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第一章:事件

008. 高校入学のお祝い

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 秘書室で静かに春休みに出された課題の見直しを始めた。
 春休みの課題だから今日は提出することになるだろうと思っていたから一応持ってきていた。
 担任となった石川先生からは授業はまず実力テストをすると言っていたので課題の中から問題が出る確率が高いだろうと思った。
 静かな秘書室で集中していたら時間は過ぎていった。
 気が付けば退社時間に近づいていた。
 受付係をしている瑠奈さんが姉ちゃんがまだ戻っていないことで心配してくれたみたいだ。

「叶羽くーん、美桜さんがまだ戻ってこないから先に皆とお店に行きましょ」
 課題ノートを片付けながら瑠奈さんを見た。

「もうそんな時間なんですね…姉ちゃん、まだなんですね」
「一応受付の仕事は終わったらからそのまま秘書室に来たけど美桜さんにはRYMEライムで予約したお店の場所は連絡してあるから」
「わかりました。じゃぁ俺も帰る支度しますね」
 瑠奈さんは制服を着替えに更衣室に行ってくると言って秘書室を出て行った。
 俺は瑠奈さんを待っている間で、姉ちゃんの机の上を整理整頓をしていた。
 机の上が散らかっているわけではないが俺が今日は使用していたからその分は綺麗にしないとなと思っていた。

「お待たせ―。美桜さんから連絡あってさっき会議が終わったからお店には直接向こうの会社から社長と行くから叶羽くんは私たちと一緒に行きましょ」
「私、たち…?」
「うん、私たち。みんなも今エントランスで待っているし、数人は先にお店に行っているから」
「えっと…何人の参加者なのでしょうか?…瑠奈さん」
「う~ん、二十人くらいかな…。叶羽くんがいるからソフトドリンクの種類があるお店を選んだから貸切にしてもらったよ。少しくらいははっちゃけても大丈夫!」
「はっちゃけるって…何ですか、それ。ちょっと何言ってるかわかりませんが?」
 驚いた顔をして瑠奈さんは俺を見てきた。

「えっ?マジで?もしかしてジェネレーションギャップ?!いやいやいや、そこまでの年齢差はないはず?!」
「あれ?瑠奈さんって姉ちゃんと同じ…じゃないですよね」
「もぅー!叶羽くん、女性に年齢のことを聞くのはNGだよ」
「あっ、すいません!」
 俺は少し狼狽うろたえていた。

「うふふ、叶羽くんのいつもと違う顔見ちゃった~」
 瑠奈さんの言葉を聞いて自分のことなのに判っていなかったことに今更気が付いた。

(俺にもまだそんな表情もできるんだな…)
 色々と考え事をしながら姉ちゃんの勤める会社の人たちと瑠奈さんが歩いていくのを後ろについて歩いていく。
 俺は殆んど話もせずに歩いていた。
 集合場所まで行くと男女二人の人が立っていた。
 姉ちゃんと姉ちゃんがついていった社長だった。

「あっ、美桜さん、社長。お待ちになりましたか?お待たせして申し訳ございません」
「ううん~、私たちもさっきこの場所に来たばかりよ~」
「よかった。もうすぐそこのお店ですから行きましょう」
 瑠奈さんはニッコリ笑ってお店の入り口を指さした。

「行こう~、行こう~叶羽も~」
 姉ちゃんに腕を引っ張られ、瑠奈さんが示した店へ向かった。俺は黙って連れて行かれた。

 店に入ると座敷風の店だった。
 瑠奈さんに指示され、俺は何故か社長と姉ちゃんの間に挟まれ座った。
 他の参加者たちも順番に座った。
 全員が席に着くと飲み物の注文を始めた。

「俺はジンジャーエールでお願いします」
 メニュー表を見ながら注文していく。
 俺以外は全員社会人だからアルコールを注文するかと思いきや、意外とソフトドリンクの人もいて半々くらいだった。

「それでは…コホン。全員飲み物は渡りましたか~?」
 瑠奈さんは全員がグラスを手にしているのを確認した。

「四月になり新入社員も何人か入社しましたが、我が社のアイドル…じゃなくて、人気者である秘書課の松井まつい美桜みおさんの弟、叶羽とわくんがとうとう高校生になりました~。拍手~!ということで本日は入学式だった叶羽くんが美桜さんと一緒に会社に来たところをこの私が捕獲…いえ、捕まえる…いや、保護する?そこはどうでもいいですが、そういうわけでお祝いすることを美桜さんだけ独り占めすることは許すべからずで皆で一緒に食事をして喜び合うことになりました~。ということで叶羽くん、高校合格及び高校入学おめでとう~、乾杯!」
「「「「「おめでとう!!」」」」」
 皆の声が店の中に響き渡った。
 店中の人たちが俺のことをお祝いしてくれた。

 テーブル毎に料理が置かれ、それぞれ楽しんでいた。
 俺自身も久しぶりに武田の家のことを気にせずに楽しめた。

「高校入学おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
 ドリンクを一口、口に入れたところで優しい男性の声で祝われた。
 隣に座っている社長からだった。
 反対隣に座っている姉ちゃんは何も言わずにただニコニコ笑っていた。
 社長は何故俺の隣に座っているのかは解らなかったが、いつもの存在感を薄くしていた。
 一言だけお祝いを述べた社長はまた黙って食事をしていた。
 皆さんの中で酒を飲んだ人は半分くらいだったけど酒癖が悪い人はいなかったので皆楽しく飲んだ。

「明日も平日だからそろそろ終わりにしよう。会費は後日集めるのでそれぞれ準備してくださいね~」
 結局瑠奈さんが幹事になっていたみたいだ。
 普通の飲み会とかって会費は前払いで集めているのに今回の場合は後払いなのが何故なのか解らなかった。

「ごちそうさまでした~」
 姉ちゃんも少しお酒を飲んだみたいでちょっとだけ陽気な話し方だった。
 立ち上がり靴を履く。
 俺は鞄を持って姉ちゃんが靴を履くのを待った。
 社長はだいぶ飲んでいたみたいだけど顔色も変わらず酔っている感じがなかった。
 店の外に出ると皆からもう一度お祝いを言われた。
 それに答えて返事をしていると、同じ方面に帰る人でまとまって帰っていった。

「それじゃ、美桜さん。私もここで失礼します。社長も今日は参加していただきありがとうございました。お先に失礼します」
 社長がいるからなのか瑠奈さんは受付係らしく社長に挨拶をして帰っていった。

「おっと」
 少しよろけた姉ちゃんを支えようと思ったが、俺よりも社長が先に支えた。

「家まで送るよ」
 社長にそう言われた姉ちゃんは大人しく受け入れた。
 俺としては力不足だったみたいだ。
 体力的にもつい最近まで中学生で勉強に重点を置いていて運動は必要最低限だったから少しばかり役に立てない俺が不満だった。
 姉ちゃんと社長が並んで歩き出した後ろをついて歩いた。
 社長は俺のことが気になるのか、ゆっくり歩きながらもチラチラ見て歩いていた。
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