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第十四章 驚天動地
第九話 捕虜との対話
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薄暗い部屋の中、イミーナはウトウトと船を漕いでいた。
寝不足というわけではない。暇でやることがなく、ただただ座ったり立ったりを繰り返し、自問自答をしながら運ばれてくる食事にありつく日々。捕虜とはこうもやることが無いのかと不安になる。
(早く殺せば良いものを……)
生かしておく理由がないはずだ。ミーシャを裏切っただけでも万死に値するだろうに、極めつけに背後からの攻撃で致命傷を受けて死にかけている。
卑怯、卑劣の限りを尽くして殺されかけた相手に対し、恩情でもかけるつもりなのだろうか?先の戦闘で気絶した折、さっさと殺してくれればこんなことを考えずとも良かった。知らぬ間に死という闇の底に落ちて行けたのだろうから……。
コンコンッ
扉のノック音で目が覚める。ぼんやりとした頭を大きく振ることで眠気を飛ばして姿勢を正す。
「……どうぞ」
その声と共に扉を開けて入ってきたのはミーシャだった。ミーシャの目は冷たく、感情が抜け落ちたような顔でイミーナを見ていた。
「いよいよその時が来ましたか……」
処刑。
首を刎ねられるのか、それとも肉体を丸ごと消滅か。ミーシャなら魔王クラスのイミーナを秒で惨殺するのも訳はない。しかし、予想とは裏腹にミーシャは普通に語りかけてきた。
「どう?イミーナ。ここは快適?」
椅子から持ち上がりかけたお尻を戻してミーシャを見据える。どう答えたものかと逡巡し、口を開く。
「ここから出られないという不便さを除けば、割と快適ですよ」
ベッド、椅子、簡易トイレ、食事、桶に湯を溜めて体を拭くことも出来る。そして世話係にデュラハン姉妹が交代で来てくれる。イミーナの言う通り、監禁状態でなければ普通に生活しているのと同じ扱いだ。一瞬自分が捕虜であることを忘れるくらいには快適だった。
「しかし素晴らしい技術ですね……私は一切の魔法を封じられているのに、魔障壁が張られて抜け出せなくなっている。食事などのどうしても接触しなければならない時でも、置かれた食器を魔障壁が器用に取り込んで抜け出す隙もない。この設備を使って数々の捕虜から情報を聞き出したり、仲間に加えたりしたのですか?」
「いや、これ自体は最近アスロンが組んだ術式によるものだから、他の連中は動けないように麻痺させたり、縛り上げたりしてたかな?この部屋を使ったのはお前が初めてだよ」
イミーナは苦々しい顔を見せる。「自分が手荒に捕まっていたら……」と思うのと、ほんのちょっぴり捕まってしまった同胞たちを憐れむ気持ちが混在した顔だ。
「……何と言う術式です?」
「知らない。ただ凄いとしか分かんない」
この術式は白絶の術式を似せて作ったものである。魔力を普段とは異なる形で正確に練らなければ効力を発揮しない術式。魔力の練り方を一つでも間違えれば霧散する。イミーナ最強の”朱い槍”もこの空間では形無しである。
さらに強力な魔障壁であらゆる攻撃を跳ね返し、魔力砲でも歯が立たない。殺すことなく生かすだけを目的として作られたような部屋なのだ。
ミーシャはこの部屋の凄さを一度聞いているのだが、一から説明されても頭に入って来なかったので、とにかく凄いことだけしか分からなかった。
「ふふっ……相変わらずですね……」
イミーナは苦笑する。百年以上ミーシャと共に国を動かしてきた。主にイミーナが担ってきた訳だが、何度も話し合い、支え合っては内政に力を入れていた。その時の感情が急に押し寄せて、イミーナの心を揺さぶる。ミーシャを邪魔だと感じていた反面、居て良かったと考えることもあった。気持ちの整理がつかずに窓の外に目をやった。
そんな心の機微を察したミーシャは黙ってイミーナを見つめる。少しの沈黙の後、ミーシャの方から話しかけた。
「……何で裏切ったの?」
イミーナはフッと微笑む。
