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第二章 はずれスキルの冒険者
2-21 怪しげな店にて
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俺達は丁重に彼の店を辞して、次の店へ移動を始めた。街はその冠上に紅を射し出した夕暮れ時で、行きかう人々の足も心なしか忙しない。
なんとなく日本の街の喧噪や活気を思い出すな。この世界へ来たあの日の会社帰りの雑踏もこんな感じだった。日本の方がもっと人が多くて激しく忙しないのだが。
「その大きい方の収納袋はお前が使ってくれ、ショウ。背嚢タイプだから、お前には丁度使い勝手はいいだろう」
「え、いいのですか。こんな高価な物を」
彼は少々驚いたようだったが、俺はそんな彼の言葉を一刀両断にした。
「ショウ、それをお前が使わないでどうするんだよ。例えば馬車とか、例えば錬金術の道具とか素材とか、衣料品に各種大道具に、果ては、うちで別邸やアトリエなんかに使うための出来合いの家みたいな物とか。
重たい武器なんかも仕入れてもらうかもしれん。へたすると、そいつでさえ容量がパンクして、せっかく時間をかけて王都まで行ったのに詰め切れない物は次回に仕入れを回すしかないとかもあり得るぞ」
何しろ王都なんて品揃えが違うから欲しい物でいっぱいなのだが、あまりに遠すぎて自分では行きたくないのだ。
遊ぶにはいいところなんだろうになあ。でも俺にはこのビトーがあるのだ、ここは辺境の勇者・英雄カズホの縄張りなんだぜ。王都の勇者どもはすっこんでやがれ。
「うわあ……それもう行商人の仕事じゃあないですね。しかし大型の収納袋は、それこそ今のご時世では軍の兵站用に回されるものですから市場にはまず出回りませんよ。この収納でさえ入手できたのはまさに奇跡に近いですから。その経緯を考えると、やや心中複雑ですけど」
「そうかあ、やっぱりかあ。軍用ねえ、まあ当面は今ある物で事足りるからいいや」
「もう贅沢を言っていますね、そのうちに罰が当たりますよ」
「この世界にもそういう言葉というか言い回しがあるんだな」
「当然ですよ、そっちの世界よりこっちの方が信心深いんじゃないですか? 実利一本な性格のあなたを見ていると余計にそう思いますね」
そんな事を話しながら向かった先は、今度こそ怪しげな横丁というか、あれこれと道が捻じくれ曲がった怪しげな路地だ。
その中を延々とくねくねと歩く俺達、こいつはまたちょっと不安になるねえ。時折、建物の中からじっと見ているような視線が俺をスキャンする。
少し思案した俺が、いきなり帽子を取って黒髪を見せつけると、そのまとわりつくような感触だった複数の視線は唐突にすっと遠ざかっていった。
「この先は決して観光客が入ってはいけません」
ガイドブックにそう書かれていそうな雰囲気というか空気の粒子が俺の鼻をつく。
この空気には覚えがある。アメリカへ行った時に車でそういうゾーンに入ったりすると、本当に一線を越えた途端に瞬時にしてそういう空気に代わるのだ。
まるで大気の成分が同じ国の中とは思えないほどに変質したかと思うほどだ。嬉しくないね、実に嬉しくない。
俺には絶対防御のスキルはないし、上級のポーションだってまさに今から仕入れに行くところなんだから、やり合う気があるというなら、もうちょっと待ってくれよな。
「エレ、なんかありそうだったら前もって教えてくれ」
「あいよ。でもまあ確かに堅気の連中が住んでいそうな場所には見えないかもね~」
そしてショウにもその話を振った。
「なあ、ちょっとヤバくないか、ここ」
「ヤバいところでないと伝手が手に入らなかったものですから。何度も言うようですが、僕はただの……」
「わかった、わかった。それでその店はまだなのか? どんどん横丁の奥へ入っていってしまうので、ちょっと不安だな」
「ええ、この闇の悪魔横丁の最奥部にある店ですから」
「何、その怖そうなネーミングは! いざとなったらこの横丁ごと爆破して逃げていいか」
「それだけはやめてください。そんな事をしたら今まで築いたあなたの辺境の英雄としての履歴が全部台無しですよ」
「まあそれもそうなんだが」
「ご安心を。あなたのような黒髪黒目の物騒過ぎる人物とやりあうほど、ここの人間も命知らずじゃあないですから。彼らだって、何が悲しくて一文の得にもならないのに、あの魔将軍ザムザとやり合うような命知らずと好き好んでやりあわなくてはいけないのですか」
