不要と言われた【死霊術師】は、闇の女王たちに溺愛される ~追放された俺のスキル【魂魄支配】が世界最強だった件。今更戻れと言われても、もう遅い

自ら

文字の大きさ
2 / 6

第2話「七年間の影」

しおりを挟む
 街道を一人で歩くのは、久しぶりだった。
 王都を出て半日。人里からは随分離れた。見渡す限り草原が続き、遠くに黒い森の影が見える。持ち物は黒の外套と、魂魄支配の術式を書き留めた古い魔術書一冊。それから、パーティの共有金庫から渡された旅資金が銀貨数枚。七年間の報酬としては、あまりにも少ない。
 日が暮れ始めたので、道から少し外れた木立の下で夜営の支度をした。火を起こし、干し肉を齧る。パーティにいた頃の食事は温かかった。
 今は、冷たい干し肉だけだ。不思議と、不味くはなかった。自分のために食べる飯は、七年ぶりだ。
 焚き火の炎を見つめていると、七年分の記憶が勝手に甦ってくる。
    ◇
 ——七年前。俺は十五歳だった。
 成人儀式の日。神殿の祭壇に手を置くと、光が俺の天職を映し出した。
 死霊術師。
 神官が言葉を失った。隣にいた母親が口を覆った。祭壇の周りにいた村人たちが、一歩、また一歩と後ずさった。昨日まで一緒に遊んでいた友人が目を逸らし、老人が地面に唾を吐いた。
「出て行け。呪われた子は、この村にはいられない」
 村長の声は震えていた。怒りではなく、恐怖で。
 その日のうちに、俺は村を追われた。母親は泣いていたが、止めはしなかった。止められなかったのだろう。死霊術師を匿えば、村全体が教会から罰せられる。
 各地を放浪した。冒険者ギルドに登録しようとしても、天職を告げた瞬間に門前払いされる。「死霊術師なんぞ登録できるか」「教会に通報されたいのか」。宿に泊めてもらえないことすら珍しくなかった。路地裏で寝て、残飯を漁る日もあった。
 半年近くそんな生活を続けた頃、声をかけてくれた男がいた。
「お前、冒険者か? ギルド前でずっとうろうろしてただろ」
 大柄な青年だった。金髪を無造作に束ね、安物の剣を背負っている。Cランクの冒険者登録証を首から下げていた。
 ゼノン・ブレイド。当時はまだ駆け出しの剣士で、パーティメンバーを探していた。
「天職は?」
「……死霊術師」
 身構えた。いつもの反応が来ると思った。
 だがゼノンは、眉一つ動かさなかった。
「へえ。聞いたことねえな。で、何ができるんだ?」
「……魔物の魂を鎮められる。夜番の時、霊障から仲間を守れる。あと、魂を見ることで敵の弱点がわかる」
「便利じゃねえか。職業なんか関係ねえ。強い奴は歓迎だ。——明日から来いよ」
 嬉しかった。
 あの時のゼノンは、馬鹿みたいにまっすぐだった。怖いもの知らずで、見栄を張らず、仲間に飯を奢るのが好きで、負けた相手にも手を差し伸べる男だった。
 だから俺は、このパーティのために全力で戦おうと決めた。
    ◇
 ——四年前。パーティがAランクに昇格し、名声が高まった頃のことだ。
 Aランクダンジョンの深層で異変が起きた。
 ゼノンの聖剣で斬り伏せた魔物が、数秒後に立ち上がった。次の魔物も。その次も。何度斬っても、焼いても、吹き飛ばしても、敵は何度でも蘇る。
「なんで倒した魔物が復活するんだ!? こんなの今までなかったぞ!」
 ゼノンが叫んだ。聖剣を何度振り下ろしても、斬った傍から肉体が再構成されていく。
 エリーゼの治癒魔法が追いつかない。ダリウスの炎が魔物を焼くが、灰の中から骨が立ち上がる。ミレーヌの風魔法で吹き飛ばしても、壁に叩きつけられた肉塊がまた動き始める。
 パーティが初めてパニックに陥った。ゼノンの指示が乱れ、エリーゼが悲鳴を上げ、ダリウスが炎を乱射し始めた。
 俺には見えていた。
 魂視で見ると、斬られた魔物の魂がすぐに器に戻り、肉体を再構成している。魂が健在な限り、体は何度でも蘇る。肉体を壊すだけでは意味がない。魂そのものを鎮めなければ。
 魂魄支配を全力で展開した。
 蘇りかけた魔物の魂を一体ずつ掴み、鎮め、還していく。一体に数十秒かかる。その間にも新しい魔物が蘇ろうとする。右手で一体を鎮めながら、左手で次の魂を抑え、同時に結界で仲間を霊障から守る。視界が白く明滅した。限界を超えた負荷で、鼻から血が垂れた。
 何分かかったのか、わからない。
 気がつくと、魔物は全て動かなくなっていた。静寂がダンジョンに落ちた。
 俺は壁にもたれて、荒い息をついていた。足が震えている。鼻血を外套の袖で拭った。
 ゼノンが聖剣を鞘に収めて、息をついた。
「ふう……危なかったぜ。さすがに手こずったな」
 ダリウスが肩を回した。「いやー、俺の炎がなかったら終わってたな」
