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第75話 暗い風
「カイト。南東から暗い風が吹いてる」
アリアの風読み通信が、夜のテントに届いた。声が硬かった。通常の定期連絡とは質が違う。甘い風属性の残滓が、テントの帆布を通して染み込んでくるが、今夜の残滓には別の匂いが混じっていた。アリアが感じ取った「暗い風」の残り香。焦げた甘さ。闇市の匂い。
テントの中は蝋燭一本の灯り。蜜蝋の匂いと、テントの帆布に染み込んだ煙と汗の匂い。外では山の風が針葉樹の枝を揺らしていて、葉擦れの音がテントの中まで聞こえている。その風の向こうに、アリアが捉えた何かがある。
「前に感じたのと同じ——闇市の匂い。でも今度は規模が違う」
アリアの声が低くなった。眼鏡の奥の瞳が真剣になっている姿が、声の質から想像できた。風読みのAランクスキル。アリアは風に混じった魔素の質で存在を識別する。教会の聖属性は清浄で硬い風。悪魔の魔属性は粘つく暗い風。ラスティカで教会の調査団と悪魔の斥候を同時に感知した時と、同じ種類の「暗さ」。だが今回は、その暗さの規模が桁違いだった。
「前は斥候が数体だった。今は……もっと大きい何かが動いてる。何かが、冥渦を意図的に開こうとしている」
意図的に。
その二文字が、テントの中の空気を変えた。口の中に、夕食の干し肉の塩気と鉄の味が混ざった後味が残っている。その味が、一瞬で苦くなった。リーゼが碧い瞳を上げた。毛布の中から身を起こしている。シアが紫の瞳を見開いた。メルティアの赤い瞳が、暗闘の中で鋭く光った。
冥渦の開放は自然崩壊だと思っていた。千二百年の封印の寿命。経年劣化で崩壊していく、自然の過程。俺たちはそう認識していた。封印陣が千二百年の時間に耐えきれず、一つずつ壊れていく。仕方がないこと。避けられないこと。
だが——意図的に壊しているなら、話が変わる。誰かが、自然の崩壊を加速させている。
◇
マルクスが地図を広げた。
灰色の外套のまま、テーブルの前に座っている。銀縁の眼鏡が蝋燭の光を反射して、レンズの片方だけが光っている。マルクスの指が地図の上を走った。赤い印。過去数週間で開いた冥渦の位置を全て記録してある。マルクスは前線に来てから毎日、冥渦の発生位置と時刻と規模を記録し続けていた。
「複数の冥渦が同時に開くパターンを分析しました」
声が低い。だが確信がある声だ。データが結論を示した時のマルクスの声。
「自然崩壊なら、封印の劣化度に応じてランダムに開くはずです。劣化が進んでいる封印から順に崩壊する。確率分布で言えば、大陸全体で均等にばらつく」
マルクスの指が、地図の赤い印を順番に辿った。
「だが、実際の発生パターンを見てください。第一冥渦——三月十五日。第二冥渦——三月十八日。北東の冥渦——三月二十二日。……全て、三日から五日の間隔で、南東方向から北西方向に向かって順に開いています」
マルクスの指が、赤い印を結ぶ線を描いた。斜めの線。南東から北西へ。
「ランダムではありえない。方向性がある。……誰かが、南東側から北西側に向かって、封印を順番に壊しています。自然崩壊を装いながら。封印の弱い場所を狙って、外側から力を加えて破壊している。悪魔勢力の工作です」
マルクスの銀縁の眼鏡の奥の目に、冷徹な分析の光があった。だが、その光の温度が以前と微かに違っていた。冷徹さの中に、怒りに似たものが混じっている。このデータが意味するのは——誰かが意図的に戦争を長引かせているということだ。聖騎士団の兵士たちが疲弊し、命を落としている戦場を、誰かが裏で操作している。
マルクスは審問局にいた時、データを客観的に扱った。だが前線に来て、データの向こう側に人の命があることを見てしまった。隊長の顔。負傷者のテント。泥と血で汚れた白い法衣。そのデータが、今、マルクスの声の温度を変えている。
頭の中で、線が繋がった。
「レクスの下級悪魔だ」
声が出た。テーブルの上の地図を見ていた。南東から北西への線。その線の上に、レクスの移動経路が重なっている。
