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第三章 時を埋める季節
3-50 本音上戸
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「こ、こんにちは。斎藤さん」
「こ、こんにちは。
いや、もうこんばんはの時間なのかな、久しぶりだね、佳人ちゃん」
話を聞きつけて、この滅多にないような勇者勢ぞろいで行っているイベントを見逃すものかと、受付嬢達も仕事を放り出して駆け付けてきていた。
おいおいみんな、あんまり大事にしなさんなよ、勇者同士で内輪の話なんだからさ。
王国は絶対に混ぜられない話なんで、わざわざここに連れてきたんだしよ。
だが現場は既に手遅れであるくらいに人だかりになり、押すな押すなの大盛況の状態で、まるで「二人を逃がすまい、ここですべての決着をつけるのだ」と俺が青写真を描いて強制しているかのような様相を帯びていた。
ちょっとお!
どうかいつの日にか、これが笑い話で語られるような平穏な日がやってきますように!
そのような俺の、これまたポーカーフェイスでいながら脂汗だらだらな様子を、泉とシャーリーが生暖かく見守ってくれていた。
こいつはまた心臓に悪いぜえ、凶悪な魔人と戦っている時の方がまだ落ち着いてるよ。
「大変ですなあ、勇者様もいろいろと」
不意打ちで声をかけられて振り向いたら、なんとそこには娘の看病をしているはずのサブマスのジョナサンさんがいた。
「あれ、どうしたんですか。娘さんは?」
「いや、会合に出ていた妻がやっと戻れましたもので。
なんでもラミアから我がギルドが緊急事態であるため、サブマスにも是非とも戻ってきてほしいと、懇願するかのような文面で言伝をいただきましてね。
とりあえず後の事は妻に任せて、取る物もとりあえず出て来たわけなのですが。
これは一体何の騒ぎなのですかな」
よく見たら、いつものいかにもお役所の人という格好ではなく、子煩悩な人柄がしのばれるような、完全にお父さんモードなお部屋着のままだった。
「あ、あの人ったらもう」
真後ろに控える俺達の、そのような会話が聞こえているので、斎藤さんのうなじが、それはもうびっしょりと汗だくだ。
割と着物なんか着せたら色っぽそうなうなじなのだが、本日は完全に台無しだった。
事態は、まるで前日までにまるで予定がなかった難しいお見合いを、家族親類はもとより会社や友人に至るまで二人の全ての関係者が集まって、それらの人々が輪になって見守る中で、粛々と勝手に見合いが進められているかのような、そのような異様なムードが醸成されていた。
当然、話なんか進む訳がない。
うーん、なんでこうなったかなあ、これはもう完全に作戦失敗ではないか。
一体誰のせいなのか、少なくとも俺が意図して画策したわけではない。
どうしてこうなった。
だが、佳人ちゃんは覚悟を決めたようだった。
魔王軍に追われ、あのザムザとも死闘を繰り返してきたあの姉妹、以前の彼女達とは少し変わったようであった。
「プッハーっ」
我々の世界地球では『テキーラ』と呼ばれる酒とほぼ同等のアルコール度数を誇るブライミス。
そいつを、おそらくは初めてお酒を飲むだろう十五歳くらいの少女がビールジョッキ並みのサイズの物を一気に飲み干したのだ。
その結果がどうなるのかを、彼女達は割と身をもって知っているのに違いない。
彼女の両側に控えていた酔いどれ女子高生共が、何かを感じたものか佳人ちゃんの拘束体勢を解き、心持ち少し離れる。
もう一人後ろにいた黒幕的な奴は、何故か妖しい微笑みを浮かべながら二歩下がった。
斎藤女史はどうすべきか一瞬迷ったようだが、さりげなくシャーリーが渡したビールジョッキサイズのコップに入った同じ酒を、同じく一気に飲み干した。このような見事なテキーラ一気飲みは日本でもついぞ見た事がない。
って、おいシャーリー!
当のシャーリーは涼しい顔をして、いつでも父譲りの近接格闘能力を発揮できる体制をキープしながら自然体で見守る構えだ。
ギルマスや、うちのSランクメンバー達などは最初から介入するつもりはないらしい。
腕組みしたり、腰に両手を当てたりして眺めているが、ハリーなども素面のようだ。
まるで、もうじき始まるだろう美味しいお酒を飲めるイベントが炸裂するまで待っているとでも言いたいように。
あまりにも馬鹿馬鹿しいので、俺ももう肩の力を抜いた。
「うっうっうっ」
なんか佳人ちゃんが泣きだした。
あれ、泣き上戸なのかな。
だが、斎藤さんは違ったようだ。
「こらあ、佳人。
メソメソすんなあ。
あんたはまったく変わってないね」
「えー、だってだってだって。
魔王軍、怖かったんだもん。
だって、目の前で猫科の凄く大きい奴がシャーって。
動物園の虎やライオンだって大人しいのにさ。
あの将軍ったら、最初の一日目から無理やりに戦場に行けって。
嫌だって言ったら、無理やり兵士に引き摺っていかれて。
お姉ちゃんとも違う場所で、たった一人で。
兵士さん達もどこかに行っちゃうし」
何かとんでもない話が話題に上っていた。
新兵の、しかも普通の女の子なのにありえんだろう。
シャーリーとは違うんだぞ。
「こ、こんにちは。
いや、もうこんばんはの時間なのかな、久しぶりだね、佳人ちゃん」
話を聞きつけて、この滅多にないような勇者勢ぞろいで行っているイベントを見逃すものかと、受付嬢達も仕事を放り出して駆け付けてきていた。
おいおいみんな、あんまり大事にしなさんなよ、勇者同士で内輪の話なんだからさ。
王国は絶対に混ぜられない話なんで、わざわざここに連れてきたんだしよ。
だが現場は既に手遅れであるくらいに人だかりになり、押すな押すなの大盛況の状態で、まるで「二人を逃がすまい、ここですべての決着をつけるのだ」と俺が青写真を描いて強制しているかのような様相を帯びていた。
ちょっとお!