 エリーゼが微笑んだ。「さすがゼノン。最後はやっぱりあなたの聖剣ね」
 ゼノンが髪をかき上げて笑った。「まあな。やっぱ俺の聖剣は最強だぜ」
 ——俺が何をしていたか。誰も見ていなかった。
 鼻血の跡にも、荒い呼吸にも、壁にもたれて立てなくなっている俺にも。
 誰も、気づかなかった。
    ◇
 ——二年前。深夜、夜番をしていた時。
 パーティはSランクに到達し、【曙光の英雄】の名は王国中に知れ渡っていた。ゼノンは貴族の令嬢に囲まれ、ダリウスは武闘大会で名を馳せ、エリーゼは聖女として教会に祀られている。
 俺は——相変わらず、影にいた。
 深夜の焚き火の前で、エリーゼが幕舎から出てきた。「眠れなくて」と言いながら、俺の隣に座る。
「レイドさん、いつもありがとう。夜番、いつも一人でやってくれてるのよね」
「慣れてるから」
「……でも、一つだけお願いがあるの」
 エリーゼの声が少しだけ低くなった。微笑みはそのままだ。
「あまり目立たないでくれると助かるな。先日のダンジョンでも、あなたが何かしてたのは薄々わかってる。でもね、ゼノンの手柄にしておいた方がいいの。あの人のプライドが傷つくと、パーティの雰囲気が悪くなるから」
「……ああ」
「あなたの役割は、みんなの影にいること。そうでしょう? あなたもわかってるはず。死霊術師が前に出たら、パーティの評判が——」
「わかってる」
 俺はそう答えた。最初からそのつもりだった。死霊術師が表に立てば、パーティの評判に関わる。だから後方で術を使い、誰にも気づかれないように仲間を支える。それが俺の役割だ。
 エリーゼは満足げに微笑んだ。「ありがとう。やっぱりレイドさんは話がわかる人ね」
 そう言って幕舎に戻っていった。
 焚き火が爆ぜた。
 ——わかっていた。最初から、そのつもりだった。
 ただ、わかっていても。「影にいて」と面と向かって言われると、胸の奥が少しだけ痛んだ。
    ◇
 ——一年前。ある夜。
 ギルド併設の酒場で一人飲んでいた。隣のテーブルにダリウスがいるのは知っていた。他パーティの冒険者と飲んでいる。俺には一言も声をかけない。いつものことだ。
 だが、聞こえてきた会話は、いつもの無視とは違った。
「うちの死霊術師? あんなの足手まといだよ。後ろでブツブツ言ってるだけ。何してるのかわかんねえし。でもまあ、ゼノンが情けで置いてやってんだ」
 他パーティの冒険者が笑った。
「死霊術師とか、よく一緒にいられるな」
「まあ雑用係みたいなもんだよ。荷物持ちとか夜番とか。戦闘じゃ何の役にも立たねえけどな」
 ダリウスは上機嫌だった。俺を貶すことが、他パーティへの娯楽になっている。
 俺は黙って席を立った。誰にも気づかれずに店を出た。
 外は雨だった。冷たい雨に打たれながら宿に向かう。
 前日の夜。ダリウスが酔って暴れた後、霊障で悪夢にうなされていた。俺は黙って魂鎮めをかけてやった。朝になったらダリウスは「よく寝た」と伸びをしていた。
 ——別に、今更だ。
 足手まといでも、雑用係でも、何と呼ばれてもいい。俺がやっていることは変わらない。仲間の魂を守る。それだけだ。
 ただ——雨は、冷たかった。
    ◇
 回想が途切れて、焚き火の前に意識が戻った。
 火はだいぶ小さくなっていた。薪を足しながら、つい呟いていた。
「結局、俺は何のために七年を……」
 言いかけて、首を振った。
 違う。無駄じゃない。あの七年間、俺は確かに仲間を守っていた。ゼノンの聖剣が最大限に振るえたのは、俺が魂を安定させていたからだ。エリーゼの治癒魔法が的確に効いたのも、ダリウスの炎が暴走しなかったのも。誰にも気づかれなかったが、事実は変わらない。
 たとえ誰にも気づかれなくても。俺がやったことは、嘘じゃない。
「……まあ、次だな」
 そう言い聞かせて、外套にくるまった。星が綺麗だ。パーティにいた頃は、夜番の間ずっと仲間の魂を守ることに集中していて、星を見る余裕なんてなかった。
 今夜は、誰の魂も守らなくていい。
 少しだけ、寂しかった。
 ——目を閉じかけた時だった。
 左手が、微かに脈動した。
 心臓の鼓動とは違う、もっと深いところからの共鳴。魂魄支配が勝手に反応している。何かに——呼ばれている。
 身を起こして、地面に手を当てた。
 感じる。この下に、何かがいる。途方もなく古い魂の気配。封じられ、眠り続けている存在。
「……下に、何かがいる」
 森の奥、闇の向こうに、微かな青白い光が漏れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

