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第6章【満たされた世界】
第26話「一年後の約束」
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季節が一巡して、村は再び春を迎えていた。畑には新しい芽が顔を出し、風は柔らかく、空は澄んでいる。相変わらず穏やかな日々が続いていたけれど、今日は少し違う。今日は、王都に行く日だ。
「アキトさん、準備できましたか?」
ユイが小屋の前で声をかけてくる。手には大きな荷物を持っている。中身は多分、弁当だ。ユイは旅の準備に気合が入りすぎて、三日分くらいの食料を詰め込んでいる。
「うん、できた。っていうか、そんなに持っていくの?」
「だって、王都までは三日かかるんですよ。途中でお腹が空いたら大変です」
ユイは笑顔で答えた。彼女は本当に、いつも俺のことを心配してくれる。ありがたいけど、少し荷物が多すぎる気もする。
「師匠、俺も準備できたぞ」
リズが剣を腰に差して現れた。彼女は護衛役を自任していて、張り切っている。別に護衛なんて必要ないと思うけど、リズが楽しそうだから何も言わなかった。
「アキト様、お待たせしました」
セシルも荷物を持って来た。彼女の荷物は軽そうだ。巫女服の裾を少し持ち上げながら、優雅に歩いてくる。
「じゃあ、行こうか」
四人で村を出発した。村人たちが見送ってくれる。村長も手を振っている。
「気をつけて」
「またすぐ帰ってきてくださいね」
と、みんなが声をかけてくれる。この村の人たちは、本当に温かい。
村を出ると、森の中の道を歩いていく。木漏れ日が気持ちいい。鳥のさえずりが聞こえる。リズが先頭を歩いて、俺とユイが真ん中、セシルが後ろを歩く。たまに、セシルが祈りの言葉を呟いているのが聞こえる。彼女は旅の無事を祈っているんだろう。
「アキトさん、王都ってどんなところなんでしょうね」
ユイが楽しそうに聞いてきた。俺も王都には行ったことがない。というか、この世界に来てから、ずっと村にいる。
「さあ。でも、きっと賑やかなんじゃないかな」
「楽しみです。アキトさんと一緒に旅ができるなんて」
ユイは嬉しそうだ。彼女の笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
「師匠、前方に魔物の気配はないぞ」
リズが報告してくる。彼女は冒険者としての経験があるから、警戒も完璧だ。でも、この辺りに魔物はほとんどいない。村の周辺は、なぜか魔物が出なくなっている。村人は「アキト様の加護だ」と言っているけど、俺は何もしていない。
「ありがとう。でも、大丈夫だと思うよ」
「油断は禁物だ。師匠を守るのが、俺の役目だからな」
リズは真剣な顔で言った。頼もしいけど、少し肩に力が入りすぎている気がする。
昼過ぎ、森を抜けて開けた場所に出た。小川が流れていて、休憩するにはちょうどいい。ユイが荷物を下ろして、弁当を取り出した。
「お昼にしましょう」
「うん、そうしよう」
四人で川のほとりに座る。ユイが弁当を配ってくれた。中身はサンドイッチと果物、それに水筒に入った冷たいお茶。サンドイッチは具がたっぷり入っていて、美味しそうだ。
「いただきます」
四人で食べ始める。サンドイッチを一口食べると、優しい味が口の中に広がった。ユイの料理は、いつも心がこもっている。
「美味しいです、ユイさん」
セシルが微笑みながら言った。ユイは照れたように笑う。
「ありがとうございます。アキトさんが喜んでくれると思って、頑張りました」
「うん、美味しいよ」
俺も素直に答えた。ユイの笑顔が、さらに明るくなる。
「師匠、これ食うか?」
リズが自分の果物を差し出してきた。彼女は肉が好きで、果物はあまり食べない。
「いや、リズも食べなよ。体にいいから」
「そうか。じゃあ、頑張って食う」
リズは渋々果物を口に入れた。その顔が少し可愛くて、笑ってしまった。
昼食を終えて、再び歩き始める。午後の日差しは少し強いけれど、風が涼しい。歩いていると、セシルが話しかけてきた。
「アキト様、王都に着いたら、どうなさるおつもりですか」
「どうって......報告するだけだよ。村の様子とか」
「それだけですか?」
「うん。それ以上、何かする必要ある?」
セシルは少し困った顔をした。彼女は、もっと特別なことを期待していたのかもしれない。
