【悪役転生 レイズの過去をしる。】

くりょ

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レイズの未来を変える。

レオナルディオの運命は決まる

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クリスの声が震え、だがその震えは臆病さではなく、溢れ出る怒りを押し殺した結果だった。

「いい加減にしろ! おまえたちは、我らを利用することしか考えていないだろう!」

その叫びは鋭い刃となって広間の空気を裂き、壁にまで反響する。

瞬間、セバスがすっと腕を伸ばし、クリスの前腕を軽く掴んだ。

強く引き止めるのではない。ただ、その一握りに「まだだ」と告げる静かな意思が宿っている。

「クリス。」

小さく名を呼ぶ声に、クリスは歯噛みしながらも一歩だけ引いた。
今は剣でも言葉でも斬り結ぶ場ではない――セバスの瞳はそう語っていた。だがその奥底には、同じ怒りと警戒の炎が確かに燃えている。

グレサスはそんな二人を見やり、鼻先で短く笑った。

「威勢がよくなったな、クリス……いや、ウラトス。」

その名が出た瞬間、広間の温度がひゅっと下がった気がした。

かつて戦場を震わせた名。忌まわしくも、畏怖をもって囁かれた名。

クリスの瞳が細くなり、ゆっくりとグレサスを睨み返す。

短い沈黙のあと、彼は真っ直ぐに顔を上げた。

「その名前は捨てた。」

低く、はっきりとした声。

「私は今、クリスだ。そして――レイズ様の忠実な僕だ。」

その宣言に、室内の空気が震えた。

過去を断ち切る覚悟。己が誇りを、かつてではなく“今”に置くという決意。

レオナルディオはその様子を見て、唇の端だけを薄く吊り上げる。冷たい笑みだった。

「ふむ。忠誠心という武器を持つ者がここにいる……というわけですか。ただ――忠誠と義務は、別の話ですよね?」

レオナルディオは椅子の背から身を起こし、ゆっくりと身を乗り出した。

その動きは穏やかだが、まるで毒蛇がとぐろを巻いて相手との距離を詰めていくような圧を伴っている。

「王国は、アルバードの安寧を望んでいるのです。共同で保護を――という形で、助力の手を差し出しているに過ぎません。」

言葉尻は柔らかい。だが、その実、ひとつひとつが鎖の輪のように絡みついてくる。

「受け入れれば、貴方方の負担は大きく減る。拒むのであれば……それに見合う“代価”が必要になるでしょう。」

セバスの表情は石像のように動かない。

しかし、その瞳の奥で、何かが静かに怒りを帯びていくのをクリスは感じ取っていた。

「我々は代価を払うつもりはない。」

セバスはゆっくりと口を開いた。

「アルバードは、アルバード自身の手で守る。それが当主と、この屋敷に仕える者たちの責務です。」

レオナルディオは肩をすくめ、まるで気の毒そうに、しかしどこか楽しげに微笑んだ。

「お気持ちは理解しますとも。ですが、この世界は“選択”でできている。どちらを選ぶかはそちらの自由だ。」

その瞳が、すっと細くなる。

「ただし覚えておいてください――王国は長い時間と莫大な資源を持っている。敵に回すことが、どれほど不利かはお分かりでしょう?」

その言葉が放たれた途端、室内の空気が一段階重くなった。

遠くの窓から差し込む光さえ、うっすらと色を失って見える。

ガルシアは顔を引きつらせ、握りしめた拳を震わせながら、落ち着かない視線をセバスとレオナルディオの間でさまよわせていた。

娘を案じる父の顔と、レイバードの一員としての打算が、その瞳の中でせめぎ合っている。

クリスは奥歯をかみしめ、爪が掌に食い込むほど拳を握る。

それでも、はっきりと言った。

「我らが頼るのは、その“長期の力”ではない。今ここにいる人々の信義だ。」

胸の奥から絞り出すような声だった。

「王国の厚意を疑うつもりはない。だが――この屋敷のやり方は、この屋敷の者たちが決める。」

レオナルディオは短く息を吐き、椅子から立ち上がる。

その仕草だけで、広間に張り詰めた視線が一斉に彼へと注がれた。

「……ならば、ひとつ提案をしましょう。」

彼は片手を広げ、穏やかに告げる。

「時間を差し上げます。三日間。私たちはこの近辺に滞在しましょう。その間に考えを改めるのであれば、今の申し出は“友好的な取引”として成立する。」

そして目を細めた。

「ただし、その三日のあいだにも、“状況”は変わり得る。考えるといい。アルバードにとって、何が最善かを。」

最後の言葉は、静かな脅しだった。

レオナルディオの横顔には、勝敗をすでに決めている者特有の余裕が滲んでいる。

彼は踵を返し、扉へと歩き出す。その背は一度だけ振り返り、鋭い視線だけを残した。

「貴方たちの判断が、将来の歴史を変えるでしょう。それでは。」

ガチャリ、と扉が閉じる音が、やけに大きく響いた。

音が消えたあとには、ひやりと冷たい沈黙だけが広間に残る。

……そこでセバスの話は終わった。

それが昨日、アルバードで起きた出来事。

全員が息を飲んで聞き入っていた。

セバスは深く息を吐き、ヴィルの方へ歩み寄る。

老将の顔には、遠い先を見据えるような静かな覚悟が浮かんでいた。
この三日間が、アルバードの行く末を決める――そのことを、誰より重く理解している顔。

レイズは黙ったまま目を閉じ、そっと拳を握りしめる。

三日。

長いようでいて、何もかもをひっくり返すにはあまりにも短い時間。

王国の圧力。

レイバードの企み。

魔族との約束。

アルバードの防衛。

すべてが一本の線で繋がり、巨大な歯車が軋みながら動き始めているのがわかる。

イザベルの声が、小さく震えた。

「……わ、私たち……これから、どうなるの……? お父様だって……私のことを心配して……」

イザベルの視線は揺れていた。

父への想いと、レイズへの信頼と、レイバードという家名への迷い。

胸の奥で絡まった糸がほどけず、息苦しさとなって喉を締め付けている。

レイズは静かに近づき、その肩にそっと手を置いた。

今までのような甘さはない。だが、突き放す冷たさもない。

「選ぶのは、おまえ自身だ。」

短く、それでもはっきりと言う。

「だが――俺はおまえを守る。たとえ相手が王国でも、レイバードでも。拒む理由が正しければ、俺はそいつを斬る。」

その言葉は、約束であり、覚悟の宣言でもあった。

イザベルの瞳に、ぽろりと涙が浮かぶ。

それでも彼女は、震える唇を強く結び、ゆっくりと頷いた。

「……私も、逃げません。レイズくんと一緒に、この目で全部を見ます。」

ここから先は、言葉だけでは済まない世界だ。

誰もが理解していた。

この一つ一つの選択が、既に動き出した未来の形を大きく変えていくのだと。

レイズはイザベルの肩から手を離し、もう一度、拳を握りしめる。

血がにじむほど強く。

「レオナルディオ……」

その名を噛みしめるように、心の中で何度も何度も繰り返す。

呼ぶたびに胸の奥で黒い炎が燃え上がり、鼓動を早めていく。

――メルェを罠にかけた。

――角を折り、辱め、命を奪った。

――魔族に嘘を吹き込み、アルバードと争わせた。

――イザベルすら駒として弄ぶ。

すべての因果の中心に、あの男がいる。

呼吸をするたび、喉の奥が灼けるように熱い。

理性で押さえつけているつもりでも、拳は震え、指先からじわりと血がにじんでいた。

「真犯人は……あいつだ。」

ぽつりと漏れた声は、地の底から響く呪いのようだった。

レイズの瞳には、もはや迷いはない。

頭の中はただ一つの目的だけで満たされている。

――レオナルディオを討つ。

ヴィルの言葉も、セバスの忠告も、イザベルの震える肩も。

いまはすべて、遠くの雑音のように霞んでいた。

胸の奥で早鐘のように脈打つ鼓動が、ひとつひとつ決意を刻んでいく。

アルバードを滅ぼす筋書きも、

