情愛

篠崎夏汰葉

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カナリヤ

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今宵も彼女は薄闇の中に真珠のような素肌を晒し私に見せ付けるかのようにそこに居た。

彼女は私を見るも何も言わず、まるで彼女自身の存在を否定するかのように俯きうっすらと笑みを浮かべた。

暗闇のなか動く彼女の唇からは何も聞こえない。

柔らかく何処か純粋さを秘めた彼女の唇が微笑んだり何かを喋るような動きをした時、私は目が離せなくなる。

そこに確かに彼女は存在するのに、何故か私の手の届かない何処か遠くへ行こうとしているような気がして。

彼女は何も語らない。何も話さない。
…否、話せないのである。

彼女の唇が徐々に私に近づいてくる。

何かを伝えようとするその仕草とその唇の無垢な純粋なさに私はいつも苛立ちを覚える。

今宵も…だ。



今夜は満月で、カーテンを閉め切った部屋にも明かりが漏れる。

彼女の白い肌が、今にも夜空に羽ばたかんとする空想の世界の美しすぎる鳥のように一層の真珠の輝きと妖艶さを増していき、反対に唇は光に当てられるほど無垢さを増していく。

その感覚は私を狂わせる。

それは、狂気にも似た感覚で彼女の全てを支配してしまいたいと私に思わせる。
彼女の呼吸するわずかな音も、私を吸い込むようなその深く黒い瞳も、その美しい身体も全て。

そう、全てを私だけのものに。



気がつけば、私は彼女の上に馬乗りになり彼女の首を締め付けていた。


うっすらと泪の浮かぶ彼女の苦痛なのか快楽なのかわからない、なんとも言えない表情と、私の手を振りほどかんとしていらのかはたまたその腕を支えているのかわからない彼女の手の温度で、私は我に返った。

私は何をしているのだ。

彼女は2、3度咳き込むと私の顔を覗き込み、まっすぐな瞳で私を見つめ、何かを伝えようと唇を必死に動かしている。

いつもなら私も彼女の言葉を読み取ろうと必死で見つめるその無垢な唇を、その日初めて見つめることが出来なかった。


私には彼女しかいない。

彼女にも私しかいないはずだ。





なのに湧き上がるこの不安は一体なんなのだろう。

裸の彼女にガウンを被せその肌を隠し、私は部屋を出た。今夜は、もうそんな気分になれなかった。
何故か胸が苦しく、頬を不快な温度を含みそれがつたった。


彼女がその部屋から出て行くことが出来ないのを私は知っていた。
彼女には、ここに来る以前の記憶が無い。


1年程前の雨の日、夜の公園で1人彼女は歌っていた。傘も差さず、ずぶ濡れのままで何も聞こえない無音の音を歌っていた。
全身で、叫ぶように、夜空に向かって。
喉を潰れそうなほど掴んでは涙を流し、歌っていた。


その姿に私は惹かれた。
傘に当たる雨音がバックミュージックのような錯覚に陥り彼女を見つめていた。

歌を歌っていた彼女は崩れるように倒れ落ち、気がつけば私は彼女を家に連れて帰っていたのだった。

2、3日程してか彼女は目を覚ましたが、記憶もなく、声を発することもできず、持ち物を確認したが身元がわかるようなものは持っておらず。
放り出すわけには行かないので、そのまま同居生活を気付けば始めてしまっていたというわけだ。


彼女を自分の物にしたいと言う征服欲は初めは全くなく、ただ物珍しく眺めていたように思う。


そして何回めかの雨の日。
その日は深い雨と言うような表現がよくにあう、そんな雨の日。



彼女は泣いていた。
ただその瞳から涙を流し、何も見えていないような目をして嗚咽すら漏らさず泣いて、いた。



気が付けば、私は彼女を抱きしめていた。弱みに付け込んだと言えばそうなのだろう。
自らの服を脱ぎ捨て、彼女の衣服を脱がし肌を重ねた。

冷たいような不思議な温もりと、彼女と私の鼓動が重なっていく。
彼女は抵抗をしなかった。


私は彼女の無垢だと思い続けていた唇に触れ、自分の唇を重ねた。
この世の全てが溶けて無くなるような、そんな気がした。

彼女の体に触れ言葉を発せない分表情を見つめた。
彼女の名前を知らないので、名前は呼ぶことは出来ない。ただ、私の手が彼女を愛撫するたび、彼女は吸い込まれそうな瞳でさらにじっと私を見つめ返す。
その瞳を潤ませて。

なんとなく彼女のことが分かったような気がして、秘部に触れた。
その瞬間だった。彼女が私の首に腕をまわし抱きつくような姿勢をとった。
私はうっすらとまた彼女のことを理解した気になり、愛撫を続けた。

首に回していた手は解かれ。仰け反りながらシーツを握りしめる彼女がそこに居た。女である彼女がそこに居た。
上気した頬、半開きで無垢から妖艶へと変化した唇、早くなる呼吸。

私は、なぜか彼女の表情が見たくなり秘部に舌を差し入れた。
その瞬間、彼女は髪を振り乱し顔を見られるのを必死に隠そうとしたが彼女が快楽の波に飲まれていったのが分かった。


そんなことを繰り返すようになって1年がすぎた。


肌が合うとはよく言ったもので、私は彼女の身体に溺れていくようになった。
それと同時に彼女も悦ぶようになったように思えたし、少しずつではあるが彼女の表情が変わっていくように思えた。


それなのに私は何故あのような行為に出たのか。自分がよくわからなかった。

彼女の全てを手に入れようとしたわけでも無いのに。
何故、彼女の首に手をかけたのか。

自分自身がわからなくなり、彼女のあの時の表情の意味もわからなくなり。
困惑して逃げるように部屋を出た自分の情けなさもあり。

私は1人自室の椅子に腰をかけてタバコを燻らしていた。

私の自室には普段なら誰も来ることは無い。彼女がたまに珈琲を差し入れてくれるくらいである。

私だけの空間だ。

気付けば、あの時から数時間が経過していた。


突然ふわりと私の肩に触れる暖かさがあり、後ろを振り返るとそこには彼女が泣きながら笑うような表情で私を後ろから抱きしめていた。


そして、本当に聞こえるか聞こえないかのごく小さな声で

「あいしてる。」


と言ったのだ。


何故か私は涙が止まらなくなり、振り返り彼女を抱きしめた。

彼女はそこで、初めて自分の名前を告げ、私に名前を呼んでくれと言った。




そして、締め切ったカーテンの薄暗い中彼女と私は初めてお互いを意識して抱き合った。

そして、彼女の鳴き声を初めて聞いた。

それは、カナリヤのように美しく私の耳に触れた。そして、その快感はさらに私と彼女を追い詰めていく。



ふわりと風が吹いてカーテンが揺れて捲り上がった瞬間、彼女と私は同時に爆ぜた。






彼女はそれから外に出るようになり、ふと気がついては歌を口ずさむようになった。

月のでる夜は私の隣で良く歌うようになった。まるであの雨の日からの時を取り戻すかのように。




きっと彼女はカナリヤだったのだ。
藪に自らを捨ててしまった、カナリヤだったのだ。
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