「いえ、それで十分です。ただ、国王陛下は、きっとアキト様に色々とお願いをされると思います」
「お願い?」
「はい。村の繁栄の秘訣を教えてほしいとか、他の土地も豊かにしてほしいとか」
「そんなの、俺にはできないよ」
俺は首を振った。村が豊かになったのは、俺のせいじゃない。みんなが頑張ったからだ。
「でも、アキト様がいるから、村は豊かになったんです」
セシルは真剣な顔で言った。でも、俺にはピンとこない。俺はただ、畑仕事をして、昼寝をして、温泉に入っているだけだ。
「まあ、その時に考えるよ」
「そうですね」
セシルは微笑んだ。彼女は、俺の答えに満足したようだ。
夕方になって、小さな宿場町に着いた。ここで一泊することになっている。宿は質素だけど、清潔で居心地がいい。部屋は二つあって、俺とリズが一つ、ユイとセシルがもう一つに泊まる。
夕食は宿の食堂で食べた。シチューとパン、それにサラダ。味は普通だけど、温かくて美味しい。旅の疲れが癒される気がする。
「明日も、頑張って歩きましょうね」
ユイが言った。俺たちは頷いて、食事を続けた。
夜、部屋で休んでいると、リズが話しかけてきた。
「師匠、本当に王都に行くの、嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないよ。年に一度だけだし」
「そうか」
リズは少し安心したような顔をした。彼女は、俺が王都に連れて行かれることを心配していたんだろう。
「リズは、王都に行ったことある?」
「ああ、何度か。でも、あんまり好きじゃない」
「どうして?」
「人が多すぎる。それに、みんな忙しそうで、落ち着かない」
リズはそう言って、窓の外を見た。星が綺麗に見える。
「村の方が、いいよな」
「うん、村がいい」
俺も同意した。村は静かで、穏やかで、居心地がいい。王都がどんなに立派でも、村には敵わない。
「じゃあ、寝よう。明日も早いから」
「ああ」
二人でベッドに横になった。リズはすぐに寝息を立て始めた。俺も目を閉じる。明日は、また歩く。そして、王都に着く。少し緊張するけど、まあ、なんとかなるだろう。そう思いながら、眠りに落ちていった。
翌朝、早起きして出発した。二日目も、歩き続ける。景色が少しずつ変わっていく。森が減って、畑が増えて、家が増えていく。人の気配が濃くなっていく。
「もうすぐ王都ですね」
セシルが言った。彼女は王都に何度か来たことがあるらしい。教会の用事で。
「どんな場所なの?」
「大きくて、賑やかで、とても華やかです。でも、少し疲れる場所でもあります」
セシルの言葉に、俺は少し不安になった。疲れる場所、か。やっぱり、早く帰りたいな。
三日目の午後、ついに王都が見えてきた。高い城壁に囲まれた、巨大な街。城壁の向こうには、たくさんの建物が並んでいる。遠くに、大きな城も見える。これが、王都か。
「すごい......」
ユイが感嘆の声を上げた。リズも、少し驚いた顔をしている。俺も、その大きさに圧倒された。村とは、全然違う。
門をくぐると、人、人、人。とにかく人が多い。商人が荷物を運んでいて、兵士が巡回していて、子どもが走り回っている。騒がしくて、落ち着かない。
「アキトさん、はぐれないようにしてくださいね」
ユイが俺の腕を掴んだ。セシルも、後ろからついてくる。リズは前を歩いて、道を確保してくれている。
城に向かう道を歩いていく。途中、何人かが俺たちを見ている。特に、セシルの巫女服が目立つらしい。でも、誰も話しかけてこない。ただ、じっと見ているだけだ。
やがて、城の門に着いた。門番がいて、俺たちを見ている。
「用件は?」
「報告に来ました。レオナルド様との約束で」
セシルが答えた。門番は少し考えてから、頷いた。
「ああ、アキト殿か。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
門が開いて、中に入る。城の中は、外よりもさらに豪華だ。赤い絨毯が敷かれていて、壁には絵が飾られている。天井も高くて、開放感がある。でも、なんだか落ち着かない。
案内されたのは、広い部屋だった。中央には大きなテーブルがあって、椅子が並んでいる。窓からは、王都全体が見渡せる。
「少々お待ちください。レオナルド様を呼んで参ります」
