1 / 1
どんなに上手にかくれても
しおりを挟む私はいわゆるガキ大将で、近所の子供達の間ではリーダーを気取っていた。
だから、私の言うことはいつでも絶対で、私の決めたことがいつでもルールだった。
「じゃあ、今日はかくれんぼ!」
その日も、私の提案でやることが決まった。
ジャンケンをして鬼を決め、鬼は五十を数えてから隠れている子を探し出す。誰でも知っている子供のゲーム。
『じゃんけんぽん!』
私の目的は、仁志を鬼にすることだった。
『あいこでしょっ。あいこでしょっ』
一番手っ取り早いのは、仁志がジャンケンに負けることだけど――
「ああ、私が鬼だぁ」
世の中そう上手くはいかない。最初の鬼は、ゆきちゃんだった。
「じゃあ数えるからね。い~ち、に~い…」
鬼が数え始めると、みんな隠れる場所を見つけるため一斉に走り出した。
隠れていいのは公園の中だけ。
せまい公園だったけれど、工夫次第でいくらでも隠れる場所はあった。
植木の中。パイプトンネルの影。滑り台に寝そべってみたり、銅像の裏でしゃがみこんでみたり……
いつもなら、私もみんなと同じように見つからない場所へ隠れているところだけど、その日だけは違った。
すぐに見つかる場所に隠れたのだ。
一番始めに見つかるように。
だって、仁志を鬼にするには自分が鬼になって見つけるのが一番早いから。
「あ、遙歌《はるか》ちゃんみっけ!」
案の定、ゆきちゃんは最初に私を見つけてくれた。無邪気な彼女は、ほとんど隠れていない私を疑ったりはしなかった。
これで、私が鬼だ。
ゆきちゃんが全員を見つけたところで、私はすぐに五十を数え始める。
「……四十九…五十っ。もうい~かい?」
「もうい~よ」
その声を聞くなり、私は走り出した。
目的は仁志をさがしだすこと。
最初に見つけないと仁志を鬼にできないから、他の連中を見つけても知らないふりをした。
植木の中をのぞき込むと、ゆきちゃんが頭を抱えてうずくまっていた。
私は見なかったことにした。
滑り台で寝そべっていたのは、タケシ。
私は見なかったことにした。
公園中を駆けずり回る。もう、あまり時間がない。
普段はすぐに見つかるくせに、こういうときに限って上手く隠れるんだから!
イライラしながら私は探し続け、
そして――
「仁志、みっけ!」
ようやく仁志を見つけた。
公園の片隅に植えられた一本松。そのてっぺんに登っていたのだ。必死に登ったのだろう。手足には擦り傷が沢山できていた。
「絶対、見つからないって思ったのになぁ」
仁志は悔しそうな顔で松の木から降り、さらに自分が最初に見つかったことを知ってショックを受けていた。相当、自信があったらしい。
私はもちろん、素知らぬ顔。
「じゃあ、数えるよ」
鬼になった仁志が、ゆっくり五十を数え始める。
私たちは例のごとく一斉に走りだした。今度は私も真剣だ。全力で走る。
まずは公園の入り口へ。近くのゴミ箱の裏へしゃがみこんで、みんなが隠れるのを待つ。
ゆきちゃんが私に手を振ってくるので、早く隠れてと手を振り返した。
「じゅうし…じゅうご…」
仁志の声が二十秒を過ぎる。あまり時間がない。
私は中腰になって、みんなが隠れたことを確かめる。
そして、誰からも見られていないことを確信すると、そのまま公園を飛び出した。
『かくれて良い範囲』 を超えて。
走った。
走って。
自分の家へと向かった。
家につくと、もう大きなトラックがきていて、最後の荷物を積み終えてるところだった。
私の姿を認めた父が、軽く手をあげる。
「友達に挨拶はすませたのか?」
「うん」
「そうか。こっちの準備もできた。あとは俺たちだけだ」
父はがらんどうになった家を見上げ、それからオンボロ車を叩いて私を見た。
「…行くか?」
「うん」
父が運転席に乗り、少し遅れて私が助手席に乗りこむ。
車に乗る前に、一度だけ公園の方に目をやった。
仁志は今ごろ、みんなを見つけようと躍起になっているだろう。
でも、残念でした。
最後の一人は絶対に見つけられないから。
やがて、車は静かに走りだす。
少し疲れたエンジン音。
あまり効かないクーラー。
ラジオから流れてくるのは、知らない言葉の、知らない音楽。
それに合わせるように、父の鼻歌。
どこか調子外れ。
車は見慣れた景色をぐんぐんと追い越して、気がつけば知らない景色になっていた。
仁志は、どれくらい私を探してくれるかな。
たとえば、今日が終わっても探してくれるかな。
私が引っ越したことを知ったら驚くかな。
悲しんでくれるかな。
でも、すぐに忘れちゃうかな。
いつか――
いつか、見つけに来てくれるかな。
