8 / 49
第一章 本編
8 能力のない貴族は……
しおりを挟む
「現辺境伯様にはすでにお子様も何人もいらっしゃるから、お前が辺境伯になることはないぞ。
とにかく、きちんとご奉仕することだ」
野次馬の男子生徒たちもブルッと震えた。孫がいるということは五十歳近い未亡人の伴侶となり心だけでなく体もご奉仕せよと言われているように聞こえた。
生徒たちは知る由もないが、実際、現辺境伯様の子供は上が十歳になる。未亡人様もそれなりのお年だ。だが、前辺境伯様が存命の頃から戦場の女傑と言われた未亡人様なので、お年を召しても凛々しく美しい。
コームチア公爵はそのことを教えてやるつもりはないようだ。
「領地の隅で隠居するそうだ。共に隠居する相手と護衛を兼ねた者をご所望でな」
『隠居』という学生にはありえない言葉に想像以上の厳しさを感じた。
コームチア公爵は一見優しそうに見える笑顔で、ノエルダムの目線に少し合わせるように膝に手を当てて目線を下げた。
「お心の広い方に拾われ、さらに仕事が見つかり、本当にお前は幸せだな」
よかったよかったと何度か首を縦に振る。
「近くの大きな町まで馬で三時間ほどだが、時々は浮気も許してくださるそうだ。よかったな。
能力もない仕事もない貴族などいらぬから、平民に落とすところだったわ。ハハハハハ」
コームチア公爵の笑顔に、野次馬の男子生徒たちはブルブルブルと震えた。未亡人と恐らく年取ったメイドとの暮らしとなるのだろう。近くの村には手を出せる若い娘はいないのだろうと予想できる。いたとしても手は出せない。
当のノエルダムはもう何も考えていないようだった。
「退学届は今朝出したよ。
おっ! 辺境伯殿がタウンハウスから私兵を出してくれたようだ」
体を起こしたコームチア公爵は軽く手を上げて入室を促した。ノエルダムより屈強そうな二人の男が入ってくる。ヨベリス辺境伯私兵の腕章を付けていた。
「辺境伯領地まで送っていただけるとは助かります。
前辺境伯夫人によろしくお伝えください」
コームチア公爵はあくまでも笑顔である。ヨベリス辺境伯の私兵は、コームチア公爵とメーデルにお辞儀をしてからノエルダムを立たせる。すでに抵抗の意志のないノエルダムはうなだれたままトボトボと出入り口に向かって歩いていった。
出入り口近くなってノエルダムがコームチア公爵に振り返る。コームチア公爵は『じゃあ!』と手を目の高さで一度振った。ノエルダムはポロリと涙を流した。私兵に促されて食堂室から出ていった。
それを見届けたコームチア公爵はさらに口角を上げて周りを見た。
「では」
コームチア公爵は最後まで笑顔のままで退室していった。
『能力もない仕事もない貴族などいらぬ』
最高位公爵家の家長の言葉に、男子生徒たちは青い顔をしながらも、これからの努力を心に誓っていた。
〰️
コームチア公爵が退室してしばらく静まり返っていた。
「コホン! では、わたくしもこれで」
求人広告の張り出しを指示していた高官が声を出した。メーデルがハッと我に返った。
「ま、待てっ。説明が足らん」
メーデルが高官を呼び止めた。高官はあからさまにため息をついた。
「はあ。なんでございましょうか?」
「婚約破棄など俺は聞いていないぞっ!」
「それは王妃陛下からお話をすると聞いております」
高官は頭も下げないし、なんとなく鼻を上げて見下しているような様子に見える。
「聞いておらんっ!」
「でしたら、王妃陛下からのお呼び出しを王太子殿下がお断りになったのではありませんか? または無視をされたか……」
ラビオナはその高官のメーデルを見遣る目を見て、知っていて煽っているのだと覚った。
メーデルは思い当たることがあったようで、唇をギリリと噛んだ。
「王妃陛下はお忙しいですからね。何度かお呼び出しをして、殿下がいらっしゃらないのならお話をすることも不可能ですね」
高官は片方だけ口角を上げて挑戦的だ。それでもメーデルは怒り狂うことはしない。
「と、とにかく、張り紙について『キチンと』説明せよっ!」
メーデルも高官の態度に怒り狂うことはなくとも苛立ちを隠さない。
しかし、高官がメーデルにこのような態度が許されるわけがない。それにも関わらずこの態度であるのは、王妃陛下より許可を受けているとしか思えないのだ。なので、メーデルも迂闊には高官を責めることができない。
「殿下は求人広告をお読みにならずに捨てたのですか?」
高官が片眉をピクリと上げて聞いた。
「当たり前だっ! あのような不快なものはみたくもないわっ!」
メーデルは言った後に近衛兵に『広告主は陛下』だと聞かされたことを思い出し慌てて口を手で閉じる。高官は今回は聞かなかったことにしてくれたようで何も言わない。
メーデルの続きを促すようにチラリと見てきた。
「ラニィとの婚約がなくなったのなら、シエラを王太子妃にするっ! それで解決だっ!」
ラビオナはメーデルに愛称を呼ばれたことに心の中で舌打ちした。淑女として絶対に実際にやることはない。
「両陛下のご判断ですので、そうは参りません。改めて『キチンと』お読みください。こちらへどうぞ」
高官の『キチンと』という意趣返しに笑ったのはほんの数名だ。言葉のやり取りを感じ取れるほどの者はなかなかいないようだ。メーデルもわかっていない。
高官に促されて、メーデルとシエラは食堂室の掲示板へと進んだ。掲示板の前までの道が自然に開く。
ラビオナは、メーデルたちが自分たちから離れると、同席者たちと共に席に着きメイドにお茶を頼んだ。ラビオナやその同席者たちにとってはもうどうでもいいことであった。
