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第4章 街の興隆と影の手
第32話「貴族からの通達」
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商会設立から二週間が経った秋の朝、リコンストラクト領に一人の使者が訪れた。
その男は、王国の正式な使者の格好をしていた。青と金の制服、腰には儀礼用の剣。馬に乗って、町の門をくぐると、周囲の人々が注目した。王国からの使者など、この町には初めてだった。
使者は、城へ向かった。門番が、レオンに報告する。レオンは執務室で書類仕事をしていたが、すぐに応接室へ向かった。そこには、既に使者が待っている。彼は立ったまま、周囲を観察していた。その目は、冷たく、計算高い。
「お待たせしました」
レオンが入室すると、使者は振り返った。彼は、レオンを上から下まで見た。その視線には、値踏みするような色がある。
「あなたが、レオン・アーデルハイトですか」
使者の声は、事務的だった。感情が感じられない。
「そうです」
「私は、王都より参りました使者、フェリックスと申します」
フェリックスは、懐から一通の書状を取り出した。封蝋には、王家の紋章が押されている。正式な文書だ。
「王都より、通達をお持ちしました」
「通達?」
レオンは、嫌な予感がした。王国が、公式に接触してくる。それは、良いことではないだろう。
「はい。お読みください」
フェリックスは、書状をレオンに差し出した。レオンは、それを受け取って封を開けた。
書状の内容は、予想していた通り、良いものではなかった。
「アーデルハイト領の元貴族、レオン・アーデルハイトへ。汝が辺境に築いた集落について、王国は懸念を抱いている。独自の武装、独自の経済活動、そして王国への報告義務の不履行。これらは、王国の秩序を乱す行為である。よって、以下を命じる。一、即座に武装を解除すること。二、経済活動を王国の監督下に置くこと。三、一ヶ月以内に王都へ出頭し、説明すること。これらを履行しない場合、反乱とみなし、武力による鎮圧も辞さない」
レオンは、書状を読み終えて、深く息をついた。予想していたとはいえ、実際に通達が来ると、重くのしかかる。武装解除、経済活動の監督、王都への出頭。すべて、リコンストラクト領の独立性を奪うものだ。
「お読みになりましたか」
フェリックスが聞いた。
「読みました」
「では、返答を」
「今すぐには、答えられません」
レオンは、書状を机に置いた。
「幹部たちと相談する必要があります」
「いつまでに、返答をいただけますか?」
「三日後に」
「わかりました」
フェリックスは、頷いた。
「では、三日間、この町に滞在させていただきます」
「宿を用意します」
「ありがとうございます」
フェリックスは、礼をして部屋を出た。その背中を見送りながら、レオンは拳を握りしめた。ついに、この時が来たのか。
レオンは、すぐに幹部会議を招集した。
集まったのは、ミーナ、ルーク、セリア、カイル、ルリア、村長、そしてファルマから急遽呼び戻したリナだ。全員が、緊張した表情で席についている。
「王国から、通達が来た」
レオンは、書状を全員に回覧した。それを読んだ者から、顔色が変わっていく。
「武装解除だと?」
ルークが、怒りを露わにした。
「ふざけるな。俺たちは、自分たちを守るために武装してるんだ」
「経済活動の監督も、受け入れられません」
リナが言った。
「それでは、商会の独立性が失われます」
「王都への出頭は、罠かもしれません」
カイルが指摘した。
「坊ちゃんが王都に行けば、拘束される可能性があります」
みんなが、口々に反対の意見を述べる。だが、レオンは黙って聞いていた。
「レオン様」
村長が、静かに言った。
「これは、選択を迫られているのです。王国に従うか、反抗するか」
「……そうですね」
レオンは、頷いた。
「もし、従えば?」
「この町は、王国の支配下に戻ります」
村長は、真剣な表情で続けた。
「私たちの自由は、失われるでしょう。武装は解除され、経済活動は監視され、あなたは王都に軟禁されるかもしれません」
「では、反抗すれば?」
「王国軍が来ます」
カイルが答えた。
「おそらく、数千の兵で」
部屋に、重い沈黙が落ちた。どちらを選んでも、厳しい道だ。
「坊ちゃん」
ミーナが、震える声で言った。
「私たちは、どうすればいいんですか?」
レオンは、ミーナを見た。彼女の目には、不安と恐怖がある。それは、他の仲間たちも同じだった。
「俺は……」
レオンは、言葉を選んだ。
「この町を守りたい。みんなの自由を守りたい」
「では、反抗するんですか?」
ルリアが聞いた。
「それは、戦争を意味します」
「わかっている」
レオンは、窓の外を見た。町の通りには、人々が行き交っている。笑顔で話している人もいる。この平和を、失いたくない。
「だが、従えば、この町は終わりだ」
レオンは、仲間たちを見渡した。
「俺たちは、何のためにここまで来たんだ?自由のためだ。誰にも支配されない、自分たちの町を作るためだ」
「でも、戦争になれば……」
ミーナの声は、涙声になっている。
「多くの人が死ぬかもしれません」
「そうだ」
レオンは、否定しなかった。
「だから、この決断は、みんなで下したい」
レオンは、全員を見つめた。
「俺は、反抗したい。だが、それはみんなを危険に晒すことになる。だから、みんなの意見を聞きたい」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、ルークが立ち上がった。
「俺は、戦う」
彼の声は、力強かった。
「俺は、この町で初めて自由を感じた。誰にも文句を言われず、好きなように武器を作れる。この自由を、手放したくねえ」
「私も、戦います」
セリアが言った。
「この町では、自由に研究ができます。王国では、それができませんでした。この環境を、守りたいです」
「僕も同じです」
カイルが頷いた。
「この町は、僕を受け入れてくれた。だから、守る」
「私も!」
ミーナが、涙を拭いながら言った。
「怖いけど、この町を失いたくありません」
「私もです」
リナが続いた。
「商会も、この町も、全部守りたいです」
「私は、あなたと一緒にいます」
ルリアが、レオンの手を取った。
「どんな道を選んでも」
最後に、村長が立ち上がった。
「私は、この町の長として言います」
村長は、深く息を吸った。
「王国に従うことは、できません。私たちは、自由を選びます」
レオンは、仲間たちの顔を見た。みんな、決意に満ちた表情をしている。恐怖もある。不安もある。だが、それ以上に、この町を守りたいという意志がある。
「わかった」
レオンは、立ち上がった。
「では、王国に反抗する。この町を、独立国家として守り抜く」
全員が、頷いた。
三日後、レオンはフェリックスを応接室に呼んだ。
フェリックスは、この三日間、町を観察していた。防衛隊の訓練、商会の活動、人々の生活。すべてを記録していたのだろう。
「返答を聞かせてください」
フェリックスが言った。
「王国の通達を、受け入れますか?」
レオンは、まっすぐにフェリックスを見た。
「断る」
フェリックスの表情が、わずかに変わった。驚きではなく、予想していたという表情だ。
「理由を、聞かせていただけますか?」
「この町は、独立している」
レオンは、はっきりと言った。
「王国の支配下には、戻らない」
「それは、反乱を意味します」
「そう呼びたければ、そう呼べばいい」
レオンは、一歩も引かなかった。
「俺たちは、自分たちの町を守る。それだけだ」
フェリックスは、しばらくレオンを見つめていた。やがて、小さくため息をついた。
「わかりました。あなたの返答を、王都に伝えます」
フェリックスは立ち上がった。
「ですが、一つだけ忠告させてください」
「何だ?」
「王国は、容赦しません」
フェリックスの声は、冷たかった。
「あなたの町は、いずれ滅ぼされるでしょう。多くの犠牲が出ます。それでも、この道を選ぶのですか?」
「ああ」
レオンは、迷わず答えた。
「この町の人々は、自由を選んだ。俺は、その意志を尊重する」
「……そうですか」
フェリックスは、何か言いたそうにしたが、結局何も言わなかった。ただ、深く礼をして、部屋を出た。
フェリックスが町を去った後、レオンは城の屋上に立っていた。
