あさひ市で暮らそう〜小さな神様はみんなの望みを知りたくて人間になってみた〜

宇水涼麻

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39 小さなお魚釣り

 水萌里がきゃあきゃあとはしゃいでいるのは旭駅の真裏にある園芸店である。

 その日、水萌里がテレビを見ながらぽそりたつぶやいた。

「釣りって楽しいのかしら?」

 未だに勇気を持てず釣り船に行けていない真守は目を輝かせた。

「よしっ! 行こう!」

 水萌里を乗せて車を走らせて旭駅方面に向かいヤックスドラッグのある信号を線路方面へと右折した。そして線路を渡ってすぐに左折する。

「釣りに行くのよね?」

 海でもなく、袋公園ため池でもないところに向かっていることに水萌里は不安を覚えた。

「そうだよ。何も持たない俺たちでも遊べる釣り堀センターがあるんだ」

 まもなく真守が車を停めたのは『新昭しんあき園芸』の駐車場だった。この駐車場には『石井養鶏場』の卵の自動販売機が併設されているため水萌里もよく使う。
 真守は干潟ひかた地区の西果てに旭市が運営する『長熊釣堀センター』があることは知っている。そこはへら鮒釣りがかなり本格的で釣り竿を持たない未経験者は行けないが、毎日車が数十台停まるほど人気があることはリサーチ済みで「釣り船の前に挑戦するぞ」と思っているが、まだ踏み出せていない。
 だからこそ、ここ『新昭園芸』の釣り堀センターには来たいと思っていたのであった。

「水萌里は店内に入ったことはある?」

「いえ、ないわ。うちの庭、まだ整備が進んでいないでしょう。来年には畑にして夏野菜の苗をここへ買いに来たいと思っていたの」

 二人は車を降りて『新昭園芸』の店内へ向かう。

「真守さん! 見て! 箱に詰め放題で五百円ですって。これなら石畳の脇に並べてもいいんじゃないかしら?」

 水萌里の声が聞こえたのか、店の中から従業員らしいエプロンを着た女性が出てきた。
 
「いらっしゃいませ。お花の詰め放題ですか?」

「これはいつもやっているのですか?」

「時期によってやっていない時もありますよ。でもここにあるものはまだ二ヶ月ほどは楽しめる花ばかりなのでお得ですよ」

 水萌里が目に期待を込めて真守を見つめたが真守は首を横に振った。

「今日は違う目的だから。
すみません。釣りをしたいのですが、こちらでいいですか?」

 真守に説得されてしょんぼりとした水萌里を横目に従業員に声をかけた。

「初めてですか? では、こちらで先精算でお願いします」

 中に通されると見事に花が並んでいた。右手の仕切り奥には、野菜の苗が緑を萌えさせている。
 精算を終えた真守はポイントカードにハンを二つ押されて渡された。

「十ポイントでお一人様一時間サービスですので」

「一人ずつではなく?」

「はい。ご家族で一枚のポイントカードでオッケーです」

「二人で来たらすぐに貯まりそうですね」

「是非そうしてください」

 釣り竿二本と針外し金具二本、エサだというプラスチック注射器を一本受け取ると水萌里のテンションは一気に上がった。

「見て見て! なんて小さな針なの。カワイイ。餌ってチューブ入りお菓子みたい。最初からミミズとかだと怖かったかもしれないからよかったわ」

 0.2ミリに満たない糸の先端にはそれに見合う針が付いているし、注射器の先端一センチほどに茶色の練り物ねりものが入っていて、すべてお膳立てができている。

「かずくん。初めてのお客さんだって。お願いします」

 従業員が奥に声をかけると体の大きな大きな男がのっそりとやってきた。ここで二人共『熊と魚』を想像したことは内緒である。

「こちらです」

 淡々とした口調で案内されてついていくと、華々しく花が咲くスペースを通り越し仕切りを越える。するとジャングルのように観葉植物が並べられそこに大きな水槽が四つと椅子があちらこちらに置かれたスペースになった。
 大男が浮きの位置や餌の付け方や針外し金具の使い方を丁寧に説明してくれる。
 
 大男『かずくん』こと新行内カズアキは『新昭園芸』の次期社長である。釣り好きがこうじて「自分の子供にも楽しんでほしいな。ならきっと他の子供たちにも楽しんでもらえるんじゃないかな」と考え、平成の終わり頃、園芸店の中に釣り堀センターを作った。

 お客にとっては、細い細い糸を釣り糸の先端に付ける作業や餌を調合する作業は必要ないし、水槽なので落ちる心配はほぼないし、温室内だから雨が降ってもできて冬も寒くない。釣れれば針外し金具で取るので魚に触ることもない。
 いたれりくせりの快適な遊び場である。

「こちらは金魚。あちらではタナゴなどが釣れます」

 カズアキが示した方には高校生カップルらしい先客がすでにいた。

「どちらが簡単ですか?」

「金魚ですね。では一時間したら声をかけますから」

 二人が早速習ったように糸を垂らすと、カズアキはしばらく真守と水萌里の様子を見ていた。

「釣れたぁ!」

 最初に声をあげたのは水萌里で、嬉しさのあまりカズアキに笑顔を向けた。するとカズアキは子供の成長を喜ぶように優しく破顔して二人から離れて行った。
 
 二人は金魚の様子に集中しながら糸を垂らす。餌はすぐに食べられてしまい引き際が難しい。それでも金魚釣りは明るい水槽で金魚たちの口もわかりやすいのでコツを掴んできた水萌里は数回に一回ほど釣れるようになった。

「えぇ。なんで俺は釣れないんだ?」

「どれ? あら、真守さん、餌が大きいのよ。従業員さんがなるべく小さくって言っていたわ」

「そうだっけ? でも、大きい方が食べてくれるだろう」

「それだとみんなが群がってきちゃって釣るのは難しくなるのよ」

 水萌里は自分の針に注射器から餌をつけてみせた。ほんの二ミリほどの餌だが、一センチに満たない魚の口の大きさゆえ、この数ミリの差が大きい。
 水萌里の指導の甲斐もあり真守も三匹ほど釣ってリリースした。

「あちらでもやってみよう」

 先客高校生カップルが帰ったのを見計らってタナゴの水槽に移った。二人は高校生カップルがそこで釣り上げて楽しそうにしている姿を見ているので、そこに釣れるはずの魚がいることはわかっている。
 だが、それは簡単ではなかった。

「はやっ! 食べたらいなくなった」

「また餌だけ取られちゃった」

 金魚のように赤ではないタナゴは見難みにくく、金魚より深いところにいるので餌も見えない。

 こうして遊んでいるとカズアキがやってきた。

「時間です。ずっとこちらにいたんですか?」

 二人は金魚の水槽で針の先端に集中しているところだった。

「いや、そちらへ行ったんですけど、まだ俺たちには難しくて」

「そうですか。慣れてくるとあの速さに合わせてやって、ヒュッと釣れる快感があるんですよ」

「いつかそれを感じてみたいわ」

 帰りの車のハッチバックには詰め放題の花のダンボール箱が二箱積まれていた。やはり、真守は水萌里のおねだりには弱かった。

 ☆☆☆
 ご協力
 長熊釣堀センター様
 新昭園芸様
 新昭釣り堀センター様 

感想 4

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