門番が出ていった。俺たちは椅子に座って、待つ。ユイは緊張した顔をしている。セシルは落ち着いているけど、少し表情が硬い。リズは、きょろきょろと部屋を見回している。
しばらくして、扉が開いた。レオナルドが入ってくる。彼は相変わらず、立派な服を着ている。
「アキト殿、よくお越しくださいました」
「お久しぶりです」
俺は立ち上がって、頭を下げた。レオナルドは微笑んで、手を差し出してきた。握手をする。
「お元気そうで何よりです。村の皆様も、お変わりありませんか」
「はい、みんな元気です」
「それは良かった」
レオナルドは椅子に座るよう促した。俺たちも座る。
「では、国王陛下にお会いいただきます。少し緊張されるかもしれませんが、ご安心ください。陛下は、とても穏やかな方です」
「はい」
レオナルドに連れられて、謁見の間に向かった。大きな扉を開けると、さらに広い部屋が現れた。奥には、玉座がある。そこに、一人の男性が座っている。国王だ。
「陛下、アキト殿をお連れしました」
レオナルドが言った。国王は頷いて、俺たちを見た。五十代くらいの、穏やかな顔つきの男性だ。威厳はあるけど、怖くはない。
「アキトか。よく来てくれた」
国王の声は、優しい。俺は深く頭を下げた。
「初めまして。アキトです」
「うむ。そなたの噂は、よく聞いておる。村を豊かにし、人々を救う。まさに、聖人のようだと」
「いえ、そんなことは......」
「謙遜するな。レオナルドからも報告を受けておる。そなたは、素晴らしい方だ」
国王は微笑んだ。その笑顔は、本当に穏やかで、俺は少し安心した。
「村の様子を聞かせてくれ」
「はい」
俺は村のことを話した。畑が豊かになったこと、温泉が見つかったこと、人々が笑顔で暮らしていること。国王は、うんうんと頷きながら聞いている。
「素晴らしい。そなたのおかげで、村は幸せになったのだな」
「いえ、俺のおかげじゃないです。みんなが頑張ったから」
「そうか」
国王は笑った。
「そなたは、本当に謙虚だな」
それから、少し雑談をした。国王は村の生活に興味があるらしく、色々と質問してきた。どんな料理を食べているのか、どんな仕事をしているのか、どんな楽しみがあるのか。俺は正直に答えた。
「楽しそうだな」
と国王は言った。
「私も、たまにはそんな生活をしてみたい」
「ぜひ、村に来てください」
俺の言葉に、国王は驚いた顔をした。それから、大笑いした。
「はははは!そなたは面白い。国王を村に招くとは」
「ダメですか?」
「いや、ダメではない。いつか、本当に行ってみよう」
国王は満足そうに頷いた。それから、レオナルドに目配せをした。
「では、報告はこれで終わりだ。そなたたちは、今日はゆっくり休むといい。明日、帰るのだろう?」
「はい」
「ならば、城に泊まっていけ。部屋を用意させる」
「ありがとうございます」
俺たちは深く頭を下げた。謁見の間を出ると、リズが小声で言った。
「師匠、国王を村に招くって......普通、言わないぞ」
「え、ダメだった?」
「ダメじゃないけど、びっくりした」
セシルも笑っている。ユイは、ホッとした顔をしている。
「でも、無事に終わってよかったです」
「うん、よかった」
城の部屋は豪華だった。ベッドは大きくて、ふかふかで、窓からは夜景が見える。でも、なんだか落ち着かない。豪華すぎて、逆に疲れる。
「やっぱり、村がいいな」
呟くと、リズが笑った。
「だろうな。俺もそう思う」
「明日、帰りましょう」とユイが言った。
「うん。早く帰りたい」
四人で笑い合った。王都は立派だけど、やっぱり村がいい。静かで、穏やかで、居心地がいい。あそこが、俺たちの場所だ。
その夜、ベッドに横になりながら考えた。王都に来て、国王に会って、報告をした。でも、やっぱり村がいい。明日帰ったら、また畑仕事をして、温泉に入って、昼寝をしよう。それが、一番幸せだ。
「早く帰りたいな」
呟いて、目を閉じた。明日は、村に帰る。それだけを考えながら、眠りに落ちていった。
「アキトさん、準備できましたか?」
ユイが小屋の前で声をかけてくる。手には大きな荷物を持っている。中身は多分、弁当だ。ユイは旅の準備に気合が入りすぎて、三日分くらいの食料を詰め込んでいる。
「うん、できた。っていうか、そんなに持っていくの?」
「だって、王都までは三日かかるんですよ。途中でお腹が空いたら大変です」
ユイは笑顔で答えた。彼女は本当に、いつも俺のことを心配してくれる。ありがたいけど、少し荷物が多すぎる気もする。
「師匠、俺も準備できたぞ」
リズが剣を腰に差して現れた。彼女は護衛役を自任していて、張り切っている。別に護衛なんて必要ないと思うけど、リズが楽しそうだから何も言わなかった。
「アキト様、お待たせしました」
セシルも荷物を持って来た。彼女の荷物は軽そうだ。巫女服の裾を少し持ち上げながら、優雅に歩いてくる。
「じゃあ、行こうか」
四人で村を出発した。村人たちが見送ってくれる。村長も手を振っている。
「気をつけて」
「またすぐ帰ってきてくださいね」
と、みんなが声をかけてくれる。この村の人たちは、本当に温かい。
村を出ると、森の中の道を歩いていく。木漏れ日が気持ちいい。鳥のさえずりが聞こえる。リズが先頭を歩いて、俺とユイが真ん中、セシルが後ろを歩く。たまに、セシルが祈りの言葉を呟いているのが聞こえる。彼女は旅の無事を祈っているんだろう。
「アキトさん、王都ってどんなところなんでしょうね」
ユイが楽しそうに聞いてきた。俺も王都には行ったことがない。というか、この世界に来てから、ずっと村にいる。
「さあ。でも、きっと賑やかなんじゃないかな」
「楽しみです。アキトさんと一緒に旅ができるなんて」
ユイは嬉しそうだ。彼女の笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
「師匠、前方に魔物の気配はないぞ」
リズが報告してくる。彼女は冒険者としての経験があるから、警戒も完璧だ。でも、この辺りに魔物はほとんどいない。村の周辺は、なぜか魔物が出なくなっている。村人は「アキト様の加護だ」と言っているけど、俺は何もしていない。
「ありがとう。でも、大丈夫だと思うよ」
「油断は禁物だ。師匠を守るのが、俺の役目だからな」
リズは真剣な顔で言った。頼もしいけど、少し肩に力が入りすぎている気がする。
昼過ぎ、森を抜けて開けた場所に出た。小川が流れていて、休憩するにはちょうどいい。ユイが荷物を下ろして、弁当を取り出した。
「お昼にしましょう」
「うん、そうしよう」
四人で川のほとりに座る。ユイが弁当を配ってくれた。中身はサンドイッチと果物、それに水筒に入った冷たいお茶。サンドイッチは具がたっぷり入っていて、美味しそうだ。
「いただきます」
四人で食べ始める。サンドイッチを一口食べると、優しい味が口の中に広がった。ユイの料理は、いつも心がこもっている。
「美味しいです、ユイさん」
セシルが微笑みながら言った。ユイは照れたように笑う。
「ありがとうございます。アキトさんが喜んでくれると思って、頑張りました」
「うん、美味しいよ」
俺も素直に答えた。ユイの笑顔が、さらに明るくなる。
「師匠、これ食うか?」
リズが自分の果物を差し出してきた。彼女は肉が好きで、果物はあまり食べない。
「いや、リズも食べなよ。体にいいから」
「そうか。じゃあ、頑張って食う」
リズは渋々果物を口に入れた。その顔が少し可愛くて、笑ってしまった。
昼食を終えて、再び歩き始める。午後の日差しは少し強いけれど、風が涼しい。歩いていると、セシルが話しかけてきた。
「アキト様、王都に着いたら、どうなさるおつもりですか」
「どうって......報告するだけだよ。村の様子とか」
「それだけですか?」
「うん。それ以上、何かする必要ある?」
セシルは少し困った顔をした。彼女は、もっと特別なことを期待していたのかもしれない。
「いえ、それで十分です。ただ、国王陛下は、きっとアキト様に色々とお願いをされると思います」
「お願い?」
「はい。村の繁栄の秘訣を教えてほしいとか、他の土地も豊かにしてほしいとか」
「そんなの、俺にはできないよ」
俺は首を振った。村が豊かになったのは、俺のせいじゃない。みんなが頑張ったからだ。
「でも、アキト様がいるから、村は豊かになったんです」
セシルは真剣な顔で言った。でも、俺にはピンとこない。俺はただ、畑仕事をして、昼寝をして、温泉に入っているだけだ。
「まあ、その時に考えるよ」
「そうですね」
セシルは微笑んだ。彼女は、俺の答えに満足したようだ。
夕方になって、小さな宿場町に着いた。ここで一泊することになっている。宿は質素だけど、清潔で居心地がいい。部屋は二つあって、俺とリズが一つ、ユイとセシルがもう一つに泊まる。
夕食は宿の食堂で食べた。シチューとパン、それにサラダ。味は普通だけど、温かくて美味しい。旅の疲れが癒される気がする。
「明日も、頑張って歩きましょうね」
ユイが言った。俺たちは頷いて、食事を続けた。
夜、部屋で休んでいると、リズが話しかけてきた。
「師匠、本当に王都に行くの、嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないよ。年に一度だけだし」
「そうか」
リズは少し安心したような顔をした。彼女は、俺が王都に連れて行かれることを心配していたんだろう。
「リズは、王都に行ったことある?」
「ああ、何度か。でも、あんまり好きじゃない」
「どうして?」
「人が多すぎる。それに、みんな忙しそうで、落ち着かない」
リズはそう言って、窓の外を見た。星が綺麗に見える。
「村の方が、いいよな」
「うん、村がいい」
俺も同意した。村は静かで、穏やかで、居心地がいい。王都がどんなに立派でも、村には敵わない。
「じゃあ、寝よう。明日も早いから」
「ああ」
二人でベッドに横になった。リズはすぐに寝息を立て始めた。俺も目を閉じる。明日は、また歩く。そして、王都に着く。少し緊張するけど、まあ、なんとかなるだろう。そう思いながら、眠りに落ちていった。
翌朝、早起きして出発した。二日目も、歩き続ける。景色が少しずつ変わっていく。森が減って、畑が増えて、家が増えていく。人の気配が濃くなっていく。
「もうすぐ王都ですね」
セシルが言った。彼女は王都に何度か来たことがあるらしい。教会の用事で。
「どんな場所なの?」
「大きくて、賑やかで、とても華やかです。でも、少し疲れる場所でもあります」
セシルの言葉に、俺は少し不安になった。疲れる場所、か。やっぱり、早く帰りたいな。
三日目の午後、ついに王都が見えてきた。高い城壁に囲まれた、巨大な街。城壁の向こうには、たくさんの建物が並んでいる。遠くに、大きな城も見える。これが、王都か。
「すごい......」
ユイが感嘆の声を上げた。リズも、少し驚いた顔をしている。俺も、その大きさに圧倒された。村とは、全然違う。
門をくぐると、人、人、人。とにかく人が多い。商人が荷物を運んでいて、兵士が巡回していて、子どもが走り回っている。騒がしくて、落ち着かない。
「アキトさん、はぐれないようにしてくださいね」
ユイが俺の腕を掴んだ。セシルも、後ろからついてくる。リズは前を歩いて、道を確保してくれている。
城に向かう道を歩いていく。途中、何人かが俺たちを見ている。特に、セシルの巫女服が目立つらしい。でも、誰も話しかけてこない。ただ、じっと見ているだけだ。
やがて、城の門に着いた。門番がいて、俺たちを見ている。
「用件は?」
「報告に来ました。レオナルド様との約束で」
セシルが答えた。門番は少し考えてから、頷いた。
「ああ、アキト殿か。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
門が開いて、中に入る。城の中は、外よりもさらに豪華だ。赤い絨毯が敷かれていて、壁には絵が飾られている。天井も高くて、開放感がある。でも、なんだか落ち着かない。
案内されたのは、広い部屋だった。中央には大きなテーブルがあって、椅子が並んでいる。窓からは、王都全体が見渡せる。
「少々お待ちください。レオナルド様を呼んで参ります」
門番が出ていった。俺たちは椅子に座って、待つ。ユイは緊張した顔をしている。セシルは落ち着いているけど、少し表情が硬い。リズは、きょろきょろと部屋を見回している。
しばらくして、扉が開いた。レオナルドが入ってくる。彼は相変わらず、立派な服を着ている。
「アキト殿、よくお越しくださいました」
「お久しぶりです」
俺は立ち上がって、頭を下げた。レオナルドは微笑んで、手を差し出してきた。握手をする。
「お元気そうで何よりです。村の皆様も、お変わりありませんか」
「はい、みんな元気です」
「それは良かった」
レオナルドは椅子に座るよう促した。俺たちも座る。
「では、国王陛下にお会いいただきます。少し緊張されるかもしれませんが、ご安心ください。陛下は、とても穏やかな方です」
「はい」
レオナルドに連れられて、謁見の間に向かった。大きな扉を開けると、さらに広い部屋が現れた。奥には、玉座がある。そこに、一人の男性が座っている。国王だ。
「陛下、アキト殿をお連れしました」