町を見下ろしながら、これからのことを考える。王国軍が来る。それは、避けられない。何千もの兵が、この町を攻めてくるだろう。
「本当に、これで良かったのか」
レオンは、自問した。もっと良い道はなかったのか。交渉で、何とかできなかったのか。
「レオン」
カイルが、屋上に上がってきた。
「一人か?」
「ああ」
「考え事か」
「この決断が、正しかったのかと思ってた」
レオンは、正直に答えた。
「みんなを、危険に晒してしまった」
「お前のせいじゃない」
カイルは、レオンの隣に立った。
「これは、みんなで決めたことだ」
「でも……」
「レオン」
カイルは、レオンの肩を叩いた。
「お前は、一人で全部背負おうとしすぎだ。俺たちは、仲間だ。一緒に戦うんだ」
「……ありがとう」
「礼はいらない」
カイルは、町を見下ろした。
「さて、準備を始めないとな。王国軍が来る前に、この町をもっと強くする」
「ああ」
レオンは、決意を新たにした。後悔している暇はない。今は、町を守る準備をするだけだ。
その夜、レオンは幹部会議を再び開いた。
「王国軍が来る。それまでに、できる限りの準備をする」
レオンの言葉に、全員が真剣な表情で頷いた。
「まず、防衛隊を増強する」
カイルが提案した。
「現在二百名だが、三百名まで増やしたい」
「訓練も、もっと厳しくする必要がありますね」
セリアが付け加えた。
「それと、防護壁の改良を急ぎます」
「武器の生産を、最優先にする」
ルークが言った。
「昼夜問わず、工房をフル稼働させる」
「食料の備蓄も、増やします」
ミーナが言った。
「長期戦に備えて、半年分は確保したいです」
「商会を通じて、必要な物資を調達します」
リナが言った。
「ファルマだけでなく、他の町とも取引を増やします」
みんなが、それぞれの役割を確認し合う。やるべきことは、山ほどある。だが、時間は限られている。
「いつ頃、王国軍が来ると思いますか?」
ルリアが聞いた。
「早くて一ヶ月、遅くて三ヶ月」
カイルが答えた。
「それまでに、準備を完了させる」
「わかりました」
全員が、決意を込めて頷いた。
翌日から、町は戦争準備に入った。
防衛隊の募集が行われ、多くの若者が応募した。訓練が強化され、毎日早朝から夕方まで、剣の振り方、弓の射方、隊列の組み方を学ぶ。最初は戸惑っていた新兵たちも、徐々に形になってきた。
ルークの工房は、昼夜を問わず稼働した。鉄を打つ音が、町中に響く。剣、槍、弓、矢。あらゆる武器が、次々と生産されていく。職人たちも、総動員だ。疲れているが、誰も文句を言わない。この町を守るために、全力で働く。
セリアは、防護壁の改良に取り組んでいた。町全体を覆う防護壁を完成させるため、魔法使いたちと協力している。複雑な魔法陣が、町の各所に描かれていく。それらを繋げば、強固な防護壁が展開されるはずだ。
ミーナは、食料の増産と備蓄に奔走していた。農地を拡大し、収穫を早め、保存食を作る。倉庫は、日に日に満たされていく。半年分の食料。それがあれば、長期戦にも耐えられる。
リナは、ファルマや他の町を駆け回っていた。武器、防具、食料、薬品。あらゆる物資を買い集める。商会のネットワークをフル活用して、必要なものを確保していく。金は潤沢にある。商会の利益を、すべて町の防衛に注ぎ込む。
一ヶ月後、町は大きく変わっていた。
城壁はさらに高くなり、厚くなっている。見張り塔も増設され、常に周囲を監視している。防衛隊は三百名に増え、全員が訓練された戦士になっていた。武器庫には、数百の武器が蓄えられている。
町全体を覆う防護壁も、完成に近づいていた。セリアと魔法使いたちが、最後の調整をしている。これが完成すれば、空からの攻撃も防げる。
だが、準備が進む一方で、町の雰囲気も変わっていた。人々の顔に、緊張が見える。笑顔は減り、会話も少なくなった。戦争が近づいている。その実感が、重くのしかかっている。
レオンは、毎日町を見回った。人々に声をかけ、励ます。だが、その内心では、不安が渦巻いていた。本当に、王国軍を退けられるのか。みんなを守れるのか。
「坊ちゃん」
ある日、ミーナがレオンに声をかけた。
「少し、お話しいいですか?」
「ああ」
