SSSランクの祓い屋導師 流浪の怪異狩り

緋色優希

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1-3 漂流のペーソス

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 本日も静かな海だった。
 だが同時に、それを騒がす事になる存在もまた、この船に対して誘いをかけてきていたのであった。

 海上に何かを見つけたらしい水夫の一人が大声で叫んでいた。

「おおい、あそこに何かあるぞ」

「流木のようだな。
 ん? ありゃあ、もしかして人が捉まっているんじゃないのか。
 うん、どうやら髪の長い女のようだな」

 すかさず駆けつけて望遠鏡で覗いた水夫頭のハッサンが呟くと、水夫達は色めきだった。

 この男ばかりの船で女といえば、あの強面のキャプテンと甲板長のケリーしかいないが、強面の中の強面たる彼女達を女と見ている水夫など一人もいない。

 そのように色の混じった目で見たのであれば、その場で殺されてしまいそうであったのも紛れもない事実であったのだが。

 そして、この次に女を求めて陸に上がれるのはいつになる事か。

「おい、ボートを出せ。
 あの女を引っ張り上げるんだ」

 だが、そこへ赤毛を揺らして現れたケリーが水夫達をどやしつけた。

「お前ら、何を騒いでいるんだい。
 勝手な真似は許さないぞ」

「あ、甲板長。
 どうやら漂流者のようでがす。
 まあ放っておくのもなんでして」

「人に化けた魔物とかじゃないんだろうな。
 たまに、そういう奴がいるそうじゃないか」

「遠目に鑑定しただけでやすが、ちゃんと人間のようでがす」

「そうか、ハッサン。
 お前の鑑定はキャプテンのお墨付きだ。

 いいだろう、決まりだから救助するのは構わないが用心しろ。
 この海では何があるかわからん」

「へい。
 じゃあ、お前ら四人でいってこい。
 鼻の下を伸ばして油断しているんじゃねえぞ」

「うっす」
「任しておくんなさい」

「よし。
 じゃあ野郎ども、帆を下ろせ。
 船体停止」

 やがて大海原に停止した船からボートを下ろし、眼をギラつかせて妙に張り切っている水夫達を若干心配そうに見送るハッサン。

 ふと気が付くと、例の客人が隣に来て観察していた。

「へへ、お客人も、なんだかんだ言ってもやっぱり男だね。
 可愛い女の拾い物が気になりやすかい?」

 だがそれに答えもせず、油断のない眼光で水夫達のボートが進むのを睨んでいる。

 その空を映したような瞳は何を考えているのかわからない。

 彼からの返答など初めから期待してはいないのだが、この只者じゃあなさそうな客人が、あの漂流者を妙に気にかけている事自体がハッサン自身も大変気になったのである。

 そして彼らの帰還を待ったのであったが、それは少し奇妙なものになった。

 ボートの後ろには女が捕まっていたと思われる大きめの人一人ほどの大きさがある大きな流木がロープで繋がれている。

 不審に思ったハッサンが声をかけるまでもなく、なんとハーラが先に声をかけた。

「その流木は何だ!」

 驚くハッサンを尻目に、彼は眼光鋭い両の眼で水夫達を射た。

 予期していなかった人物からの、思わぬ厳しい声音の詰問に水夫も驚いた。

 この前の戦闘といい、彼が只者ではない事は水夫達の間には知れ渡っている。
 何しろ、あのキャプテンの招待客なのだから。

「へ、へえ。
 それが、この女が譫言うわごとのような感じで、やたらと流木を捨てないでと哀願するもんで」

「なんか、えらく執着した様子でして。
 まあずっと捉まっていた命綱だったんで、手放すのが不安なだけなんでしょうがねえ」

「捨てろ」
「は?」

 水夫達は最初、男が流木を捨てろと言っているのかと思ったのだが、どうやら違ったようだ。

「その女を船に乗せるな、
 拾った場所の海に捨ててこいと言ったのだ」

 だが、さすがにハッサンも慌てて彼を諫めた。

「そんな無茶な。
 一回拾った漂流者を何の理由もなく見捨てるなんて事は海の男としてはできやせん。

 たとえ海賊船とて漂流者は見捨てないというくらい、海の掟といっていいほどの鉄のルールでして。