魔族を利用した茶番も、

メルェの死も、

イザベルの運命も。

「全部まとめて、書き換えてやる。」

レイズの視線は、どこか遠い戦場を見据えるように鋭く光っていた。

その執念は、静かに――しかし確実に――彼を次の段階へと押し上げていくのだった。



レイズの口元が、ゆっくりと吊り上がった。

それは今まで一度も見せたことのない――
人の情を捨てた、獣よりも冷たい、凶悪な笑み。

「こんなにも早く……
まさか レオナルディオを殺すチャンス が来るなんてな。」

吐き捨てるような声。
しかしその奥には、煮えたぎる黒炎のような殺意が渦巻いていた。

その瞬間、ヴィルが椅子を蹴り立ち上がる。

「レイズ!! おまえ……っ!
いま何をしようとしているのか、わかって言っているのだな!?」

その声には怒りもある。だがそれ以上に――孫を案じる焦燥があった。

レイズはゆっくりと振り返り、静かに、しかし背筋に刺さる声音で言った。

「……ぁあ。わかってるさ、ヴィル。」

その声は落ち着いている。しかし――その瞳は、余計な温度を完全に排していた。

「ここで レオナルディオを必ず仕留める。
そうしないと……ヴィルも、セバスも……いや、」

レイズは、屋敷中の家臣たちを思い浮かべながら、息を吸う。

「アルバードにいる全員が死ぬ。」

部屋の空気が、一瞬で凍りつく。

「……この意味、わかるか?」

燃えるような瞳が、ヴィルを真っ直ぐ射抜いた。

「今しかないんだよ、ヴィル。
これを逃せば……すべて終わりに近づく。」

レイズは、黒い笑みを浮かべた。

「笑えるよな?
あいつら――まだ 俺を見下してる んだぜ?」

「“出来損ない”だとよ。
なにもできないガキだって、そう思い込んでいる。」

拳が鳴る。

「――だから、ひっくり返すんだよ。
すべてを、だ。」

そしてレイズはゆっくりと立ち上がる。

その背にはもう迷いなど一切なく、
ただ己の背負うべき“当主”の責任だけが重く沈んでいた。

「これはアルバード当主としての、俺の決定だ。」

目を逸らさず告げる。

一言一言が、確かな覚悟として周囲に突き刺さる。

「異論はあるか?」

ヴィルの胸に衝撃が走る。

(……まさか、ここまで……)

それは単なる怒りの暴走ではなかった。
恨みや復讐に飲まれた少年の叫びではない。

――家を守るための“当主”の判断。

ヴィルは、気づかされてしまった。

(こいつは……もう“孫”じゃない。
アルバードを背負う、本物の当主だ……)

沈黙を破ったのはクリスだった。

彼は一歩前に出て、深く頭を下げながら言う。

「……私も、レイズ様に 同意いたします。
この決断こそ、最善です。」

セバスは驚愕に目を見開き、ヴィルに問う。

「ヴィル様……よろしいのですか……?」

ヴィルはしばらく沈黙し、
そして小さく、しかしはっきりと頷いた。

「当主の決定は――絶対だ。」

そうしてゆっくりとレイズへ視線を戻す。

「……レイズ。計画は、あるのか?」

レイズは鼻で笑い、軽く肩をすくめた。

「計画? そんなもんいらねぇよ。」

その声には、確信しかなかった。

「俺はレオナルディオの“筋書き”を読み切ってる。
次に会ったとき、必ず『言い逃れ』をしようとする。
だが――」

レイズは笑う。
それは、死神の宣告のような笑みだった。

「その逃げ道は、全部俺が塞ぐ。
だから――任せとけ。」

その言葉に、誰も反論することはできなかった。

なぜなら――
レイズの背に宿る力が、覚悟が、
もはや“少年”のものではないと誰もが悟ってしまったからだ。

そして静かに幕が下りる。

――次にレオナルディオと会うとき。
彼の運命は、すでに決められている。

逃れられぬ死。
覆しようのない断罪。

レイズが下す、“裁き”だけが待っていた。
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