【完結】貴方たちはお呼びではありませんわ。攻略いたしません!

宇水涼麻

文字の大きさ
1 / 18

1 思い出しました

しおりを挟む
「はぁっ! 本当に美しいわ。流石に私のイチ推しよねぇ。あぁ……持って帰りたい。ずっと側に置きたい」

 その方はピッと背筋を伸ばし、目はしっかりと壇上を見つめている。私は扇を口元に当て、誰にも聞こえない声で呟き小さくため息をつく。

「あの真面目さがまた庇護欲を唆るのよねぇ」

 春麗らかな陽射しが暖かく差し込む大講堂での入学式で、私からは少し離れたところに座るその方の横顔を、私はポォーッと見つめていた。

〰️ 

 十歳のある日、私は盛大にパンを喉に詰まらせた。前日に拾った小鳥の雛が可愛くて可愛くて、早く会いに行きたくて、朝食を貪るように食べていたせいだ。
 胸を叩いても、水を飲んでも流れず、とうとう私は白目を剥いて椅子ごと倒れた。

 それからのことは倒れていたのでわからない。自分の部屋の大きなベッドで目が覚めると、お父様お母様は泣き腫らした目で更に泣き出した。ツンデレのチレナドお兄様は、私のコメカミにグリグリをした。お兄様の目も腫れていたから、ちょっぴり痛かったけど、『テヘヘ』と笑ってみせた。

 お医者様に『もう大丈夫』と言われ『ゆっくり休みなさい』と家族も部屋を出た。

 大きなベッドの真ん中で私は記憶の整理をすることにした。

「はぁ、こんなことって本当にあるのね」

 誰が聞いているかわからないので小さな声で呟いた。

 子供部屋としてあり得ないほどの広さに子供には似つかわしくないソファセット、大きなベッドは天蓋付き、天井にはシャンデリア、壁一面の扉の中にはドレスや靴や宝石が詰まっていることを知っている。

 私はベッド脇のサイドテーブルに置かれた手鏡を手に取った。

「はぁ、確定ね」

 何度目かわからないため息を付く。
 そこに映っていたのは、黒目黒髪さえない目元に上向きの鼻と膨れた頬……

 ではなく、白磁の肌に、大きな瞳は青藍色で、マリーゴールド色の髪は緩くウェーブがかかりふわふわしている。小鼻は小さく鼻筋は通り、頬はほんのりとピンクで、プルプルの唇は何も付けていないのに艷やかでキレイなピンク色をしていた。

「ありえないわぁ。何この艶。何この肌目。いくら十歳でも、これはチートでしょう」

 自分の頬をつねりながら鏡の中を凝視する。毛穴も見えない。
 現世なら生まれながらに勝ち組だったなと思わせるほど可愛らしい。

 そう、私は前世を思い出した。

 今の私は、アンナリセル・コヨベール。コヨベール辺境伯の長女だ。家族はベッド脇にいてくれたあの三人。甘々のお父様お母様とツンデレのチレナドお兄様。

 十歳までの記憶ははっきりしている。

 いわゆる天真爛漫、明朗闊達。家族や使用人には天使だともてはやされ、それでも驕ることなく、笑顔を絶やさず誰にでも手を差し伸べる。それでいて明るく元気いっぱいって……。

 すでに全てがチートだぞ。

 私は私にため息をつきたくなった。

「アンナリセルかぁ。本当に根っからの主人公なのねぇ」

 自分の状況把握をしていたものの、ショックの大きさと、これからへの不安で、考えることを頭が拒否した。
 私は頭からフワフワな掛け布団を被り、再び眠りに落ちることにした。
 
〰️ 


 さて、睡眠学習ならぬ、睡眠回顧で気持ちを復活させた私は、これまでの生活の改善をすることにした。

 確かに私は朗らかで天使だ。たが、知識がいかんせん足りない。

 ここは辺境伯領だが、隣国と友好条約を結んでからすでに百年以上。それって曾曾お祖父様の時代だ。
 守る関所は出入国料と万が一のためだけであるし、この世界には魔法も魔獣もいない。
 大きな山には野生動物が多く生息するが、熊が暴れることなど、前世の日本という国でも時にはあったことなのだから、自然溢れるこの世界では当たり前のことである。
 それでも辺境伯として軍隊は持っている。隣領が面してる国とは小競り合いがあるので、それの応援には行っている。
 
