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第4章 街の興隆と影の手
第34話「王都の動揺」
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王都ヴェルモンドは、王国の中心であり、政治、経済、文化のすべてが集まる場所だった。
白い石造りの建物が立ち並び、広い通りには貴族の馬車が行き交っている。中央には、壮大な王宮がそびえ立ち、その周りを貴族の邸宅が囲んでいる。一見すると、繁栄の象徴のように見える。だが、その内実は違っていた。最近、王都には不穏な空気が漂っていた。
リコンストラクト自由国の独立宣言が伝わってから、王都の貴族社会は騒然としていた。貴族たちのサロンでは、連日この話題で持ちきりだ。ある者は怒り、ある者は不安を口にし、ある者は冷笑する。だが、誰もが無関心ではいられなかった。
「追放された貴族が、独立国家を作った?」
ある貴族の邸宅で開かれた夜会で、中年の貴族が不快そうに言った。彼の名はヴィクター侯爵。王国でも有数の名門だ。
「信じられません。あんな辺境の町が、王国に逆らうなど」
別の貴族が、ワイングラスを傾けながら答えた。
「だが、現実です」
若い貴族が言った。彼は、情報通として知られている。
「あの町は、既に軍事力も経済力も持っています。耐性植物の独占供給で、相当な富を得ているとか」
「耐性植物……」
ヴィクター侯爵は、その言葉に反応した。
「あれは、確かに貴重だ。我が領地でも、土壌汚染に悩まされている」
「それだけではありません」
若い貴族は、声を低くした。
「あの町では、身分制度がないそうです。誰もが平等だと」
室内が、ざわめいた。
「平等だと?」
「馬鹿な。貴族と平民が、同じだというのか」
「それが、あの国の理念だそうです」
若い貴族は、冷静に答えた。
「だからこそ、危険なのです」
「何が危険なのだ?」
ヴィクター侯爵が聞いた。
「その理念が、広がることです」
若い貴族は、真剣な表情で続けた。
「もし、他の領地の平民たちが、あの国の話を聞いたら?身分がなくても、自由に生きられる国があると知ったら?」
「……反乱が起きる」
別の貴族が、青ざめた顔で言った。
「そうです」
若い貴族は頷いた。
「だから、王国はあの国を滅ぼそうとしているのです。理念が広がる前に」
室内が、重い沈黙に包まれた。貴族たちは、それぞれの領地のことを考えていた。もし、平民たちが反乱を起こしたら。もし、自分たちの地位が脅かされたら。
「王国軍が、既に動いているそうだな」
ヴィクター侯爵が言った。
「はい。五千の兵で、リコンストラクト自由国を攻めます」
「五千か。それで足りるのか?」
「おそらく。あの町の防衛隊は、三百ほどだそうです」
「なら、問題ないだろう」
ヴィクター侯爵は、ワインを飲み干した。
「あんな町、すぐに滅びる」
だが、彼の声には、確信がなかった。もし、王国軍が負けたら。もし、あの町が生き残ったら。そんな不安が、心の奥底にあった。
その頃、王宮では、国王と重臣たちが会議をしていた。
広い会議室には、十数人の重臣が集まっている。軍事、財政、外交。それぞれの分野の責任者たちだ。国王は、玉座に座り、重臣たちの報告を聞いていた。
「軍の準備は、順調です」
軍務大臣が報告した。彼は、五十代の屈強な男だ。長年、軍を指揮してきた。
「五千の兵を編成しました。すべて、正規軍です」
「指揮官は?」
国王が聞いた。
「グレイソン将軍です」
「グレイソンか」
国王は、その名前に頷いた。グレイソン将軍は、王国軍の中でも有能な指揮官として知られている。数々の戦いで勝利を収めてきた。
「彼なら、問題ないだろう」
「はい。グレイソン将軍は、既にリコンストラクト自由国の情報を集めています」
「どんな情報だ?」
「町の構造、防衛隊の規模、武器の種類。すべて、把握しています」
軍務大臣は、自信に満ちた声で言った。
「勝利は、確実です」
「そうか」
国王は、しばらく考え込んだ。やがて、財務大臣に目を向けた。
「財政への影響は?」
「五千の兵を動かすには、相当な費用がかかります」
財務大臣は、痩せた男だった。常に数字を気にしている。
