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色彩
あさがお
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幼い頃から私は少しずれていた。
…それに誰もきづかなかった。もしくは気づいていたのに見ないふりをしていたせいで、周りを巻き込んでとんでもなく苦労を強いられる羽目になる。
小学生になると、それは顕著になってきた。1年生の時の先生は多分私の記憶ではおおらかな人で、保育園の先生でもいいんじゃ無いかな?って人だった。
なので、特別叱られる事もなく…とても自由に過ごしてしまった。
45分机でじっとしていられず、抜け出してあさがおに水をやりながら見つめているなんてことがしょっちゅうあった。
でも、小学1年生のお勉強なんて幼稚園や保育園でやったことの復習のようなもので、できてしまう私には必要の無いことと勝手に思っていた。
必要が無いから、他のことをしよう。
…これこそが、その後や現在私を苦しめるADHDの正体だった。
注意欠陥多動性障害。…当時は知る人も少なく、ただの変な子。お荷物扱いしかされてこなかった。
でも、立派な病気なのである。それを誰もが認めなかったこともあり、私の人生は困難を極めることとなる。
学校での校内放送の呼び出しは当たり前、やりたくないことはならない。机の中が片付けられず整理整頓という概念がない。自分の思ったことをストレートに話し、周囲は敵だらけになった。
小学校2年生になった時には、完全にお荷物の烙印を押されていた。
机の中が片付けられずカビパン製造常習者になった私はバイキンというあだ名がついた。
…この時点で誰か気づいてくれればよかったのだが。
私は身体が病弱で、当時の主治医は総合病院の小児科医科部長というこれまたとんでもない環境にいた。
親曰く、病院の先生が大丈夫って言ったからただのだらしのない子だと思った。…だそう。
私から言わせれば専門分野がまるで違う医者の言うことを鵜呑みにするほどうちの親はバカだったのか。…である。
こうしてどんどんと普通から離れた道を歩き始める私に、親は普通を要求した。
…正しく言えば親だけではなく教師も周囲も普通であることをそれはまぁ、強く要求するようになったのである。
それでも、忘れ物は常習犯で必要な時には物を忘れ、不必要な時には何故か持ってくるという周りと噛み合うことができない生活が続く。
そんな私の唯一の楽しみは、木登り出会った。バカとなんとかは高いところが好きとはよく言ったもので、私は本能的に木に登り、その木になっている果実を手に入れることがなにより好きで得意であった。小学生の私を一言で言うなら野生児であろう。
そんなずれた私を可愛がってくれたのは用務員さんだった。
今時、木登りをする児童がいることをまず喜んでくれて、私によくはなしかけてくれていた。
そのうち私の木登りの特技を生かして木を剪定する代わりに、剪定した木の果実を私にくれる。なんという理想のギブアンドテイク!!!
寒い日は用務員室でコタツに入り話をする。そして時々冷蔵庫で飼われているクリオネを見物する。私はクリオネという生き物が神秘的で何より好きだ。泳いでいるのか漂っているのか、浮いているのか沈んでいるのかわからない不思議なクリオネ。そんなわけで私の学校内での居場所として用務員室が確立されていく。
そんなこんな何となく小学生生活を満喫しているように聞こえるが、実際は過酷そのもの。
バイキン扱いされた私の上履きはしょっちゅう姿を消し、本は切り刻まれ、トイレに入ればドアの隙間から水をかけられ、所謂いじめにあう羽目になったのだ。
人と違うことは、そういうことなのだと私はその時知ることになる。
でも、先生はどうせ私が悪いというし、親も私を守ってくれるものだとは思っていなかったので放置である。
いじめられた事で私の所謂身につけるべき社会性はさらに失われていく。
今でこそゆとり教育なんてものがあるものの。私が小学生の頃は教師が児童を傷つけても、指導ですからで済んでしまう時代。まぁ、私の見方をしてくれる先生などはいやしない。
…と思っていたが。意外にも2、3人私を認めてくれる先生はいたのである。
音楽と図工の先生だった。私はこの時すでに図工で美術センスを開花させ先生から一目置かれていた。
基本ADHDは不器用なのだが、私は美術は苦痛ではなく何かを作り出す事の快感を知った。
そして音楽はもともと聴覚過敏の絶対音感がものを言った。それを認めてくれる先生に当たったのは奇跡としか言いようが無い。後にこの聴覚過敏の絶対音感は音楽教師に疎まれる存在へと変化していく。
そして、不器用ぶりは就職してから十二分に発揮される事になる。
でも、結局どう頑張っても普通と呼ばれるみんなとは同じには出来ない。本に集中し過ぎて授業に遅刻する、話していることが相手に伝わらず独り言扱い、机の中は相変わらず片付けられず、こだわりが強いわりに、気分屋で、思ったことはすぐ口にしないと気が済まない。そして、理論詰めで相手を追い詰める。得意な科目は国語のディベート。…最悪だ。
じぶんでも、本当にそう思う。
そんな私が6年生になった頃、学校で小さな事件が起きた。同級生の双子の姉がとある男子に会うたびに「ハナクソが来た!!」とさわがれるようになりその双子の姉が「死にたい」と言い出したのである。
2年の頃からバイキンと呼ばれイジメにあってきた私は、バカらしいにもほどがあると思い。素直にその子に向かって「それぐらいで死にたいとか、バカなの?」と言い放ったのであった。
勿論その双子の妹から激怒され色々言われたし「ハナクソなんて言われたら誰だって傷つくでしょ!!」と言われたのだが…。
私の脳の中はハナクソはだめでバイキンは良いという理由を教えてくれ。
だったのである。
…本当に書いてて情けなくなるが、そのくらい空気も読めないし、その頃から既にもう、普通というものに対する正しい分析をすることをし始めていたのである。
もっともその私が考え分析していた普通がかなり普通ではないことに本人は全く気づかないままであるが。
みんなと同じ。
つまり、同じスピードで同じことが出来ればそれは普通と称して良いものだというなんともざっくりとした考えが、お荷物呼ばわりをされ続けたことにより構築されていくのであった。
そして、私はネットの社会へと居心地を求めてのめり込んで行くのである。
そしてそして、更にネットの中である特殊技能を身につけることとなる。
これが後に大変な重圧になるということも知らずに。
…それに誰もきづかなかった。もしくは気づいていたのに見ないふりをしていたせいで、周りを巻き込んでとんでもなく苦労を強いられる羽目になる。
小学生になると、それは顕著になってきた。1年生の時の先生は多分私の記憶ではおおらかな人で、保育園の先生でもいいんじゃ無いかな?って人だった。
なので、特別叱られる事もなく…とても自由に過ごしてしまった。
45分机でじっとしていられず、抜け出してあさがおに水をやりながら見つめているなんてことがしょっちゅうあった。
でも、小学1年生のお勉強なんて幼稚園や保育園でやったことの復習のようなもので、できてしまう私には必要の無いことと勝手に思っていた。
必要が無いから、他のことをしよう。
…これこそが、その後や現在私を苦しめるADHDの正体だった。
注意欠陥多動性障害。…当時は知る人も少なく、ただの変な子。お荷物扱いしかされてこなかった。
でも、立派な病気なのである。それを誰もが認めなかったこともあり、私の人生は困難を極めることとなる。
学校での校内放送の呼び出しは当たり前、やりたくないことはならない。机の中が片付けられず整理整頓という概念がない。自分の思ったことをストレートに話し、周囲は敵だらけになった。
小学校2年生になった時には、完全にお荷物の烙印を押されていた。
机の中が片付けられずカビパン製造常習者になった私はバイキンというあだ名がついた。
…この時点で誰か気づいてくれればよかったのだが。
私は身体が病弱で、当時の主治医は総合病院の小児科医科部長というこれまたとんでもない環境にいた。
親曰く、病院の先生が大丈夫って言ったからただのだらしのない子だと思った。…だそう。
私から言わせれば専門分野がまるで違う医者の言うことを鵜呑みにするほどうちの親はバカだったのか。…である。
こうしてどんどんと普通から離れた道を歩き始める私に、親は普通を要求した。
…正しく言えば親だけではなく教師も周囲も普通であることをそれはまぁ、強く要求するようになったのである。
それでも、忘れ物は常習犯で必要な時には物を忘れ、不必要な時には何故か持ってくるという周りと噛み合うことができない生活が続く。
そんな私の唯一の楽しみは、木登り出会った。バカとなんとかは高いところが好きとはよく言ったもので、私は本能的に木に登り、その木になっている果実を手に入れることがなにより好きで得意であった。小学生の私を一言で言うなら野生児であろう。
そんなずれた私を可愛がってくれたのは用務員さんだった。
今時、木登りをする児童がいることをまず喜んでくれて、私によくはなしかけてくれていた。
そのうち私の木登りの特技を生かして木を剪定する代わりに、剪定した木の果実を私にくれる。なんという理想のギブアンドテイク!!!