二人は、城の庭園を歩いた。秋の風が、落ち葉を舞い上げている。
「町の人たち、不安がっています」
ミーナが言った。
「当然だな」
「でも、あなたを信じています」
ミーナは、レオンを見た。
「あなたなら、きっと守ってくれると」
「俺だって、不安だよ」
レオンは、正直に言った。
「本当に、守れるのかって」
「でも、あなたは諦めないでしょう?」
「……ああ」
「なら、大丈夫です」
ミーナは、微笑んだ。
「私たちも、諦めません。一緒に戦います」
その言葉に、レオンは救われた気がした。
その夜、レオンは城の塔に登った。
星が、無数に輝いている。その星の下で、町が眠っている。明日も、準備は続く。そして、いつか、戦争が来る。
「レオン」
ルリアが、塔に上がってきた。
「また一人ですか?」
「ああ」
「考え事?」
「これからのことを」
ルリアは、レオンの隣に立った。二人で、空を見上げる。
「怖いですか?」
「怖い」
レオンは、素直に答えた。
「でも、逃げるわけにはいかない」
「私も、怖いです」
ルリアは、レオンの手を取った。
「でも、あなたと一緒なら、大丈夫な気がします」
「ルリア……」
「約束してください」
ルリアは、真剣な目でレオンを見た。
「生き延びると。そして、この町を守り抜くと」
「約束する」
レオンは、ルリアの手を握り返した。
「絶対に、守り抜く」
二人は、しばらく黙って手を繋いでいた。星が、静かに輝いている。明日への希望を、照らしているかのように。
リコンストラクト領は、嵐の前の静けさに包まれていた。だが、その静けさの中に、確かな決意がある。この町を守る。自由を守る。どんな犠牲を払っても。
それが、レオンたちの覚悟だった。
その男は、王国の正式な使者の格好をしていた。青と金の制服、腰には儀礼用の剣。馬に乗って、町の門をくぐると、周囲の人々が注目した。王国からの使者など、この町には初めてだった。
使者は、城へ向かった。門番が、レオンに報告する。レオンは執務室で書類仕事をしていたが、すぐに応接室へ向かった。そこには、既に使者が待っている。彼は立ったまま、周囲を観察していた。その目は、冷たく、計算高い。
「お待たせしました」
レオンが入室すると、使者は振り返った。彼は、レオンを上から下まで見た。その視線には、値踏みするような色がある。
「あなたが、レオン・アーデルハイトですか」
使者の声は、事務的だった。感情が感じられない。
「そうです」
「私は、王都より参りました使者、フェリックスと申します」
フェリックスは、懐から一通の書状を取り出した。封蝋には、王家の紋章が押されている。正式な文書だ。
「王都より、通達をお持ちしました」
「通達?」
レオンは、嫌な予感がした。王国が、公式に接触してくる。それは、良いことではないだろう。
「はい。お読みください」
フェリックスは、書状をレオンに差し出した。レオンは、それを受け取って封を開けた。
書状の内容は、予想していた通り、良いものではなかった。
「アーデルハイト領の元貴族、レオン・アーデルハイトへ。汝が辺境に築いた集落について、王国は懸念を抱いている。独自の武装、独自の経済活動、そして王国への報告義務の不履行。これらは、王国の秩序を乱す行為である。よって、以下を命じる。一、即座に武装を解除すること。二、経済活動を王国の監督下に置くこと。三、一ヶ月以内に王都へ出頭し、説明すること。これらを履行しない場合、反乱とみなし、武力による鎮圧も辞さない」
レオンは、書状を読み終えて、深く息をついた。予想していたとはいえ、実際に通達が来ると、重くのしかかる。武装解除、経済活動の監督、王都への出頭。すべて、リコンストラクト領の独立性を奪うものだ。
「お読みになりましたか」
フェリックスが聞いた。
「読みました」
「では、返答を」
「今すぐには、答えられません」
レオンは、書状を机に置いた。
「幹部たちと相談する必要があります」
「いつまでに、返答をいただけますか?」
「三日後に」
「わかりました」
フェリックスは、頷いた。
「では、三日間、この町に滞在させていただきます」
「宿を用意します」
「ありがとうございます」
フェリックスは、礼をして部屋を出た。その背中を見送りながら、レオンは拳を握りしめた。ついに、この時が来たのか。