「あいつがレクスの寿命を喰いながら、裏で悪魔勢力に情報を流していた。それだけじゃない」
推理が形になっていく。口にするたびに、確信が増す。言葉が思考を加速させる。
「レクスは冥渦の魔物を斬るために戦場を移動している。レクスが動く場所は、封印が弱い場所だ。冥渦が開きかけている場所に魔物が出現し、レクスがそこに向かう。下級悪魔はレクスに付いている。レクスが魔物を斬っている間に、下級悪魔がその周辺の封印を内側から壊している」
地図の線が、レクスの足跡だった。レクスが歩いた道に沿って、封印が壊れていく。レクスの戦いが、封印の破壊を導いている。レクス自身は知らずに。
「レクスを餌にして、俺たちを消耗させている。レクスが封印を壊す→冥渦が開く→俺が蝕で封印を直す→魔印が進む。……あの下級悪魔は、レクスとカイトの両方を同時に喰っている」
テントの中が静まった。蝋燭の炎が揺れた。風ではない。誰かの呼吸が変わったのだ。
ノアの声が外套の中から低く響いた。
「可能性は高い。下級悪魔は上位悪魔と違い、契約者を道具としか見ない。契約者の寿命を喰いながら、契約者の行動を利用して悪魔勢力の戦略を実行している」
ノアの声に、珍しく感情が混じっていた。怒りではない。嫌悪。千年の魔導書にも、契約の倫理はある。
「レクスは二重に喰われている。命を喰われ、行動を利用されている。……そして、お前もだ、カイト。レクスを通じてお前が蝕を使わざるを得ない状況を作り出し、お前の魔印を加速させている。あの下級悪魔は、二人の人間を同時に消耗させる仕組みを作り上げている」
二人同時に。レクスの命とカイトの命。二つの命を同時に削り取る装置。下級悪魔が設計した、見えない消耗戦。
◇
メルティアの赤い瞳が、蝋燭の炎を映して鋭くなっていた。
♪がない。軽さがない。千年の存在の怒り。だが、怒りの種類が違った。戦場で魔物を前にした時の戦闘的な怒りではない。もっと深い場所にある怒り。上位悪魔としての矜持からの怒り。
「……下級の分際で」
声が低かった。メルティアの声が低くなる時は、本気の時だ。♪がないだけではなく、声の周波数そのものが下がる。千年の存在が、本来の声域に戻る。
「契約者を食い物にするなんて」
メルティアの両手が膝の上で拳を握っていた。指が白くなっている。爪が掌に食い込んでいるのだろう。赤い瞳の中に、蝋燭の炎が二つ映っていて、その炎が瞳の怒りで歪んでいた。
「契約は——対等であるべきなの」
メルティアの声が震えた。怒りで。
「上位悪魔と下級悪魔の差は、力だけじゃない。契約の質よ。上位は契約者と共に在る。力を貸す代わりに、契約者の成長を見守る。契約者の意志を尊重する。……だから私はカイトの魂の死後帰属を預かっているだけで、生きている間は何も奪わない」
メルティアの赤い瞳が俺を見た。一瞬だけ。すぐに視線が地図に戻った。
「下級は違う。契約者を喰らう。絶望を嗅ぎつけて近づいて、弱った心に付け込んで、不利な契約を結ばせる。命を対価にする契約。一振りで一年の寿命。……あの下級悪魔は、レクスの絶望を嗅ぎつけた捕食者。最初から、喰うつもりだった。レクスの力も、命も、行動も、全部喰い物にしている」
メルティアの声に、怒りだけではないものが混じっていた。悲しみに近いもの。レクスが——かつてカイトを追放した男が、こんな形で喰われていることへの。メルティアは悪魔だ。悪魔であることを受け入れている。だが、悪魔にも倫理がある。契約の倫理。それを踏みにじる下級悪魔への、千年分の怒り。
テントの外で風が吹いた。松林の枝が軋む音。遠くの冥渦の方角から、低い唸りが聞こえた。暗い風。アリアが感じ取ったものと同じ風が、テントの帆布を微かに揺らした。甘くて腐った匂い。闇市の匂い。下級悪魔の残り香が、山の風に混じって流れてきている。
◇
「レクスに教えなきゃならない」
言った。テントの中の全員の視線が集まった。
「あいつの悪魔が、あいつを喰っていることを。あいつの行動が、封印を壊すために利用されていることを」
リーゼが碧い瞳で俺を見た。「レクスが信じると思う? 自分の契約した悪魔が、自分を道具にしていると」
「……分からない」
