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レイズの過去を知る
最大の見せ場
しおりを挟むゆっくりと、レイズは泥の中から身を起こした。
ぬかるんだ地面が、ずるりと音を立てて彼の手を離す。
全身が鉛のように重い。
泥と汗と血が混じり、体は思うように動かない。
けれど、その背中を支えるように、周囲からは静かな気配が集まっていた。
イザベルは唇を噛みしめ、クリスは無言のまま拳を握る。
リアノは胸の前で手を組み、震えるようにその姿を見つめている。
そして、ヴィルはただ黙って、その光景を見届けていた。
――普通なら、惨めで、恥ずかしく、逃げ出したくなる瞬間。
だが、レイズは知っていた。
この泥と苦痛に塗れた時間こそ、自分を“証明”できる瞬間なのだと。
泥にまみれた顔を俯かせ、表情を隠す。
しかしその沈黙が、逆に“闘志の余熱”を滲ませる。
折れた剣先のような気配が、場を張り詰めさせた。
周囲の視線が一斉にレイズへと注がれる。
(……今だ)
喉の奥が焼けるように痛む。
それでも、彼は息を吸い込み――。
「俺は、まだ――」
その瞬間。
「……さぁ、続けてください」
ヴィルの低く冷たい声が、鋼のように場を切り裂いた。
空気が張り詰める。
レイズの決め台詞は、無慈悲にも“本物の当主”の威圧にかき消された。
場の空気が一瞬凍り、次いで、ぴしりと何かが崩れる音がした。
レイズの中の何かだった。
(……ぜってぇ、ぶっ倒す!!)
泥の中で、歯を食いしばりながら吠えるように心で叫ぶ。
怒りの矛先はなぜか隣にいたクリスに向かっていた。
木刀が再びぶつかり合う。
重く、鈍く、湿った音があたりに響く。
泥が跳ね、血が混じり、息と息がぶつかる。
何度も転がり、泥に沈み、それでもレイズは立ち上がる。
脚は震え、指先は感覚を失い、それでも剣を握る。
誰もが見ていた。
彼の背中が、何度倒れても、また立ち上がることを。
その姿を、誰ひとりとして笑わなかった。
そこには、確かな“成長”と“誇り”があった。
ヴィルも、クリスも、イザベルも――ただ、黙って見ていた。
それぞれの胸に違う想いを抱きながら。
――ただ、一人を除いて。
「……レイズ君っ!」
甲高い声が場を裂く。
リアノだった。
小さな靴が泥を蹴り上げ、彼女は駆け出していた。
息を切らし、涙を流しながら、
泥にまみれたレイズの体をその細い腕で抱き締める。
「もう……やめてください!」
震える声。
その裏には、彼女だけが知る“ある秘密”があった。
痛みと恐怖と、そして――誰よりも深い想い。
「レイズ様は……とても立派です。
弱くなんて、ありません。
でも……今は、どうか……」
リアノの声が震えるたびに、泥の中のレイズの手が震えた。
ヴィルが重々しい声を落とす。
「……リアノ、それは余計にレイズを――」
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
レイズが、喉を裂くように叫んだ。
「俺は弱い!!」
その声が、稲妻のように場を走る。
泥の中で立ち上がったその瞳には、炎が宿っていた。
「こんなの……弱い者いじめだ!!」
拳を握り締め、歯を食いしばる。
肩で荒く息をしながら、
それでも――負けていなかった。
「……だが、それも今だけだ。
俺は……強くなる。誰よりも!!」
叫び終えた瞬間、
力尽きたようにレイズの体が前のめりに倒れる。
泥の音が、まるで静かな拍手のように響いた。
その姿を見て、誰もが息を呑む。
――誰よりも、前へ進もうとする意思。
その純粋な意志こそ、彼の最大の“強さ”だった。
ヴィルは震える手で目を覆う。
「……まったく、誰に似たのか」
その声は震えていた。
クリスは、静かに剣を握り、目頭を押さえた。
「……立派です、レイズ様」
周囲の空気が変わっていた。
ただの訓練場ではない。
誰もが心を動かされ、涙をこらえられなかった。
一方、イザベルだけは違った。
彼女の胸は、激しく波打っていた。
涙ではなく、鼓動。
頬を紅潮させ、唇を押さえながら、彼を見つめ続ける。
(……なんて、立派な人なの)
その視線は、もう英雄を見るそれだった。
泥の中で倒れた少年の姿が、
誰よりも“強く美しく”見えた瞬間だった。
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