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レイズの未来を変える。
すでに積んでいた。
しおりを挟むレイズからの指示は、あまりにも単純で、しかし徹底していた。
「グレサスは、ヴィル・セバス・クリスの三人で“圧をかけ続けて動けなくしておけ”。
レオナルディオは――俺一人で十分だ。」
その言葉は静かだったが、聞いた者の胸には刃のように突き刺さった。
そして――ついに当日が訪れる。
◆ ◆ ◆
広間は重苦しい空気に満ちていた。
緊張が張り詰め、呼吸の音さえ邪魔に感じるほど沈黙が支配する。
向かい合うのは、ヴィル・セバス・クリス。
対するはガルシア・グレサス・レオナルディオ。
その中心に漂う圧は、まるで大陸の命運を懸けた前哨戦であるかのようだ。
沈黙を破ったのは、ガルシアだった。
「ヴィル様!! 娘を――イザベルを返してくれ!
話が違うではないか! レイズを当主に据えるなど、私は聞いていない!」
怒りと焦燥、そしてどうしようもなく溢れる“父としての弱さ”が声に露わになっていた。
ヴィルは静かに、その瞳を鋭く光らせる。
「……イザベルを案じる気持ちは理解します。
だが、彼女は自らの意志で我らと共に歩む道を選んだ。」
「冗談はよしてください!」
「娘に会わせろ! 話はそれからだ!」
叫ぶガルシア。しかしその声は震えており、焦りと恐怖が混じっていた。
するとその横から、レオナルディオが一歩前に出る。
「ガルシア卿。まずは落ち着いてください……。
それで、ヴィル様。我々の“提案”について、お返事をいただけますか?」
芝居がかった声。
静謐の中でその柔らかい声音だけが不気味に響く。
だが――
ヴィルは刺すような圧を放ちながら短い返答をした。
「……それは私が決めることではない。」
同時に、セバスも後ろから圧を重ねる。
その“気”に当てられ、さしものレオナルディオも一瞬呼吸が止まった。
グレサスだけが、まるで楽しむように薄く笑った。
「……やはり。とんでもない化物どもだな、お前たちは。」
しかしレオナルディオは諦めず、なおも探るように問いかける。
「では――誰がお返事を?」
――その時。
重厚な扉が、ゆっくりと、重力を押し上げるように開いた。
「俺だ。」
全員の視線が一斉に向いた。
そこに現れた青年は、もはや“出来損ないのレイズ”の姿ではなかった。
鍛え抜かれた体躯。
憂いと覚悟を宿した眼差し。
ヴィルやセバスに並び立つほどの気迫。
レイズだった。
その姿に、空気が揺らぐほどの衝撃が走る。
最初に声を上げたのはグレサスだった。
彼らに笑みを浮かべ好奇心の色で
「おまえが……ウラトスを従えるレイズか。
どれほどの成長を遂げたか……確かめたいものだな。」
レイズはその視線を正面から受け止めた。
(これがグレサス。若き日の“剣神”。今の俺では到底勝てない……
だが――臆する理由がどこにある?)
「俺がレイズ・アルバード。そして現当主だ。」
レイズは一拍置き、堂々と言い放つ。
「――そして返事だが。
断る。」
その言葉は斬撃のように空気を裂き、相手の意図を粉砕した。
ガルシアの顔から一気に血の気が引き、呆然と呟く。
「レ、レイズ……なのか……?