ぬう、それもまたえらい言われ様なのだが、そこで丁度店についたらしくショウは足を止めた。
ここの言葉でヤノスとだけ殴り書きした感じで叩きつけるかのように書かれた店の看板は、何故か赤黒く染まっており、まるであの荒城を思い起こさせたし、店の壁も何かこう煤けたような感じで店構えは汚く、いかにもといった感じで怪しさ、いかがわしさ満点の店だ。
だがその古くて、それでいて重厚な扉を潜って中に入った時に思わぬ出来事が待っていた。
「あ」
「あ!」
丁度店に他の客が一人いて、お互いにちょっと気まずい感じになってしまったのだ。
そいつは、なんと黒髪黒目をした女で、もちろんあの宗篤姉妹ではなかった。
「こ、こんにちは」
「あ、うん。こんにちは」
そんな間抜けっぽい再会の挨拶を交わし、思わず見つめ合うしかできなかった男と美女。そこにはロマンスの欠片もなかったのはまあ言うまでもない。
この子は、あのヤンキーどもみたいに俺を蔑視しているタイプの人間じゃないのだが、俺と目を合わせないようにして逃げるようにしながら城を去った人間の一人なので、なんというのか向こうが主に気まずい状態だ。
まあこの子が悪い訳じゃないので、俺としては別に意趣に思っていない、というかむしろ仲良くしたい。
だって、この子凄く美人でスタイルもいいんだぜ! しかも、激しく俺の好みのタイプだったので、あの状況下でもどうやって仲良くしようかと一番に目をつけていた子なのだ。
なんというか、お互いに口をきくのも初めてなので、本来は初めましての挨拶が正しいのだが、それも今更でしかない感じで、それでいてお互いが何者なのか良く知っているような不思議な関係だった。
もちろん、こいつは召喚巻き込まれ勇者の一人でOLスーツを着込んでいたはずだが、今はなんだかお洒落なアメコミヒロインのような格好をしていた。まるでコスプレだ。
そういや宗篤姉妹も少しコスプレっぽい感じに仕上げていたな。てっきりあれは彼女達の趣味だとばかり思っていたが、これはひょっとして王国がイメージ戦略で特に女性勇者に着せているのかもしれないな。
ここは少しでも笑いを漏らしたら、このせっかく出会った素敵な美女にスキルなんかで殺されかねないようなシーンなので慎重に行こう。
なんとなく日本の街の喧噪や活気を思い出すな。この世界へ来たあの日の会社帰りの雑踏もこんな感じだった。日本の方がもっと人が多くて激しく忙しないのだが。
「その大きい方の収納袋はお前が使ってくれ、ショウ。背嚢タイプだから、お前には丁度使い勝手はいいだろう」
「え、いいのですか。こんな高価な物を」
彼は少々驚いたようだったが、俺はそんな彼の言葉を一刀両断にした。
「ショウ、それをお前が使わないでどうするんだよ。例えば馬車とか、例えば錬金術の道具とか素材とか、衣料品に各種大道具に、果ては、うちで別邸やアトリエなんかに使うための出来合いの家みたいな物とか。
重たい武器なんかも仕入れてもらうかもしれん。へたすると、そいつでさえ容量がパンクして、せっかく時間をかけて王都まで行ったのに詰め切れない物は次回に仕入れを回すしかないとかもあり得るぞ」
何しろ王都なんて品揃えが違うから欲しい物でいっぱいなのだが、あまりに遠すぎて自分では行きたくないのだ。
遊ぶにはいいところなんだろうになあ。でも俺にはこのビトーがあるのだ、ここは辺境の勇者・英雄カズホの縄張りなんだぜ。王都の勇者どもはすっこんでやがれ。
「うわあ……それもう行商人の仕事じゃあないですね。しかし大型の収納袋は、それこそ今のご時世では軍の兵站用に回されるものですから市場にはまず出回りませんよ。この収納でさえ入手できたのはまさに奇跡に近いですから。その経緯を考えると、やや心中複雑ですけど」
「そうかあ、やっぱりかあ。軍用ねえ、まあ当面は今ある物で事足りるからいいや」
「もう贅沢を言っていますね、そのうちに罰が当たりますよ」
「この世界にもそういう言葉というか言い回しがあるんだな」
「当然ですよ、そっちの世界よりこっちの方が信心深いんじゃないですか? 実利一本な性格のあなたを見ていると余計にそう思いますね」
そんな事を話しながら向かった先は、今度こそ怪しげな横丁というか、あれこれと道が捻じくれ曲がった怪しげな路地だ。