正直に答えた。レクスは噴水広場で「何のために命を売ったか分からない」と泣いた。前線で「誰かを守るため」と気づき始めていた。だが、下級悪魔との契約そのものを疑っているかどうかは——。
いや。
レクスは聞いていた。「お前の悪魔は、お前を喰おうとするか?」と。あの問いは、自分の悪魔への疑念から出た言葉だ。気づきかけている。だがまだ確信がない。確信を与えるのは、俺の役目だ。
「信じるかどうかは分からない。だが、教えなければ——レクスは知らないまま、封印を壊し続ける。知らないまま、俺たちの敵に利用され続ける。そして知らないまま、命を使い果たす。……知る権利はある」
リーゼが碧い瞳を閉じた。一瞬。開いた。何かを飲み込んだ目。レクスに対する感情は複雑だろう。カイトを追放した男。だが、同じ戦場で命を削っている男でもある。
「……行きましょう。レクスを探す」
マルクスが地図の上で指を動かした。赤い印の列。南東から北西への線。レクスの足跡。
「レクスの移動パターンと冥渦の発生パターンを重ねると、次にレクスが向かう場所を予測できます」
マルクスの指が、地図の西に止まった。山の尾根。封印が弱い地点。
「ここです。封印陣の劣化が最も進んでいる地点の一つ。冥渦が開きかけている場所に魔物が出現しているはずです。レクスは魔物を斬りに行く。……明日の昼頃までに、この地点に到達すると予測します」
データが示す、次の出会いの場所。マルクスの予測。十年間磨き上げたデータ分析が、レクスの足跡を追跡している。
テントの外で、風が吹き続けていた。暗い風。甘くて腐った匂い。闇市の匂い。下級悪魔の匂い。アリアが二百キロ先のラスティカで感じ取ったものと同じ匂いが、今、このテントの帆布を揺らしている。
戦場の裏で、もう一つの戦争が動いている。レクスの命を燃料にした、見えない戦略——
アリアの風読み通信が、夜のテントに届いた。声が硬かった。通常の定期連絡とは質が違う。甘い風属性の残滓が、テントの帆布を通して染み込んでくるが、今夜の残滓には別の匂いが混じっていた。アリアが感じ取った「暗い風」の残り香。焦げた甘さ。闇市の匂い。
テントの中は蝋燭一本の灯り。蜜蝋の匂いと、テントの帆布に染み込んだ煙と汗の匂い。外では山の風が針葉樹の枝を揺らしていて、葉擦れの音がテントの中まで聞こえている。その風の向こうに、アリアが捉えた何かがある。
「前に感じたのと同じ——闇市の匂い。でも今度は規模が違う」
アリアの声が低くなった。眼鏡の奥の瞳が真剣になっている姿が、声の質から想像できた。風読みのAランクスキル。アリアは風に混じった魔素の質で存在を識別する。教会の聖属性は清浄で硬い風。悪魔の魔属性は粘つく暗い風。ラスティカで教会の調査団と悪魔の斥候を同時に感知した時と、同じ種類の「暗さ」。だが今回は、その暗さの規模が桁違いだった。
「前は斥候が数体だった。今は……もっと大きい何かが動いてる。何かが、冥渦を意図的に開こうとしている」
意図的に。
その二文字が、テントの中の空気を変えた。口の中に、夕食の干し肉の塩気と鉄の味が混ざった後味が残っている。その味が、一瞬で苦くなった。リーゼが碧い瞳を上げた。毛布の中から身を起こしている。シアが紫の瞳を見開いた。メルティアの赤い瞳が、暗闘の中で鋭く光った。
冥渦の開放は自然崩壊だと思っていた。千二百年の封印の寿命。経年劣化で崩壊していく、自然の過程。俺たちはそう認識していた。封印陣が千二百年の時間に耐えきれず、一つずつ壊れていく。仕方がないこと。避けられないこと。
だが——意図的に壊しているなら、話が変わる。誰かが、自然の崩壊を加速させている。
◇
マルクスが地図を広げた。
灰色の外套のまま、テーブルの前に座っている。銀縁の眼鏡が蝋燭の光を反射して、レンズの片方だけが光っている。マルクスの指が地図の上を走った。赤い印。過去数週間で開いた冥渦の位置を全て記録してある。マルクスは前線に来てから毎日、冥渦の発生位置と時刻と規模を記録し続けていた。
「複数の冥渦が同時に開くパターンを分析しました」
声が低い。だが確信がある声だ。データが結論を示した時のマルクスの声。