「ですが、必要な出費です」
「そうだな」
国王は頷いた。
「あの町を放置すれば、もっと大きな損失になる」
「陛下」
外務大臣が、口を開いた。彼は、老齢だが、鋭い目をしている。
「他国の反応が気になります」
「他国?」
「はい。リコンストラクト自由国の独立宣言は、周辺国にも伝わっています」
外務大臣は、書類を取り出した。
「東の帝国、南の連邦、西の同盟。みんな、注目しています」
「彼らは、何と言っている?」
「様子見です」
外務大臣は、正直に答えた。
「もし、王国が勝てば、何も言わないでしょう。ですが、もし負ければ……」
「負けるはずがない」
軍務大臣が、強い口調で言った。
「五千対三百です。勝つに決まっています」
「それでも、可能性はあります」
外務大臣は、冷静だった。
「あの町には、再構築者がいます。レオン・アーデルハイトという」
「再構築者?」
国王が聞いた。
「はい。古代文明の力を持つ者です」
外務大臣は、別の書類を見せた。
「彼は、大地を操り、建物を修復し、町全体を要塞に変えることができるそうです」
「本当か?」
「報告によれば。それに、あの町には優秀な魔導士もいます」
会議室が、ざわめいた。再構築者。その存在は、神話のように語られている。だが、実在するとは。
「だからこそ、慎重に進めるべきです」
外務大臣は、国王を見た。
「もし、王国軍が負ければ、我が国の威信は地に落ちます」
「わかっている」
国王は、深くため息をついた。
「だが、あの町を放置することもできない」
会議が続く中、王宮の外では、別の動きがあった。
アーデルハイト家の邸宅。レオンの故郷だ。広大な敷地に、立派な屋敷が建っている。その書斎で、レオンの父、アーデルハイト公爵が一人、窓の外を見つめていた。
彼の顔には、複雑な表情がある。怒り、不安、そして、わずかな後悔。息子が、独立国家を作った。それは、自分が追放した息子だ。
「父上」
扉が開いて、長男のエドガルドが入ってきた。彼は、今やアーデルハイト家の跡取りだ。立派な貴族の装いをしている。
「レオンのことで、王宮が騒がしいですね」
「ああ」
公爵は、振り返った。
「あいつは、本気で王国に逆らうつもりらしい」
「愚かなことです」
エドガルドは、冷たく言った。
「王国軍に勝てるはずがありません」
「……そうだな」
公爵は、再び窓の外を見た。だが、その心には、別の感情があった。もし、レオンが勝ったら。もし、あの町が生き残ったら。それは、自分の判断が間違っていたことを意味する。
「父上」
エドガルドが、真剣な表情で言った。
「王宮から、要請がありました」
「要請?」
「はい。アーデルハイト家も、軍に協力してほしいと」
「……」
公爵は、黙った。
「具体的には、我が家の私兵を派遣してほしいとのことです」
「レオンを討つために、か」
「はい」
エドガルドは、父を見た。
「どうなさいますか?」
公爵は、長い沈黙の後、口を開いた。
「派遣しよう」
「本当ですか?」
「ああ」
公爵の声は、重かった。
「あいつは、もう我が家の者ではない。王国の敵だ」
その夜、王都の下町では、また別の会話が交わされていた。
酒場に集まった平民たちが、リコンストラクト自由国の話をしている。彼らは、商人や職人、労働者だ。貴族とは違う視点で、この事件を見ていた。
「聞いたか?辺境に、自由な国ができたって」
一人の男が、ビールを飲みながら言った。
「ああ、俺も聞いた」
別の男が答えた。
「身分がないんだってな」
「本当かよ。そんな国、あるのか?」
「あるらしいぜ。貴族も平民も、みんな対等だって」
「信じられねえ」
男たちは、半信半疑だった。だが、その目には、わずかな希望が宿っている。
「俺も、そんな国に行ってみたいな」
若い職人が、夢見るように言った。
「ここじゃ、どんなに頑張っても、平民は平民だ。貴族には、絶対になれない」
「そうだな」
年配の男が、うなずいた。
「だが、王国軍が攻めるらしいぞ」
「そうなのか?」
「ああ。五千の兵で、あの国を滅ぼすらしい」
若い職人の顔が、暗くなった。
「そんな……」
「仕方ねえよ」
年配の男は、ため息をついた。