 あっしらだって、いつそうなるのかわかりゃあしませんのでねえ」

「その通りだ、お客人」
 振り返れば、いつの間にかやってきていたケリーが咎めるような視線で彼を射た。

「この海の上にも諸国が定めた法はある。
 全ての国々では漂流者に対する救援義務を定めている。

 我々は無法者ではないのだから。
 いくらキャプテンの肝煎りの客だからとて異議は認めん。

 それとも何か、そうしなければならない重要な理由でもあるというのであれば聞こうじゃないか。

 お前さんみたいな特殊な人間がそう言うという事について、私も非常に気にかかるのでな」

 すると無口なハーラも渋々と口を開く。

「特に確証など無い。
 だが少しばかり専門分野における厄介ごとへの疑念があるだけだ。

 まあどうしても乗せるというのであれば止めんが。

 だが、このような大海原のど真ん中で何事かあっても、単独で航行するこの船にはどうする事も出来ないぞ」

 それを聞いて眉を顰めるケリーだったが、水夫達に指示を出した。

「女は私の寝室に運んで寝かせろ。
 後で私がみよう。
 水はやったか?」

「へい。
 体が弱っていて、ずっと食事をしていない様子なので食い物はまだちょっと」

「料理長に言って、後で薄いスープを持ってこさせろ」

 そして、彼女はキャプテンに報告するため、すぐさま甲板の下へと消えた。

 去り際にチラっと彼の方を見たが、例の女が捉まっていたという流木を難しい顔をしてじっと見ていた。

 船長室で航海士マクファーソンと共に海図と首っ引きにしていたキャプテンが、突然やってきた直属の部下にチラっと目をやって訊ねた。

「どうした、ケリー。
 さっき船が止まっていたようだったが、操船に何か問題でもあったか」

「いやね、キャプテン。
 妙な漂流者を拾って、その処遇に困りまして。

 そいつが女なんですがね。
 迷信深い船乗り共が、船の上ではあまり縁起のよくないはずの女に何故か色めきだってしまって。

 そうしたら、またあのハーラの旦那が、いきなりその女を捨ててこいと言い出しまして。

 いくらなんでもそれは出来ないんで、救助して私の部屋に寝かせてあります」

「ふむ」
 彼女は仕事のために前屈みになっていた姿勢を崩し、顎に右手をやって考えていたが、すぐに眼光鋭くケリーを問い質した。

 航海士のマクファーソン・セントロックもやや鋭い目つきで赤毛の甲板長を見ていた。

「具体的に何が妙なんだ」

「いやね、助けに行った水夫の話だと、なんでもその女、捉まっていた流木を何故か手放したがらないそうで。

 仕方がないので、それも一緒に回収したんですが、それもまたあまり聞かないような妙な話でしてね。

 それであの旦那がケチをつけてきたんで何かあるのかと訊いたのですが、確証がないからと言って彼も特に何も言わないんですよ。

 そのくせ、あの大将と来たらくだんの流木が無性に気になるらしくて、そいつの傍をずっと離れないんですよ。

 あたしも、何というのか、もうどうにも気持ちが悪いのでキャプテンにも早めに報告をと思いまして」

「そうか、ありがとう。
 だが、あの男がそんなに気にしているというのか。

 むう。その女、疫病神でなければいいのだが。

 あの男は、そういう話に非常に敏感な能力の持ち主でな。
 ケリー。十中八九、その女は間違いなくトラブるぞ」

「げ、マジっすか。
 もう乗組員達があの女に妙に入れ込んじまってね。

 まあ結構美人の若い女という事もあるんですが。
 このあたりじゃ珍しい黒髪の女ですしね」

「そいつにも会ってみよう。
 マック、後の航海計画の策定は頼んだ」

「お任せを。
 しかし女ですか、災いの種でなければよいのですが。

 昔から女の漂流者を拾うのは縁起が悪いと船乗りは言うものですが。

 海神ネープチュに捧げられた花嫁を横取りする行為だと言って。
 実際に女の漂流者が見殺しにされた例も枚挙に暇がなくて。

 よく上の迷信深いベテラン水夫連中が、その話題で騒がなかったものですね」

 二人の女性幹部はひょいと首を竦めて、女は後回しにし、まずはハーラがいるだろう甲板へと向かったのだった。

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