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示唆:良いテンプレ設定が引き起こす「リアルっぽさ」
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物語を見て/聞いて感情が揺さぶられるのは、その物語によって過去の記憶が掘り起こされるからである。これの根拠は、年をとると涙もろくなるという現象である。それは積み上げられた人生経験が多いほど物語によって揺さぶられる過去の記憶が多く、範囲が広くなるからだとすれば説明がつく。
物語の最中に過去の追憶を始めた読者にとって、物語の世界観だとか貨幣の価値だとか端役の名前だとか受付嬢の声質だとか冒険者ギルドの昇級システムだとかは二の次になる。正確に言うと、それらが全く描かれていないばかりでなく矛盾(キャラクター名が1話と2話で変わっているなど)をはらんでいたとしても、どうでも良い情報として読者の都合の良いように解釈される。
つまり物語を読んで笑ったり怒ったり、悲しくなったり悔やんだりしているとき、あなたは自身の経験によって物語の大半の文字列を流し読んで好き勝手に行間を埋めているのである。
この補完作用を絵の例で説明する。巧みな画家は写真よりも心を揺さぶる絵を描く。絵のリンゴはリアルで匂いまで漂ってきそう。写真では無機質に平べったく見える教卓も、絵の中ではリンゴを包み込むように赤を際立たせているように見える。しかし実際よく見ると、リンゴを取り巻くものは定規で引いた線の集合でしかない。
そんな感じで「現実」と、「リアルっぽい」は大きな隔たりがある。写真は現実ではあるがリアルっぽくは見えない、むしろ現実離れして見えてしまうことすらある。なぜなら写真はすべてのものを等しく同じ解像度で写すからだ。人間は現実世界をそんなふうには見ていない。真ん中に置かれているリンゴばかりを見て、机のことはちょっとしか見ていない。
だからリンゴに情報を載せて、机を適当に描いたものは却ってリアルっぽく目に映る。
この効果を知っている物書きは、主役級の心理描写をガッツリ書き込み、それ以外の情景描写などは軽く流す、といった手法を取っている。
この、軽く流す、の役割を担うのが何を隠そう定規である。物語の世界観を一言で説明する「中世ヨーロッパ風」は定規の代表格だろう。この言葉で木造建築を想像する人もいればレンガ造りを想像する人もいるだろうし他の建築様式を想像する人もありうるだろうが、大体のネット小説ではそれは各々の裁量に任されていることが多い。そんな大雑把な「中世ヨーロッパ風」という説明だが、物語に不都合を与えることは殆どない。つまりリンゴの周りの事などどうでも良いのである。
確かに「情景も重要な要素なのだから書き込みたいんだ!」という反論もあるだろう。物語上必要だから建物の建築様式に触れる。主人公を魅力的にしたいから敢えて主人公について触れない。別にこれらを否定はしない。が……この場合、便利な定規は全く使えない。才能か経験のどちらかでも無いと、主役の描写が、それ以外のどうでも良い描写に負けてしまう事になりかねない。
それでも俺は非テンプレを書くと言う貴方には、下の冒険者ギルドのランク説明を見て貰いたい。
『当ギルドでは、「Hn→Hc→Hb→Ha→、Gn→Gc→Gb→Ga→Fn、→Fc→Fb→Fa→EXCELLENT→DIAMOND」の順にランクが上がっていき、最高ランクがランクDIAMONDです。冒険者を始めたばかりの方対象に講習c、講習b、講習aが開講されています。あなたは現在ランクHnなので、講習Hcを修了することでランクHcに上がれます。ランクEXCELLENT以降は講習はありません。
さらに研修を優秀な成績で通過した方には「ランクFb⁺」といったように+が付きます。多くの研修で+評価を得ると、飛び級を認められたり、買取額に色がついたりと特典が付いてきます。一方落第した人には-が付き、-が取れるまで次の講習を受けられません。2回連続で落第した場合はペナルティが課されます。
ここまででご質問等ありますか?』
この説明は、現実に近くリアルっぽさからは遠い文章である。確かに、現実の研修システムは一般的に上のように複雑である。しかしこんなことを一度に言われても「よく理解できなかったので一番最初から説明していただいても?」となること請け負いである。しかもどうせチート主人公は一気に最高ランクまで飛び級で駆け上がるのでこんな描写は一切無駄なだけである。
ランク制度をめちゃくちゃ細かく設定して呼び方もめちゃくちゃ細かいランキングが今後の物語において必要不可欠で、この設定があることによって物語が凄まじく面白くなるのだと言うなら、入れてもいいだろう。しかし上のような長文説明は、作者が考えた最強の設定を見せびらかすだけで終わることが大半で、物語の面白さを下げる可能性が非常に高いだろう。
