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第一章 王太子様御乱心

1-4 季節は初夏

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 青空にぽっかりと浮かぶ入道雲。その大きな雄姿をいくつも晒し、このビスコッティ王国もこれから夏を迎えようという季節。

 吹き渡る風も心地いい。温度・湿度などの調節をしてくれる魔導の機構を組み込んだ服は、見かけの質素な冒険者仕様とは異なり、この日差しの中でも快適な着心地なのです。

 また魔道具により紫外線防御シールドを張っているので、お肌もしっかりと守られています。自前の魔法でもできますが、面倒くさいですからね。

 隣で同じく藁のベッドの上に転がっているシナモンも同じような装備や魔法で守られています。

 シナモンは色白なので、紫外線をたいそう嫌うのです。女の私でも時には陽光の下ではしゃいでみたくもなる季節なのですが、こいつは魔法がかかっていないと嫌がって出てこない無精者です。

 まあ、男の子にしては白過ぎる透き通るような肌が、すぐに因幡の白兎のようになってしまいますので無理もないのですが。まったく男のくせに、羨ましいにもほどがあります。

 ここは通りすがりにヒッチハイクした荷馬車の上。藁が厚めに敷き詰められていて大変に気持ちがいい寝心地です。厩の馬の気持ちがちょっとだけわかる心地よさ。

 勢いに乗って出かけたはいいのですが、いきなり飛び出してきてしまった手前、家の馬車は使えないので、さっき通りかかった爺さんの荷馬車を銀貨一枚でチャーターしたのです。

 行先はアンノウン、行けるところまで、風の向くまま気の向くままに。

「もう、人がせっかく猫を被って公爵令嬢していたというのに、失礼しちゃうわ、あのファッキン王子め」

「まあまあ。言ったってしょうがないよ、真理。とりあえず退屈な王宮での付き合いを置いてこれたんだからいいじゃないの」

 そう、この子は私の『本当の名前』を知っている。尾田真理。一昔前のギャグですか。親も何でこのような名前を選択してくれたものやら。

 そう、それは日本にいた頃の私の名前。あの若干コントネタになってしまいそうな微妙な名前も、今では妙に懐かしい。

 何故か、このような異世界の公爵の家に生まれ変わってしまった私。

 でも、ゆくゆくは世継ぎの王子様と結婚して王妃様になりなさいと子供の頃から言われ、それはもう必死になって精進したというのに。もう馬鹿馬鹿しくなっちゃうわ。

 次期王様になる王太子様と結婚できるっていうから窮屈な王宮での生活にも我慢してきたというのに。

 公爵家の人間なのに、この国では何故か王宮暮らしなんだもの。華やかと言えばそれまでですが、さすがに思いっきり羽根を伸ばせないですしね。

 王子様との結婚、それはどこの世界でも女の子の夢。しかし、実際には超大変なのです。

「そうなんだけどねえ。家には必ず戻るわよ。そして、あの糞小生意気なホルスタイン女に一泡も二泡も吹かせてやるんだから」

「はいはい」
 この子に「返事は、はい。そして一つ」なんて言っても無駄。そういうのは、ほぼやる気がないのだから。大変しっかりした子だし、素で能力は高いのですがね。

「ふわあーあ。いい陽気ねえ。眠くなっちゃうわ」
 うとうとしかけた時、爺さんが「あわわわわ」とか言う声が聞こえてきました。

「ん? 何かしら」
 すると、馬車の周りを顔に布を巻いて隠した、目つきの悪い男達が取り囲んでいたのです。

 丘の向こう側にあった岩陰に隠れていましたか。総勢で四人。

 まるで西部劇に出てくるような雰囲気の悪漢ですが、手には拳銃ではなく剣を持ち、少し薄汚れた革の服を着ています。

 見た感じは冒険者崩れか何かかしら。さすがに農夫の爺さんには荷が重いっていうものよね。

「よお、爺さん。あんたの荷物をぜひとも頂きたいんだがね」

「あひゃあ、に、荷物はありません。取引先に全部置いてきましたんで。だ、代金ならここに」

「まあ、あんたのショボイ荷物なんかに興味はないな。俺達が言う荷物っていうのは、そこの別嬪さんと可愛い男の子さ。男の子だってそれだけ器量良しなら、変態貴族なんかに高く売れそうだぜ。ああ、金はついでに頂いておこう」

「おい、お前達、さっさと降りな」
 だが、私はついニコニコしてしまっていました。

 ふふ、別嬪ですって。ここのところ心が腐るような事しかなかったので、ちょっとだけ嬉しいわ。そして、いいストレス解消になってくれそうだし。

「まあまあ、これはまたいい男達が揃っているじゃないの」
「ほお、そうかい、姉ちゃん。安心しな、今夜は目いっぱい可愛がってやるからよ」

「ああ、そうじゃなくってさー」
 これ、男なら頭をぼりぼりとかくシーンだよね。

 ですが、私は口元に手を当てて上品に笑うのみです。だって、私は腐っても公爵令嬢なのですから。

 そして、不用意に近寄ってきたそいつの顔面に軽くパンチを一発入れたら見事に吹き飛んでいきました。

「な、貴様?」
「おい、気をつけろ、よく見たらこの女って冒険者なんじゃないのか」

「ふふ、はずれー。それにね」
 私は淑女らしい控え目な笑顔を浮かべ、続きを聞かせて差し上げた。

「いい男って言ったのは、適当に相手して憂さを晴らすには『いい男』っていう意味よ」

 そして間髪を入れずに、もう一人の男を蹴り飛ばした。これまた綺麗に吹っ飛んで飛んでいきます。

 筋力増強とインパクトブーストの効果は激烈な結果をもたらします。両手両足に巻いた魔導具の能力よ。

 軽いデコピンがフルスイングの全力パンチになるような代物だけど、こちらにはたいした衝撃は来ないという我が家お抱えのドヴェルグ作の素晴らしい作品なのです。

 これ、結構お高かったのですわ。ドヴェルグというのは、いわゆるドワーフの事なのですが、鍛冶だけでなく、いろいろな道具を作れるのでした。

「こ、この女」
「おい、女。大人しくしろ。さもないと、こっちの子供が」

「あら、そのような『おいた』なんかしていいのかしらね」
「なんだと」

 少し怪訝そうに私を見ている、シナモンの首に後ろから腕を回していた逞しい男。

 少年の細首など一瞬のうちにへし折ってしまいそうな太さです。ですが、次の瞬間に男は宙を舞って頭から地面と仲良くする羽目になりました。

 あーあー、よそ見なんてしているから。その子は体術の名手なのよ。伊達に公爵令嬢が連れ歩いているわけじゃないというのに。

 今のも、わざと頭から落としましたわね。この子の、そういうエグイところがまた私好みなのですが。

 しかもあの盗賊ときた日には、あのように前に重心を落とした不安定な態勢を、隙だらけで無様にシナモンの前に晒すとは無謀な奴め。

「こ、こいつ」
 残った一人がシナモンに飛び掛かろうとしたのですが、シナモンは軽く右手の人差し指を回しました。

 その指先は青白い魔法の光に溢れ、賊はまるで見えない壁に思いっきり激突したかのように、べちゃりと空中に衝撃と共に張り付き、大きな大きな悲鳴を上げると次の瞬間に地面に崩れ落ちました。

 慣性を消すというか、その場の空間に停止させるような魔法ね。しかも慣性のエネルギーは消えずに本人に作用するんだけど。

 車に乗っていてブレーキ踏まれたのに、前に壁があったらどうなるかという事なのですが。

 この魔法の場合は、単に見えない壁を作るようなものとは異なり、その慣性運動のエネルギーのすべてが本人に還るまで終わらないので、更に強烈なのです。しばらく行動不能になる事請け合いです。

 このシナモンは魔法が得意で、しかもかなり器用。慣性というものについて、ちょっと教えただけでこのような魔法をちょいちょいと作ってしまいました。いるのねえ、天才って。

「ねえ、いいんだけどさ、そいつは私の獲物だったのに」

 私は腰に両手を当てて彼を睨んでみたのですが、彼は飄々として首を竦めるに留め、こう言い返してきます。

「だって真理はもう二人片付けたじゃないか。僕にも半分は遊ばせてよ」

 ただ今小学校六年生男子相当で、なかなか生意気盛りのようです。まあこの美少年は出会った時からファッキン小生意気な子供だったのですが。
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