レオンは、すぐに幹部会議を招集した。
集まったのは、ミーナ、ルーク、セリア、カイル、ルリア、村長、そしてファルマから急遽呼び戻したリナだ。全員が、緊張した表情で席についている。
「王国から、通達が来た」
レオンは、書状を全員に回覧した。それを読んだ者から、顔色が変わっていく。
「武装解除だと?」
ルークが、怒りを露わにした。
「ふざけるな。俺たちは、自分たちを守るために武装してるんだ」
「経済活動の監督も、受け入れられません」
リナが言った。
「それでは、商会の独立性が失われます」
「王都への出頭は、罠かもしれません」
カイルが指摘した。
「坊ちゃんが王都に行けば、拘束される可能性があります」
みんなが、口々に反対の意見を述べる。だが、レオンは黙って聞いていた。
「レオン様」
村長が、静かに言った。
「これは、選択を迫られているのです。王国に従うか、反抗するか」
「……そうですね」
レオンは、頷いた。
「もし、従えば?」
「この町は、王国の支配下に戻ります」
村長は、真剣な表情で続けた。
「私たちの自由は、失われるでしょう。武装は解除され、経済活動は監視され、あなたは王都に軟禁されるかもしれません」
「では、反抗すれば?」
「王国軍が来ます」
カイルが答えた。
「おそらく、数千の兵で」
部屋に、重い沈黙が落ちた。どちらを選んでも、厳しい道だ。
「坊ちゃん」
ミーナが、震える声で言った。
「私たちは、どうすればいいんですか?」
レオンは、ミーナを見た。彼女の目には、不安と恐怖がある。それは、他の仲間たちも同じだった。
「俺は……」
レオンは、言葉を選んだ。
「この町を守りたい。みんなの自由を守りたい」
「では、反抗するんですか?」
ルリアが聞いた。
「それは、戦争を意味します」
「わかっている」
レオンは、窓の外を見た。町の通りには、人々が行き交っている。笑顔で話している人もいる。この平和を、失いたくない。
「だが、従えば、この町は終わりだ」
レオンは、仲間たちを見渡した。
「俺たちは、何のためにここまで来たんだ?自由のためだ。誰にも支配されない、自分たちの町を作るためだ」
「でも、戦争になれば……」
ミーナの声は、涙声になっている。
「多くの人が死ぬかもしれません」
「そうだ」
レオンは、否定しなかった。
「だから、この決断は、みんなで下したい」
レオンは、全員を見つめた。
「俺は、反抗したい。だが、それはみんなを危険に晒すことになる。だから、みんなの意見を聞きたい」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、ルークが立ち上がった。
「俺は、戦う」
彼の声は、力強かった。
「俺は、この町で初めて自由を感じた。誰にも文句を言われず、好きなように武器を作れる。この自由を、手放したくねえ」
「私も、戦います」
セリアが言った。
「この町では、自由に研究ができます。王国では、それができませんでした。この環境を、守りたいです」
「僕も同じです」
カイルが頷いた。
「この町は、僕を受け入れてくれた。だから、守る」
「私も!」
ミーナが、涙を拭いながら言った。
「怖いけど、この町を失いたくありません」
「私もです」
リナが続いた。
「商会も、この町も、全部守りたいです」
「私は、あなたと一緒にいます」
ルリアが、レオンの手を取った。
「どんな道を選んでも」
最後に、村長が立ち上がった。
「私は、この町の長として言います」
村長は、深く息を吸った。
「王国に従うことは、できません。私たちは、自由を選びます」
レオンは、仲間たちの顔を見た。みんな、決意に満ちた表情をしている。恐怖もある。不安もある。だが、それ以上に、この町を守りたいという意志がある。
「わかった」
レオンは、立ち上がった。
「では、王国に反抗する。この町を、独立国家として守り抜く」
全員が、頷いた。
三日後、レオンはフェリックスを応接室に呼んだ。
フェリックスは、この三日間、町を観察していた。防衛隊の訓練、商会の活動、人々の生活。すべてを記録していたのだろう。
「返答を聞かせてください」
フェリックスが言った。
「王国の通達を、受け入れますか?」
レオンは、まっすぐにフェリックスを見た。
「断る」
フェリックスの表情が、わずかに変わった。驚きではなく、予想していたという表情だ。
「理由を、聞かせていただけますか?」
「この町は、独立している」
レオンは、はっきりと言った。
「王国の支配下には、戻らない」
「それは、反乱を意味します」
「そう呼びたければ、そう呼べばいい」
レオンは、一歩も引かなかった。
「俺たちは、自分たちの町を守る。それだけだ」
フェリックスは、しばらくレオンを見つめていた。やがて、小さくため息をついた。
「わかりました。あなたの返答を、王都に伝えます」
フェリックスは立ち上がった。
「ですが、一つだけ忠告させてください」
「何だ?」
「王国は、容赦しません」
フェリックスの声は、冷たかった。
「あなたの町は、いずれ滅ぼされるでしょう。多くの犠牲が出ます。それでも、この道を選ぶのですか?」
「ああ」
レオンは、迷わず答えた。
「この町の人々は、自由を選んだ。俺は、その意志を尊重する」
「……そうですか」
フェリックスは、何か言いたそうにしたが、結局何も言わなかった。ただ、深く礼をして、部屋を出た。
フェリックスが町を去った後、レオンは城の屋上に立っていた。
町を見下ろしながら、これからのことを考える。王国軍が来る。それは、避けられない。何千もの兵が、この町を攻めてくるだろう。
「本当に、これで良かったのか」
レオンは、自問した。もっと良い道はなかったのか。交渉で、何とかできなかったのか。
「レオン」
カイルが、屋上に上がってきた。
「一人か?」
「ああ」
「考え事か」
「この決断が、正しかったのかと思ってた」
レオンは、正直に答えた。
「みんなを、危険に晒してしまった」
「お前のせいじゃない」
カイルは、レオンの隣に立った。
「これは、みんなで決めたことだ」
「でも……」
「レオン」
カイルは、レオンの肩を叩いた。
「お前は、一人で全部背負おうとしすぎだ。俺たちは、仲間だ。一緒に戦うんだ」
「……ありがとう」
「礼はいらない」
カイルは、町を見下ろした。
「さて、準備を始めないとな。王国軍が来る前に、この町をもっと強くする」
「ああ」
レオンは、決意を新たにした。後悔している暇はない。今は、町を守る準備をするだけだ。
その夜、レオンは幹部会議を再び開いた。
「王国軍が来る。それまでに、できる限りの準備をする」
レオンの言葉に、全員が真剣な表情で頷いた。
「まず、防衛隊を増強する」
カイルが提案した。
「現在二百名だが、三百名まで増やしたい」
「訓練も、もっと厳しくする必要がありますね」
セリアが付け加えた。
「それと、防護壁の改良を急ぎます」
「武器の生産を、最優先にする」
ルークが言った。
「昼夜問わず、工房をフル稼働させる」
「食料の備蓄も、増やします」
ミーナが言った。
「長期戦に備えて、半年分は確保したいです」
「商会を通じて、必要な物資を調達します」
リナが言った。
「ファルマだけでなく、他の町とも取引を増やします」
みんなが、それぞれの役割を確認し合う。やるべきことは、山ほどある。だが、時間は限られている。
「いつ頃、王国軍が来ると思いますか?」
ルリアが聞いた。
「早くて一ヶ月、遅くて三ヶ月」
カイルが答えた。
「それまでに、準備を完了させる」
「わかりました」
全員が、決意を込めて頷いた。
翌日から、町は戦争準備に入った。
防衛隊の募集が行われ、多くの若者が応募した。訓練が強化され、毎日早朝から夕方まで、剣の振り方、弓の射方、隊列の組み方を学ぶ。最初は戸惑っていた新兵たちも、徐々に形になってきた。
ルークの工房は、昼夜を問わず稼働した。鉄を打つ音が、町中に響く。剣、槍、弓、矢。あらゆる武器が、次々と生産されていく。職人たちも、総動員だ。疲れているが、誰も文句を言わない。この町を守るために、全力で働く。
セリアは、防護壁の改良に取り組んでいた。町全体を覆う防護壁を完成させるため、魔法使いたちと協力している。複雑な魔法陣が、町の各所に描かれていく。それらを繋げば、強固な防護壁が展開されるはずだ。
