デビルナイツ・ジン

緋色優希

文字の大きさ
4 / 59
第一章 孤独の果てに

1-4 妹

しおりを挟む
「うーん。あ、お姉様、グーバンガルフ」

「グーバンガルフ、メリーベル。あの驚かないで聞いてね」

「それはもしかして、周りにいらっしゃる方々の事でしょうか」
「え」

 おや、妹ちゃんは寝起きもよくて、そして何事にも動じない精神の持ち主だったのだろうか。

 だがまるで夢を見ているかのような表情で、それはこの世ではなく幽世でも見ているかのような半虚ろな眼差しだった。

「だって、これは夢なんでしょう。
 こんな事が現実にある訳がないのだもの。

 きっと起きたら、お父様やお母様、そしてお兄様や爺やがいる素敵な朝になっているのよ」

 ああ、ただの現実逃避だったのか。
 俺は思わず椅子に座ったまま片手で顔を覆ってしまった。

 なんといったものかこう、妹の方が色々と重症のようだ。

 無理もない、つい最近まで王女様暮らしだった幼い少女がこのような雪山深くまで追われて、死地寸前の死神の懐までまで追い詰められてしまったのだから。

 俺だってもしただの人間だったのなら、ここへ逃げ込んでテリトリーとした時に、もう完全に諦めるようなシーンだったのだから。

 だが姉は厳しい顔つきで妹の頬を軽く、しかし厳しさをもって叩いた。

「メリーベル、しっかりしなさい。
 これは現実よ、そして私達を助けてくれた方々にお礼を言いなさい。

 もう私達の国は滅びました。
 父も母も兄もいません。
 私達がたった二人だけの家族よ。

 私達はもう王女でもなんでもありません。
 でもウインドシュガルツ王家の誇りだけは心に秘めて生きていくのです」

 そして呆然と頬を片手で抑えながら周りを見渡すメリーベル。

 やがて、彼女の双眸に涙が滲み出てきた。
 そして父と母を呼びながらしくしくと泣き始めたのであった。

「お父様、お母様ー」

 自分も泣きたいだろうに自分に泣き縋る妹の前ではじっと我慢しているアリエス。
 そんな二人に心配そうに鼻面を寄せるシルバー。
「アリエス、メリーベル、元気出す。
 ここ、シルバーいるよ」

「シルバー」
 その思いがけず巨大狼からかけられた拙い言葉に、思わず顔を綻ばせるアリエス。

 こいつはまだ子犬から抜け出したばかりで心は幼い。
 それに魂だけとはいえ人の手で育てられたので、かなりの甘えん坊なのだ。

 アリエスからみれば、まるで新しくできた可愛らしい弟であるかのように感じられる事だろう。

「そうね、メリーベル、ご飯をいただきましょう。
 せっかくのルーおばさんの心尽くしなのよ」
「うん……」

 メリーベルはまだ半泣きの顔で、そのルーおばさんと、どうしたものかねといった顔つきで所在無げに二人を眺めている巨大な魔神である俺の顔を交互に見て、そして次に異様に高い天井を見上げて、そして笑顔で姉から差し出された皿を受取ってベッドの上で啜り始めた。

「美味しい……」

 ホッとしたためか、また涙ぐんでいたのだが、上品な仕草であっという間に平らげて、おずおずと皿を差し出した。

「お代わり……」
「はいはい、いっぱいありますから、たんと食べましょうね」

 ルーは嬉しそうに空の皿を受取って、溢さないように控えめに盛り付けると上手にメリーベルに手渡した。

 そして、更にもう一杯お代わりをしてお腹いっぱいになって、そのまま崩れ落ちるように眠ってしまった妹の寝顔をしばらく見つめていたアリエスは、突然ベッドから降りて床に正座で座り込むと、俺に向かって深く頭を下げだした。

「お願いです、ジン様。
 どうか、私達が山の反対側へ降りられるようにお手伝いくださいませんか。
 私達二人だけでは、この山は絶対に越えられません。

 命を助けてくださった上に、失礼で不躾で勝手なお願いをしているのは重々承知です。

 でも、どうか、どうかこの哀れな人間の子供に手を差し伸べていただくわけにはいかないでしょうか、魔神様」

 彼女の傍では、彼が生まれてこの方初めて遭遇する尋常ならざる空気に驚いたシルバーが、どうしたものかとうろうろしていたのだが、空気を読んだルーに首根っこを掴まれ、隅っこに引っ張っていかれて嘴と手で上手に毛繕いされて、目を閉じて気持ちよさげに横になっている。

 そして重々しい雰囲気で口を閉ざしたままの俺に向かって、アリエスはまた繰り返す。

「何でもします、私に出来る事は何でもしますから。
 お願いします、お願いします」

 そして少し顔を曇らせて思案していた俺も彼女の真摯な想いに答えた。

「いや連れていってやるのはまったく構わんのだが、何しろ俺はこの姿だ。
 その俺のせいで却ってお前達に、いらん脅威を引き寄せてしまってもなんだと思ってな」

「はい、それは仕方がない事です。
 あなたの判断で行けるところまでで結構ですから」

「いいだろう。
 その代わり、この俺の頼みを一つだけ聞いてくれ」

 それを聞いたアリエスは体を起こし、その湖のように美しい瞳に不安の波紋を広げていった。

「それは、はたして私に出来る事なのでしょうか」

 そして、俺はにっこりと笑って(もしかしたら余人に見せられぬような凄まじい笑顔だったかと浮かべた後で後悔したのだが)このように言った。

「なあに、簡単な事だ。

 この哀れで孤独な人外転生の結末を、人の魂を持ちながらも人とは決して相容れぬ運命さだめを持った惨めなこの俺を、妹共々生涯友と呼ぶと言ってくれ。

 それはきっと、この先もお前達だけしか成し得ないかもしれぬ奇跡なのだから。

 そう誓ってくれるというならば、この先お前達が人里へ出て追われぬ場所まで行けるよう送り届けるお前達の騎士、トリプルΩの魔神の騎士となってやろう。

 ただし、それに問題がなければだ。俺の存在故にお前達を窮地に晒すのは俺の本意ではない」

「十分です。
 ううん、それ以上の事なんて、この世界のどこにだって望めるはずがないわ。

 誓います、我が聖なる王家の守り神ドルクスに誓って。
 主神たる天のアレスに誓って。

 あなたこそ私達姉妹の真の友。
 その姿も異種族の魔物である事にも何の問題もないわ、ありがとう、ありがとうジン。
 いえ、我が騎士ジン、魔神の騎士ジン」

 彼女はそう言って、俺の差し出した腕の先に膝立ちでしがみついたまま、いつまでも泣きじゃくっていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

処理中です...