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第一章 渡り人

1-22 勇者アンソニー覚醒?

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 俺達は急いだが、奴らゴブリンどもは村はずれに並んでいるだけで、何故か攻めずに待っていた。下卑た笑いを浮かべながら。

 ああそうか。こいつらは知っているんだ。こっちの前線チームを壊滅させ、見事に片付けた事を。後は蹴散らすだけなんだと。なんて厭らしい、賢い奴らなんだ。

 これでゴブリンなんだと⁉ 世の中を舐めてたわあ。一匹、楽々雑魚をぶっ殺したんで調子こいていたぜ。

 そして、こいつらは楽しんでやがるんだ。俺達が絶望する様を。これが魔物という奴か。

 父さん達は、その軍勢を前にして俯いてしまっていた。自分たちだけなら諦めがつくのだ。しかし、家族や村の子供達の運命は。

 顔を上げてくれよ、父さん。あんた達は、今そこにいるというだけで、俺達子供達みんなの誇りなのさ。

 そこへえらく陽気に俺が現れたのだ。もう半分ヤケだけどな。
「よう、お父さん。さっきの赤信号を見た?」

「あ、ああ。見たが」
 父は驚いて顔を上げてこちらを見ている。いきなり前線に俺が現れたのもあるが、それが大変陽気なご様子だったので。

 子供だからって関係ない。だって、今の状況を見れば見れば赤ん坊だって泣きだしたくなるわ。俺だって赤ん坊のまま動けないんだったら、迷わず泣くね。

 だが生憎な事に、今は小学生並みの体格とスーパースキル(盗品)持ちの幼児なのだ。

「叔父さんは無事だよ。ずっと奥まで逃げてくれたはずだ。こっちへは来るなって合図したから。お父さん達、ちょっと下がってくれない? ここからは勇者の時間なのさ」

 だがマリア以外の冒険者の、一人頭で絶望を十キロリットルほど湛えたような瞳を見てしまい、父も再び項垂れた。

 一緒にいたアネッサだけが、ふうと息を吐いて俺達に合流した。どうやら、このお姉さん、マリアを心から信頼しているらしい。

 俺がミスって、その信頼を台無しにしたりしなければいいんだがね。その時は全員仲良くあの世行きだぜ。

 ここで父が静かに言った。
「アンソニー、せめて最後に父の雄姿を、お前の目に」

「そんな物はいらん!」
 俺の語気の強さに、今度こそ本当に驚いた父。そして、俺の目を見てはっきり知ったのだ、俺が完全に本気なのを。

「悪い、お父さん。本当に【邪魔なんで】下がってて。危ないよー、本当に死んでも知らないからね。まだ一度も試運転もしていないんだからさ」

 更に混乱する父にマリアが笑って言いきかせた。
「後で説明してやる。お前の息子の邪魔をせぬように、全員で後ろに向かって回れ右の駆け足じゃ」

 全員、とても困ったらしいが、冒険者を率いるエルフの言う事なのだ。とうとう大人しく従う事にしたようだ。

「全員、回れ右。駆け足!」
 村長の号令に従い、村の大人たちは俺の方を心配そうに振り返りつつ、下がっていった。

 村のみんな、大好きだぜ。この愛されっぷりはパワーに変えるしかねえよな。

「どうするの、マリア」
 ゴブリンの文字通りの大軍勢を前にして、落ち着きはらった声のアネッサに向けて、笑顔で返すマリア。

 こいつら、どれだけ修羅場を潜ってきたんだよ。スキルオンリーで何の経験の無い俺も、この連中となら何でもやれてしまいそうな安心感に次第に包まれていった。

「ほれ、始めていいぞ、アンソニー。まずは【あれ】からじゃろ」
「くっそー、どこかで試し撃ちからやりたかったぜ。俺のスキル、最初はどれくらいの威力なんだろうなあ」

 俺はマリアの言う通りに例の補正のスキルを単独で動かしてみた。どうなるのか。

【魔法威力増大】
『習熟により、その倍率は増加する。最大ブーストのレベルは、その適性によって変わる』か。習熟はまったくねえから、適性頼みか。ここ一番ってところで辛いなあ。

 だが、俺の予想の斜め上の事態が起きた。いきなり辺りに轟いた『声』

「パンパカパーン、パパパ、パンパカパーン。パパンパカパーン、パッパッパッパーン。イベント発生~。イベント発生~。ただいまより『魔法威力増大』の隠しコマンドを起動します」

「は、はあ~?」
 俺は首を傾げてマリアを見た。

 だが彼女は「何だろうねえ」みたいな感じに首を竦めた。おいおい、あんたが知らねえのかよ! 何、その無責任な態度。

 やべえ、なんかスキルが変な感じに作用してる。死ぬ、死んじゃう。これでは『父に俺の最期の雄姿を見てもらうイベント』になってしまうではないか!

 ちょっと待てやあ、このくそスキル。お前は使わん、キャンセルだから! くそ。リセットボタンはどこにあるんだ。くそ、くそっ。これはゲームとかじゃなくて現実だよな。何の悪夢なのか。

「よおし、稀人ルーレット、スタート~」
 なんだなんだ、それは。稀人だと。多分、渡り人の別名か何かか?

 なんだかよくわからないが、空中に大きく映し出された、いろいろと数字が書いてあるっぽいルーレットが勝手に回っている。

 どうやら他の人間にも見え、声も聞こえるようだ。ゴブリン達も困惑したものか、動かずに様子を見ていた。助かるぜえ。

 敵も味方も大混乱する中、ルーレットの野郎、これまた延々と回っていやがる。もうかれこれ3分くらい回っているんじゃねえ? ついに痺れを切らした俺は、【そいつ】に訊いてみた。

「あのう、ルーレットさんや?」
「はい、なんでしょう。渡り人さん」

「あれ、これって稀人ルーレットじゃあなかったの?」

「ええ、もともとは生身の体で世界を越えて来ちゃった超イレギュラーな人達、稀人用の特別サービスコマンドだったのですが、そういう人は殆どいなくって。

 世界は、魂だけでやってきた渡り人に対してもサービスの拡大を行う事に決定しました。まあ安心なシステムですよ。一倍を切る事は絶対にないですし。まあ、99.9%は一倍なんですけどね。あはははは」

「おまえ、何がやりたいのさ。世界って一体何がやりたいの~!」
「それでは、あと一分ほど、お待ちくださーい」

 こんのう。人の言う事は無視してマイペースか。まあこいつは、ただのプログラムに過ぎないのだろうしな。

 ゴブリンキングが百人円陣を組んで、これからどうするのかトロイカ制で相談を始めた。敵ながら壮観だな、おい。図体がでかいから迫力があるぜ。なんか連中も、もう待ちくたびれてきたらしい。やべえ、これは本格的にアカンかも。

 だが、ルーレットと円卓会議、そのどちらも永遠かと思うほどの時間、終わらない。物理時間にして、ほんの一分ほどが、とてつもなく引き伸ばされた生理的時間として俺に襲い掛かってきた。

 まるで、シーラカンスみたいに鰭で海底を歩いていそうな魚が陸上に進出して、肺呼吸スキルを入手して陸地生活を満喫し始めるまで、みたいな膨大な時間が過ぎたような気がした。

「カラーン、カラーン、カラーン」
 あたりを揺るがすような、突然鳴り響いた大音響に敵も味方も全員もれなくビクっとした。

 なんて耳障りな。こ、こら、黙ってやれよ。なんで、このイベント音声付なんだよ。お前は俺のスキル、あるいはただの説明のオプションなんだよね?

「おめでとうございます。特等賞のハワイ旅行に当選しました~!」
 当然の事のように俺はぶち切れた。このくそスキルが。幼児の切れやすさ、舐めんなや~。

「死ねー、このとんでも馬鹿スキルがあ!!!!」

「いや、嘘ですって。でも特等は本当ですよ~。補正百倍ですので! おめでとうございます。いやあ、特等って本当に入っていたんですね。実は私も知りませんでした」
「アホかあ~」

「では、稀人補正ならぬ渡り人補正を付与いたします。ただし強力過ぎるので、使用者本人が耐えられませんから、今回は私が案内するチュートリアル・モードで参りますよ。

 次回からは徐々に慣れるように習熟度に合わせて、少しずつ倍率を上げていきます。ちゃんとついてこないと死にますからね。今あんたらって大ピンチなんでしょ」

「この野郎。状況が全部わかっていたのに、あんなにチンタラやっていたのかよー!」
「はい、そこの初心者、文句言わないの。いきますよー」
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