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火を恋う青蛾は焔に焼かれ
3話
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今日、出掛ける事は獅道にも許可は貰ってある。
出掛ける時は、必ず誰かを伴っていないと駄目な事と、出掛ける前に報告する事が、獅道と響の約束事であった。
そして、今日は出掛けてくるついでに、新庄と飯田と一緒に食事をして来いと言われていた。二人はいつもこの家の用事をしているため、こんな時でないと外出が出来ない。
今日くらい羽を伸ばして来いという、獅道の優しさだと、響は思っていた。
飯田が運転手で助手席に新庄が座り、後ろに響が乗ると、黒塗りのBMWは快適に走り出した。
「行き先は、北参道霊園で良かったですか?」
飯田の言葉に、響は窓から流れる景色を見ながら、小さく返事をした。
響の頭の中では、そこで眠る祖母の事を思い出していた。北参道霊園には、響の母方の祖母が眠っている。今日は、祖母の命日だ。
黒須響。
響は黒須家の長男として産まれた。
黒須家は日本橋で代々着物を扱う呉服店を経営している家柄だった。母親が嫁ぎ、なかなか子宝に恵まれず、やっと出来た子が男の子だと知り、父親はたいそう喜んだらしい。無事に出産すると、跡取りとして大切に扱われていた翌年、再び黒須家に朗報が入る。もう妊娠は不可能だと思われていた母親が、二人目を身ごもり、それがまた男の子だと。それでも両親は、二人の息子を分け隔てなく平等に愛情を注ぎ育てていた。
‥そう響が15歳‥中学3年までは。
自分を忌み嫌う両親の目、そして響は学校に行けなくなり、母親の実家に預けられた。祖父はとうに亡くなっており、祖母と二人の生活は、響にとって実家より過ごしやすいもので、愛情を与えてくれる祖母と、両親とのいがみ合いが異常なまでに膨れ上がった理由を知ったのは、それから1年後の事だった。
その日、響が朝起きると、布団の中で祖母は帰らぬ人となっていた。
心筋梗塞だった。
もともと具合が悪いと言ってはいたが、まさかここまで悪いとは知らなかった。祖母は自分の死後、響が愛情を受けれるように、何度も両親と話し合いをしてくれていた事を知った。
祖母の葬式の時、両親の口から出た言葉は、響は一生忘れないと思う。
『あなた、まさか家に帰って来ないわよね?』
もう、涙は零れなかった。
自分の存在意義が、完全になくなったのだ。
「着きました」
嫌な記憶を思い出していると、いつの間にか霊園に着いたようで、飯田が声を掛けてきた。
途中で買った切り花を持ち車を降りると、慣れた手付きで手桶に水を汲む。新庄が手桶を持ってくれたので、霊園の中を3人で歩く。迷いなく進み『神代家』と書かれた墓碑の前に着く。
夏の暑さも過ぎ、涼しくなってきたが、墓の周りには少し雑草が生えていた。響は腕まくりをし、雑草を取る。
そして、持って来た花を供え、汲んできた水を墓の上から柄杓でタラリと垂らすと、そこに祖母がいるかのように話し出す。
「おばあちゃん。あまり来れなくてごめんね。そっちはどう?俺は‥‥元気だよ。相変わらずだけど‥」
飯田が隣で線香に火を点けると、響に渡す。
ありがとうと受け取り、それを供え跪くと、響は両手を合わせ瞳を閉じた。
何を伝えているのか、ずっと長い時間、響は手を合わせていた。
新宿の繁華街の中にあるBAR Lumeの開店前の店舗に、獅道は来ていた。
店のソファにゆったりと腰かけ、煙草を口に銜えている獅道の前には、Lumeの店長 吉田が厳つい顔をして座っていた。
「それで?要件は?」
相変わらずの低音の通る声で、BAR全体の空気がビリッと凍る。
「実は、1週間程前から不審な男がちょくちょくやってきて、うちの女の子を、しつこく引き抜こうとしてくるんです。調べたら、どうやらこの付近で新しく店を始めるとか‥‥女の子が言うには、その男が電話していた相手が、石塚らしいです」
その名に、BARの男達がざわついた。
「うるせぇぞ!」
獅道の声に、再び静寂が戻る。
「分かった。‥うちの子は、無事なのか?」
「ええ、もちろん。ここは待遇が良いですから。誰もよそには靡きませんよ」
