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レイズの過去を知る
破れた絵の行方。悪役ではないレイズの姿
しおりを挟む――破れた絵を、リアノは黙って見つめていた。
それは、かつてレイズの部屋に飾られていた肖像画。
幼いレイズと、リアノ、そしてメルェが笑顔で並ぶ――穏やかな日々の象徴。
だが今、その絵は無惨に裂け、特にレイズの部分が大きく失われていた。
顔も、胸も、ただの白い空白。
リアノは膝をつき、震える指でその破片を拾い上げる。
指先に触れるたび、細かな絵の具がはらはらと剥がれ落ちた。
「……忘れてはいけない」
唇が震えながら、かすかな声がこぼれる。
誰に聞かせるでもなく、ただ自分自身への誓いのように。
――レイズにとって、この絵がどれほど大切だったか。
今となっては、もう誰も語ることはできない。
だからこそ、リアノが繋がなければならなかった。
ひとつ、またひとつと、丁寧に破片を重ね合わせていく。
傷だらけの断片が、少しずつ形を取り戻し――
やがて、ぎこちなくもひとつの絵が蘇った。
そこに浮かんでいたのは――
まだ小さく、まだ未熟で、それでも真っ直ぐに光を見つめていた少年レイズの姿。
不器用に笑う顔。その傍らに寄り添う、二人の少女のぬくもり。
リアノの胸が熱くなった。
彼が、確かにこの場所に「生きていた」ことを、何よりも雄弁に物語る姿だった。
彼女はそっと絵を抱き上げ、自分の部屋へと運ぶ。
そこにある小さな棚の奥――誰の目にも触れない場所に、静かに立てかけた。
もう飾られることはないだろう。
けれど、それでいい。
リアノにとってこの絵は、記憶そのもの。失われた彼を証明する唯一の“存在”なのだ。
「……大丈夫。私が覚えているから」
そう呟く声が、夜の静寂に溶けていった。
灯火がゆらめき、絵の中の三人が、まるでまた微笑み合っているように見えた。
――それからしばらくの間。
レイズとイザベルは、ひたすら魔力の鍛練に没頭していた。
庭の一角では、今日も二人の声が響く。
「違うって言ってんだろ! その魔力の流し方じゃ壁が脆くなる!」
「えぇ~? でも今のほうがキレイだったもん!」
怒鳴り声と笑い声。
それはまるで、喧嘩のようでいて――音楽のようでもあった。
魔力がぶつかるたびに風が弾け、花びらが宙を舞う。
はたから見れば、子どもの遊びの延長にしか見えない。
けれどそのやり取りの中で、レイズは確かに“変わって”いった。
無駄のない動き、瞬時の判断、そして何より“誰かと歩調を合わせる”という感覚。
それを教えてくれたのは、イザベルという存在だった。
夕暮れどき。
訓練を終えた二人は、息を切らせながら屋敷へ戻る。
「おい! もうおまえとは絶対しゃべんねぇからな!!」
「レイズくん、ごめんってば~~!」
口では喧嘩腰。だが、並んだ足音は不思議とぴたりと揃っていた。
赤く染まる空の下、二人の影がひとつに重なって伸びていく。
屋敷へ戻ると、使用人たちが一斉に頭を下げた。
リアナが弾むような声で告げる。
「お食事の準備をいたします!」
そのまま軽やかに厨房へ走っていく。
一方、リアノは少し俯きながらおずおずと声をかけた。
「あの……レイズ様……。お風呂の準備ができております。それで、その……」
レイズは頷き、短く答える。
「よい。では、風呂へ行ってまいる」
リアノの胸に安堵が広がる。
――言いかけた言葉を遮られなかった。それだけで十分だった。
彼女は小さく微笑み、自然とレイズの後ろを歩いていく。
その光景を、イザベルだけが見逃さなかった。
「……あちゃ~」
リアノの視線の奥に潜む、なにか“違う色”を感じ取り、イザベルは小さく眉を寄せる。
そして次の瞬間――
脱衣所のほうから、響き渡るレイズの叫び。
「ちがう!! ついてこいって言ったんじゃない!!」
「ご、ごめんなさい!!」
真っ赤な顔のリアノが、慌てて走り去っていく。
その声が廊下いっぱいに響き、しばらく消えなかった。
イザベルは苦笑しながら小さく肩をすくめた。
(……やっぱり、なにかある)
リアノが見せる“眼差し”。
それはただの憧れでも、恋慕でもない。
もっと深く、もっと痛みを伴う“過去”を映しているように思えた。
「……うん、確かめてみよう」
イザベルは静かに息を整え、リアノの後を追う。
廊下を抜け、月光が差す中庭へ。
花の香が淡く漂い、夜風が頬を撫でる。
庭の奥、古い噴水のそば――リアノは立ち尽くしていた。
両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、月を仰ぐ。
その横顔は切なく、けれどどこか満ち足りている。
イザベルは足を止めた。
声をかけるか迷い、結局、ただ黙って見ていた。
(……やっぱり。あの子の中には、レイズくんの“知らない過去”がある)
胸の奥にざわめきが広がる。
それは単なる好奇心でも嫉妬でもない――名もなき寂しさ。
イザベルは小さく息を吐き、月を見上げた。
「……リアノ」
その名を呼ぶ声は、夜気に溶けて柔らかく広がった。
やがてリアノが振り返る。
その瞳には、確かに“過去”と“約束”が宿っていた。
――そして、物語はまた静かに動き出す。
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