辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜

自ら

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第3章【誤解の拡大】

第14話「信仰と日常」

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セシルが村に来て三日。相変わらず、彼女は俺の後をついて回っていた。
朝起きると、小屋の外にセシルが待っている。畑仕事をすれば、観察される。温泉に行けば、外で待機される。昼寝をすれば、「瞑想」だと記録される。もう慣れた。慣れたというか、諦めた。
「アキト様、今日は何をなさるのですか?」
朝食を終えた後、セシルが聞いてきた。真剣な顔だ。いつも真剣な顔をしている。
「洗濯です」
「洗濯……」とセシルは少し驚いた顔をした。「ご自分で?」
「そうですよ。一人暮らしなんで」
「なんと……」
セシルは何か考え込んでいる。また誤解されるんだろうな、と思いながら、俺は洗濯物を籠に入れた。服、タオル、毛布。結構な量がある。
「手伝います」とセシルが言った。
「え?」
「洗濯、手伝わせてください」
「いや、大丈夫ですよ」
「いいえ」とセシルは首を振った。「あなた様のような尊い方に、こんな作業をさせるわけにはいきません」
「いや、だから尊くないんですけど……」
「手伝わせてください」
セシルは譲らない。その目は真剣だ。断っても無駄だろう。俺はため息をついた。
「……分かりました。じゃあ、一緒にやりましょう」
「はい!」
セシルは嬉しそうに笑った。その笑顔を見るのは、初めてだった気がする。いつも真面目な顔をしてるから、笑顔が新鮮だ。

井戸の近くで、二人で洗濯を始めた。桶に水を汲んで、服を浸す。それから、石鹸でゴシゴシ洗う。単純な作業だけど、量が多いと時間がかかる。
セシルは慣れない手つきで洗濯をしている。修道服の袖をまくって、一生懸命だ。でも、洗い方がぎこちない。
「セシルさん、洗濯したことないんですか?」
「はい……教会では、専門の方がいましたので」
「そうなんだ」
「お恥ずかしいです」
セシルは少し顔を赤くした。その表情が、なんだか可愛らしい。いつも真面目で神聖な雰囲気を纏ってるけど、こういう普通の表情もするんだな。
「じゃあ、教えますね」
「本当ですか?」
「こうやって、生地を擦り合わせるんです。あまり強くやると破れるので、適度に」
「こう、ですか?」
セシルは俺の真似をして洗い始めた。最初はぎこちなかったけど、だんだん慣れてくる。飲み込みが早い。
「上手ですね」
「ありがとうございます」
セシルは嬉しそうに笑った。二人で並んで洗濯をする。時々、手が触れそうになって、セシルが慌てて手を引く。その度に、少し顔が赤くなる。
「アキト様」
「はい」
「あの、質問してもよろしいですか」
「どうぞ」
「なぜ、ご自分で洗濯をなさるのですか?」
「一人暮らしだからですよ。誰かにやってもらうわけにはいかないし」
「でも、あなた様ほどの方なら……」
「俺は普通の人間です」と俺は言った。「だから、普通に洗濯もします」
セシルは黙って、俺を見ていた。その目は、いつもの崇拝するような目ではなかった。何か、別のものを見ているような目だ。
「……そうですか」
セシルは小さく呟いて、また洗濯に戻った。

洗濯を終えて、服を干した。日差しが強いから、すぐに乾くだろう。セシルも手伝ってくれて、作業が早く終わった。
「ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。教えていただいて」
セシルは少し汗をかいている。額に汗が滲んでいた。それを手で拭う仕草が、なんだか人間らしい。
「喉、乾きましたよね。お茶でも飲みましょうか」
「はい」
小屋に戻って、お茶を淹れた。ユイが置いていってくれた茶葉だ。いい香りがする。二人で席について、お茶を飲んだ。
「美味しいですね」とセシルが言った。
「ユイさんが選んでくれたお茶です」
「ユイさん……」
セシルは少し考え込んだ。「あの方は、アキト様と長い付き合いなのですか?」
「まあ、一ヶ月くらいですけど」
「一ヶ月……」
「でも、よく面倒見てくれるんです。料理作ってくれたり、色々手伝ってくれたり」
「そうですか」
セシルはお茶を飲んだ。それから、窓の外を見た。村の畑が見える。緑が広がっていて、綺麗だ。
「アキト様」
「はい」
「あなた様は、ユイさんのことを……」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
セシルは顔を赤くした。何か言いかけたけど、途中でやめたみたいだ。何を聞きたかったんだろう。