 というわけで、自然に囲まれた辺境伯領で、『軍の中から有望な者に娶らせてずっと側で見守ろう』と考える家族は、アンナリセルはそのままでよいと私を自由にさせてくれていた。
 私はまだ十歳なのに、すでに離れの家の建てる場所は決まっていて、それは思いっきりコヨベール邸の敷地内であった。

「リセルが十六歳になったら着工しよう」

 お父様とお母様は私の家の計画図を広げては『孫は5人だ』とか『自分たちの部屋もあった方がいいのでは』とか、楽しそうに話していた。

 何度も言うが、私はまだ十歳だ。

 倒れてから一週間後の朝、私は家族の揃った朝食時に覚悟を決めて口を開いた。

「お父様。私に、いえ、わたくしにマナー講師と手習い講師とダンス講師を付けてくださいませ」

 家族は目をまん丸にした。手習い講師とは刺繍や生花、オシャレ、音楽、ゆくゆくは絵画などまで教えてくれる女性の趣味を良くする講師だ。

「それと、お兄様のお隣に座らせていただくだけでいいので、お勉強の時間もお願いいたしますわ」

 家族の口は床に届かんばかりに大きく開いた。

「リセル。まだ熱があるのかい?」

 お母様が震える声で曰う。隣に座っていたチレナドお兄様がやおら立ち上がり私の額に手を当てた。

「母上。熱はないようです。ですが、先日、頭をぶつけたのかもしれませんね。もう一度医者を呼びましょう」

 お父様はあまりに呆けて口もきかない。

「ち、違いますっ! わたくし、考えましたの。先日の失態は、わたくしが『淑女は小さなお口で美しく食べる』というマナーというか常識というか。
とにかくっ! それを知らなかったから起きたことではないかと思ったの!
 ……ですわ」

 私は意見をはっきりと言う習慣になっていた。しかし、淑女はそんな大きな声は出さないはずだ。なので、大きな声を少しでも和らげるべく最後に『ですわ』を付けてみた。

 が、私の『ですわ』のタイミングで家族がお笑いを彷彿させるようにキレイにコケた。本当に仲の良い家族なのだ。

「そ、そうか。リジェリア―私のお母様―、君は誰か心当たりはあるかい?」

 お父様はリジェリアお母様に聞くが、お母様は首を横に振った。お母様は大変美人でスタイルもいいのだが、思いっきり武闘派だ。今日も今日とて朝から乗馬服を着ている。普段から領内視察や狩りなどを率先してやる、いや、やりたがる方なのだ。さらに実家は子爵家で、三女であり、そちらも田舎なので、マナーなどは少ししか習っていないという。

「うむ。では、友人に頼むとしよう。
リセル。しばらくはかかるがお前の願いはわかったよ」

 お父様の笑顔に私は大きな声で返事をした。

「ありがとう! お父様!」

 ハッと気がついて私は慌てて口を手で隠した。家族はそんな私を見て楽しそうに笑っていた。

「ハッハッハ! 中身はリセルのままだね」

 お母様は豪快に笑っていた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~ -第二部(11章~20章)追加しました- 【あらすじ】 「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」 王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。 彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。 追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった! 石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。 【主な登場人物】 ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。 ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。 アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。 リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。 ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。 【読みどころ】 「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。

悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました

タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。 ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」 目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。 破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。 今度こそ、泣くのは私じゃない。 破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます

水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか? 私は、逃げます! えっ?途中退場はなし? 無理です!私には務まりません! 悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。 一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。

悪役令嬢は伝説だったようです

バイオベース
恋愛
「彼女こそが聖女様の生まれ変わり」 王太子ヴァレールはそう高らかに宣言し、侯爵令嬢ティアーヌに婚約破棄を言い渡した。 聖女の生まれ変わりという、伝説の治癒魔術を使う平民の少女を抱きながら。 しかしそれを見るティアーヌの目は冷ややかだった。 (それ、私なんですけど……) 200年前に国を救い、伝説となった『聖女さま』。 ティアーヌこそがその転生者だったのだが。

処理中です...