「自然崩壊なら、封印の劣化度に応じてランダムに開くはずです。劣化が進んでいる封印から順に崩壊する。確率分布で言えば、大陸全体で均等にばらつく」
マルクスの指が、地図の赤い印を順番に辿った。
「だが、実際の発生パターンを見てください。第一冥渦——三月十五日。第二冥渦——三月十八日。北東の冥渦——三月二十二日。……全て、三日から五日の間隔で、南東方向から北西方向に向かって順に開いています」
マルクスの指が、赤い印を結ぶ線を描いた。斜めの線。南東から北西へ。
「ランダムではありえない。方向性がある。……誰かが、南東側から北西側に向かって、封印を順番に壊しています。自然崩壊を装いながら。封印の弱い場所を狙って、外側から力を加えて破壊している。悪魔勢力の工作です」
マルクスの銀縁の眼鏡の奥の目に、冷徹な分析の光があった。だが、その光の温度が以前と微かに違っていた。冷徹さの中に、怒りに似たものが混じっている。このデータが意味するのは——誰かが意図的に戦争を長引かせているということだ。聖騎士団の兵士たちが疲弊し、命を落としている戦場を、誰かが裏で操作している。
マルクスは審問局にいた時、データを客観的に扱った。だが前線に来て、データの向こう側に人の命があることを見てしまった。隊長の顔。負傷者のテント。泥と血で汚れた白い法衣。そのデータが、今、マルクスの声の温度を変えている。
頭の中で、線が繋がった。
「レクスの下級悪魔だ」
声が出た。テーブルの上の地図を見ていた。南東から北西への線。その線の上に、レクスの移動経路が重なっている。
「あいつがレクスの寿命を喰いながら、裏で悪魔勢力に情報を流していた。それだけじゃない」
推理が形になっていく。口にするたびに、確信が増す。言葉が思考を加速させる。
「レクスは冥渦の魔物を斬るために戦場を移動している。レクスが動く場所は、封印が弱い場所だ。冥渦が開きかけている場所に魔物が出現し、レクスがそこに向かう。下級悪魔はレクスに付いている。レクスが魔物を斬っている間に、下級悪魔がその周辺の封印を内側から壊している」
地図の線が、レクスの足跡だった。レクスが歩いた道に沿って、封印が壊れていく。レクスの戦いが、封印の破壊を導いている。レクス自身は知らずに。
「レクスを餌にして、俺たちを消耗させている。レクスが封印を壊す→冥渦が開く→俺が蝕で封印を直す→魔印が進む。……あの下級悪魔は、レクスとカイトの両方を同時に喰っている」
テントの中が静まった。蝋燭の炎が揺れた。風ではない。誰かの呼吸が変わったのだ。
ノアの声が外套の中から低く響いた。
「可能性は高い。下級悪魔は上位悪魔と違い、契約者を道具としか見ない。契約者の寿命を喰いながら、契約者の行動を利用して悪魔勢力の戦略を実行している」
ノアの声に、珍しく感情が混じっていた。怒りではない。嫌悪。千年の魔導書にも、契約の倫理はある。
「レクスは二重に喰われている。命を喰われ、行動を利用されている。……そして、お前もだ、カイト。レクスを通じてお前が蝕を使わざるを得ない状況を作り出し、お前の魔印を加速させている。あの下級悪魔は、二人の人間を同時に消耗させる仕組みを作り上げている」
二人同時に。レクスの命とカイトの命。二つの命を同時に削り取る装置。下級悪魔が設計した、見えない消耗戦。
◇
メルティアの赤い瞳が、蝋燭の炎を映して鋭くなっていた。
♪がない。軽さがない。千年の存在の怒り。だが、怒りの種類が違った。戦場で魔物を前にした時の戦闘的な怒りではない。もっと深い場所にある怒り。上位悪魔としての矜持からの怒り。
「……下級の分際で」
声が低かった。メルティアの声が低くなる時は、本気の時だ。♪がないだけではなく、声の周波数そのものが下がる。千年の存在が、本来の声域に戻る。
「契約者を食い物にするなんて」
メルティアの両手が膝の上で拳を握っていた。指が白くなっている。爪が掌に食い込んでいるのだろう。赤い瞳の中に、蝋燭の炎が二つ映っていて、その炎が瞳の怒りで歪んでいた。
「契約は——対等であるべきなの」
メルティアの声が震えた。怒りで。
