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第十章 虚空
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——ヒュンッ……スタンッ
引き絞られた弓から放たれた矢は寸分違わず狙った的に刺さった。
「お見事っ!流石はミサキ様。習われたばかりとは思えぬ上達ぶり。恐れ入りました」
エルフの里”エルフェニア”で行われていた訓練。それに毎日のように顔を出していた美咲は鼻高々に胸を張る。
「でしょう?私って勘が良いのよ」
阿久津 美咲。異世界から無理やり召喚された悲劇の存在。守護者と呼ばれ、エルフのために戦うことを強要されるが、最近では特に命令されることもなくなった。現在は毎日のように白の騎士団の一人、ハンターにつきまとっている。
「……気になる人の前だと特にね……」
振り返ってハンターを見た。そのつもりだったが、そこには別のエルフが立っていた。
「何かおっしゃいましたか?」
ハンターの部下が首を傾げて聞く。一瞬で不機嫌な顔になり「ちょっとぉ、ハンターさんは?」と聞いた。エルフが指を差した方を見ると、木に止まった魔鳥のところにいて、何やら伝書を広げていた。
美咲から離れたのは緊急の用件だったのだと気付き、機嫌を取り戻してハンターに近寄った。
「ハンターさぁん。レディより書類なのぉ?」
「あ、申し訳ございませんミサキ様。急用が入りましたのでここで失礼させていただきます。ミック!あとは頼んでも良いかな?」
ミックと呼ばれたエルフは「はっ」と小気味良い返事をして頭を下げた。そそくさと去ろうとするハンターの横に美咲は並んだ。
「どこ行くの?」
「こちらの書状の件で森王のところに」
「ふーん」
ハンターは横についてくる美咲に目もくれずに歩く。特に拒絶されないので一緒についていくことにした美咲は、丸められた書状に目をやる。一体何が書かれていたのか気になりながら森王の玉座にやってきた。
「ハンター……とミサキ殿。二人して何用かな?」
森王に簡単な挨拶を済ませると書状を手渡した。
「……ガノン殿が?」
しばらく目を通していた森王はハンターに目を向ける。
「はい。イルレアンに集まるようにとのことですが、このことはご存知なかったでしょうか?」
「初耳だ。ハンターに直接というのは内密に進めたいことがあったに違いないが……この件は私が預かろう。何か分かれば追って知らせる。他には?」
「はい、別件になるのですが、最近ミサキ様以外の守護者の姿が見えないようなのですが、シゲル様とアユム様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
それには森王ではなく、すぐ隣の美咲が口を開いた。
「言ってなかったっけ?しげピーと歩はこの国から出ていったよ」
葛見 茂と草部 歩。美咲と同様に無理やり召喚された可哀想な迷い人たち。エルフェニアで閉じ込められ、鬱屈した生活を送っていた二人は我慢できなくなり、いつの間にか出て行ったようだった。
もう一人の獅子谷 正孝はガノンについて行っている。こちらは周知していたが、二人についての話はハンターにとって初耳だった。
「は?それは……本当ですか?何故……」
「歩は失恋で、しげピーはベラベラ何か言ってたけど、難癖つけて出ていったって感じ。あんなの無視すれば良いよ」
手をヒラヒラさせて存在ごと否定する。美咲はこんな調子だが、森王とハンターからして見ればそう楽観視できない。歩も茂も相当な力を持っていて、やろうと思えばゴブリンの丘を壊滅させたように個人でクーデターを起こすこともできる。
そんな連中のほとんどがエルフの手を離れて好き勝手練り歩くなど、召喚してしまった身としては気が気ではない。
「彼らはこっそりと出て行ってしまったようだな。私の忠告も静止も振りきって……」
その時のことを思い出しているのか、目を伏せて神妙な顔をしている。
「巫女が逐一彼らの動向を探っている。今のところ変な動きはしていないが、今後どう動くかは未知数……そういえばガノン殿のもとにマサタカ殿がいるんだったな。ガノン殿が制御してくれているお陰でこちらは楽ができている」
顔を上げて二人の顔を交互に見る。ほんの少しの沈黙の後、すぐに玉座から立ち上がって「話は以上だ」と供回りを連れて離れて行った。
「だってさ」
美咲の言葉にハンターは反応する。彼女と目が合い、気まずそうに目を伏せがちに頷くと踵を返して歩き出した。
美咲はその背中を目で追った後、森王が去って行った方角を確認する。
「……もう誰もあんたのこと気にしてないよ?アンノウン。本当に、何のためにこの世界に呼ばれたんだか……」
時折思う。学校は面倒臭いし、親とは喧嘩ばかりで家にいたくもなかった。男を取っ替え引っ替えしながら家を転々として、たまに悪友と遊びで会うくらいの生活。
ここにきたのは「逃げたい」と思う自分の意思に反応した神様のいたずらだったのだろうと。
きっと元の世界では誰も自分のことなんか探していないし、いなくなって清々している奴もいるのだろう。こうして考えてみると自分がどれだけ刹那的に生きてきたのかを実感する。自分の境遇とアンノウンを重ねる。
いや、もしかしたら自分を含めた五人は全員がそんな境遇を持っていたのかもしれない。そう思えば何故この五人だったのかの整合性は取れる。難しいことではない。ただ逃げたかったのだ。
こんな娯楽の限られた世界に飛ばされて何をしたらいいのかも分からず、ただ日常を過ごしてきた。元の世界のことなど忘れ、漫然と日々に浸っていた。これが罰なのかそれとも贈り物なのか、その真意を知ることはこの先訪れることはないだろう。
「結局なる様にしかならない……ってことね」
