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第9章 闇に呑まれる谷
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甲羅谷の空が、突然裂けた。
轟音と共に雲が渦を巻き、光は吸い込まれるように失われていく。谷を覆っていた影の結界は、今や壁ではなく、天をも閉ざす黒き天蓋となって広がっていた。昼であるのに太陽は霞み、夜のような闇が辺りを支配する。
川が逆流し、澄んでいた水は墨のように濁って泡立った。大地は軋み、木々は黒ずんで枯れていく。その中心から、影で形作られた獣たちが次々と這い出してきた。四足の狐、翼を持つ鴉、牙を剥いた狼――すべてが黒尾の眷属。谷を覆う瘴気から生まれた闇の兵たちであった。
村の亀たちは恐怖に甲羅へ身を隠し、泣き声や叫びが響き渡る。
「ポン! ミク! もう来てる!」
クララが震える声で叫んだ。彼女の瞳には恐怖と同時に、兄たちを信じる強さが宿っていた。
「……来たな」
ポンは甲羅刀を抜き、空を仰いだ。
「ここで退けば、すべてが呑まれる。俺たちが立つしかない」
ミクも静かに刀を構えた。その横顔は幼き弟のものではなく、戦士の決意を帯びていた。
最初に飛びかかってきたのは、影の狐だった。九つの尾を模した影を振り乱し、牙を剥いて襲いかかる。
「来いッ!」
ポンが一閃し、影は裂けるもすぐに再生する。ミクが追撃し、刃に光を宿して斬り込むと、影は苦悶の声を上げて消滅した。
「光で断てる……! 影は無限じゃない!」
「ならば、俺たちの力を尽くすだけだ!」
兄弟は互いに背を合わせ、押し寄せる影の群れを次々と斬り伏せた。
だが、数は尽きぬ。切っても切っても瘴気から生まれる影が現れ、村の広場は戦場と化していく。
「兄さん! 後ろ!」
クララの叫びに振り返ると、巨大な影狼がポンへと跳びかかった。
咄嗟に甲羅で受け止めたが、その衝撃は骨を軋ませるほどだった。
「ぐっ……!」
ミクが駆け寄り、狼の顎を斬り払う。黒い霧が爆ぜ、狼は崩れ落ちた。
その時、空から影が降りてきた。
九つの尾が揺らめき、赤黒い瞳が二匹を射抜く。
黒尾――闇の主が、ついにその姿を現した。
「よく持ちこたえたな、小さき亀どもよ」
尾がゆらゆらと揺れるたび、地が鳴り、空気が凍り付く。
「だが、戯れは終わりだ。これより谷は完全に我がものとなる。この夜明けは二度と訪れぬ」
クララが兄たちの前に立ちはだかり、必死に声を張り上げた。
「やめて! 兄さんたちは絶対に負けない!」
小さな身体を震わせながらも、彼女の声は闇を切り裂くように響いた。
ポンはその背を見て、拳を強く握った。
「……俺たちは逃げない。ここで終わらせる」
ミクも刀を掲げ、瞳に炎を宿した。
「父上の意思も、谷の仲間も、クララも……全部守る!」
黒尾は不気味に笑い、九つの尾を大地へ突き立てた。
瞬間、地が裂け、闇の奔流が村を呑み込もうと広がる。
兄弟は同時に駆け出し、その奔流へと刀を振り下ろした。
――決戦の時は、ついに訪れたのだ。
轟音と共に雲が渦を巻き、光は吸い込まれるように失われていく。谷を覆っていた影の結界は、今や壁ではなく、天をも閉ざす黒き天蓋となって広がっていた。昼であるのに太陽は霞み、夜のような闇が辺りを支配する。
川が逆流し、澄んでいた水は墨のように濁って泡立った。大地は軋み、木々は黒ずんで枯れていく。その中心から、影で形作られた獣たちが次々と這い出してきた。四足の狐、翼を持つ鴉、牙を剥いた狼――すべてが黒尾の眷属。谷を覆う瘴気から生まれた闇の兵たちであった。
村の亀たちは恐怖に甲羅へ身を隠し、泣き声や叫びが響き渡る。
「ポン! ミク! もう来てる!」
クララが震える声で叫んだ。彼女の瞳には恐怖と同時に、兄たちを信じる強さが宿っていた。
「……来たな」
ポンは甲羅刀を抜き、空を仰いだ。
「ここで退けば、すべてが呑まれる。俺たちが立つしかない」
ミクも静かに刀を構えた。その横顔は幼き弟のものではなく、戦士の決意を帯びていた。
最初に飛びかかってきたのは、影の狐だった。九つの尾を模した影を振り乱し、牙を剥いて襲いかかる。
「来いッ!」
ポンが一閃し、影は裂けるもすぐに再生する。ミクが追撃し、刃に光を宿して斬り込むと、影は苦悶の声を上げて消滅した。
「光で断てる……! 影は無限じゃない!」
「ならば、俺たちの力を尽くすだけだ!」
兄弟は互いに背を合わせ、押し寄せる影の群れを次々と斬り伏せた。
だが、数は尽きぬ。切っても切っても瘴気から生まれる影が現れ、村の広場は戦場と化していく。
「兄さん! 後ろ!」
クララの叫びに振り返ると、巨大な影狼がポンへと跳びかかった。
咄嗟に甲羅で受け止めたが、その衝撃は骨を軋ませるほどだった。
「ぐっ……!」
ミクが駆け寄り、狼の顎を斬り払う。黒い霧が爆ぜ、狼は崩れ落ちた。
その時、空から影が降りてきた。
九つの尾が揺らめき、赤黒い瞳が二匹を射抜く。
黒尾――闇の主が、ついにその姿を現した。
「よく持ちこたえたな、小さき亀どもよ」
尾がゆらゆらと揺れるたび、地が鳴り、空気が凍り付く。
「だが、戯れは終わりだ。これより谷は完全に我がものとなる。この夜明けは二度と訪れぬ」
クララが兄たちの前に立ちはだかり、必死に声を張り上げた。
「やめて! 兄さんたちは絶対に負けない!」
小さな身体を震わせながらも、彼女の声は闇を切り裂くように響いた。
ポンはその背を見て、拳を強く握った。
「……俺たちは逃げない。ここで終わらせる」
ミクも刀を掲げ、瞳に炎を宿した。
「父上の意思も、谷の仲間も、クララも……全部守る!」
黒尾は不気味に笑い、九つの尾を大地へ突き立てた。
瞬間、地が裂け、闇の奔流が村を呑み込もうと広がる。
兄弟は同時に駆け出し、その奔流へと刀を振り下ろした。
――決戦の時は、ついに訪れたのだ。
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