「王国は、あんな国を認めるわけがない。貴族たちの地位が、脅かされるからな」
酒場が、静かになった。みんな、同じことを考えていた。もし、あの国が勝ったら。もし、本当に自由な国が存在し続けたら。自分たちにも、希望があるのではないか、と。
翌日、王国軍が王都を出発した。
五千の兵が、整然と行進している。その先頭には、グレイソン将軍が馬に乗っている。彼は、四十代の男で、厳しい顔つきをしている。長年の戦いで、多くの傷を負ってきた。
通りには、多くの人が集まっている。出発を見送るためだ。貴族たちは、期待の目で軍を見ている。平民たちは、複雑な表情をしている。
「勝利を!」
誰かが叫んだ。
「王国に栄光を!」
別の声が続く。
兵士たちは、黙々と行進を続けた。彼らの多くは、若い。中には、初陣の者もいる。だが、訓練を受けた正規軍だ。武装も、装備も、一流だ。
グレイソン将軍は、行進する兵士たちを見ながら、考えていた。リコンストラクト自由国。再構築者レオン・アーデルハイト。報告によれば、町は要塞化されているという。だが、所詮は三百の兵だ。五千で攻めれば、勝てる。
「将軍」
副官が、馬を寄せてきた。
「どうした?」
「先遣隊からの報告です。リコンストラクト自由国は、防衛準備を整えているとのことです」
「予想通りだ」
グレイソン将軍は、冷静に答えた。
「だが、問題ない。我々の方が、圧倒的に多い」
「はい」
副官は、少し躊躇してから言った。
「ですが、あの町には再構築者がいます。注意が必要かと」
「再構築者、か」
グレイソン将軍は、その言葉を反芻した。
「確かに、特殊な力を持っているらしいな」
「はい。地形を操り、建物を修復する力だとか」
「だが、それだけだ」
グレイソン将軍は、断言した。
「戦争は、数が物を言う。三百対五千。結果は、明白だ」
「御意」
副官は、敬礼した。
王都を出発した王国軍は、北へ向かった。
リコンストラクト自由国まで、約二週間の道のりだ。途中、いくつかの町を通過する。そこで、補給を受けながら進軍する。
最初の町、グレンに到着したのは、三日後だった。町の人々は、王国軍を歓迎した。食料や水を提供し、兵士たちを労った。だが、その顔には、複雑な表情がある。
「王国軍が、あの国を攻めるんだってな」
町の酒場で、村人たちが話していた。
「ああ。五千もの兵でな」
「あの国、助かるのかな」
「無理だろう。王国軍に勝てるわけがない」
「でも……」
若い村人が、小声で言った。
「あの国から、耐性植物の種をもらったんだ。俺の畑も、それで救われた」
「そうなのか」
「ああ。だから、あの国には感謝してる」
「だが、王国に逆らったからな」
年配の村人が、ため息をついた。
「仕方ないよ」
酒場が、静かになった。みんな、複雑な心境だった。リコンストラクト自由国に助けられた人も多い。だが、王国に逆らったことも事実だ。
王国軍は、順調に進軍を続けた。
一週間後、彼らは中間地点に到達した。そこは、小さな村だった。だが、村人たちの態度は、グレンとは違っていた。冷たく、警戒している。
「なぜ、歓迎されないのだ?」
グレイソン将軍が、村長に聞いた。
「……申し訳ございません」
村長は、年老いた男だった。頭を下げながら、言葉を選んでいる。
「ですが、私たちは、リコンストラクト自由国と取引をしているのです」
「取引?」
「はい。耐性植物を購入しています。それがなければ、この村は飢えてしまいます」
村長は、困った表情で続けた。
「ですから、あの国を攻めることには……複雑な思いがあるのです」
グレイソン将軍は、その言葉に眉をひそめた。
「お前たちは、王国の民だぞ」
「はい、わかっております」
村長は、深く頭を下げた。
「ですが、あの国がなければ、私たちは生きていけないのです」
グレイソン将軍は、何も言わなかった。だが、心の中で不安が芽生えていた。リコンストラクト自由国は、既に多くの人々に影響を与えている。もし、この戦いで負けたら。いや、負けるはずがない。だが、もし。
「補給を受けたら、すぐに出発する」
グレイソン将軍は、副官に指示した。
「はい」
王国軍は、翌日、村を出た。村人たちは、黙って見送った。その目には、不安と、わずかな同情があった。
同じ頃、王都では、新たな動きがあった。