それより大事なのは身の丈にあった方法で心揺さぶる絵を描くことである。机は細かい傷まで書き込んで、肝心のリンゴは影が薄くなりました、のような事態は間違っても避けなければならない。
せっかく用意された定規があるのだから、それを使ってリアルっぽく書けたらそれで良いのである。
物語の最中に過去の追憶を始めた読者にとって、物語の世界観だとか貨幣の価値だとか端役の名前だとか受付嬢の声質だとか冒険者ギルドの昇級システムだとかは二の次になる。正確に言うと、それらが全く描かれていないばかりでなく矛盾(キャラクター名が1話と2話で変わっているなど)をはらんでいたとしても、どうでも良い情報として読者の都合の良いように解釈される。
つまり物語を読んで笑ったり怒ったり、悲しくなったり悔やんだりしているとき、あなたは自身の経験によって物語の大半の文字列を流し読んで好き勝手に行間を埋めているのである。
この補完作用を絵の例で説明する。巧みな画家は写真よりも心を揺さぶる絵を描く。絵のリンゴはリアルで匂いまで漂ってきそう。写真では無機質に平べったく見える教卓も、絵の中ではリンゴを包み込むように赤を際立たせているように見える。しかし実際よく見ると、リンゴを取り巻くものは定規で引いた線の集合でしかない。
そんな感じで「現実」と、「リアルっぽい」は大きな隔たりがある。写真は現実ではあるがリアルっぽくは見えない、むしろ現実離れして見えてしまうことすらある。なぜなら写真はすべてのものを等しく同じ解像度で写すからだ。人間は現実世界をそんなふうには見ていない。真ん中に置かれているリンゴばかりを見て、机のことはちょっとしか見ていない。
だからリンゴに情報を載せて、机を適当に描いたものは却ってリアルっぽく目に映る。
この効果を知っている物書きは、主役級の心理描写をガッツリ書き込み、それ以外の情景描写などは軽く流す、といった手法を取っている。
この、軽く流す、の役割を担うのが何を隠そう定規である。物語の世界観を一言で説明する「中世ヨーロッパ風」は定規の代表格だろう。この言葉で木造建築を想像する人もいればレンガ造りを想像する人もいるだろうし他の建築様式を想像する人もありうるだろうが、大体のネット小説ではそれは各々の裁量に任されていることが多い。そんな大雑把な「中世ヨーロッパ風」という説明だが、物語に不都合を与えることは殆どない。つまりリンゴの周りの事などどうでも良いのである。
確かに「情景も重要な要素なのだから書き込みたいんだ!」という反論もあるだろう。物語上必要だから建物の建築様式に触れる。主人公を魅力的にしたいから敢えて主人公について触れない。別にこれらを否定はしない。が……この場合、便利な定規は全く使えない。才能か経験のどちらかでも無いと、主役の描写が、それ以外のどうでも良い描写に負けてしまう事になりかねない。
それでも俺は非テンプレを書くと言う貴方には、下の冒険者ギルドのランク説明を見て貰いたい。
『当ギルドでは、「Hn→Hc→Hb→Ha→、Gn→Gc→Gb→Ga→Fn、→Fc→Fb→Fa→EXCELLENT→DIAMOND」の順にランクが上がっていき、最高ランクがランクDIAMONDです。冒険者を始めたばかりの方対象に講習c、講習b、講習aが開講されています。あなたは現在ランクHnなので、講習Hcを修了することでランクHcに上がれます。ランクEXCELLENT以降は講習はありません。
さらに研修を優秀な成績で通過した方には「ランクFb⁺」といったように+が付きます。多くの研修で+評価を得ると、飛び級を認められたり、買取額に色がついたりと特典が付いてきます。一方落第した人には-が付き、-が取れるまで次の講習を受けられません。2回連続で落第した場合はペナルティが課されます。
ここまででご質問等ありますか?』
この説明は、現実に近くリアルっぽさからは遠い文章である。確かに、現実の研修システムは一般的に上のように複雑である。しかしこんなことを一度に言われても「よく理解できなかったので一番最初から説明していただいても?」となること請け負いである。しかもどうせチート主人公は一気に最高ランクまで飛び級で駆け上がるのでこんな描写は一切無駄なだけである。
ランク制度をめちゃくちゃ細かく設定して呼び方もめちゃくちゃ細かいランキングが今後の物語において必要不可欠で、この設定があることによって物語が凄まじく面白くなるのだと言うなら、入れてもいいだろう。しかし上のような長文説明は、作者が考えた最強の設定を見せびらかすだけで終わることが大半で、物語の面白さを下げる可能性が非常に高いだろう。
それより大事なのは身の丈にあった方法で心揺さぶる絵を描くことである。机は細かい傷まで書き込んで、肝心のリンゴは影が薄くなりました、のような事態は間違っても避けなければならない。
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