SSSランクの祓い屋導師 流浪の怪異狩り

緋色優希

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1-5 憑かれた女

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 そして、彼ら船の重鎮を取り囲む亡霊のような有様の水夫達の背後から、あの漂流者の女がふらふらっとした様子で甲板に現れた。

 長時間の漂流で体は弱り切っているはずだが、その幾分痩せこけた体の中で、只二つ爛々と耀く双眸だけが、顔の前に妖鬼のように垂れさがった長い黒髪ブルネットをかき分けるかのように異様に力強い光を放っていた。

 明らかに正気の人間ではない。狂喜の光に囚われて、この船の人間を魔物の供物にしようとしているのだ。

 もちろん最後には、彼女も媒介を果たした破滅の女神として、犠牲になった彼らとその運命を共にするのだ。

「この女、完全に憑かれているな。
 生ける死人に等しい。

 元々、漂流で瀬死にあるほど弱っていたのだ。
 もう、この女は絶対に助かるまい」

「そんな女はどうでもいいんだよ!」

「そうだ、ハーラ。
 なんとか水夫達を助けてくれ。
 祓い屋ハーラ、いや救国の魔滅師ハーラ導師殿」

「なんだとっ。
 あんたに、そんな称号が⁉」

「昔の話だ。
 今は一介の流離いの旅人ハーラ・イーマだ。
 じゃあ、少し荒っぽく行くぞ。
 二人とも、ボケボケするな」

 そして、二人の襟首を掴むや否や、ハーラは空中遊歩で飛び上がった。

 飛行魔法ではなく空中に魔法の足場を作って自分の足の脚力で跳んでいるだけなので、いくら女とて屈強で大柄な人間を二人も掴んで跳んでいくには相当な膂力を必要とするが、この男はその体に纏った筋肉の力のみで軽々と仕事をやってのけていた。

 行った先はマストの先、へたをすれば件の呪われた流木が、惨劇のその果てに最後に鎮座増すべき場所であった。

 当然のようにボヤくケリー。
「くそっ、人を縁起でもねえ場所に置いていきやがって」

「ケリー、文句を言っていないで身を潜めな。

 もし、憑かれてしまった水夫達がやってきても我々は連中をここから叩き落とすわけにはいかないのだから!」

「へーい」
 さすがのケリーも、自分の預かる大切な部下をこの高さから突き落とすわけにはいかず、大人しくしている他はない。

 と思いきや。
「マズイ、どうやら見つかったな。

 何人かシュラウドを登ってこようとしているぞ。
 止むを得ん、これは応戦するしかないか。

 さもないと我々もあの魔に憑かれた女の元に引きずり出されるぞ」

「あの馬鹿どもが~」

 だが、彼女達の元へ思わぬ救援がやってきた。

 そのロープで編まれた網状のシュラウドに登りかかった水夫達の足を引っ張って、甲板へと引き摺り下ろす者がいたのだ。

 それは航海士のマクファーソンと老水夫のバーニーだった。

「おお、お前達!」

「キャプテン達はそこにいてくだせえ。

 やい、お前ら。
 いくら魔に憑かれているからといって、大恩あるキャプテン達に向かって、なんという恩知らずな真似をさらすのだ」

「よし、バーニー。
 二人でなんとか時間を稼ぐぞ。
 その間に、きっとあのハーラの大将がなんとかしてくれるだろう」

 だが二人が水夫達を殴って気絶させている間に、女性二人は首を捻っていた。

「なあ、キャプテン。
 なんで、あたしらとあの二人だけ正気なんだあ?」

「そんな事は私も知らないが、あの二人は信頼できる人間だ」

「そうだな、後はあの男の力に縋るだけか。
 頼んだぜ、ハーラの大将」

 そしてハーラは甲板上に転がった状態で、人の狂気を糧に羽化の刻を待つ流木へと向かった。

 もしあれが『孵化』するような事があれば、もうすべてはお終いだ。
 その瞬間に水夫達の心は食い潰されてもう二度と元へは戻らないだろう。

 へたをすると、その瞬間から水夫同士の壮絶極まる殺し合いが始まる。

 ハーラは跳んだ、くうを跳んだ。

 生ける死人の如くに、にじり寄る水夫達の間の小さな足場すきまを利用して、時には彼らを傷つけないように気絶させながら飛び上がり、シュラウドのような物は積極的に利用しながら跳ね回る。

 無数の手が彼に伸びてきて、それに掠らせる事もなくトランポリンを使ったサーカスのメインを張るスターの如くに跳ね回った。

 腕力と甲板を蹴った脚力で体を瞬時に持ち上げ、次の瞬間には狙ったポジションへと移行する、目まぐるしい高速チェスのような体移動。

 そして破壊対象である流木の前にストンっと降り立った途端、女が強烈な怪音波を放った。

 耳障りとか言うレベルではなく、脳を引き裂くような代物で、とてもではないが人間の出すような音ではない。

 なんというか、脳に直接影響を与えるものなのだろうか。
 もしかしたら、耳には聞こえない特殊な帯域の音波で水夫達を操っているのかもしれない。

 さしものハーラも耳を塞いだが、他の水夫達は苦鳴を上げながらも、少し動きの鈍ったハーラに追いすがる。

 それを避けながら、他へ目をやったが、マストの下で奮闘していた二人も耳を押さえて蹲ってしまい、魔性の女に憑りつかれた水夫達に取り押さえられてしまっている。

 そして、その間に水夫達がすぐ傍に置いてあった流木を担いで移動させてしまっていた。

「不手際一つ……」
 少しもたついたので、厳しい展開を招いてしまったと反省するハーラ。

 このままだと物見台である鐘楼も攻略される。
 いやへたをすると、あの女性幹部二人があそこから突き落とされるだろう。

「仕方がない。
 もう在庫が少ないので出来たら使いたくなかったのだが。
 出ろ、カプスラ(小箱)・ヴァインズ」

 そして命令と共に収納から現れたのは、超大な触手を持った細い木のような物だった。

 それは何かの肉食獣か何かが威嚇するような声を上げ、蔓のような触手を無数に振り回し水夫達を圧倒した。

 体の基部には根のような物を持ち、そのやはり幾多も生えている足に当たる部分は蠢きながら、それの体を移動させられるようだった。

 そして見れば、流木をまるで神聖な神の社である御神輿のように担いだ水夫達は、甲板から船室へと向かおうとしている。

「ヴァインズ、あの流木を破壊する。
 援護しろ」

 そして、そのヴァインズという蔓の複数形を意味する、使い魔なのか使役精霊なのかよくわからない物は、その防御触手の範囲内に主を収めてガードしながら進む。

 迫ってくる水夫達を、その強靭な枝のようで、それでいてしなやかな蔓で蹴散らした。

 そしてハーラの目論見通りに目的地まで到達する。
 そして、その容赦のない触手は遠慮なく水夫達を流木から次々と引き剥がす。

 そして、ついに水夫バリアを一人残らず引き剥がし、ハーラは邪なる流木に迫った。

 女がまたしても怪音波で指示を出したが、操られていた水夫共はヴァインズの触手に阻まれて近寄れない。

 ハーラは両耳を押さえながら、魔滅の説法を唱えた。

「破邪の説法一の二十四。
 滅せよ、世に在らざる悪しき者よ。

 光の大地、聖なる風の清めにより、この浄土より去るがいい。
 ドラッグ!」

 すると流木とハーラとの間に光が風のように渦巻き、それはまるでそれ自体が意思あるものであるかのように流木へと襲い掛かった。

 そして、そいつは聖なる光の風によりドラッグ(ひきずる)をかけられ、真っ黒な煙の状態で流木から引きずり出され、断末魔の悲鳴を上げた。

 まるで羽化前の、まだ成虫の形を取っていないどろどろとした蛹の中身がぶち撒かれるかのようだ。

 邪悪な真っ黒な蛹の中身が。

 だが、それは怨念の元に、奴に滅びを与えた張本人であるハーラを道連れにせんとばかりに奔流となって最後の力で彼を襲ったが、素早く動いたヴァインズが盾となって食い止め、その魔の怨念の最期の力を自らがすべて受け止めて共に燃え上がった。

 それは浄滅の清めの炎のように美しく、主から与えられた大任を全うした狂おしい喜びと共に、カプスラ魔物ヴァインズは灰となって消滅した。

 不思議な事に木製である甲板には焼け焦げ一つ付いていない。

 そしてあの女は、まるで自分が炎で倒されでもしたかのように断末魔の悲鳴を上げて、両手で喉をかきむしりながら、ゆっくりと一回転しつつ倒れていった。
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