貴族たちの間で、密かに会合が開かれていた。場所は、ヴィクター侯爵の邸宅。集まったのは、十数人の貴族だ。みんな、リコンストラクト自由国の問題を懸念している。
「諸君」
ヴィクター侯爵が、口を開いた。
「今日、集まってもらったのは、重大な問題を話し合うためだ」
貴族たちが、静かに頷く。
「リコンストラクト自由国の問題だ」
「あの反乱国家ですか」
一人の貴族が言った。
「反乱国家と呼ぶのは、簡単だ」
ヴィクター侯爵は、真剣な表情で続けた。
「だが、あの国は、我々にとって脅威だ」
「どういうことです?」
「あの国の理念だ。身分がない、誰もが平等だと」
ヴィクター侯爵は、声を低くした。
「もし、その理念が広がったら?我々の領地の平民たちが、それを知ったら?」
貴族たちの顔が、青ざめた。
「反乱が起きる」
「そうだ」
ヴィクター侯爵は頷いた。
「だから、あの国は滅ぼさなければならない。完全に」
「王国軍が、既に向かっています」
別の貴族が言った。
「それで十分では?」
「十分ではない」
ヴィクター侯爵は、首を振った。
「もし、王国軍が負けたら?」
「負けるはずが……」
「可能性はある」
ヴィクター侯爵は、断言した。
「だから、我々も準備をする。もし、王国軍が失敗したら、我々自身で動く」
貴族たちは、顔を見合わせた。やがて、一人が頷いた。
「わかりました。協力します」
「私も」
「私も同意します」
次々と、貴族たちが賛同した。こうして、貴族たちの秘密同盟が結成された。リコンストラクト自由国を滅ぼすために。
王都の動揺は、日に日に大きくなっていた。
貴族たちは不安を隠せず、平民たちは希望を抱き始めている。王国軍は進軍を続けているが、その行く先には、未知の戦いが待っている。
リコンストラクト自由国は、既に王国全体に影響を与えていた。その存在は、もはや無視できない。勝っても、負けても、この戦いは王国を変える。その予感が、王都全体を包んでいた。
グレイソン将軍率いる王国軍は、着実にリコンストラクト自由国へ近づいていた。あと一週間で、到着する。そして、運命の戦いが始まる。
だが、誰も知らなかった。この戦いが、どんな結末を迎えるのかを。王国の未来が、ここで決まることを。
白い石造りの建物が立ち並び、広い通りには貴族の馬車が行き交っている。中央には、壮大な王宮がそびえ立ち、その周りを貴族の邸宅が囲んでいる。一見すると、繁栄の象徴のように見える。だが、その内実は違っていた。最近、王都には不穏な空気が漂っていた。
リコンストラクト自由国の独立宣言が伝わってから、王都の貴族社会は騒然としていた。貴族たちのサロンでは、連日この話題で持ちきりだ。ある者は怒り、ある者は不安を口にし、ある者は冷笑する。だが、誰もが無関心ではいられなかった。
「追放された貴族が、独立国家を作った?」
ある貴族の邸宅で開かれた夜会で、中年の貴族が不快そうに言った。彼の名はヴィクター侯爵。王国でも有数の名門だ。
「信じられません。あんな辺境の町が、王国に逆らうなど」
別の貴族が、ワイングラスを傾けながら答えた。
「だが、現実です」
若い貴族が言った。彼は、情報通として知られている。
「あの町は、既に軍事力も経済力も持っています。耐性植物の独占供給で、相当な富を得ているとか」
「耐性植物……」
ヴィクター侯爵は、その言葉に反応した。
「あれは、確かに貴重だ。我が領地でも、土壌汚染に悩まされている」
「それだけではありません」
若い貴族は、声を低くした。
「あの町では、身分制度がないそうです。誰もが平等だと」
室内が、ざわめいた。
「平等だと?」
「馬鹿な。貴族と平民が、同じだというのか」
「それが、あの国の理念だそうです」
若い貴族は、冷静に答えた。
「だからこそ、危険なのです」
「何が危険なのだ?」
ヴィクター侯爵が聞いた。
「その理念が、広がることです」
若い貴族は、真剣な表情で続けた。
「もし、他の領地の平民たちが、あの国の話を聞いたら?身分がなくても、自由に生きられる国があると知ったら?」
「……反乱が起きる」
別の貴族が、青ざめた顔で言った。
「そうです」
若い貴族は頷いた。
「だから、王国はあの国を滅ぼそうとしているのです。理念が広がる前に」