私は窓の外を眺めながら、ずっとそんなことを考えていた。
それは、初恋という言葉を知る、ほんの少し前の話。
※
「じゃあ、これから自由時間にするけれど… みんな約束は覚えてる?」
「公園の外にでないこと!」
「けんかをしないこと!」
「ブランコは順番こにすること!」
「具合が悪くなったら先生に言うこと!」
園児たちは今にも走り出しそうな勢いで約束事を口にする。彼らは誰よりも時間を持ちながら、誰よりも時間を惜しんでいる。きっと、一秒の密度がとても濃いのだろう。
「よろしい。それでは自由時間にします」
私がパンと手を叩くと同時に、子供たちは歓声を上げて駆け出した。
ジャングルジムへ登り始める子。一番に滑ってやろうと、滑り台に駆け出す子。砂場では縄張り争いが始まり、ブランコでは取り合いが始まる。
「さっそく約束を破ってるじゃない」
私は呆れながらベンチに腰を下ろした。まあ、でもこんなものだろうと、苦笑しながら。
新人の保育士は子供たちをなだめようと右往左往し、ベテランの保育士は気を配りながらも放置している。サボっているわけではない。争いごとはなるべく当人達で解決させるほうがいいのだ。本当にサボっているのは、砂場で真剣にお城を作っている副園長ぐらいのもの。あとで説教しなければ。
「えんちょう先生、一緒にかくれんぼしよ!」
かわいらしい声に振り返ると、園児たちが私の周りに集まっていた。比較的穏やかなこのグループは、かくれんぼをすることにしたらしい。
「いいけど。先生、隠れるのうまいわよ」
私は数分の休憩を終え、立ち上がる。これも仕事だ。
「知ってるよ。でも、今日は 『こうさん』 しないもん」
私は、鬼が 『こうさん』 と言うまで出ていかないことにしている。副園長や保育士さんは 「大人げない」 と呆れるけれど気にしない。私は負けず嫌いなのだ。幼い頃から、ずっと。
「だいじょうぶ。今日はボク 『えんちょう先生レーダー』 あるから」
自信満々に言い放ったのは、みんなからカズ君と呼ばれている男の子だ。
「なにそれ」
「ヒミツヘーキ」
「へえ」
「だから、よゆうで見つけちゃうよ」
「あら、そう」
そう言われると、本気を出さざるをえない。
じゃんけんの結果、鬼はカズ君に決まった。ずっとグーを出し続けていたことから察するに、わざとなのだろう。私を見てニヤリと笑う。
こしゃくな。
「じゃあ数えるよ。…いーち!」
カズ君が五十を数えだすのと同時に、園児と私たちは一斉に走り出した。
さくらちゃんは植木の影にしゃがみこむ。あまり上手に隠れられていない。きっとすぐに見つかるだろう。
かずみちゃんは銅像の裏側で体育座り。これもあまり良い隠れ場所ではない。
ひろし君はジャングルジムへ行き、遊ぶ子供たちの中に紛れ込むことにしたらしい。これは上手いような、ズルイような。
みんな思い思いの隠れ場所を見つけるなか、私は公園の隅に生えている一本松にむかった。
「…よんじゅうはち、…よんじゅうく! …ごじゅう! よし、いくぞ!」
カズ君は大声で宣言をするなり、走り出した。
「さくら、みっけ!」
開始早々、さくらちゃんが見つかったらしい。小さい子でも手加減なしだ。
次に見つかったのは、てつお君。続いて、さくらちゃん。みのりちゃん。
カズ君はなるほど、確かに見つけるのが上手いらしい。きっと、観察力に優れているのだろう。あちこち走り回っては、次々と隠れている子を見つけていく。
でも、私はどうかしら。
一本松の上からは、必死で探すカズ君がよく見える。自分が見られているなんて思ってもいないだろう。
私は意地悪く微笑んだ。
腰と腕が痛いのは、きっと運動不足のせい。年齢のせいだとは、まだ思いたくなかった。
「あとは園長先生だけ?」
「どこいったんだろ」
「カズ君、見つけられるんでしょ」
「うるせえな。ちょっとまてよ!」
自信満々だったカズ君もさすがに焦り始めたようだ。考えられる場所を探し尽くしてしまったのか、とうとう滑り台やジャングルジムで遊ぶ子供たちに聞き込みを始めた。
…そろそろ、出ていってあげたほうが良いかもしれない。
普段の私なら 「こうさん」 するまで隠れているけれど、今日はカズ君のプライドが掛かっているのだ。小さな心を傷つけるのは本意ではない。
さて、問題はどうやって見つかるか、だ。
わざと見つかったりしたら、カズ君はきっと怒るだろう。わざとらしくなく、かつカズ君が満足する見つかりかたはないかしら。
私が大人特有の気遣いをしていると、
「あっ!」
カズ君はいきなり叫んで走り出した。
私の方にではなく、砂場の方へと。カズ君に見つかった子供たちも後を追っていく。