美咲は自嘲気味に笑ってその場を後にした。
この三日後、美咲はハンターと共にエルフェニアを出立。部下数名と研究員一人引き連れてイルレアンに向けて遠征を開始した。
引き絞られた弓から放たれた矢は寸分違わず狙った的に刺さった。
「お見事っ!流石はミサキ様。習われたばかりとは思えぬ上達ぶり。恐れ入りました」
エルフの里”エルフェニア”で行われていた訓練。それに毎日のように顔を出していた美咲は鼻高々に胸を張る。
「でしょう?私って勘が良いのよ」
阿久津 美咲。異世界から無理やり召喚された悲劇の存在。守護者と呼ばれ、エルフのために戦うことを強要されるが、最近では特に命令されることもなくなった。現在は毎日のように白の騎士団の一人、ハンターにつきまとっている。
「……気になる人の前だと特にね……」
振り返ってハンターを見た。そのつもりだったが、そこには別のエルフが立っていた。
「何かおっしゃいましたか?」
ハンターの部下が首を傾げて聞く。一瞬で不機嫌な顔になり「ちょっとぉ、ハンターさんは?」と聞いた。エルフが指を差した方を見ると、木に止まった魔鳥のところにいて、何やら伝書を広げていた。
美咲から離れたのは緊急の用件だったのだと気付き、機嫌を取り戻してハンターに近寄った。
「ハンターさぁん。レディより書類なのぉ?」
「あ、申し訳ございませんミサキ様。急用が入りましたのでここで失礼させていただきます。ミック!あとは頼んでも良いかな?」
ミックと呼ばれたエルフは「はっ」と小気味良い返事をして頭を下げた。そそくさと去ろうとするハンターの横に美咲は並んだ。
「どこ行くの?」
「こちらの書状の件で森王のところに」
「ふーん」
ハンターは横についてくる美咲に目もくれずに歩く。特に拒絶されないので一緒についていくことにした美咲は、丸められた書状に目をやる。一体何が書かれていたのか気になりながら森王の玉座にやってきた。
「ハンター……とミサキ殿。二人して何用かな?」
森王に簡単な挨拶を済ませると書状を手渡した。
「……ガノン殿が?」
しばらく目を通していた森王はハンターに目を向ける。
「はい。イルレアンに集まるようにとのことですが、このことはご存知なかったでしょうか?」
「初耳だ。ハンターに直接というのは内密に進めたいことがあったに違いないが……この件は私が預かろう。何か分かれば追って知らせる。他には?」
「はい、別件になるのですが、最近ミサキ様以外の守護者の姿が見えないようなのですが、シゲル様とアユム様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
それには森王ではなく、すぐ隣の美咲が口を開いた。
「言ってなかったっけ?しげピーと歩はこの国から出ていったよ」
葛見 茂と草部 歩。美咲と同様に無理やり召喚された可哀想な迷い人たち。エルフェニアで閉じ込められ、鬱屈した生活を送っていた二人は我慢できなくなり、いつの間にか出て行ったようだった。
もう一人の獅子谷 正孝はガノンについて行っている。こちらは周知していたが、二人についての話はハンターにとって初耳だった。
「は?それは……本当ですか?何故……」
「歩は失恋で、しげピーはベラベラ何か言ってたけど、難癖つけて出ていったって感じ。あんなの無視すれば良いよ」
手をヒラヒラさせて存在ごと否定する。美咲はこんな調子だが、森王とハンターからして見ればそう楽観視できない。歩も茂も相当な力を持っていて、やろうと思えばゴブリンの丘を壊滅させたように個人でクーデターを起こすこともできる。
そんな連中のほとんどがエルフの手を離れて好き勝手練り歩くなど、召喚してしまった身としては気が気ではない。
「彼らはこっそりと出て行ってしまったようだな。私の忠告も静止も振りきって……」
その時のことを思い出しているのか、目を伏せて神妙な顔をしている。
「巫女が逐一彼らの動向を探っている。今のところ変な動きはしていないが、今後どう動くかは未知数……そういえばガノン殿のもとにマサタカ殿がいるんだったな。ガノン殿が制御してくれているお陰でこちらは楽ができている」
顔を上げて二人の顔を交互に見る。ほんの少しの沈黙の後、すぐに玉座から立ち上がって「話は以上だ」と供回りを連れて離れて行った。
「だってさ」
美咲の言葉にハンターは反応する。彼女と目が合い、気まずそうに目を伏せがちに頷くと踵を返して歩き出した。
美咲はその背中を目で追った後、森王が去って行った方角を確認する。
「……もう誰もあんたのこと気にしてないよ?アンノウン。本当に、何のためにこの世界に呼ばれたんだか……」
時折思う。学校は面倒臭いし、親とは喧嘩ばかりで家にいたくもなかった。男を取っ替え引っ替えしながら家を転々として、たまに悪友と遊びで会うくらいの生活。
ここにきたのは「逃げたい」と思う自分の意思に反応した神様のいたずらだったのだろうと。
きっと元の世界では誰も自分のことなんか探していないし、いなくなって清々している奴もいるのだろう。こうして考えてみると自分がどれだけ刹那的に生きてきたのかを実感する。自分の境遇とアンノウンを重ねる。
いや、もしかしたら自分を含めた五人は全員がそんな境遇を持っていたのかもしれない。そう思えば何故この五人だったのかの整合性は取れる。難しいことではない。ただ逃げたかったのだ。
こんな娯楽の限られた世界に飛ばされて何をしたらいいのかも分からず、ただ日常を過ごしてきた。元の世界のことなど忘れ、漫然と日々に浸っていた。これが罰なのかそれとも贈り物なのか、その真意を知ることはこの先訪れることはないだろう。
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