ミーナは、食料の増産と備蓄に奔走していた。農地を拡大し、収穫を早め、保存食を作る。倉庫は、日に日に満たされていく。半年分の食料。それがあれば、長期戦にも耐えられる。
リナは、ファルマや他の町を駆け回っていた。武器、防具、食料、薬品。あらゆる物資を買い集める。商会のネットワークをフル活用して、必要なものを確保していく。金は潤沢にある。商会の利益を、すべて町の防衛に注ぎ込む。
一ヶ月後、町は大きく変わっていた。
城壁はさらに高くなり、厚くなっている。見張り塔も増設され、常に周囲を監視している。防衛隊は三百名に増え、全員が訓練された戦士になっていた。武器庫には、数百の武器が蓄えられている。
町全体を覆う防護壁も、完成に近づいていた。セリアと魔法使いたちが、最後の調整をしている。これが完成すれば、空からの攻撃も防げる。
だが、準備が進む一方で、町の雰囲気も変わっていた。人々の顔に、緊張が見える。笑顔は減り、会話も少なくなった。戦争が近づいている。その実感が、重くのしかかっている。
レオンは、毎日町を見回った。人々に声をかけ、励ます。だが、その内心では、不安が渦巻いていた。本当に、王国軍を退けられるのか。みんなを守れるのか。
「坊ちゃん」
ある日、ミーナがレオンに声をかけた。
「少し、お話しいいですか?」
「ああ」
二人は、城の庭園を歩いた。秋の風が、落ち葉を舞い上げている。
「町の人たち、不安がっています」
ミーナが言った。
「当然だな」
「でも、あなたを信じています」
ミーナは、レオンを見た。
「あなたなら、きっと守ってくれると」
「俺だって、不安だよ」
レオンは、正直に言った。
「本当に、守れるのかって」
「でも、あなたは諦めないでしょう?」
「……ああ」
「なら、大丈夫です」
ミーナは、微笑んだ。
「私たちも、諦めません。一緒に戦います」
その言葉に、レオンは救われた気がした。
その夜、レオンは城の塔に登った。
星が、無数に輝いている。その星の下で、町が眠っている。明日も、準備は続く。そして、いつか、戦争が来る。
「レオン」
ルリアが、塔に上がってきた。
「また一人ですか?」
「ああ」
「考え事?」
「これからのことを」
ルリアは、レオンの隣に立った。二人で、空を見上げる。
「怖いですか?」
「怖い」
レオンは、素直に答えた。
「でも、逃げるわけにはいかない」
「私も、怖いです」
ルリアは、レオンの手を取った。
「でも、あなたと一緒なら、大丈夫な気がします」
「ルリア……」
「約束してください」
ルリアは、真剣な目でレオンを見た。
「生き延びると。そして、この町を守り抜くと」
「約束する」
レオンは、ルリアの手を握り返した。
「絶対に、守り抜く」
二人は、しばらく黙って手を繋いでいた。星が、静かに輝いている。明日への希望を、照らしているかのように。
リコンストラクト領は、嵐の前の静けさに包まれていた。だが、その静けさの中に、確かな決意がある。この町を守る。自由を守る。どんな犠牲を払っても。
それが、レオンたちの覚悟だった。
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ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します
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エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。
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やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。
鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。
※小説家になろうにも投稿しています。
無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした
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