まさか砂の中に隠れていると思ったのだろうか。あの年頃の子は理屈よりも直感を優先させるから 「砂場は底が浅い。ゆえに隠れるのは無理」 などと考えたりしない。
砂を掘り返したりして、遊んでいる子たちに迷惑をかけなければいいけれど。
私は腕時計を見る。
一分。二分。
カズ君はなかなか姿を見せない。ここからでは砂場の様子が見えないので不安になってくる。誰かの泣き声が聞こえたら、すぐに下りよう。
さらに二分。三分。
ふと、別の意味で嫌な予感がしてきた。
ひょっとして、もうかくれんぼは終わっているのではないか。
いつまで経っても見つからない私のことは放っておくことにして、砂場で遊び始めたのかもしれない。熱しやすく冷めやすい子供たちには良くあることだ。
だとしたら、今の私は 『鬼のいないかくれんぼ』 をしていることになる。
鬼のいないかくれんぼ。なんて悲しい響きだろう。
私は見つかることにした。
さすがに大人げなかったかなと、反省しつつ松の木から飛び下りようとした、そのとき。
「こっちでいいの?」
聞き覚えのある甲高い声が耳に届いた。
私は思わず息をひそめる。
一歩一歩、松の木に近づいてくる足音。
真下に現れたのはカズ君だった。
「…いないじゃん」
松の木をぐるりと周り、後ろからついてきた誰かに文句を言っている。
「上を見てごらん」
聞き覚えのある、もう一人の声。
「うえ?」
ああ、そうか。
だから砂場へ行ったのか。
「ほら、ね」
こちらを指差してカズ君に教える相手を見て、私はようやく理解した。
「……あ、いた」
カズ君と私の目が合う。
「こんにちは。カズ君」
カズ君は呆けた顔を少しずつ笑顔に変えていき、それから私を指さして叫んだ。
「園長先生みっけ!」
私は見つかってホッとしたような悔しいような気持ちでカズ君に手を振り、それから、一緒に見上げて微笑んでいる副園長を睨みつけてやった。
※
私はベンチに腰を下ろし、相変わらず元気に駆け回る子供たちを感心しながら眺めている。
全力で遊び、全力で疲れることができるのは彼らの特権だ。ブレーキのかけ方を知ってしまうと、こうはいかない。
いずれブレーキのかけ方を覚える日が来るだろうけれど、それはでも、もう少し先でいいはずだ。
「園長先生のことなら何でも聞けって言ったらしいわね」
「そんなこと言ったかな」
「カズ君から聞いたわ」
私が睨むと、隣に腰掛けている 『えんちょう先生レーダー』 が笑って肩をすくめた。
「みんな、いつも 『こうさん』 してばかりで悔しがっていたから、ちょっと手助けをね」
カズ君が砂場へ走り出したのは砂を掘り返すためなどではなく、園児たちをよそに真剣に砂のお城を作成している 『えんちょう先生レーダー』 こと副園長に、私の隠れ場所を聞くためだったのだ。
これは反則ではないだろうか。
いや、そうでもないか。
副園長は、私の隠れるところを知っていたわけではないのだから。
そう。それが不思議だ。
「それにしても、良くわかったわね」
「うん?」
「私の隠れ場所。結構、自信あったのに」
多分、私は悔しそうな顔をしていたのだろう。
副園長はおかしそうにクスクスと笑い出し、頭に来た私は彼の脇腹に肘を入れてやった。
それから、二人で空を見上げる。
今日もいい天気だ。
太陽はずいぶん高いところまで昇り、陽射しも強くなってきている。子供たちには帽子をかぶせたほうがいいだろう。そろそろ、お昼の時間になる。
「まあ、得意だからね」
ぽつりと、つぶやく声。
空を見ていた私は、隣に座る穏やかな顔へ視線を移して、ぽつりと聞く。
「…かくれんぼが?」
「いや」
幼い頃の面影を残した笑顔で――
「遙歌ちゃんを見つけるのが」
仁志が私を見た。
了
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
幼馴染、幼馴染、そんなに彼女のことが大切ですか。――いいでしょう、ならば、婚約破棄をしましょう。~病弱な幼馴染の彼女は、実は……~
銀灰
恋愛
テリシアの婚約者セシルは、病弱だという幼馴染にばかりかまけていた。
自身で稼ぐこともせず、幼馴染を庇護するため、テシリアに金を無心する毎日を送るセシル。
そんな関係に限界を感じ、テリシアはセシルに婚約破棄を突き付けた。
テリシアに見捨てられたセシルは、てっきりその幼馴染と添い遂げると思われたが――。
その幼馴染は、道化のようなとんでもない秘密を抱えていた!?
はたして、物語の結末は――?
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる