「戻ったかイーファ!」

 喜びのあまり声を上げる。イーファは混乱して辺りを見渡す。

「……え?何を言って……あれ?お姉様方が……リーシャ姉さんまで……?」

 普段要塞から出る事のない姉のリーシャを確認して、かなり特殊なことが起こったのだろう事は理解した。だが、何が起こったかまでは全く分からず、状況を飲み込めないまま目を丸くしている。

「あ、ラルフ。あれ?私は何か糸の中に閉じ込められて……ハッ!白絶!!」

 バッと振り返る。ビクッと幼い体が跳ねるのが見えた。

「白絶様!!」

 喪服女もといテテュースは、急いで白絶の元へと走る。洗脳の解けたミーシャは真っ先に無防備な白絶に怒りをぶつけるはずだ。そんな事はさせまいと、四本の剣を構えてミーシャに斬りかかった。

 シュバァッ

 空気を切り裂く凄まじい斬撃。しかし、そこにミーシャの姿もラルフの姿もない。ミーシャはラルフを小脇に抱えて攻撃範囲外に一瞬で逃げた。

「……!?……見えない!」

 振り返ってミーシャを見ると、ラルフを座らせて傷の調子を見ている姿が目に入った。

「どうしたのラルフ!またこんな傷を作って……アルル!アルルはいないの!?」

「あ、すいません。アルルは今ここを離れてて……」

 ブレイドは申し訳なさそうに謝る。「はぁ?何でよ!」と癇癪を起こすが、ラルフはミーシャを宥めた。

「待てミーシャ、アルルはお前らを洗脳から解き放ったんだ。今ここにいないのはそれに必要な事で仕方ないんだよ。すぐ戻ってくるさ」

「洗……脳?」

 何を言っているか分からなかったが、とにかく白絶が悪い事だけは分かった。

「なるほど……私の記憶が曖昧なのは頭に入られていたからか。何らかの特異能力は所持していると思ってはいたが、まさか私がしてやられるとは……」

 特異能力の存在を知ったのは第五魔王”蒼玉そうぎょく”の、トリックやマジックのような魔法とは一線を画す能力だ。時間に干渉するとかどうとか言った能力を見せてもらったが、「すごい!」という感想くらいで本質の部分はよく分からなかったのを思い出す。

「こうして洗脳とやらが解けたという事はあの糸に何らかの細工があったわけだ。攻撃の手段だけだと思ったが、そうではなかったようだな」

「ミーシャ様!お怪我はございませんか!!」

 ベルフィアが焦って駆け寄る。ベルフィアもミーシャと同じ口で、いつの間にか魔法糸で操られた為に繭に、ミーシャが糸に包まれたのを見た後からの記憶がない。メラ、ティララも同様で、他の姉妹に事情を聞いていた。

「私は問題ないよ。それよりラルフが危ない。アルルが来るまで守ってくれる?」

 座り込んだラルフが血の出すぎた血色の悪い顔で、握れない手を上げてアピールしていた。

「かしこまりましタ」

 一も二もなくすぐさま頭を下げる。「お願いね」と言い残してミーシャは白絶の元に歩く。ミーシャが離れたのを確認してベルフィアが呆れ顔でラルフを見る。

「……っとに……ぬしは幾ら死にかければ気が済むんじゃ?」

「好きでやってねーよ」

「ラルフさん!大丈夫ですか!?」

 ブレイドも心配になってラルフに駆け寄った。

「おう、ブレイド。それがさ、ヤバイんだよ。少しずつ冷たくなってきてさ、死ぬのかな……俺」

「ちょっ……!!止血止血!!」

 ブレイドは急いで自分のバンダナを外してラルフの腕に巻く。もう片方の腕にはラルフの愛用の鞄の紐を使った。血を出し過ぎて朦朧とするラルフに声をかけ続けるブレイド。ベルフィアも一応「おい、寝ルな。阿呆。起きてミーシャ様を応援しろトンマ」など罵倒しつつも声を掛けた。
 洗脳が解けて一気に優勢となった状況でジュリアは足から崩れ落ちる。正直、吸血鬼との戦いはかなりの体力を消耗した。かすり傷程度で終われたのは幸運だったと言える。

「大丈夫かい?」

 そこに疲れ知らずのアンノウンが声をかける。ジュリアは息を吐きながらアンノウンに答えた。

「ハァ……ハァ……チョット苦シイ……ハァ……モウ、少シシタラ回復スル、カラ……」

 ニヤリと笑ってみせるジュリア。その微笑みにサムズアップで答えて「ご苦労様」と締めた。

「……くっ……お前ら……」

 もう勝った気でいるラルフ達に対して眉がつり上がり、口角が下がった見るからに怒った顔をする。人形のように表情がほとんど変わらなかった白絶にしては珍しい表情と言える。

「……白絶様、お逃げください。このままでは……」

 ドンッ

 テテュースの背中から生えた人形の腕が飛ぶ。ガランッと大きな音を立ててロングソードと共に床に転がった。

「唐突に魔法が使えるようになったか。何で?……それはさておき、私から逃げられるとでも思うの?」

「……みなごろし……!!」

 ドンッ

 もう一方の人形の手も床に落ちる。

「その名前嫌い。今度言ったら顎消すよ?」

「……この!」

 ギシッとロングソードを持つ手に力を込める。人形の腕はあくまで隠し腕。ダメージなどあってないようなもの。攻撃手段こそ落ちるが、体は無傷だ。本気で斬りかかればあるいは……。

「……待て……」

 それを白絶は止める。

「……僕の力があの程度だと?……舐めないでね……ミーシャ、僕は君より……よっぽど経験値は上だよ……?」

 白絶は自身の体を浮き上がらせる。キラッと光る見えないほど細い糸。体の周りには魔力砲を撃つ為の魔力玉を出現させて攻撃態勢に移行する。

「あっそ。私に正面から戦おうってのはいい度胸だと褒めてあげる。流石に銀爪よりは楽しめそうね」

 ミーシャは手を握りしめて拳を作ると手首をクリッと回した。ポキポキと景気のいい音が鳴る。関節が固まっているという事は、動いてなかった証拠だ。魔王同士の凄まじい戦いが今始ま……。

 ゴゴゴ……

 ……らない。その時、突然船が揺れ始めた。その揺れは収まるどころか次第に大きくなり、ついに何かが部屋に侵入する。

 ズガァッ

 それは大きく太い槍の穂先。三又に別れた魔力の槍は、その大きさ通りの威力を持って船底に大きな穴を開けた。

「なんだなんだ!?」

 目を閉じ掛けたラルフが目を見開いてその槍の穂先を見る。ドラゴンでも持てなさそうな大きい槍。その姿に見覚えのあったラルフはぽつりと呟いた。

「……トライデント?って事は魚人族マーマンか?……いや、そんなまさかな……」
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