【完結】虐げられた男爵令嬢はお隣さんと幸せになる[スピラリニ王国1]

宇水涼麻

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14 対決

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 気がつくとお昼に近かった。エリオに言われて、ベルティナはセリナージェを部屋へと送ることになった。

 ベルティナは、セリナージェを部屋の前まで送る。セリナージェは、先程と違って、目を見て話せるようになっていた。

「ベルティナ、ありがとう。あなたの言うように、レムの話を聞いてから考えればよかったわ。先走って、すごく嫌な気持ちになっちゃっていたわ」

 セリナージェは、まだ少し腫れぼったい顔で、でも、かわいい舌をペロッと出してお茶目に笑った。

「でも、今日は教室へ行ける顔じゃないから、休むわね。夕食には、誘ってくれる?」

 セリナージェは可愛らしく上目遣いで、肩を少しあげて、小首を傾げてお願いする。幼い頃から、このお願いをベルティナが聞かなかったことは一度もない。

「もちろんよ。じゃあ、また後でね」

 ベルティナは、セリナージェをギュッと抱きしめた。ベルティナが寮の廊下の角を曲がるまで、セリナージェは手を振ってくれていた。ベルティナは、隣にセリナージェがいなくても、気持ちは一緒に歩いているような気がして、朝よりもずっと軽快に学園への道を歩けると思った。

 ベルティナが女子寮を出るとエリオとクレメンティが待っていてくれた。クレメンティの目には怒りが戻っていた。

〰️ 

 昼休みになってすぐに教室へ入る。昨日までベルティナたちがいた席にロゼリンダたちがいた。クレメンティを目ざとく見つけたロゼリンダが席を立ち上がった。

「クレメンティ様、心配しておりましたのよ。具合でもお悪いのですか?わたくしの王都のかかりつけ医をお呼びしましょう」

 ロゼリンダの美しい顔は本当に心配しているように、少しだけ歪ませていた。

「いや、とても元気だよ。ただ、とても困ったことになってね」

 クレメンティが鋭い目付きで、自分の席へと行き、立ったまま後ろを向いてロゼリンダと対峙する形になった。エリオも自分の席の椅子のところに立ち、クレメンティとエリオの間にイルミネとベルティナが立った。
 ロゼリンダの方には、フィオレラとジョミーナがロゼリンダの左右に、立っている。

「困ったこと?まさか、ベルティナ様に何か言われたのですの?
ベルティナ様、いくらセリナージェ様とお仲がよろしくても、婚約者のいる者に手を出すことをお認めになってはいけませんわ」

 ロゼリンダは、一人で勝手に結論を出して、エリオの後ろにいるベルティナを軽く睨んだ。

「誰に婚約者がいるのかな?僕はロゼリンダ嬢との婚約話はキチンとお断りしたよ。ピッツォーネ王国からだと連絡が遅くなっているのかもしれないね」

 背の高いクレメンティは、見下ろすようにロゼリンダを睨む。

「それにしても、確定もしてない話で、僕の大切な女性を傷つけるのはやめてもらいたいな。セリナージェに嘘の話をするのは、今後一切やめていただきたい」

 クレメンティは、みんなの前で『クレメンティにとって、セリナージェが大切な女性で』と堂々と宣言した。

「なんですって!?わたくしを嘘つき呼ばわりなさるおつもりですの?」

 ロゼリンダは、公爵令嬢として育てられているので、怒鳴ったりはしない。でも、屈辱とばかりに少しだけ声を荒げていた。

「違うのかな?」

 クレメンティは、さらに煽る。

「婚約は家同士の話ですのよ。それをあなたの気持ちがどうのという問題ではありませんでしょう!」

 ロゼリンダは、震える口調であった。

「残念だけど、僕の両親は、僕の気持ちを優先してくれるよ。それに、もし、優先されないのであれば、僕は爵位を弟に譲り、文官として生きていくさ。これでも、伝手も能力もあってね、文官としてでも困らない地位はすでに約束されているんだ。そういう意味では、セリナージェを迎えることに家は問題にはならないよ」

