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5.幸せです

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「思ってたより綺麗でよかったね。」
「え…はい。」
畳6畳分くらいの一部屋があった。すだれをあげると、ベランダのような場所もある。
ベランダは大通りに面していて上から見下ろすことができた。備え付けのベンチのような椅子と座卓のような低い机もおいてあった。なにより脇にかかる提灯が美しい。
広くはなかったけど畳もいたんでいないし、少し外がうるさいが許容範囲内だろう。部屋の中にも明かりがちゃんとあったし。

ドンドン。
「ハイルヨ」
宿屋のおばちゃんの声がした。
「はい。」
「フトン。カネ、メシブンモラッタネ。サケ、モッテキタヨ。」
「ありがとう。」
高いと思ったら、そういうことだったのか。
エドが何もいわずに布団を受け取ったので酒をもらう。折角だった夜景でもみながら。そのままベランダに出た。

「布団、ありがと。」
「いえ。これくらいは。そうだ。お金。」

エドが宿代をわたしてきた。正直今じゃなくてもよかったがお金は大事。懐にいれておく。

「今日は飲もう。」
「あ、俺は…」
「もしかしてお酒苦手だった?そういえば前ものんでなかったよね。」
「そういうわけじゃないんですけど…」

無理にのませるのも悪いが自分だけのむのも気が引ける。エドの方にすこしだけ酒をついだ。無色透明でどろっとしている訳でもないからまるで水のようだ。

「俺、つぎますよ。」
エドが私の方へついでくれた。
「乾杯。」
少しだけ飲んでみる。なかなか口当たりがいい。さらりとしていて、甘い感じがちょっとだけ残る。でもすっきり爽やかな感じでおいしかった。
甘党なエドも好きそう。
「これおいしいっすね。アイリーン様、好きそう。」
「私はエドが気に入りそうだとおもったけど。まあ、わたしも好き。よくわかったね。」
「俺も好きですね。」
「ならもう一杯どうぞ。」
「アイリーン様も。」
ちびちび飲む。地元のお酒なのだろうが、飲みやすい。

ぼんやりと景色をながめた。
「こうしている間にも王国で災害がおきてるかもしれないんですね。」
「…」
「あれ?アイリーン様?」
「ねえ。怒らないでくれる?」
「何がです?」
「あれね。ちょっと話し盛ちゃったの。」
「え…ちょっとってどれくらいですか?」
「ホントにちょっとだけだよ。実は地震とかの災害はおこらないの。寒害はおこるから、他国へと逃げたひともいたけど…」
「え?それは、ちょっとっていいませんよ。」
「あと、役人を狙った事件も起こるには起こるんだけど、1件だけだなの。」
「多発とか言ってたじゃないですか…」
「ごめんね。まさか、国外で就職しようと考えると思わなくて。」
「はぁ。」
「ごめんなさい。本当に申し訳ない。あの時お酒入ってたからちょっと気が大きくなちゃって。」
「なんでお酒なんて飲んだんですか…」
「偽装恋人やってくださいなんて素面じゃ言えないからさ。」
「というかそもそも何で俺に頼んだんですか?使用人にでもやらせればよかったじゃないですか。」
「怒られそうな理由なんだけど…なんかエドがいいなぁって思って。最初に計画を思いついたときにエドに頼みたいな、なんて思ってたから。違う人はいやで断られないように王国で官僚しない方がいいよアピールしちゃって。」
「…」
「本当にごめんなさい。こんなの私の都合でエドの人生狂わせてもいい理由になんてならないよね。一応、公爵家の紹介状はあるからそれを見せれば王国で職には困らないと思う。まきこんじゃってほんとうにごめんなさい。」
エドは黙ってお酒を飲んだ。
一緒にいるのが楽しくて話すのがさきのばしになってしまった。
怒って嫌われるのも嫌だったし、一緒に旅をしたかった。
婚約破棄の後、一緒に来てくれると聞いた時とても嬉しかった。

私はエドのことが好きだったんだ。

気づくのがおそいなぁ。
何でこんなタイミングで気づいてしまったのか。




エドは黙っていた。その表情は読めない。




「怒ってもないし、あなたの偽の恋人になったのも後悔してませんよ。」
「え?」
「好きです。」
頭がまっしろになった。
こんなにひどいことをしたのに?仕事もやめることになって、国外にくることになった原因をつくった女なのに?
思わず抱きついてしまった。
抱き返してくれる。
幸せの温かさだ。
「私も好き。すごくうれしい。ありがとう。」
「冗談じゃないですよね?」
「もちろん。エドこそ違うよね?」
「俺はそんなことしませんよ。だけど、アイリーン様はいつも俺を惑わせてくるので。一応確認です。」
「一度だって惑わせたことなんてないよ。」
「無自覚の方がたちが悪いですけどね。そんな所も含めて大好きです。あなたになら惑わされても、人生を狂わされてもいいですから。」

笑ってしまった。

「何わらってるんですか。かっこつけた俺が恥ずかしいじゃないですか。」

エドが私の肩に顔をのせてくる。その頭を撫でた。

「幸せだなぁと思っただけだよ。私もあなたのこういうところが好き。」
「どういうところなのかわかんないですよ。」
「たまにめっちゃかわいくなるとこ。」
「アイリーン様の方が絶対かわいいですから。」
「照れるじゃない。」
目をつむった。
信じられないくらいの眠気が私をおそった。
酒と疲れだと思うが、今!?という感じだった。
そういえば、あのお酒は前世でいうところの白酒かもしれない。
そしたらアルコール度数が50度くらいだ…
エドもねむかったらいいけど。
「ほんとにごめんね。すごくねむいの。」
つぶやいた。返事がない。寝息をたてていた。ベランダの椅子に座らせて布団をかけた。暖かいし風邪はひかないだろう。

私も座って彼をながめた。

いつか転生者だと言える日がくるだろうか。乙女ゲームの中だということも明かせるだろうか。
わからない。だけど、きっと彼なら受け入れてくれるだろう。歴史マニアな私にもつきあってくれるはずだ。

満ち足りていた。幸せだ。夜風が顔をなでた。
転生させてくれた神様ありがとう、私は心の中で言った。
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