「何で?分かりませんか?グラジャラクは私が治めていたも同然でした。統治者の器は私の方が上。野心が出て当然ではないでしょうか?」
あくまで野心が勝った結果だと話す。蒼玉の手練手管でその野心に付け込まれた末に裏切りに走ったのだとしたら道理は通る。
「本当にそれだけ?」
「?……何が聞きたいのでしょうか?」
「もしかしてイミーナは私を恨んでいるんじゃないかって思ってるの。イミーナの親をこの手で殺めた私を……」
それまで終始笑顔を絶やさなかったイミーナの目が据わる。その変化はミーシャに対する怨恨か、はたまた御門違いに苛立ちを感じる所作か。だがイミーナはすぐに笑顔を作る。
「所詮は伯爵止まりのしがない魔族。あんな男、私の足元にも及ばない。年端も行かない女児の手で死ぬ程度の雑魚に何を感じるというのです?」
「それでも肉親でしょ?何も感じ入らない訳がないよ。私がお前の目の前で父親を……」
「もうその話は辞めにしませんか?殺すのなら早くしてください。もう覚悟は出来ています」
イミーナはため息をつきながら目を瞑った。もう何も見たくない、何も聞きたくないと世界を遮断したいと願う表情にミーシャは追い討ちをかける。
「納得がしたいの!私の……私たちのグラジャラクを自分のものにしたかっただけなんて思えないから。だって用意が良すぎるもん。魔障壁を貫通する”朱い槍”の作成や魔王たちへの根回し、グラジャラクの掌握までの何から何までがスピーディーに行われてる。絶対に私を殺したい意志が感じられるよ?」
「当然。死んでもらわねば何の意味もないこと。家臣たちの狼狽は凄まじいものでした。当時のことを思い出せば……ふふっ、是非見せてあげたいところですが、その技術が無くて見せられませんね。残念ですが、全員あの世に逝ってしまいました」
「あいつらは正直どうでも良いよ。バラバラだった連中が私の力目当てに集まっただけだし……。私の興味はイミーナ、お前だけだよ」
ミーシャが一体何を考えているのか分からずに怯んだ。
「……ミーシャ。結局私をどうしたいのです?ハッキリして頂いても宜しいでしょうか?」
イミーナは腕と足を組んで不遜な態度に出る。ミーシャは特に気にせず続けた。
「私は……お前を殺すつもりは無い。そう、真実を話すまではな?」
寝不足というわけではない。暇でやることがなく、ただただ座ったり立ったりを繰り返し、自問自答をしながら運ばれてくる食事にありつく日々。捕虜とはこうもやることが無いのかと不安になる。
(早く殺せば良いものを……)
生かしておく理由がないはずだ。ミーシャを裏切っただけでも万死に値するだろうに、極めつけに背後からの攻撃で致命傷を受けて死にかけている。
卑怯、卑劣の限りを尽くして殺されかけた相手に対し、恩情でもかけるつもりなのだろうか?先の戦闘で気絶した折、さっさと殺してくれればこんなことを考えずとも良かった。知らぬ間に死という闇の底に落ちて行けたのだろうから……。
コンコンッ
扉のノック音で目が覚める。ぼんやりとした頭を大きく振ることで眠気を飛ばして姿勢を正す。
「……どうぞ」
その声と共に扉を開けて入ってきたのはミーシャだった。ミーシャの目は冷たく、感情が抜け落ちたような顔でイミーナを見ていた。
「いよいよその時が来ましたか……」
処刑。
首を刎ねられるのか、それとも肉体を丸ごと消滅か。ミーシャなら魔王クラスのイミーナを秒で惨殺するのも訳はない。しかし、予想とは裏腹にミーシャは普通に語りかけてきた。
「どう?イミーナ。ここは快適?」
椅子から持ち上がりかけたお尻を戻してミーシャを見据える。どう答えたものかと逡巡し、口を開く。
「ここから出られないという不便さを除けば、割と快適ですよ」
ベッド、椅子、簡易トイレ、食事、桶に湯を溜めて体を拭くことも出来る。そして世話係にデュラハン姉妹が交代で来てくれる。イミーナの言う通り、監禁状態でなければ普通に生活しているのと同じ扱いだ。一瞬自分が捕虜であることを忘れるくらいには快適だった。
