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第2章 死を齎す〝血塗れ少女〟

22「空から降って来たもの」

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 そんな姉妹の様子を、相も変わらずパンツを食べながら見ていたティーパは――

「リカ。俺たちの仲間になれ。〝聖魔石〟を手に入れるためには、お前の力が必要だ」
「!」

 ――改めて、冒険者パーティーに誘った。

「ちょっと! 言い方! でも、あたしたちは本気で〝聖魔石〟を目指していて、貴方を誘っているのも、本気よ」

 ティーパを窘めつつ、アンもリカを真っ直ぐに見据える。

「すごく嬉しいの……でも……」

 姉を一瞥したリカは――

「一晩考えさせて欲しいの」

 ――そう告げた。

※―※―※

 ティーパたちと別れた後。
 
 一旦小屋に戻ったリカとケミーは、生家の鍵と、他にも必要な荷物――生活用品や薬草、それに販売用の薬など――を持って、実家に戻った。

 数年振りに家の中に入ると――スティナの息子と孫たちによって掃除されていた外壁とは違い、あちこちに蜘蛛の巣が張り、ほこりが積もっていた。

 だが、それ以外は、町の住人たちによって彼女らが家を追われた数年前とそれ程変わっていない。

※―※―※

 数時間掛けて、簡単に家の中を掃除した後。
 夕食を共に食べながら――

「またこの家に戻って来て、一緒にご飯を食べられるだなんて、夢みたいなの!」
「フフ。そうだね」

 ――心から幸せそうな笑みを浮かべるリカに、ケミーは目を細めた後――ふと訊ねた。

「で、どうする気だい? あいつらの件」

 その問いに、リカは、食事の手を止めて――

「……分からないの」

 ――正直に、心情を吐露した。

「せっかく元気になって、この家に戻って来れたんだから、お姉ちゃんと二人で、ここで暮らして生きたい! ……っていう気持ちは勿論あるの。だけど、お兄ちゃ――あの男に、冒険者パーティーに誘われたことは、素直に嬉しかったの。誘われて初めて、冒険にも興味があるんだって、分かったの。リカの力が必要だって言ってくれたのも嬉しかったし、『リカでも、冒険者になれるんだ! 冒険が出来るんだ! 役に立てるんだ!』って思えたの。でも、全部、いきなり過ぎて……。お姉ちゃんから事前に話は聞いていたけど、まさか本当に病気が治るとは思っていなかったから……。昨日までは、選択肢なんて無かったの。とにかく〝生き延びること〟だけに集中して、必死だったから。だから、こんな風に、元気になって選択肢が与えられたら、どうして良いか分からないの……」

 無言で聞いている姉に向かって、リカは、「贅沢な悩みなの」と苦笑する。

「ねぇ、お姉ちゃん。明日、ティーパたちが来た時に、答えて良い? その時までには、決めておくから」
「……ああ、分かったよ」

 複雑そうな表情で頷くと、ケミーは――

「っと、折角の夕食が、冷めちまうよ! 食べな食べな!」
「うん! お姉ちゃんの料理、大好きなの!」
「そうかいそうかい! そりゃ、作り甲斐があるってもんだねぇ!」

 ――いつものように、明るい笑みを浮かべた。

※―※―※

 翌日。
 用事があるとの事で、ケミーは朝からどこかへ出掛けていた。

 昼下がりになり、ティーパとアンが、リカたちの生家にやって来た。

「俺たちの仲間になる覚悟は出来たか?」
「何で〝なること〟前提なのよ!」

 玄関前で、いつも通りティーパにアンが突っ込む姿を目にしながら、リカが――

「えっと……申し訳ないけど、リカは、冒険者には――」

 ――断ろうとした――

 ――瞬間――

 ――陽光が遮られ、〝何か〟の影の中に入ったリカが――

「?」

 ――何事かと、天を仰ぐと――

「わぷ!」

 ――空から降って来た〝何か〟によって、リカは顔面――のみならず、上半身を包まれた。

「ぷはぁっ! ……! これって!」

 顔からどけた〝それ〟に、リカが瞠目していると――

「もう一丁!」
「!」

 ――家の前の道の方から飛んで来た物体を――

「わわわわ!」

 ――最初の物体を乗せた両腕で、何とか受け止めたリカは――

「!」

 ――更に目を大きく見開いた。

 それらは――

「お姉ちゃん……!」

 ――〝青色のローブ〟と、〝銀色の魔法の杖〟だった。

「そのローブには、全属性の魔法に対する耐性があるってさ! 杖の方は、魔力消費を少なくすると同時に、魔法の威力を増加する優れものだ! これで、心置き無く冒険に出られるだろ?」

 ――ケミーの声に、改めて青ローブと銀杖を見てみる。
 ローブは、触れているだけで不思議な力を感じるし、銀杖は、最上部に青色の魔石が嵌め込まれており、至近距離にただあるだけで、底知れぬ存在感を放っている。
 どちらも、かなり高価な品である事は間違いない。

「でも……良いの、お姉ちゃん? せっかく二人で暮らせるようになったのに……」
「当り前じゃないか! 冒険が〝したい〟んだろ? 今のあんたは、〝出来る〟んだから! あたいと一緒に暮らすのは、その後でも遅くないさ! それに、悔しいけど、あんたの命を救ったのは、そのパンツ男だしね! そいつの力になってあげて欲しい、という思いもあるのさ!」

 相変わらず無表情のまま、「ん?」と、パンツをもしゃもしゃと咀嚼するティーパ。

「行っておいで! リカ! あたいの最愛の妹! あたいの誇り! そいつらに、あんたの力を見せ付けてやりな!」
「……うん! ありがとう、お姉ちゃん!」

 歯を見せて笑う姉に、涙ぐみながら微笑む妹。

 ――こうして、リカが、ティーパたちの仲間に加わった。
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