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第3章【誤解の拡大】
第11話「教会からの使者」
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収穫祭から一週間が経った頃、村に変化が訪れた。
朝、いつものように畑仕事をしていると、村の入口が騒がしくなった。子どもたちが走り回り、村人たちが何かを囲んで話をしている。俺は人参の水やりを終えて、そっちの方を見た。見慣れない馬車が一台、村の広場に停まっている。立派な造りの馬車だ。装飾が施されていて、明らかに金持ちが乗るようなやつだ。
「何だ、あれ」とぼんやり呟いていると、ユイが駆け寄ってきた。少し息を切らしている。
「アキトさん、大変です」
「どうしたの?」
「教会から、人が来たみたいです」
「教会?」
「はい。王都の教会から、正式な使者が」
教会。この世界には、神を信仰する大きな組織があると聞いたことがある。でも、なんでそんなところから人が来るんだ?
「俺、関係ないよね?」
「……たぶん、関係あると思います」
ユイは申し訳なさそうな顔をした。「グラドさんが、王都で色々話したらしくて」
「あー……」
商人のグラドか。確かに、あの人は俺のことを「聖人」だとか言ってた。まさか、教会にまで話が届いたのか。めんどくさいことになった。
村長の家に呼ばれた。広場の馬車から降りてきたのは、三人の神官だった。全員、白と金の刺繍が入った立派な法衣を着ている。一人は初老の男性で、威厳がある顔つきだ。残りの二人は若い男性で、少し緊張した様子で周りを見回している。
「アキト、こちらが教会の使者だ」と村長が紹介してくれた。
「初めまして。私はルシウスと申します」と初老の神官が言った。声は低く、落ち着いている。「王都の大聖堂から参りました」
「あ、どうも。アキトです」
「お噂は、かねがね」
ルシウスは俺をじっと見た。値踏みするような目だ。なんだか居心地が悪い。
「商人のグラド殿から、詳しい話を聞きました」とルシウスは続けた。「この村に、不思議な力を持つ方がおられると」
「力なんて持ってないですよ」
「謙遜なさらずとも」
またそれか。何度言っても信じてもらえない。
「我々は、この村の状況を調査するために参りました」とルシウスは村長に向き直った。「数日間、滞在させていただきたいのですが」
「もちろんです。どうぞ、ごゆっくり」
村長は快く承諾した。それから俺を見て、少し申し訳なさそうに笑った。俺は小さくため息をついた。
その日の午後、神官たちは村を見て回った。畑、温泉、花畑。村のあちこちを歩いて、色々と質問をしている。俺も付き添わされた。
「この畑は、いつ頃から豊かになったのですか?」と若い神官の一人が聞いた。
「一ヶ月くらい前からです」と村長が答えた。「アキトが来てから、急に野菜が育つようになりました」
「一ヶ月で……」
神官たちは驚いた顔をした。それから畑をじっくり観察し始める。土を触ったり、野菜を見たり、時には目を閉じて何かを感じ取ろうとしているようだった。
「魔力の流れが、非常に豊かです」とルシウスが言った。「この土地には、明らかに神の加護があります」
「加護なんて、大げさですよ」と俺は言ったけど、聞いてもらえなかった。
「アキト殿、あなたは魔法を使えますか?」
「いえ、全然」
「祈りは?」
「してないです」
「では、どうやってこの豊かさを?」
「普通に種蒔いて、水やってるだけです」
ルシウスは眉をひそめた。納得してないみたいだ。それから、若い神官たちと何かを話し合っている。俺には聞こえない声で。
次に案内したのは温泉だ。湯気が立ち上っていて、いい匂いがする。神官たちは温泉を見て、また驚いた顔をした。
「これは……天然の温泉ですか?」
「はい」と村長が答えた。「アキトが発見して、村まで引きました」
「一ヶ月前に?」
「はい」
「信じられない……」
ルシウスは温泉に手を入れた。それから、何かを確かめるように目を閉じる。
「この湯にも、神聖な力が宿っています」とルシウスは言った。「ただの温泉ではない。癒しの力がある」
「そうなんですか?」
「ええ。間違いありません」
ルシウスは俺を見た。「アキト殿、あなたは本当に、何も特別なことをしていないのですか?」
「してないです」
「祈りも、儀式も、魔法も?」
「全部してないです」
「……」
ルシウスは深く考え込んだ。それから、若い神官たちに何か指示を出した。二人は頷いて、温泉の周りを歩き始める。何かを調べているみたいだ。
夕方になって、神官たちは村長の家で報告会をした。俺も呼ばれた。ユイもお茶を出すために来ている。
「結論から申し上げます」とルシウスが言った。「この村には、明らかに神の加護があります」
村長は頷いた。「それは、アキトのおかげでしょうか?」
「恐らく」
ルシウスは俺を見た。「アキト殿、あなたは自覚がないようですが、あなたの存在自体が祝福をもたらしているのです」
「そんなこと……」
「いいえ、事実です」
ルシウスは手元の羊皮紙を広げた。「畑の魔力密度、温泉の癒しの力、村全体の活気。全てが、あなたが来てから変化しています」
「偶然じゃないんですか?」
「偶然が、ここまで続くはずがありません」
ルシウスは真剣な顔をした。「あなたは、神に選ばれた方です。聖人、と呼ぶべきでしょう」
「聖人なんかじゃないです」
「謙虚なお方だ」と若い神官の一人が言った。「それもまた、聖人の証です」
何を言っても無駄みたいだ。俺はため息をついた。ユイが心配そうな顔でこっちを見ている。
「村長殿」とルシウスが言った。「我々は、数日間この村に滞在し、詳しく調査させていただきたい」
「もちろんです。どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
ルシウスは俺に向き直った。「アキト殿、あなたの日常を観察させていただきたい。差し支えなければ」
「日常って……」
「はい。どのように過ごしているのか、何をしているのか。それを知ることが、神の意志を理解する助けになります」
観察される。それは嫌だ。すごく嫌だ。でも、村長が「頼む」という顔をしている。断れない。
「……分かりました」
「ありがとうございます」
ルシウスは深々と頭を下げた。若い神官たちも、それに続く。
神官たちが村長の家を出た後、俺とユイだけが残った。村長は別の用事で席を外している。
「アキトさん、大丈夫ですか?」とユイが心配そうに聞いた。
「大丈夫じゃないかな」
「そうですよね……」
ユイは困った顔をした。「観察されるなんて、落ち着かないですよね」
「うん。すごく嫌だ」
「でも、村長さんも困ってますし……」
「分かってる。だから、我慢する」
ユイは俺の手を握った。温かい。
「私も、できる限りサポートしますから」
「ありがとう」
「一緒に頑張りましょう」
ユイは笑顔で言った。その笑顔を見ると、少し元気が出た。一人じゃない。ユイがいる。それだけで、少し楽になる。
その夜、小屋に戻って一人になった。窓の外には星が見える。いつもの静かな夜だ。でも、明日からは違う。神官たちに観察される日々が始まる。
「めんどくさいな……」
呟く。本当に、めんどくさい。ただ普通に過ごしたいだけなのに、なんでこんなことになるんだろう。
でも、村のためだ。村長も、村人も、みんな困ってる。だから、我慢するしかない。
「まあ、いいか」
そう言い聞かせて、ベッドに横になった。毛布をかぶって、目を閉じる。明日からどうなるか分からないけど、とりあえず寝よう。考えるのは、明日でいい。
でも、なかなか寝付けなかった。神官たちの顔が頭に浮かぶ。観察される日々。どんな風に誤解されるんだろう。想像しただけで、ため息が出る。
「……はぁ」
窓の外を見る。星がたくさん出ている。綺麗だ。この星空だけは、変わらない。それが、少し救いだった。
やがて、眠りが訪れた。浅い眠りだったけど、それでも眠れただけマシだった。
翌朝、目を覚ますと、すでに神官たちが小屋の外で待っていた。
「おはようございます、アキト殿」とルシウスが言った。
「……おはようございます」
まだ寝起きなのに、もう観察が始まるのか。これは、本当にめんどくさいことになった。
そう思いながら、俺は一日の始まりを迎えた。
朝、いつものように畑仕事をしていると、村の入口が騒がしくなった。子どもたちが走り回り、村人たちが何かを囲んで話をしている。俺は人参の水やりを終えて、そっちの方を見た。見慣れない馬車が一台、村の広場に停まっている。立派な造りの馬車だ。装飾が施されていて、明らかに金持ちが乗るようなやつだ。
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「どうしたの?」
「教会から、人が来たみたいです」
「教会?」
「はい。王都の教会から、正式な使者が」
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商人のグラドか。確かに、あの人は俺のことを「聖人」だとか言ってた。まさか、教会にまで話が届いたのか。めんどくさいことになった。
村長の家に呼ばれた。広場の馬車から降りてきたのは、三人の神官だった。全員、白と金の刺繍が入った立派な法衣を着ている。一人は初老の男性で、威厳がある顔つきだ。残りの二人は若い男性で、少し緊張した様子で周りを見回している。
「アキト、こちらが教会の使者だ」と村長が紹介してくれた。
「初めまして。私はルシウスと申します」と初老の神官が言った。声は低く、落ち着いている。「王都の大聖堂から参りました」
「あ、どうも。アキトです」
「お噂は、かねがね」
ルシウスは俺をじっと見た。値踏みするような目だ。なんだか居心地が悪い。
「商人のグラド殿から、詳しい話を聞きました」とルシウスは続けた。「この村に、不思議な力を持つ方がおられると」
「力なんて持ってないですよ」
「謙遜なさらずとも」
またそれか。何度言っても信じてもらえない。
「我々は、この村の状況を調査するために参りました」とルシウスは村長に向き直った。「数日間、滞在させていただきたいのですが」
「もちろんです。どうぞ、ごゆっくり」
村長は快く承諾した。それから俺を見て、少し申し訳なさそうに笑った。俺は小さくため息をついた。
その日の午後、神官たちは村を見て回った。畑、温泉、花畑。村のあちこちを歩いて、色々と質問をしている。俺も付き添わされた。
「この畑は、いつ頃から豊かになったのですか?」と若い神官の一人が聞いた。
「一ヶ月くらい前からです」と村長が答えた。「アキトが来てから、急に野菜が育つようになりました」
「一ヶ月で……」
神官たちは驚いた顔をした。それから畑をじっくり観察し始める。土を触ったり、野菜を見たり、時には目を閉じて何かを感じ取ろうとしているようだった。
「魔力の流れが、非常に豊かです」とルシウスが言った。「この土地には、明らかに神の加護があります」
「加護なんて、大げさですよ」と俺は言ったけど、聞いてもらえなかった。
「アキト殿、あなたは魔法を使えますか?」
「いえ、全然」
「祈りは?」
「してないです」
「では、どうやってこの豊かさを?」
「普通に種蒔いて、水やってるだけです」
ルシウスは眉をひそめた。納得してないみたいだ。それから、若い神官たちと何かを話し合っている。俺には聞こえない声で。
次に案内したのは温泉だ。湯気が立ち上っていて、いい匂いがする。神官たちは温泉を見て、また驚いた顔をした。
「これは……天然の温泉ですか?」
「はい」と村長が答えた。「アキトが発見して、村まで引きました」
「一ヶ月前に?」
「はい」
「信じられない……」
ルシウスは温泉に手を入れた。それから、何かを確かめるように目を閉じる。
「この湯にも、神聖な力が宿っています」とルシウスは言った。「ただの温泉ではない。癒しの力がある」
「そうなんですか?」
「ええ。間違いありません」
ルシウスは俺を見た。「アキト殿、あなたは本当に、何も特別なことをしていないのですか?」