「しかし素晴らしい技術ですね……私は一切の魔法を封じられているのに、魔障壁が張られて抜け出せなくなっている。食事などのどうしても接触しなければならない時でも、置かれた食器を魔障壁が器用に取り込んで抜け出す隙もない。この設備を使って数々の捕虜から情報を聞き出したり、仲間に加えたりしたのですか?」
「いや、これ自体は最近アスロンが組んだ術式によるものだから、他の連中は動けないように麻痺させたり、縛り上げたりしてたかな?この部屋を使ったのはお前が初めてだよ」
イミーナは苦々しい顔を見せる。「自分が手荒に捕まっていたら……」と思うのと、ほんのちょっぴり捕まってしまった同胞たちを憐れむ気持ちが混在した顔だ。
「……何と言う術式です?」
「知らない。ただ凄いとしか分かんない」
この術式は白絶の術式を似せて作ったものである。魔力を普段とは異なる形で正確に練らなければ効力を発揮しない術式。魔力の練り方を一つでも間違えれば霧散する。イミーナ最強の”朱い槍”もこの空間では形無しである。
さらに強力な魔障壁であらゆる攻撃を跳ね返し、魔力砲でも歯が立たない。殺すことなく生かすだけを目的として作られたような部屋なのだ。
ミーシャはこの部屋の凄さを一度聞いているのだが、一から説明されても頭に入って来なかったので、とにかく凄いことだけしか分からなかった。
「ふふっ……相変わらずですね……」
イミーナは苦笑する。百年以上ミーシャと共に国を動かしてきた。主にイミーナが担ってきた訳だが、何度も話し合い、支え合っては内政に力を入れていた。その時の感情が急に押し寄せて、イミーナの心を揺さぶる。ミーシャを邪魔だと感じていた反面、居て良かったと考えることもあった。気持ちの整理がつかずに窓の外に目をやった。
そんな心の機微を察したミーシャは黙ってイミーナを見つめる。少しの沈黙の後、ミーシャの方から話しかけた。
「……何で裏切ったの?」
イミーナはフッと微笑む。
「何で?分かりませんか?グラジャラクは私が治めていたも同然でした。統治者の器は私の方が上。野心が出て当然ではないでしょうか?」
あくまで野心が勝った結果だと話す。蒼玉の手練手管でその野心に付け込まれた末に裏切りに走ったのだとしたら道理は通る。
「本当にそれだけ?」
「?……何が聞きたいのでしょうか?」
「もしかしてイミーナは私を恨んでいるんじゃないかって思ってるの。イミーナの親をこの手で殺めた私を……」
それまで終始笑顔を絶やさなかったイミーナの目が据わる。その変化はミーシャに対する怨恨か、はたまた御門違いに苛立ちを感じる所作か。だがイミーナはすぐに笑顔を作る。
「所詮は伯爵止まりのしがない魔族。あんな男、私の足元にも及ばない。年端も行かない女児の手で死ぬ程度の雑魚に何を感じるというのです?」
「それでも肉親でしょ?何も感じ入らない訳がないよ。私がお前の目の前で父親を……」
「もうその話は辞めにしませんか?殺すのなら早くしてください。もう覚悟は出来ています」
イミーナはため息をつきながら目を瞑った。もう何も見たくない、何も聞きたくないと世界を遮断したいと願う表情にミーシャは追い討ちをかける。
「納得がしたいの!私の……私たちのグラジャラクを自分のものにしたかっただけなんて思えないから。だって用意が良すぎるもん。魔障壁を貫通する”朱い槍”の作成や魔王たちへの根回し、グラジャラクの掌握までの何から何までがスピーディーに行われてる。絶対に私を殺したい意志が感じられるよ?」
「当然。死んでもらわねば何の意味もないこと。家臣たちの狼狽は凄まじいものでした。当時のことを思い出せば……ふふっ、是非見せてあげたいところですが、その技術が無くて見せられませんね。残念ですが、全員あの世に逝ってしまいました」
「あいつらは正直どうでも良いよ。バラバラだった連中が私の力目当てに集まっただけだし……。私の興味はイミーナ、お前だけだよ」
ミーシャが一体何を考えているのか分からずに怯んだ。
「……ミーシャ。結局私をどうしたいのです?ハッキリして頂いても宜しいでしょうか?」
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