どうかいつの日にか、これが笑い話で語られるような平穏な日がやってきますように!
そのような俺の、これまたポーカーフェイスでいながら脂汗だらだらな様子を、泉とシャーリーが生暖かく見守ってくれていた。
こいつはまた心臓に悪いぜえ、凶悪な魔人と戦っている時の方がまだ落ち着いてるよ。
「大変ですなあ、勇者様もいろいろと」
不意打ちで声をかけられて振り向いたら、なんとそこには娘の看病をしているはずのサブマスのジョナサンさんがいた。
「あれ、どうしたんですか。娘さんは?」
「いや、会合に出ていた妻がやっと戻れましたもので。
なんでもラミアから我がギルドが緊急事態であるため、サブマスにも是非とも戻ってきてほしいと、懇願するかのような文面で言伝をいただきましてね。
とりあえず後の事は妻に任せて、取る物もとりあえず出て来たわけなのですが。
これは一体何の騒ぎなのですかな」
よく見たら、いつものいかにもお役所の人という格好ではなく、子煩悩な人柄がしのばれるような、完全にお父さんモードなお部屋着のままだった。
「あ、あの人ったらもう」
真後ろに控える俺達の、そのような会話が聞こえているので、斎藤さんのうなじが、それはもうびっしょりと汗だくだ。
割と着物なんか着せたら色っぽそうなうなじなのだが、本日は完全に台無しだった。
事態は、まるで前日までにまるで予定がなかった難しいお見合いを、家族親類はもとより会社や友人に至るまで二人の全ての関係者が集まって、それらの人々が輪になって見守る中で、粛々と勝手に見合いが進められているかのような、そのような異様なムードが醸成されていた。
当然、話なんか進む訳がない。
うーん、なんでこうなったかなあ、これはもう完全に作戦失敗ではないか。
一体誰のせいなのか、少なくとも俺が意図して画策したわけではない。
どうしてこうなった。
だが、佳人ちゃんは覚悟を決めたようだった。
魔王軍に追われ、あのザムザとも死闘を繰り返してきたあの姉妹、以前の彼女達とは少し変わったようであった。
「プッハーっ」
我々の世界地球では『テキーラ』と呼ばれる酒とほぼ同等のアルコール度数を誇るブライミス。
そいつを、おそらくは初めてお酒を飲むだろう十五歳くらいの少女がビールジョッキ並みのサイズの物を一気に飲み干したのだ。
その結果がどうなるのかを、彼女達は割と身をもって知っているのに違いない。
彼女の両側に控えていた酔いどれ女子高生共が、何かを感じたものか佳人ちゃんの拘束体勢を解き、心持ち少し離れる。
もう一人後ろにいた黒幕的な奴は、何故か妖しい微笑みを浮かべながら二歩下がった。
斎藤女史はどうすべきか一瞬迷ったようだが、さりげなくシャーリーが渡したビールジョッキサイズのコップに入った同じ酒を、同じく一気に飲み干した。このような見事なテキーラ一気飲みは日本でもついぞ見た事がない。
って、おいシャーリー!
当のシャーリーは涼しい顔をして、いつでも父譲りの近接格闘能力を発揮できる体制をキープしながら自然体で見守る構えだ。
ギルマスや、うちのSランクメンバー達などは最初から介入するつもりはないらしい。
腕組みしたり、腰に両手を当てたりして眺めているが、ハリーなども素面のようだ。
まるで、もうじき始まるだろう美味しいお酒を飲めるイベントが炸裂するまで待っているとでも言いたいように。
あまりにも馬鹿馬鹿しいので、俺ももう肩の力を抜いた。
「うっうっうっ」
なんか佳人ちゃんが泣きだした。
あれ、泣き上戸なのかな。
だが、斎藤さんは違ったようだ。
「こらあ、佳人。
メソメソすんなあ。
あんたはまったく変わってないね」
「えー、だってだってだって。
魔王軍、怖かったんだもん。
だって、目の前で猫科の凄く大きい奴がシャーって。
動物園の虎やライオンだって大人しいのにさ。
あの将軍ったら、最初の一日目から無理やりに戦場に行けって。
嫌だって言ったら、無理やり兵士に引き摺っていかれて。
お姉ちゃんとも違う場所で、たった一人で。
兵士さん達もどこかに行っちゃうし」
何かとんでもない話が話題に上っていた。
新兵の、しかも普通の女の子なのにありえんだろう。
シャーリーとは違うんだぞ。
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