追放された俺、悪魔に魂を売って全属性魔法に覚醒。悪魔契約者と蔑まれるが、まぁ事実だ。勇者? ああ、俺を見下してたやつな

自ら
ファンタジー
灰原カイトのスキルは【魔力親和】。評価F。 「外れスキル」の烙印を押された彼は、勇者パーティで三年間、荷物を運び、素材を剥ぎ、誰よりも早く野営の火を起こし続けた。 そして、捨てられた。 「お前がいると、俺の剣が重くなる」 勇者が口にした追放の理由は、侮蔑ではなかった。恐怖だった。 行き場を失ったカイトの前に、一人の悪魔が現れる。 「あなたの魂の、死後の行き先をちょうだい。代わりに、眠っている力を起こしてあげる」 病弱な妹の薬代が尽きるまで、あと十日。 カイトは迷わなかった。 目覚めたのは、全属性魔法――歴史上、伝説にしか存在しない力。 だがその代償は、使うたびに広がる魔印と、二度と消えない「悪魔契約者」の烙印。 世界中から蔑まれる。教会に追われる。かつての仲間には化け物と呼ばれる。 ――まぁ、その通りだ。悪魔に魂を売ったのは事実だし。 それでも。没落貴族の剣姫と背中を預け合い、追放された聖女と聖魔の同時詠唱を編み出し、契約した悪魔自身と夜空の下で笑い合う日々は、悪くない。 これは、世界の「調律者」だった男が、その座を追われてなお、自分の手で居場所を作り直す物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...