とにかく、きちんとご奉仕することだ」
野次馬の男子生徒たちもブルッと震えた。孫がいるということは五十歳近い未亡人の伴侶となり心だけでなく体もご奉仕せよと言われているように聞こえた。
生徒たちは知る由もないが、実際、現辺境伯様の子供は上が十歳になる。未亡人様もそれなりのお年だ。だが、前辺境伯様が存命の頃から戦場の女傑と言われた未亡人様なので、お年を召しても凛々しく美しい。
コームチア公爵はそのことを教えてやるつもりはないようだ。
「領地の隅で隠居するそうだ。共に隠居する相手と護衛を兼ねた者をご所望でな」
『隠居』という学生にはありえない言葉に想像以上の厳しさを感じた。
コームチア公爵は一見優しそうに見える笑顔で、ノエルダムの目線に少し合わせるように膝に手を当てて目線を下げた。
「お心の広い方に拾われ、さらに仕事が見つかり、本当にお前は幸せだな」
よかったよかったと何度か首を縦に振る。
「近くの大きな町まで馬で三時間ほどだが、時々は浮気も許してくださるそうだ。よかったな。
能力もない仕事もない貴族などいらぬから、平民に落とすところだったわ。ハハハハハ」
コームチア公爵の笑顔に、野次馬の男子生徒たちはブルブルブルと震えた。未亡人と恐らく年取ったメイドとの暮らしとなるのだろう。近くの村には手を出せる若い娘はいないのだろうと予想できる。いたとしても手は出せない。
当のノエルダムはもう何も考えていないようだった。
「退学届は今朝出したよ。
おっ! 辺境伯殿がタウンハウスから私兵を出してくれたようだ」
体を起こしたコームチア公爵は軽く手を上げて入室を促した。ノエルダムより屈強そうな二人の男が入ってくる。ヨベリス辺境伯私兵の腕章を付けていた。
「辺境伯領地まで送っていただけるとは助かります。
前辺境伯夫人によろしくお伝えください」
コームチア公爵はあくまでも笑顔である。ヨベリス辺境伯の私兵は、コームチア公爵とメーデルにお辞儀をしてからノエルダムを立たせる。すでに抵抗の意志のないノエルダムはうなだれたままトボトボと出入り口に向かって歩いていった。
出入り口近くなってノエルダムがコームチア公爵に振り返る。コームチア公爵は『じゃあ!』と手を目の高さで一度振った。ノエルダムはポロリと涙を流した。私兵に促されて食堂室から出ていった。
それを見届けたコームチア公爵はさらに口角を上げて周りを見た。
「では」
コームチア公爵は最後まで笑顔のままで退室していった。
『能力もない仕事もない貴族などいらぬ』
最高位公爵家の家長の言葉に、男子生徒たちは青い顔をしながらも、これからの努力を心に誓っていた。
〰️
コームチア公爵が退室してしばらく静まり返っていた。
「コホン! では、わたくしもこれで」
求人広告の張り出しを指示していた高官が声を出した。メーデルがハッと我に返った。
「ま、待てっ。説明が足らん」
メーデルが高官を呼び止めた。高官はあからさまにため息をついた。
「はあ。なんでございましょうか?」
「婚約破棄など俺は聞いていないぞっ!」
「それは王妃陛下からお話をすると聞いております」
高官は頭も下げないし、なんとなく鼻を上げて見下しているような様子に見える。
「聞いておらんっ!」
「でしたら、王妃陛下からのお呼び出しを王太子殿下がお断りになったのではありませんか? または無視をされたか……」
ラビオナはその高官のメーデルを見遣る目を見て、知っていて煽っているのだと覚った。
メーデルは思い当たることがあったようで、唇をギリリと噛んだ。
「王妃陛下はお忙しいですからね。何度かお呼び出しをして、殿下がいらっしゃらないのならお話をすることも不可能ですね」
高官は片方だけ口角を上げて挑戦的だ。それでもメーデルは怒り狂うことはしない。
「と、とにかく、張り紙について『キチンと』説明せよっ!」
メーデルも高官の態度に怒り狂うことはなくとも苛立ちを隠さない。
しかし、高官がメーデルにこのような態度が許されるわけがない。それにも関わらずこの態度であるのは、王妃陛下より許可を受けているとしか思えないのだ。なので、メーデルも迂闊には高官を責めることができない。
「殿下は求人広告をお読みにならずに捨てたのですか?」
高官が片眉をピクリと上げて聞いた。
「当たり前だっ! あのような不快なものはみたくもないわっ!」
メーデルは言った後に近衛兵に『広告主は陛下』だと聞かされたことを思い出し慌てて口を手で閉じる。高官は今回は聞かなかったことにしてくれたようで何も言わない。
メーデルの続きを促すようにチラリと見てきた。
「ラニィとの婚約がなくなったのなら、シエラを王太子妃にするっ! それで解決だっ!」
ラビオナはメーデルに愛称を呼ばれたことに心の中で舌打ちした。淑女として絶対に実際にやることはない。
「両陛下のご判断ですので、そうは参りません。改めて『キチンと』お読みください。こちらへどうぞ」
高官の『キチンと』という意趣返しに笑ったのはほんの数名だ。言葉のやり取りを感じ取れるほどの者はなかなかいないようだ。メーデルもわかっていない。
高官に促されて、メーデルとシエラは食堂室の掲示板へと進んだ。掲示板の前までの道が自然に開く。
ラビオナは、メーデルたちが自分たちから離れると、同席者たちと共に席に着きメイドにお茶を頼んだ。ラビオナやその同席者たちにとってはもうどうでもいいことであった。
40
あなたにおすすめの小説
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる