【悪役転生 レイズの過去をしる。】

くりょ

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レイズの未来を変える。

●ルーヴェ村 ― 血と煙の風景

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街道を進む三騎の馬。

空はまだ夕暮れから遠く、淡い陽光が世界を柔らかく照らしていた。
だが、その穏やかな光とは裏腹に――空気には張り詰めた緊張が満ちていた。

先頭を走るヴィルは、まるで戦場そのものを背負っているかのようだった。
老いを感じさせない背筋はまっすぐに伸び、風に揺れる白髪は鋼のように凛と立つ。
ただ“走る”という動作すら圧倒的な威圧感を放ち、二人の後続を自然と引き締めていた。

その背中を追いながら、イザベルは時折振り返りレイズを気にかけた。

普段なら軽口を叩きたくなるような彼が――
いまは眉間に皺を寄せ、真剣な眼差しで馬にしがみついている。

ぎこちない手綱さばき。
不安定な腰。
ところどころ揺らぐ体勢。

それでも、イザベルは気づいていた。

──今のレイズは、確かに“覚悟”を持っている。

レイズは内心で汗を垂らしながら、必死に鞍へ指を食い込ませる。

(落ちるな……落ちるな……俺はもう、
  “昔の俺”じゃないんだ……!)

森を抜けた瞬間、風は冷たく鋭くなり、遠くの地平線から――異様な鼓動のような気配が押し寄せてきた。
それは誰もが本能的に“危険”と悟るほど濃密で、重たく、胸を締めつけるものだった。

まるで、これから遭遇する地獄を予告するように。

三人の馬が速度を上げるにつれ、空気はさらに重くなっていった。

そして――彼らの視界は開ける。

そこにあったのは、かつて村だった“焼け跡”だった。


ルーヴェ村。

その名残は、もうほとんどなかった。

焼け焦げた家々が骨組みだけを残して崩れ、
黒煙が空へと螺旋を描きながら昇っている。

焦げた木材の匂い。
血の匂い。
焼けた肉の匂い。
すべてが混ざり合い、喉を刺し、吐き気を誘う。

地面は灰と血でまだらに染まり、至る所に倒れた人影が横たわっていた。
助けを求める手は震え、声は弱々しく、今にも消えそうだ。

泣き叫ぶ子供が石の影に身を寄せ、
母親はその子を庇いながら必死に震えていた。

「……ひどい……」

イザベルは息を呑み、手を口元に当ててその場に震えた。

その横でヴィルはただ静かに目を細める。

怒りも悲しみも表情に出さない。
だが、全身から溢れ出る“圧”が空気を歪ませ、
近くの瓦礫すら震わせるほどの殺気を放っている。

そして――

レイズは、歯が砕けるほど強く噛み締めていた。

(許せねぇ……)

喉が焼けるほどの怒りが全身を駆け巡る。
過去のゲームでどれだけ魔族の残虐さを見てきたとしても、
“現実で、目の前で”これを見せられて、冷静でいられるはずがない。

そして。

その地獄の中心に――“魔族”がいた。

楽しげに血を舐め、
倒れた人間を蹴り飛ばし、
逃げ惑う者を追い詰めて嬌声を上げる。

「おい、まだ生きてるやついるぞォ!!」
「殺し足りねぇなァ……もっと泣かせろ!」
「人間の悲鳴は、本当に美味だ……!」

その瞳に宿っているのは、理性なき飢えと憎悪だけだった。

レイズの心臓は激しく脈打つ。

――こいつらが。
――この世界の絶望を作ってきたのか。

魔族の一団がこちらに気づき、ゆっくりと振り返った。

血に濡れた歯を見せ、口角を吊り上げる。

「……人間が、また来たか。」

その声は、血の匂いをまとった悪意そのものだった。


――刹那。

ヴィルの姿が、目の前から消えた。

音もなく。

風すら置き去りにして。

「えっ――」

イザベルが声を上げるより先に、
激しい爆音が村の中心で炸裂した。

ドッッッッ!!

まさに爆発のような衝撃とともに、
三体、四体と魔族が斬り飛ばされていく。

斬られたことにすら気づかないまま、
彼らの身体は空へ舞い、
遅れて赤黒い血が噴き上がった。

「……は?」

レイズの口から思わず漏れた。

あの老体がどうやってそこまで……
どうやって、この速度に……?

その疑問を飲み込むまもなく、脳裏にクリスの言葉が蘇る。

――ヴィルは化物だ。

その意味を、レイズは今――理解した。


レイズも地面を蹴った。

怒気が迸り、足元の土が砕け散る。

「オラァァァァッ!!」

イザベルも後方から支援を入れながら追いかける。

血煙の中、魔族たちは怨嗟を込めて叫んだ。

「人間は……絶対に殺す!!」

その叫びには、ただの憎しみではない、
深い“恨み”の波動があった。

イザベルの胸がざわつく。

(どうして……ここまで……?)

考える暇もなく、
魔族が詠唱なしで高位魔法を放った。

《ニルヴァーナ》

紅蓮の炎が咆哮を上げ、
空気が焼け、視界までも赤黒く染まる。

村ひとつを焦土に変えるほどの威力。
魔族の中でも限られた強者しか使えない大魔法。

イザベルは反射的に悲鳴を上げた。

「レイズくん!!」

だが。

その瞬間。

炎は――触れる前に“無”へと還った。

煙すら残さず、
空間ごと掻き消えた。

「……効かねぇよ。」

レイズの声は、炎よりも冷たかった。

魔族の瞳に恐怖が走る。

「な、なん……だと……?」

レイズの姿が、一瞬で目前に迫る。

魔族は叫びながら魔力壁を展開した。
全力で。
命のすべてを賭けて。

それは、魔族にとって“絶対の盾”。

いかなる攻撃も受け止めるはずの防御陣。

――だが。

「オラァッ!!!」

レイズの拳が、壁ごと腹へめり込んだ。

魔力壁は粉塵のように砕け散り、
腹部の骨が折れる音が嫌な破裂音を立てる。

ドゴォンッ!!!

衝撃波が地面を抉り、
周囲の瓦礫が一斉に崩れ落ちる。

魔族は呻き声すら漏らせない。

血を吐きながら、
恐怖に歪んだ瞳でレイズを見上げた。

その瞳には、
もはや憎悪すら残っていなかった。

本能的な
“化物への恐怖”だけが宿っていた。
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