「してないです」
「祈りも、儀式も、魔法も?」
「全部してないです」
「……」
ルシウスは深く考え込んだ。それから、若い神官たちに何か指示を出した。二人は頷いて、温泉の周りを歩き始める。何かを調べているみたいだ。
夕方になって、神官たちは村長の家で報告会をした。俺も呼ばれた。ユイもお茶を出すために来ている。
「結論から申し上げます」とルシウスが言った。「この村には、明らかに神の加護があります」
村長は頷いた。「それは、アキトのおかげでしょうか?」
「恐らく」
ルシウスは俺を見た。「アキト殿、あなたは自覚がないようですが、あなたの存在自体が祝福をもたらしているのです」
「そんなこと……」
「いいえ、事実です」
ルシウスは手元の羊皮紙を広げた。「畑の魔力密度、温泉の癒しの力、村全体の活気。全てが、あなたが来てから変化しています」
「偶然じゃないんですか?」
「偶然が、ここまで続くはずがありません」
ルシウスは真剣な顔をした。「あなたは、神に選ばれた方です。聖人、と呼ぶべきでしょう」
「聖人なんかじゃないです」
「謙虚なお方だ」と若い神官の一人が言った。「それもまた、聖人の証です」
何を言っても無駄みたいだ。俺はため息をついた。ユイが心配そうな顔でこっちを見ている。
「村長殿」とルシウスが言った。「我々は、数日間この村に滞在し、詳しく調査させていただきたい」
「もちろんです。どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
ルシウスは俺に向き直った。「アキト殿、あなたの日常を観察させていただきたい。差し支えなければ」
「日常って……」
「はい。どのように過ごしているのか、何をしているのか。それを知ることが、神の意志を理解する助けになります」
観察される。それは嫌だ。すごく嫌だ。でも、村長が「頼む」という顔をしている。断れない。
「……分かりました」
「ありがとうございます」
ルシウスは深々と頭を下げた。若い神官たちも、それに続く。
神官たちが村長の家を出た後、俺とユイだけが残った。村長は別の用事で席を外している。
「アキトさん、大丈夫ですか?」とユイが心配そうに聞いた。
「大丈夫じゃないかな」
「そうですよね……」
ユイは困った顔をした。「観察されるなんて、落ち着かないですよね」
「うん。すごく嫌だ」
「でも、村長さんも困ってますし……」
「分かってる。だから、我慢する」
ユイは俺の手を握った。温かい。
「私も、できる限りサポートしますから」
「ありがとう」
「一緒に頑張りましょう」
ユイは笑顔で言った。その笑顔を見ると、少し元気が出た。一人じゃない。ユイがいる。それだけで、少し楽になる。
その夜、小屋に戻って一人になった。窓の外には星が見える。いつもの静かな夜だ。でも、明日からは違う。神官たちに観察される日々が始まる。
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呟く。本当に、めんどくさい。ただ普通に過ごしたいだけなのに、なんでこんなことになるんだろう。
でも、村のためだ。村長も、村人も、みんな困ってる。だから、我慢するしかない。
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でも、なかなか寝付けなかった。神官たちの顔が頭に浮かぶ。観察される日々。どんな風に誤解されるんだろう。想像しただけで、ため息が出る。
「……はぁ」
窓の外を見る。星がたくさん出ている。綺麗だ。この星空だけは、変わらない。それが、少し救いだった。
やがて、眠りが訪れた。浅い眠りだったけど、それでも眠れただけマシだった。
翌朝、目を覚ますと、すでに神官たちが小屋の外で待っていた。
「おはようございます、アキト殿」とルシウスが言った。
「……おはようございます」
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