価値観置換

ツチフル

文字の大きさ
1 / 3

1、

しおりを挟む
 男はデートの回数を数えたことがない。
 デートの回数の多さと愛情の深さが比例するとは思えなかったし、何より無粋だと思っていたからだ。
 ついでに言えば、キスの回数や身体を重ねた回数と愛情の深さが比例するとも思っていなかった。
 そうした本能的な行為は人としての愛ではなく、動物的で野卑な、いわば種族を残すためのプログラム的な愛だと思っており、人としての愛はもっと高尚で穢れのないものであると信じていた。
 女はちがった。
 デートの回数と愛の深さは加速度グラフのように比例するし、キスも身体を重ねることも、愛情をより深く育むためにはなければならないものだった。
 男は動物的だと馬鹿にするが、人間だって動物なのだし、何もおかしなことはない。
 三回目のデートよりも、七回目のデートのほうがより意味がある。
 八回目のキスよりも、十二回目のキスのほうが価値がある。
 十三回目のセックスよりも、七十三回目のセックスのほうが愛が深い。
 男は笑う。
「君はつまり、不能者や感染症にかかってキスもできない人間には、愛を育むことなんて出来ないといっているわけだ」
「そうよ」
「でも、実際にいるぜ。僕の知り合いにも不能者と結婚した女はいるし、重い感染症でキスもできない相手と暮らしている男もいる」
「それは、愛というよりも憐れみ。同情。もしくは、自分がいなければその人は生きていけないという優越感。…ペットを飼っているような感覚ね」
「ひどい言いぐさだな」
「逆もしかりよ。不能の人も感染症の人も、相手を愛してるわけじゃないわ。相手への後ろめたさによるご機嫌取りと、見捨てられたくないという切実さですがっているだけ。それを愛って言葉に置き換えてごまかしてるのよ」
「恵まれない人々に手を差し伸べるのは?」
「憐れみと優越感」
「僕はそれだけじゃないと思う」
「…そうね。それだけじゃない」
「だろ」
「ええ。自己満足が抜けていたわ」
 口元をゆがめて笑う女を、男は少し苛立ちをにじませた目で睨む。
「僕は、君が抱けなくなっても、対等な関係でなくなってしまっても、愛し続ける自信がある」
「だから、それはもう愛じゃないの」
「愛さ。いつか、証明してみせるよ」
「証明?」
「ああ」
「それってつまり、私がそういう状態に―― 触れられなくなるような、抱けなくなるような状態に―― なることを望んでいるってこと?」
「…あ、確かに。そういうふうに聞こえるな」
「あなた、本当に私を愛してるの?」
「心から」
 男はうやうやしく胸に手をあてて答え、女は胡散臭そうな目で睨みつける。
 それから二人は唇を重ねあい、互いの身体を求めあった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...