室内が、重い沈黙に包まれた。貴族たちは、それぞれの領地のことを考えていた。もし、平民たちが反乱を起こしたら。もし、自分たちの地位が脅かされたら。
「王国軍が、既に動いているそうだな」
ヴィクター侯爵が言った。
「はい。五千の兵で、リコンストラクト自由国を攻めます」
「五千か。それで足りるのか?」
「おそらく。あの町の防衛隊は、三百ほどだそうです」
「なら、問題ないだろう」
ヴィクター侯爵は、ワインを飲み干した。
「あんな町、すぐに滅びる」
だが、彼の声には、確信がなかった。もし、王国軍が負けたら。もし、あの町が生き残ったら。そんな不安が、心の奥底にあった。
その頃、王宮では、国王と重臣たちが会議をしていた。
広い会議室には、十数人の重臣が集まっている。軍事、財政、外交。それぞれの分野の責任者たちだ。国王は、玉座に座り、重臣たちの報告を聞いていた。
「軍の準備は、順調です」
軍務大臣が報告した。彼は、五十代の屈強な男だ。長年、軍を指揮してきた。
「五千の兵を編成しました。すべて、正規軍です」
「指揮官は?」
国王が聞いた。
「グレイソン将軍です」
「グレイソンか」
国王は、その名前に頷いた。グレイソン将軍は、王国軍の中でも有能な指揮官として知られている。数々の戦いで勝利を収めてきた。
「彼なら、問題ないだろう」
「はい。グレイソン将軍は、既にリコンストラクト自由国の情報を集めています」
「どんな情報だ?」
「町の構造、防衛隊の規模、武器の種類。すべて、把握しています」
軍務大臣は、自信に満ちた声で言った。
「勝利は、確実です」
「そうか」
国王は、しばらく考え込んだ。やがて、財務大臣に目を向けた。
「財政への影響は?」
「五千の兵を動かすには、相当な費用がかかります」
財務大臣は、痩せた男だった。常に数字を気にしている。
「ですが、必要な出費です」
「そうだな」
国王は頷いた。
「あの町を放置すれば、もっと大きな損失になる」
「陛下」
外務大臣が、口を開いた。彼は、老齢だが、鋭い目をしている。
「他国の反応が気になります」
「他国?」
「はい。リコンストラクト自由国の独立宣言は、周辺国にも伝わっています」
外務大臣は、書類を取り出した。
「東の帝国、南の連邦、西の同盟。みんな、注目しています」
「彼らは、何と言っている?」
「様子見です」
外務大臣は、正直に答えた。
「もし、王国が勝てば、何も言わないでしょう。ですが、もし負ければ……」
「負けるはずがない」
軍務大臣が、強い口調で言った。
「五千対三百です。勝つに決まっています」
「それでも、可能性はあります」
外務大臣は、冷静だった。
「あの町には、再構築者がいます。レオン・アーデルハイトという」
「再構築者?」
国王が聞いた。
「はい。古代文明の力を持つ者です」
外務大臣は、別の書類を見せた。
「彼は、大地を操り、建物を修復し、町全体を要塞に変えることができるそうです」
「本当か?」
「報告によれば。それに、あの町には優秀な魔導士もいます」
会議室が、ざわめいた。再構築者。その存在は、神話のように語られている。だが、実在するとは。
「だからこそ、慎重に進めるべきです」
外務大臣は、国王を見た。
「もし、王国軍が負ければ、我が国の威信は地に落ちます」
「わかっている」
国王は、深くため息をついた。
「だが、あの町を放置することもできない」
会議が続く中、王宮の外では、別の動きがあった。
アーデルハイト家の邸宅。レオンの故郷だ。広大な敷地に、立派な屋敷が建っている。その書斎で、レオンの父、アーデルハイト公爵が一人、窓の外を見つめていた。
彼の顔には、複雑な表情がある。怒り、不安、そして、わずかな後悔。息子が、独立国家を作った。それは、自分が追放した息子だ。
「父上」
扉が開いて、長男のエドガルドが入ってきた。彼は、今やアーデルハイト家の跡取りだ。立派な貴族の装いをしている。
「レオンのことで、王宮が騒がしいですね」
「ああ」
公爵は、振り返った。
「あいつは、本気で王国に逆らうつもりらしい」
「愚かなことです」
エドガルドは、冷たく言った。
「王国軍に勝てるはずがありません」
「……そうだな」