レオナルドが言った。国王は頷いて、俺たちを見た。五十代くらいの、穏やかな顔つきの男性だ。威厳はあるけど、怖くはない。
「アキトか。よく来てくれた」
国王の声は、優しい。俺は深く頭を下げた。
「初めまして。アキトです」
「うむ。そなたの噂は、よく聞いておる。村を豊かにし、人々を救う。まさに、聖人のようだと」
「いえ、そんなことは......」
「謙遜するな。レオナルドからも報告を受けておる。そなたは、素晴らしい方だ」
国王は微笑んだ。その笑顔は、本当に穏やかで、俺は少し安心した。
「村の様子を聞かせてくれ」
「はい」
俺は村のことを話した。畑が豊かになったこと、温泉が見つかったこと、人々が笑顔で暮らしていること。国王は、うんうんと頷きながら聞いている。
「素晴らしい。そなたのおかげで、村は幸せになったのだな」
「いえ、俺のおかげじゃないです。みんなが頑張ったから」
「そうか」
国王は笑った。
「そなたは、本当に謙虚だな」
それから、少し雑談をした。国王は村の生活に興味があるらしく、色々と質問してきた。どんな料理を食べているのか、どんな仕事をしているのか、どんな楽しみがあるのか。俺は正直に答えた。
「楽しそうだな」
と国王は言った。
「私も、たまにはそんな生活をしてみたい」
「ぜひ、村に来てください」
俺の言葉に、国王は驚いた顔をした。それから、大笑いした。
「はははは!そなたは面白い。国王を村に招くとは」
「ダメですか?」
「いや、ダメではない。いつか、本当に行ってみよう」
国王は満足そうに頷いた。それから、レオナルドに目配せをした。
「では、報告はこれで終わりだ。そなたたちは、今日はゆっくり休むといい。明日、帰るのだろう?」
「はい」
「ならば、城に泊まっていけ。部屋を用意させる」
「ありがとうございます」
俺たちは深く頭を下げた。謁見の間を出ると、リズが小声で言った。
「師匠、国王を村に招くって......普通、言わないぞ」
「え、ダメだった?」
「ダメじゃないけど、びっくりした」
セシルも笑っている。ユイは、ホッとした顔をしている。
「でも、無事に終わってよかったです」
「うん、よかった」
城の部屋は豪華だった。ベッドは大きくて、ふかふかで、窓からは夜景が見える。でも、なんだか落ち着かない。豪華すぎて、逆に疲れる。
「やっぱり、村がいいな」
呟くと、リズが笑った。
「だろうな。俺もそう思う」
「明日、帰りましょう」とユイが言った。
「うん。早く帰りたい」
四人で笑い合った。王都は立派だけど、やっぱり村がいい。静かで、穏やかで、居心地がいい。あそこが、俺たちの場所だ。
その夜、ベッドに横になりながら考えた。王都に来て、国王に会って、報告をした。でも、やっぱり村がいい。明日帰ったら、また畑仕事をして、温泉に入って、昼寝をしよう。それが、一番幸せだ。
「早く帰りたいな」
呟いて、目を閉じた。明日は、村に帰る。それだけを考えながら、眠りに落ちていった。
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11歳・小学5年生の唯は交通事故に遭い、気がついたら何処かの部屋にいて、目の前には黒留袖を着た女性-鈴がいた。ここが死後の世界と知りショックを受けるものの、現世に未練があることを訴えると、鈴から異世界へ転生することを薦められる。理由を知った唯は転生を承諾するも、手続き中に『記憶の覚醒が11歳の誕生日、その後すぐにとある事件に巻き込まれ、数日中に死亡する』という事実が発覚する。
異世界の神も気の毒に思い、死なないルートを探すも、事件後の覚醒となってしまい、その影響で記憶喪失、取得スキルと魔法の喪失、ステータス能力値がほぼゼロ、覚醒場所は樹海の中という最底辺からのスタート。これに同情した鈴と神は、唯に統括型スキル【料理道[極み]】と善行ポイントを与え、異世界へと送り出す。
持ち前の明るく前向きな性格の唯は、このスキルでフェンリルを救ったことをキッカケに、様々な人々と出会っていくが、皆は彼女の料理だけでなく、調理時のスキルの使い方に驚くばかり。この料理道で皆を振り回していくものの、次第に愛される存在になっていく。
これは、ちょっぴり恋に鈍感で天然な唯と、もふもふ従魔や仲間たちとの異世界のんびり物語。
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