午後、村の子どもたちが小屋の前に集まってきた。五人ほど。みんな、俺を見て目を輝かせている。
「アキトさん!」
「どうしたの?」
「遊んで!」
子どもたちは元気いっぱいだ。最近、よく遊びに来る。最初は遠慮してたけど、だんだん慣れてきたみたいだ。
「今日は何する?」
「鬼ごっこ!」
「またか。俺、足速くないんだけどな」
「大丈夫!アキトさん、鬼ね!」
勝手に決められた。子どもたちは笑いながら逃げていく。俺は仕方なく追いかける。セシルは、その様子を呆然と見ていた。
「アキト様が……子どもたちと……」
「セシルさんも一緒にどうですか?」
「え、私もですか?」
「はい。楽しいですよ」
セシルは戸惑っていたけど、子どもの一人が手を引いた。
「お姉ちゃんも一緒に!」
「あ、あの……」
「ほら、逃げて!」
子どもたちに引っ張られて、セシルも走り始めた。最初はぎこちなかったけど、だんだん笑顔になってくる。修道服の裾を押さえながら、一生懸命走っている。
俺は子どもたちを追いかける。なかなか捕まえられない。子どもは速い。セシルも逃げている。銀髪が風に揺れている。
「捕まえた!」
やっと一人捕まえた。子どもは笑いながら、次の鬼になった。今度は子どもが追いかける番だ。俺とセシルは一緒に逃げる。
「こっちです、アキト様!」
セシルが手を引いた。温かい手だ。二人で木の陰に隠れる。息を潜めて、子どもの動きを見る。
「……楽しいですね」とセシルが小声で言った。
「そうですね」
「こんな風に遊ぶの、久しぶりです」
「昔は、よく遊んだんですか?」
「はい。教会に入る前は」
セシルは少し懐かしそうな顔をした。「でも、教会に入ってからは、こういう時間がなくて」
「そうなんだ」
「毎日、祈りと勉強と修行でした」
セシルは俺を見た。「でも、今日は……楽しいです」
「よかった」
子どもが近づいてくる。セシルと目を合わせて、頷く。それから、一緒に走り出した。

日が傾く頃、子どもたちは帰っていった。俺とセシルは、小屋の前で休んでいた。二人とも、少し疲れている。
「疲れましたね」
「はい……でも、楽しかったです」
セシルは笑顔だった。いつもの真面目な表情じゃなく、柔らかい笑顔。
「アキト様」
「はい」
「あの、一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
セシルは少し躊躇してから、言った。「あなた様は、本当に……神の化身なのでしょうか」
「違いますよ」
「でも、奇跡が起きています」
「それは偶然です」
「偶然が、こんなに続くでしょうか」
セシルは真剣な顔をした。「私は、ずっとそう信じていました。あなた様は神聖な存在だと」
「……」
「でも、今日一日、一緒に過ごして」
セシルは俺を見た。「あなた様は、とても……人間らしいです」
「そうですよ。人間ですから」
「洗濯をして、お茶を飲んで、子どもと遊んで」
セシルは小さく笑った。「神聖な存在が、そんなことをするでしょうか」
「しないと思います」
「……ですよね」
セシルは空を見上げた。夕焼けが綺麗だ。オレンジ色の空に、雲が浮かんでいる。
「でも、不思議です」
「何がですか?」
「あなた様といると、心が温かくなります」
セシルは顔を赤くした。「これは、信仰の心……なのでしょうか」
「さあ……」
俺には分からない。信仰とか、そういうのはよく分からない。でも、セシルの表情は、いつもとは違っていた。崇拝するような目じゃなく、もっと柔らかい目だ。
「分かりません」とセシルは呟いた。「でも、あなた様と一緒にいると……楽しいです」
「俺も楽しいですよ」
「本当ですか?」
「本当です」
セシルは嬉しそうに笑った。その笑顔が、夕焼けに照らされて綺麗だった。

夜、セシルが帰った後、ユイが夕食を持ってきた。
「お疲れさまです、アキトさん」
「ああ、ありがとう」
「今日は、セシルさんと一緒だったんですね」
「うん。洗濯手伝ってもらったり、子どもと遊んだり」
「そうですか」
ユイは少し複雑な顔をした。「セシルさん、どうでしたか?」
「どうって?」
「その……アキトさんのこと、まだ神様だと思ってますか?」
「うーん、少しは変わったかな」
俺は今日のことを話した。洗濯のこと、お茶のこと、子どもと遊んだこと。ユイは黙って聞いていた。
「……そうですか」
「ユイさん、どうかした?」
「いえ、なんでも」
ユイは笑顔を作った。でも、少しだけ寂しそうに見えた気がする。気のせいかもしれないけど。
「ユイさん」
「はい」
「俺、やっぱりユイさんと一緒にいるのが一番落ち着くよ」
「……え?」
「セシルさんも悪い人じゃないけど、ユイさんの方が一緒にいて楽だ」
ユイは顔を赤くした。「な、何言ってるんですか」
「本当のことだよ」
「もう……」
ユイは嬉しそうに笑った。さっきの寂しそうな表情は消えている。よかった。
「じゃあ、食べましょうか」
「うん」
二人で夕食を食べた。いつもの味。いつもの時間。これが、一番落ち着く。

その夜、セシルは自分の部屋で考えていた。
今日一日のことを思い出す。洗濯を教えてもらったこと。お茶を飲んだこと。子どもと遊んだこと。アキトの笑顔。温かい手。
「アキト様……」
呟く。胸が温かい。これは、何だろう。信仰の心とは、違う気がする。でも、何なのか分からない。
窓の外を見る。星が出ている。その向こう、アキトの小屋がある。今頃、寝ているのだろうか。
「また、明日……」
そう呟いて、セシルは眠りについた。心は温かいまま。不思議な感覚に包まれながら。
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