公爵は、再び窓の外を見た。だが、その心には、別の感情があった。もし、レオンが勝ったら。もし、あの町が生き残ったら。それは、自分の判断が間違っていたことを意味する。
「父上」
エドガルドが、真剣な表情で言った。
「王宮から、要請がありました」
「要請?」
「はい。アーデルハイト家も、軍に協力してほしいと」
「……」
公爵は、黙った。
「具体的には、我が家の私兵を派遣してほしいとのことです」
「レオンを討つために、か」
「はい」
エドガルドは、父を見た。
「どうなさいますか?」
公爵は、長い沈黙の後、口を開いた。
「派遣しよう」
「本当ですか?」
「ああ」
公爵の声は、重かった。
「あいつは、もう我が家の者ではない。王国の敵だ」
その夜、王都の下町では、また別の会話が交わされていた。
酒場に集まった平民たちが、リコンストラクト自由国の話をしている。彼らは、商人や職人、労働者だ。貴族とは違う視点で、この事件を見ていた。
「聞いたか?辺境に、自由な国ができたって」
一人の男が、ビールを飲みながら言った。
「ああ、俺も聞いた」
別の男が答えた。
「身分がないんだってな」
「本当かよ。そんな国、あるのか?」
「あるらしいぜ。貴族も平民も、みんな対等だって」
「信じられねえ」
男たちは、半信半疑だった。だが、その目には、わずかな希望が宿っている。
「俺も、そんな国に行ってみたいな」
若い職人が、夢見るように言った。
「ここじゃ、どんなに頑張っても、平民は平民だ。貴族には、絶対になれない」
「そうだな」
年配の男が、うなずいた。
「だが、王国軍が攻めるらしいぞ」
「そうなのか?」
「ああ。五千の兵で、あの国を滅ぼすらしい」
若い職人の顔が、暗くなった。
「そんな……」
「仕方ねえよ」
年配の男は、ため息をついた。
「王国は、あんな国を認めるわけがない。貴族たちの地位が、脅かされるからな」
酒場が、静かになった。みんな、同じことを考えていた。もし、あの国が勝ったら。もし、本当に自由な国が存在し続けたら。自分たちにも、希望があるのではないか、と。
翌日、王国軍が王都を出発した。
五千の兵が、整然と行進している。その先頭には、グレイソン将軍が馬に乗っている。彼は、四十代の男で、厳しい顔つきをしている。長年の戦いで、多くの傷を負ってきた。
通りには、多くの人が集まっている。出発を見送るためだ。貴族たちは、期待の目で軍を見ている。平民たちは、複雑な表情をしている。
「勝利を!」
誰かが叫んだ。
「王国に栄光を!」
別の声が続く。
兵士たちは、黙々と行進を続けた。彼らの多くは、若い。中には、初陣の者もいる。だが、訓練を受けた正規軍だ。武装も、装備も、一流だ。
グレイソン将軍は、行進する兵士たちを見ながら、考えていた。リコンストラクト自由国。再構築者レオン・アーデルハイト。報告によれば、町は要塞化されているという。だが、所詮は三百の兵だ。五千で攻めれば、勝てる。
「将軍」
副官が、馬を寄せてきた。
「どうした?」
「先遣隊からの報告です。リコンストラクト自由国は、防衛準備を整えているとのことです」
「予想通りだ」
グレイソン将軍は、冷静に答えた。
「だが、問題ない。我々の方が、圧倒的に多い」
「はい」
副官は、少し躊躇してから言った。
「ですが、あの町には再構築者がいます。注意が必要かと」
「再構築者、か」
グレイソン将軍は、その言葉を反芻した。
「確かに、特殊な力を持っているらしいな」
「はい。地形を操り、建物を修復する力だとか」
「だが、それだけだ」
グレイソン将軍は、断言した。
「戦争は、数が物を言う。三百対五千。結果は、明白だ」
「御意」
副官は、敬礼した。
王都を出発した王国軍は、北へ向かった。
リコンストラクト自由国まで、約二週間の道のりだ。途中、いくつかの町を通過する。そこで、補給を受けながら進軍する。
最初の町、グレンに到着したのは、三日後だった。町の人々は、王国軍を歓迎した。食料や水を提供し、兵士たちを労った。だが、その顔には、複雑な表情がある。
「王国軍が、あの国を攻めるんだってな」
町の酒場で、村人たちが話していた。
「ああ。五千もの兵でな」
「あの国、助かるのかな」
「無理だろう。王国軍に勝てるわけがない」