なんて……立派なんだ……」
レイズは失礼のないよう、静かに一礼する。
「お久しぶりです、ガルシア様。」
境遇も事情も、ほぼ“初対面”に等しい。
しかし、その声音には確かに当主としての威厳があった。
レオナルディオは必死に冷静を保とうとしていた。
「……理由を、聞いても?」
レイズの目が冷たく光り、鋭い殺気が一直線にレオナルディオへ突き刺さる。
レオナルディオの心臓が跳ねた。
――こいつは、知っている。
自分が裏で動かした全てを。
魔族を誘導し
アルバードを窮地に追いやり
メルェを罠にかけ
角を折り
死へ追い込んだ計画を。
レオナルディオは誤魔化そうと、冷静を装う。
「誤解をしているようですね、レイズ殿……」
しかしレイズは、もはや逃がす気はなかった。
懐に手を入れ――小さく砕けた“角”を取り出す。
メルェの角。
粉々になりながらも、なお主の痛みを宿している。
レイズはそれを掲げ、レオナルディオの目の前へ突きつけた。
「レオナルディオ。
――まだ意味がわからないか?」
その瞬間。
広間は完全に凍りつき、
誰もが息を呑み、
逃げ場のない“断罪”の気配が満ちた。
レオナルディオの心臓が大きく跳ねた。
(な……なぜ……!? なぜそれを持っている!?)
メルェの角。
あの魔族の少女の角。
自分が折り、奪い、隠し、闇に葬ったはずの証拠。
それが今、目の前に――レイズの手にある。
(馬鹿な……魔族と対話した? あの狂気の眷属どもと……どうやって!?
どの勢力も、あの一件については沈黙していたはずだ……!)
冷たい汗が背筋を伝う。
しかしレオナルディオは必死に笑みを作り、しらを切るように声を出した。
「そ、それは……魔族の角ですか?」
低く柔らかい声。
だが、声の震えは隠しきれなかった。
その瞬間――
レイズの双眸が、灼熱の刃のように燃え上がる。
「これはメルェという生き物の角だ。
……おまえが殺した、メルェの角だろ?」
一言ごとに殺気が飛び散り、空気が震え、床石が微かに軋む。
レオナルディオの息が止まる。
(な……なんだこの圧……! ヴィルやセバスとは種類が違う……!
これは“殺意”そのものだ……!)
「な、なにを根拠に……!」
声は裏返り、喉がつまる。必死に言葉を繋ぐ。
「どこにそんな証拠がある!? 私はその“メルェ”なる魔族など、知りませんよ!!」
その白々しい言葉に、レイズは冷たく瞳を細めた。
一切の情を含まない、断罪の眼。
そして――静かに言い放つ。
「……誰が、“魔族の角”だと言ったんだ?」
広間の空気が一瞬で凍結した。
レイズの口から“魔族”という単語は一度も出ていない。
口を滑らせたのは――レオナルディオ自身だ。
――完全に嵌められた。
ヴィルの眉が動き、セバスが息を呑む。
グレサスでさえ、表情をわずかに変えた。
レオナルディオは血の気が引き、顔面が真っ青になった。
(……しまった……!
この男……レイズ……!
計算済みで言葉を選んでいた……!)
次の瞬間、レオナルディオは必死に思考を回転させる。
(いや……まだだ……!
グレサスは動けん。
ヴィルとセバスに警戒されている。
だが――レイズ一人なら、まだ可能性はある……!)
最後の望みに縋るように、魔力を全身にまとわせた。
薄く、しかし強固な魔力壁を皮膚の上に展開する。
(これさえあれば……!
この少年が胸ぐらを掴みに来た瞬間、逆に腕を取って――
人質にすれば……まだ勝機はある……!)
レオナルディオは呼吸を整え、まばたきの間に準備を完了させる。
その時――
レイズが無言で一歩踏み出した。
地面が震えた。
(速い――!)
レオナルディオが思考を巡らせるより早く、
レイズの手が、彼の胸倉へ伸びた。
計画どおりだ。
レオナルディオはその腕を逆に掴み返し、人質を取るつもりで動く。
――が。
「……っ!?」
触れた瞬間、全てが崩れた。
魔力壁が。
“音もなく”崩壊した。
まるで存在そのものを否定されるかのように、
魔法の構造が一瞬で書き換えられ、消え失せた。
「な、な……に……!?
