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レイズの未来を変える。
【三騎、黎明を駆ける】
しおりを挟むアルバード本邸。
緊張と静寂が混ざり合う広間に、ひとつの決断が落とされた。
――ヴィル、レイズ、そしてイザベルの三名で出立する。
その言葉は、まるで屋敷の空気そのものを震わせるように重く響いた。
◆ ◆ ◆
「私も行きましょう。」
低く、しかし揺るぎのない声でセバスが進み出る。
続いて、クリスも剣の柄にそっと手を添えながら言葉を重ねた。
「――どうか、私も同行させてください。」
だが、ヴィルはすぐに、否定するでも怒るでもなく——
まるで長年の戦場を見てきた者だけが持つ覚悟の色を宿して、首を横に振った。
「必要ありません。
むしろ、屋敷に戦力が残らぬことのほうが……私はよほど心配です。」
言い切る声には一切の迷いもなかった。
それは“置いていく”ではなく、
“託す”という強い信頼の裏返し。
この家を守るのは彼らであり――
アルバードの背骨は決して折れないという、ヴィル自身の誇りだった。
その真意を理解するからこそ、セバスもクリスも反論ができなかった。
静かに拳を握り、目を伏せる。
否定されたのではない。
信頼されたのだ。
それがわかるからこそ、二人はただ深く頭を垂れた。
セバスが一歩進み出て、主であるヴィルと真っ直ぐに向き合う。
長年共に歩んできた者にしか持ち得ない優しい眼差しで。
「……どうか、ご無事で。ヴィル様。」
その声は仕える者の気持ちであり、
己の一部のように思う“友”への切なる祈りでもあった。
一方で、クリスは迷わずレイズの前へ進み出る。
若き王に向けられる視線は、尊敬と誇りと、そして未来への決意に満ちていた。
「レイズ様。次は必ず……私が共に行きます。」
静かな誓い。しかしその奥底には、
“次代を背負う男の覚悟”がはっきりと灯っていた。
――セバスの言葉は過去を支え続けたヴィルへ。
――クリスの言葉は未来を切り拓くレイズへ。
その対比は、まるでアルバードという家そのものの象徴のようだった。
◆ ◆ ◆
やがて、厩舎から三頭の馬が連れてこられる。
黒毛、栗毛、そして白銀の毛並みを持つ三騎は、
まるでこの三人を象徴するかのように整然と立ち並んでいた。
ヴィルは迷いなく黒馬の手綱を取り、
イザベルも軽やかに白馬へと跨る。
その姿には、生まれついての風格と、訓練を積んだ者だけが持つ優雅さがあった。
そして――ただ一人、動けずに残された者がいる。
レイズだ。
馬の前に立ち尽くしたまま、まるで岩のように固まっていた。
「…………」
額にはじわりと冷や汗が滲んでいる。
馬の瞳はどこか気まぐれで、レイズをじっと見返していた。
「……ちっ。ゲームならボタン一つで乗れたのに……」
小さく悪態をつく。
乗り方を知識では知っている。
だが実際に体を動かすのはまったく別だ。
助走?
足の位置?
どう跨ぐ?
落ちたら?
痛い?
いや絶対痛い。
そんなレイズの様子を見て、イザベルが小さく吹き出した。
「ふふ……もう、勇者様でも苦手なものはあるんだね。」
からかうわけではない。
ただ、その不器用さが愛おしくて、つい笑みが零れたのだ。
イザベルは手綱を持ったまま、優しく手を差し伸べる。
「ほら、レイズくん。こっちへおいで。
大丈夫、ちゃんとできるって。私がついてるから。」
その声音は驚くほど柔らかく、
風に揺れる光のようにあたたかかった。
レイズは一瞬だけ目をそらし――
「……悪いな、イザベル。……行くぞ。」
照れた顔のまま歩み寄り、慎重に馬へと手をかけた。
鞍に手を置く。
深呼吸。
跳ね上がる馬の緊張を感じる。
「……っ!」
意を決して足をかけ、一気に体を持ち上げる。
そして――ようやく、馬上へ。
その瞬間。
ヴィルはわずかに口元をほころばせ、
イザベルは子供のように嬉しそうな笑みを浮かべた。
三人の足元で、馬たちがそろって大きく地を蹴る。
その蹄音は、まるで新たな旅の始まりを告げる太鼓のように空気を震わせた。
「――出発するぞ。」
ヴィルが静かに告げる。
三騎は夕暮れの光を受けて並び立ち、
アルバードの門を、ゆっくりと、しかし確かに踏み出した。
こうして、三つの想いと三つの覚悟は、
ひとつの道へと重なり合う。
これは、運命が再び動き出した――
そんな瞬間だった。
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