「でも……」
若い村人が、小声で言った。
「あの国から、耐性植物の種をもらったんだ。俺の畑も、それで救われた」
「そうなのか」
「ああ。だから、あの国には感謝してる」
「だが、王国に逆らったからな」
年配の村人が、ため息をついた。
「仕方ないよ」
酒場が、静かになった。みんな、複雑な心境だった。リコンストラクト自由国に助けられた人も多い。だが、王国に逆らったことも事実だ。
王国軍は、順調に進軍を続けた。
一週間後、彼らは中間地点に到達した。そこは、小さな村だった。だが、村人たちの態度は、グレンとは違っていた。冷たく、警戒している。
「なぜ、歓迎されないのだ?」
グレイソン将軍が、村長に聞いた。
「……申し訳ございません」
村長は、年老いた男だった。頭を下げながら、言葉を選んでいる。
「ですが、私たちは、リコンストラクト自由国と取引をしているのです」
「取引?」
「はい。耐性植物を購入しています。それがなければ、この村は飢えてしまいます」
村長は、困った表情で続けた。
「ですから、あの国を攻めることには……複雑な思いがあるのです」
グレイソン将軍は、その言葉に眉をひそめた。
「お前たちは、王国の民だぞ」
「はい、わかっております」
村長は、深く頭を下げた。
「ですが、あの国がなければ、私たちは生きていけないのです」
グレイソン将軍は、何も言わなかった。だが、心の中で不安が芽生えていた。リコンストラクト自由国は、既に多くの人々に影響を与えている。もし、この戦いで負けたら。いや、負けるはずがない。だが、もし。
「補給を受けたら、すぐに出発する」
グレイソン将軍は、副官に指示した。
「はい」
王国軍は、翌日、村を出た。村人たちは、黙って見送った。その目には、不安と、わずかな同情があった。
同じ頃、王都では、新たな動きがあった。
貴族たちの間で、密かに会合が開かれていた。場所は、ヴィクター侯爵の邸宅。集まったのは、十数人の貴族だ。みんな、リコンストラクト自由国の問題を懸念している。
「諸君」
ヴィクター侯爵が、口を開いた。
「今日、集まってもらったのは、重大な問題を話し合うためだ」
貴族たちが、静かに頷く。
「リコンストラクト自由国の問題だ」
「あの反乱国家ですか」
一人の貴族が言った。
「反乱国家と呼ぶのは、簡単だ」
ヴィクター侯爵は、真剣な表情で続けた。
「だが、あの国は、我々にとって脅威だ」
「どういうことです?」
「あの国の理念だ。身分がない、誰もが平等だと」
ヴィクター侯爵は、声を低くした。
「もし、その理念が広がったら?我々の領地の平民たちが、それを知ったら?」
貴族たちの顔が、青ざめた。
「反乱が起きる」
「そうだ」
ヴィクター侯爵は頷いた。
「だから、あの国は滅ぼさなければならない。完全に」
「王国軍が、既に向かっています」
別の貴族が言った。
「それで十分では?」
「十分ではない」
ヴィクター侯爵は、首を振った。
「もし、王国軍が負けたら?」
「負けるはずが……」
「可能性はある」
ヴィクター侯爵は、断言した。
「だから、我々も準備をする。もし、王国軍が失敗したら、我々自身で動く」
貴族たちは、顔を見合わせた。やがて、一人が頷いた。
「わかりました。協力します」
「私も」
「私も同意します」
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王都の動揺は、日に日に大きくなっていた。
貴族たちは不安を隠せず、平民たちは希望を抱き始めている。王国軍は進軍を続けているが、その行く先には、未知の戦いが待っている。
リコンストラクト自由国は、既に王国全体に影響を与えていた。その存在は、もはや無視できない。勝っても、負けても、この戦いは王国を変える。その予感が、王都全体を包んでいた。
グレイソン将軍率いる王国軍は、着実にリコンストラクト自由国へ近づいていた。あと一週間で、到着する。そして、運命の戦いが始まる。
だが、誰も知らなかった。この戦いが、どんな結末を迎えるのかを。王国の未来が、ここで決まることを。
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