「上位悪魔と下級悪魔の差は、力だけじゃない。契約の質よ。上位は契約者と共に在る。力を貸す代わりに、契約者の成長を見守る。契約者の意志を尊重する。……だから私はカイトの魂の死後帰属を預かっているだけで、生きている間は何も奪わない」
メルティアの赤い瞳が俺を見た。一瞬だけ。すぐに視線が地図に戻った。
「下級は違う。契約者を喰らう。絶望を嗅ぎつけて近づいて、弱った心に付け込んで、不利な契約を結ばせる。命を対価にする契約。一振りで一年の寿命。……あの下級悪魔は、レクスの絶望を嗅ぎつけた捕食者。最初から、喰うつもりだった。レクスの力も、命も、行動も、全部喰い物にしている」
メルティアの声に、怒りだけではないものが混じっていた。悲しみに近いもの。レクスが——かつてカイトを追放した男が、こんな形で喰われていることへの。メルティアは悪魔だ。悪魔であることを受け入れている。だが、悪魔にも倫理がある。契約の倫理。それを踏みにじる下級悪魔への、千年分の怒り。
テントの外で風が吹いた。松林の枝が軋む音。遠くの冥渦の方角から、低い唸りが聞こえた。暗い風。アリアが感じ取ったものと同じ風が、テントの帆布を微かに揺らした。甘くて腐った匂い。闇市の匂い。下級悪魔の残り香が、山の風に混じって流れてきている。
◇
「レクスに教えなきゃならない」
言った。テントの中の全員の視線が集まった。
「あいつの悪魔が、あいつを喰っていることを。あいつの行動が、封印を壊すために利用されていることを」
リーゼが碧い瞳で俺を見た。「レクスが信じると思う? 自分の契約した悪魔が、自分を道具にしていると」
「……分からない」
正直に答えた。レクスは噴水広場で「何のために命を売ったか分からない」と泣いた。前線で「誰かを守るため」と気づき始めていた。だが、下級悪魔との契約そのものを疑っているかどうかは——。
いや。
レクスは聞いていた。「お前の悪魔は、お前を喰おうとするか?」と。あの問いは、自分の悪魔への疑念から出た言葉だ。気づきかけている。だがまだ確信がない。確信を与えるのは、俺の役目だ。
「信じるかどうかは分からない。だが、教えなければ——レクスは知らないまま、封印を壊し続ける。知らないまま、俺たちの敵に利用され続ける。そして知らないまま、命を使い果たす。……知る権利はある」
リーゼが碧い瞳を閉じた。一瞬。開いた。何かを飲み込んだ目。レクスに対する感情は複雑だろう。カイトを追放した男。だが、同じ戦場で命を削っている男でもある。
「……行きましょう。レクスを探す」
マルクスが地図の上で指を動かした。赤い印の列。南東から北西への線。レクスの足跡。
「レクスの移動パターンと冥渦の発生パターンを重ねると、次にレクスが向かう場所を予測できます」
マルクスの指が、地図の西に止まった。山の尾根。封印が弱い地点。
「ここです。封印陣の劣化が最も進んでいる地点の一つ。冥渦が開きかけている場所に魔物が出現しているはずです。レクスは魔物を斬りに行く。……明日の昼頃までに、この地点に到達すると予測します」
データが示す、次の出会いの場所。マルクスの予測。十年間磨き上げたデータ分析が、レクスの足跡を追跡している。
テントの外で、風が吹き続けていた。暗い風。甘くて腐った匂い。闇市の匂い。下級悪魔の匂い。アリアが二百キロ先のラスティカで感じ取ったものと同じ匂いが、今、このテントの帆布を揺らしている。
戦場の裏で、もう一つの戦争が動いている。レクスの命を燃料にした、見えない戦略——
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だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
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追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
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