「そんなことできるわけ…」

 ロゼリンダには、爵位を簡単に捨てられる物のように言い切ったクレメンティが信じられなかった。今まで、ロゼリンダが気にして気にして止まなかった爵位。クレメンティは、それをまるで『おまけ』として付いているもののように言う。

 ワナワナと震えながら、ロゼリンダが言葉を紡ごうとしたとき………

「ロゼ、もうやめるんだ!」

 声をかけてきたのは、ランレーリオ・デラセーガ公爵子息だった。

「レオには関係ありませんわ。口出ししないでくださいませ!」

 ロゼリンダが横から口出しをした、ランレーリオを睨んだ。この二人が、愛称で呼び合う仲であることなど誰も知らなかった。

「いや、関係あるよ。僕はクレメンティ君の話を聞いて、目から鱗だったよ。僕がこの考えに気がついていれば、ロゼをこんなに苦しめなかったのに。ごめんね」

 ランレーリオは、ロゼリンダだけを見て、『ごめんね』と呟いていた。

「レオには、関係ないと申し上げておりますでしょう!わたくしは地位に見合った殿方と婚姻せねばならないのです。それが、公爵家に生まれ、公爵令嬢として生きてきたわたくしの義務ですのよっ!あなたにわたくしの苦しみなどわかるはずがありせんわっ!」

 大人たちがいたら、淑女らしからぬと、ロゼリンダは叱られていたかもしれない。それほど、今までのロゼリンダにはありえないほど興奮しており、声も大きかった。しかし、それがロゼリンダの本当の悲しみだとみんなに伝わることに繋がった。

 我が国には、公爵家2家、侯爵家5家、しかいない。王家と侯爵家には同世代で婚約者のいない男子はおらず、さらに、アイマーロ公爵家とデラセーガ公爵家は祖父の仲が芳しくなかった。それゆえ、公爵令嬢であるロゼリンダの嫁ぎ先は難しく、20歳も上の侯爵家の後妻などという噂もあったほどである。

「ロゼ、宰相の妻であれば、ふさわしい地位といえるだろう。お祖父様が僕たちのことを反対されるなら、僕は爵位はいらないさっ。だけど、君を得るため、宰相には必ずなる。
爵位は弟に譲り、公爵家の分家として、領地を統べず、王都で暮せばいい。
ロゼ、どうか僕を支えてほしい。僕が安らげるのは、君の隣だから」

 ランレーリオの突然の告白に、クラスの全員が黙った。ランレーリオとロゼリンダがそのような気持ちであったことに気づいている者はいなかったのだ。
 ロゼリンダは、ランレーリオを見て、ハラハラと涙を流し、そのまま、一人、外へと出て行ってしまった。ランレーリオが、追いかけた。
 みんなの視線は見えない廊下の向こうへと飛んでいた。


 しばらくの沈黙の後、イルミネが打破する。

「なんだか、みんなランチを逃しそうだね。俺、先生に説明して午後の授業を遅らせてもらってくるよ」

 イルミネは、すぐに出ていった。みんな各々に話をしている。エリオは、イルミネの席にベルティナを座らせた。クレメンティもエリオも自分の席に座る。フィオレラとジョミーナは、窓側の席へと移動していた。

「ロゼリンダ嬢にも理由があったんだね。少し悪いことしてしまったかな」

 クレメンティがバツが悪そうに顔を歪めた。

「いや、それでも、レムやセリナの気持ちを無視した行動をしたことは事実だよ。それにこの国のシステムを考えれば、自己州内の子爵家なら、嫁ぎ先としては当然あったはずだ。彼女のプライドがこの問題となった理由であることは0ではいだろう」

 ベルティナは、エリオの冷静な分析に感心した。ベルティナ自身はロゼリンダの訴えに、思いは流されてしまっていたのだ。

「エリオって本当にすごいのね」

「ベルティナ?何?何か言ったかい?」

「な、何でもないの」

 ベルティナの呟きはエリオには届いていなかったようだ。ベルティナは聞き返されて慌てて否定したが、先程の談話室でのことも思い出し、少しだけ頬に熱を感じていた。

 イルミネのお陰で、遅めのランチをとれることとなり、みんなで学食でランチをとり、先生の先導で教室へ戻った。ランレーリオとロゼリンダは、学食にも教室にも現れなかった。
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