その中を延々とくねくねと歩く俺達、こいつはまたちょっと不安になるねえ。時折、建物の中からじっと見ているような視線が俺をスキャンする。
少し思案した俺が、いきなり帽子を取って黒髪を見せつけると、そのまとわりつくような感触だった複数の視線は唐突にすっと遠ざかっていった。
「この先は決して観光客が入ってはいけません」
ガイドブックにそう書かれていそうな雰囲気というか空気の粒子が俺の鼻をつく。
この空気には覚えがある。アメリカへ行った時に車でそういうゾーンに入ったりすると、本当に一線を越えた途端に瞬時にしてそういう空気に代わるのだ。
まるで大気の成分が同じ国の中とは思えないほどに変質したかと思うほどだ。嬉しくないね、実に嬉しくない。
俺には絶対防御のスキルはないし、上級のポーションだってまさに今から仕入れに行くところなんだから、やり合う気があるというなら、もうちょっと待ってくれよな。
「エレ、なんかありそうだったら前もって教えてくれ」
「あいよ。でもまあ確かに堅気の連中が住んでいそうな場所には見えないかもね~」
そしてショウにもその話を振った。
「なあ、ちょっとヤバくないか、ここ」
「ヤバいところでないと伝手が手に入らなかったものですから。何度も言うようですが、僕はただの……」
「わかった、わかった。それでその店はまだなのか? どんどん横丁の奥へ入っていってしまうので、ちょっと不安だな」
「ええ、この闇の悪魔横丁の最奥部にある店ですから」
「何、その怖そうなネーミングは! いざとなったらこの横丁ごと爆破して逃げていいか」
「それだけはやめてください。そんな事をしたら今まで築いたあなたの辺境の英雄としての履歴が全部台無しですよ」
「まあそれもそうなんだが」
「ご安心を。あなたのような黒髪黒目の物騒過ぎる人物とやりあうほど、ここの人間も命知らずじゃあないですから。彼らだって、何が悲しくて一文の得にもならないのに、あの魔将軍ザムザとやり合うような命知らずと好き好んでやりあわなくてはいけないのですか」
ぬう、それもまたえらい言われ様なのだが、そこで丁度店についたらしくショウは足を止めた。
ここの言葉でヤノスとだけ殴り書きした感じで叩きつけるかのように書かれた店の看板は、何故か赤黒く染まっており、まるであの荒城を思い起こさせたし、店の壁も何かこう煤けたような感じで店構えは汚く、いかにもといった感じで怪しさ、いかがわしさ満点の店だ。
だがその古くて、それでいて重厚な扉を潜って中に入った時に思わぬ出来事が待っていた。
「あ」
「あ!」
丁度店に他の客が一人いて、お互いにちょっと気まずい感じになってしまったのだ。
そいつは、なんと黒髪黒目をした女で、もちろんあの宗篤姉妹ではなかった。
「こ、こんにちは」
「あ、うん。こんにちは」
そんな間抜けっぽい再会の挨拶を交わし、思わず見つめ合うしかできなかった男と美女。そこにはロマンスの欠片もなかったのはまあ言うまでもない。
この子は、あのヤンキーどもみたいに俺を蔑視しているタイプの人間じゃないのだが、俺と目を合わせないようにして逃げるようにしながら城を去った人間の一人なので、なんというのか向こうが主に気まずい状態だ。
まあこの子が悪い訳じゃないので、俺としては別に意趣に思っていない、というかむしろ仲良くしたい。
だって、この子凄く美人でスタイルもいいんだぜ! しかも、激しく俺の好みのタイプだったので、あの状況下でもどうやって仲良くしようかと一番に目をつけていた子なのだ。
なんというか、お互いに口をきくのも初めてなので、本来は初めましての挨拶が正しいのだが、それも今更でしかない感じで、それでいてお互いが何者なのか良く知っているような不思議な関係だった。
もちろん、こいつは召喚巻き込まれ勇者の一人でOLスーツを着込んでいたはずだが、今はなんだかお洒落なアメコミヒロインのような格好をしていた。まるでコスプレだ。
そういや宗篤姉妹も少しコスプレっぽい感じに仕上げていたな。てっきりあれは彼女達の趣味だとばかり思っていたが、これはひょっとして王国がイメージ戦略で特に女性勇者に着せているのかもしれないな。
ここは少しでも笑いを漏らしたら、このせっかく出会った素敵な美女にスキルなんかで殺されかねないようなシーンなので慎重に行こう。
応援ありがとうございます!
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