寒い日は用務員室でコタツに入り話をする。そして時々冷蔵庫で飼われているクリオネを見物する。私はクリオネという生き物が神秘的で何より好きだ。泳いでいるのか漂っているのか、浮いているのか沈んでいるのかわからない不思議なクリオネ。そんなわけで私の学校内での居場所として用務員室が確立されていく。
そんなこんな何となく小学生生活を満喫しているように聞こえるが、実際は過酷そのもの。
バイキン扱いされた私の上履きはしょっちゅう姿を消し、本は切り刻まれ、トイレに入ればドアの隙間から水をかけられ、所謂いじめにあう羽目になったのだ。
人と違うことは、そういうことなのだと私はその時知ることになる。
でも、先生はどうせ私が悪いというし、親も私を守ってくれるものだとは思っていなかったので放置である。
いじめられた事で私の所謂身につけるべき社会性はさらに失われていく。
今でこそゆとり教育なんてものがあるものの。私が小学生の頃は教師が児童を傷つけても、指導ですからで済んでしまう時代。まぁ、私の見方をしてくれる先生などはいやしない。
…と思っていたが。意外にも2、3人私を認めてくれる先生はいたのである。
音楽と図工の先生だった。私はこの時すでに図工で美術センスを開花させ先生から一目置かれていた。
基本ADHDは不器用なのだが、私は美術は苦痛ではなく何かを作り出す事の快感を知った。
そして音楽はもともと聴覚過敏の絶対音感がものを言った。それを認めてくれる先生に当たったのは奇跡としか言いようが無い。後にこの聴覚過敏の絶対音感は音楽教師に疎まれる存在へと変化していく。
そして、不器用ぶりは就職してから十二分に発揮される事になる。
でも、結局どう頑張っても普通と呼ばれるみんなとは同じには出来ない。本に集中し過ぎて授業に遅刻する、話していることが相手に伝わらず独り言扱い、机の中は相変わらず片付けられず、こだわりが強いわりに、気分屋で、思ったことはすぐ口にしないと気が済まない。そして、理論詰めで相手を追い詰める。得意な科目は国語のディベート。…最悪だ。
じぶんでも、本当にそう思う。
そんな私が6年生になった頃、学校で小さな事件が起きた。同級生の双子の姉がとある男子に会うたびに「ハナクソが来た!!」とさわがれるようになりその双子の姉が「死にたい」と言い出したのである。
2年の頃からバイキンと呼ばれイジメにあってきた私は、バカらしいにもほどがあると思い。素直にその子に向かって「それぐらいで死にたいとか、バカなの?」と言い放ったのであった。
勿論その双子の妹から激怒され色々言われたし「ハナクソなんて言われたら誰だって傷つくでしょ!!」と言われたのだが…。
私の脳の中はハナクソはだめでバイキンは良いという理由を教えてくれ。
だったのである。
…本当に書いてて情けなくなるが、そのくらい空気も読めないし、その頃から既にもう、普通というものに対する正しい分析をすることをし始めていたのである。
もっともその私が考え分析していた普通がかなり普通ではないことに本人は全く気づかないままであるが。
みんなと同じ。
つまり、同じスピードで同じことが出来ればそれは普通と称して良いものだというなんともざっくりとした考えが、お荷物呼ばわりをされ続けたことにより構築されていくのであった。
そして、私はネットの社会へと居心地を求めてのめり込んで行くのである。
そしてそして、更にネットの中である特殊技能を身につけることとなる。
これが後に大変な重圧になるということも知らずに。
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