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6.恋愛は仕事よりも難しかった(エド視点)

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「別に一緒の部屋でもいいじゃない。」
そういうアイリーン様に俺はすこし切なくなった。男として全くみられていないんだろうなぁ、と考えてしまう。逆にいえば一緒に泊まってくれるのは信頼の証だ。そう思うことにして無理矢理納得する。むしろチャンスかもしれない。俺は意を決してアイリーン様にうなずいた。もうそのときにはアイリーン様は宿屋のおばちゃんにお金を払っていた。他の人なら嫌だけどアイリーン様なら嫌じゃないと思ってしまうことが重症だ。大丈夫か早くも不安になって頭を抱えたい衝動にさいなまれる。そんな俺に気づいたのか宿屋のおばちゃんににかっと笑われた。
「ガ・ン・バ・レ」
口の形でそういっているとわかる。余計なお世話だ。だが、俺はがんばらなきゃいけない。
「が・ん・ば・る」
俺も口の形で答える。アイリーン様がずんずんと階段を登っていくのをおいかけた。全然つかれてないじゃないか…そう思ったがアイリーン様はいつも全力だ。

部屋にはいると想像よりも綺麗だった。外観はすこし古く小汚い感じがしていたのだが部屋は綺麗だ。でも…狭い。狭すぎる。そして、寝具がベッドではないことに軽いカルチャーショックをうけた。大人二人が川の字に寝るギリギリの広さだ。
「思ってたより綺麗でよかったね。」
「え…はい。」
アイリーン様は元々貴族の令嬢でお嬢様だったはずだが、そういう感覚が近いと思う。貴族のすんでいた場所に比べたら小さくて汚いところなのに…公爵令嬢としてなに不自由なく生活していたと思ったが、違ったのだろうか。

ドンドン。
「ハイルヨ」
宿屋のおばちゃんだ。何をしに来たんだろう。
「はい。」
アイリーン様がドアを開けてこたえた。
「フトン。カネ、メシブンモラッタネ。サケ、モッテキタヨ。」
おばちゃん、頑張れってそういうことか…でも、俺の頑張るの意味はそっちじゃなかったんだ。必死に耐える方のがんばるだったのに。
手に布団をのせられる。ウインクじゃないんだ。おばちゃん。もうやめてくれ。アイリーン様は酒が好きだから絶対のんじゃうし…



布団をおいて、ベランダに出た。アイリーン様は満面の笑みで酒をもっていた。
やっぱりだった。
「今日は飲もう。」
酒なんて飲んだら耐えれないかもしれない…
お酒をつがれてしまうと、折角だし俺ものみたくなって、すこしだけ、と飲んでしまう。

甘めでおいしかった。
「これおいしいっすね。アイリーン様、好きそう。」
「私はエドが気に入りそうだと思ったけど。まあ私も好き。よくわかったね。」

アイリーン様が自分のこのみをわかってくれていることが何よりうれしい。私も好き、その言葉がエコーする。ほんとうにやばいかもしれない…

「もう一杯どうぞ。」
勧められるままにのんでしまう。あぁ、どうしよう。

通りは大変な賑わいだった。多くの人が集まり、旅立つ宿場町。ふと王国のことを思い出した。災害が王国を襲うという。王国の繁華街も荒れ果てて、人々は食料を求めて群がる。

「こうしている間にも王国で災害がおきてるかもしれないんですね。」
俺はしみじみとつぶやいた。

「あれね。。ちょっと話し盛ちゃったの。」
家族はいないし、やはり祖国というのには愛着がわくものだ。
だからこそアイリーン様の一言は希望のようにみえた。

「実は地震とかの災害はおこらないの。寒害はおこるから他国へと逃げたひともいたけど…」
王国のことだけを考えるならよかったと言うべきだろう。だが、災害が起こらないとなると、仕事をやめてまで逃げてきた俺はどうなるんだろう? しかも、嘘をついたという自覚のある確信犯だ。

「役人を狙った事件も起こるには起こるんだけど、1件だけなの。」
本格的に仕事をやめた意味がない…いくらアイリーン様でもひどい。
だまされた自分も悪いという事も含めていらだちが抑えられない。
イライラが声にでないように気を付ける。

「なんでお酒なんて飲んだんですか…」
「偽装恋人やってくださいなんて素面じゃ言えないからさ。」

そりゃそうだ。言えるような人なら恋人をすぐにつくれると思う。アイリーン様の美しさがあれば。
そうだ。アイリーン様が頼めばほとんどの男が受け入れただろう。なんせ悪い噂が流れていたとしてもおつりがくる位のルックスだ。なんで俺…?

「そもそも何で俺に頼んだんですか?」
「エドがいいなぁって思って。最初に計画を思いついたときにエドに頼みたいな、なんて思ってたから。違う人はいやで」
怒りなんてふっとんだ。俺以外の人は嫌だったのか…?俺はもしかして昔から好感をもってもらえていたのだろうか。




もう、俺の気持ちを言ってしまおうか。
こんな事を言ってくれるなら受け入れてくれるのではないか。
だが、アイリーン様は天然だ。何も意図せずこんな事を言っているかもしれない。
意図知れずなら逆に本心かも。そもそも全部演技でいいように転がされているだけだったら…
頭がごちゃごちゃだった。
恋愛経験の少ない自分が憎かった。
恋人がいたときも常に自分は受け身だった。相手の方から告白されて、相手に振られてきたのだ。恋人はいたことがあったけど、自分はそんなに好きだった訳じゃない。断るのも面倒だっただけだ。

もしかして、アイリーン様が俺の初恋の相手なのか…?

更に告白のハードルが上がった気がした。

メリットとデメリットを考えてみる。
デメリットとしてまず、振られたとき。自分に片思いしている男と旅を続けるのは不安だろう。いくら能天気なアイリーン様だとしても。振られたらもう一緒に旅はできない。そうすると永遠に会えないかもしれない。それは、いやだ。絶対に避けたい。メリットは…自分の気持ちをいう事で、関係を進展させられるかもしれない。でも、もうすでに一緒に旅する関係だ。永遠に会えない、というリスクを背負ってまですることなのか分からなかった。ただ自分の気持ちをいうことでアイリーン様に対してフェアに向き合える気はした。要するに自己満足。
もう本当によくわからない。恋愛は仕事よりも数倍難しい。色恋にかまけて仕事をしなかった元同僚たちを馬鹿だと思っていたが彼らはこんな難しいことをしていたのか。

とりあえず話そう。言葉を選びながら本心を言った。
「怒っってもないし、あなたの偽の恋人になったのも後悔してませんよ。」
「え?」

もうどうにでもなれ。
ぽかんと口を開いている。やっぱり気づいていなかったんだ。
「好きです。」
どうしても言いたくてそう伝えた。
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