わ、私の…魔力壁が……!」
驚愕しながら腕を掴もうとする――が。
レイズの腕は、まるで鋼鉄。
いや、鋼鉄よりも硬い。
「――っ……! ぐ……!」
全力で握ったはずの指が、まったく動かない。
逆にレイズの手がゆっくり、しかし確実にレオナルディオの胸倉を掴む。
まさに悪夢のような光景だった。
レオナルディオは理解した。
(……つ、積みだ……!
だめだ……!
勝てない……!
こいつにだけは――勝てない!!)
その判断は、生まれて初めての“敗北”の予感だった。
そしてレイズの右手は――
レオナルディオの胸から離れず、
まるで世界そのものを掴むような圧で締めつけていた。
レオナルディオの背筋に、冷たく鋭いものが走った。
――詰みだ。
この場にいる三人。
ヴィル。
セバス。
そして……レイズ。
ひとりひとりが、人の領域をとうに超えた怪物。
逃げ道は存在しない。
時間稼ぎも、言い訳も、策も通じない。
胸の奥で、乾いた音を立てて何かが崩れた。
「ど、どういうことだ!! 一体何が起きているんだ!!」
ガルシアが悲鳴に近い声で叫ぶ。
それは父親としての混乱であり、王家の一員としての恐怖でもあった。
だが――誰より理解できていないのは、他ならぬレオナルディオ自身だった。
(なぜだ……どこで……何を見られた?
魔族に顔を見せるときは髪を下ろし、声色を変え、家紋は隠した。
衣装も、匂いも、全て誤魔化した。
完璧だったはずだ……!)
「……あり得ない……完璧だった……完璧だったはずなのに……」
漏れた独白が、広間の空気をさらに重くする。
レイズの眼が鋭く光った。
「隠しても無駄だ。――メルェの角が、全部を語ってる。」
レオナルディオの喉が、ひゅ、と音を立てた。
その一言で、もう逃げ道は完全に断たれた。
ここから先、血の匂いが漂うことは誰もが理解した。
そして同時に――アルバードが王国すら敵に回す覚悟を決めた瞬間でもあった。
レオナルディオは静かに息を吐き、肩を落とす。
「……もう無理なようですね。私も、ここまでですか」
敗北を悟ったような声音。
だが、その影にはまだ濁った光が潜んでいる。
次の瞬間――レオナルディオはゆっくり顔を上げ、ギラリと瞳を光らせた。
視線は真正面の男、グレサスへ向けられる。
「フッ……そう睨まないでください、グレサス。
あなたも分かっているでしょう。これは……完全な敗北ですよ。」
グレサスは腕を組んだまま、何も言わず彼を見下ろす。
その表情には憐れみも怒りもなく、ただ無言の結論だけがあった。
“貴様はここで終わりだ”――と。
「……ですが」
レオナルディオの声色がわずかに低くなる。
まるで最後に撒く毒の一滴のように。
周囲を見渡し、最後にレイズの前へ視線を止めた。
「死ぬ前に――真実を知りたくはありませんか?」
「真実……?」
ヴィルが眉を寄せ、セバスは無言で身構える。
だが、その言葉に最も強く反応したのは、やはりレイズだった。
胸の奥に張りつめた熱――怒りとも哀しみとも違う、何か鋭いものが蠢く。
脳裏に浮かぶのは魔族たちの涙。
――「イェイラの魂を救ってくれ」
あの声。
あの願い。
あの悲しみ。
(……そうだ。俺は聞かなきゃいけない。
魔族と約束したんだ。
真実を知り、それを伝えると……)
拳が震え、歯がきしむ。
本当は今すぐこの男を叩き潰したかった。
八つ裂きにし、血の一滴すら残さず消し飛ばしたかった。
メルェを弄び、魔族を騙し、アルバードすら利用しようとした男。
だが――レイズは踏みとどまった。
その眼は完全に冷えきり、研ぎ澄まされた刃のように一点を射抜く。
「……いいだろう。聞かせろ、その真実を」
一言で、広間の空気が完全に凍りついた。
誰もが息を呑む中、レオナルディオの口元には、薄く、不気味な笑みが浮かんだ。
――狂気の真実は、これから語られる。
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