吉田が自信満々にニヤリと笑う。
「そうか、ご苦労だった」
獅道は煙草を消し立ち上がると、吉田の肩をポンと叩いた。
BARの外に出ると、黒塗りのベンツが横付けされており、男がドアを開くと、獅道が乗り込み、反対側のドアからは工藤が素早く乗り込むと、車は音もなく走り出した。
「工藤、石塚の件は、どうなってる」
「‥はい、先程のLumeの店長が言っていた通り、うちの店舗を脅かそうと必死になっているようです。まぁ、次から次へと仕掛けてきますが、そのたびに叩きのめしているので、そろそろ金も人も尽きる頃かと‥」
「そうか、監視を怠るなよ。窮鼠猫を噛むってな‥最後に捨て身の一手があるかもしれん」
そう言いながらも獅道の口角は上がり、どこか嬉しそうに煙草をくゆらせていた。
「‥‥獅道さん、本当に今日‥‥あの計画を?なにも、こんな時にやらなくても‥」
いつも冷静で顔の表情を全く変えない工藤が、眉を潜めながら獅道の方を向いた。
「‥こんな時だからこそだ、迷うな」
その獅道の一言は重く、これ以上は言い返すことが出来なかった。
出掛ける時は、必ず誰かを伴っていないと駄目な事と、出掛ける前に報告する事が、獅道と響の約束事であった。
そして、今日は出掛けてくるついでに、新庄と飯田と一緒に食事をして来いと言われていた。二人はいつもこの家の用事をしているため、こんな時でないと外出が出来ない。
今日くらい羽を伸ばして来いという、獅道の優しさだと、響は思っていた。
飯田が運転手で助手席に新庄が座り、後ろに響が乗ると、黒塗りのBMWは快適に走り出した。
「行き先は、北参道霊園で良かったですか?」
飯田の言葉に、響は窓から流れる景色を見ながら、小さく返事をした。
響の頭の中では、そこで眠る祖母の事を思い出していた。北参道霊園には、響の母方の祖母が眠っている。今日は、祖母の命日だ。
黒須響。
響は黒須家の長男として産まれた。
黒須家は日本橋で代々着物を扱う呉服店を経営している家柄だった。母親が嫁ぎ、なかなか子宝に恵まれず、やっと出来た子が男の子だと知り、父親はたいそう喜んだらしい。無事に出産すると、跡取りとして大切に扱われていた翌年、再び黒須家に朗報が入る。もう妊娠は不可能だと思われていた母親が、二人目を身ごもり、それがまた男の子だと。それでも両親は、二人の息子を分け隔てなく平等に愛情を注ぎ育てていた。
‥そう響が15歳‥中学3年までは。
自分を忌み嫌う両親の目、そして響は学校に行けなくなり、母親の実家に預けられた。祖父はとうに亡くなっており、祖母と二人の生活は、響にとって実家より過ごしやすいもので、愛情を与えてくれる祖母と、両親とのいがみ合いが異常なまでに膨れ上がった理由を知ったのは、それから1年後の事だった。
その日、響が朝起きると、布団の中で祖母は帰らぬ人となっていた。
心筋梗塞だった。
もともと具合が悪いと言ってはいたが、まさかここまで悪いとは知らなかった。祖母は自分の死後、響が愛情を受けれるように、何度も両親と話し合いをしてくれていた事を知った。
祖母の葬式の時、両親の口から出た言葉は、響は一生忘れないと思う。
『あなた、まさか家に帰って来ないわよね?』
もう、涙は零れなかった。
自分の存在意義が、完全になくなったのだ。
「着きました」
嫌な記憶を思い出していると、いつの間にか霊園に着いたようで、飯田が声を掛けてきた。
途中で買った切り花を持ち車を降りると、慣れた手付きで手桶に水を汲む。新庄が手桶を持ってくれたので、霊園の中を3人で歩く。迷いなく進み『神代家』と書かれた墓碑の前に着く。
夏の暑さも過ぎ、涼しくなってきたが、墓の周りには少し雑草が生えていた。響は腕まくりをし、雑草を取る。
そして、持って来た花を供え、汲んできた水を墓の上から柄杓でタラリと垂らすと、そこに祖母がいるかのように話し出す。
「おばあちゃん。あまり来れなくてごめんね。そっちはどう?俺は‥‥元気だよ。相変わらずだけど‥」
飯田が隣で線香に火を点けると、響に渡す。
ありがとうと受け取り、それを供え跪くと、響は両手を合わせ瞳を閉じた。
何を伝えているのか、ずっと長い時間、響は手を合わせていた。
新宿の繁華街の中にあるBAR Lumeの開店前の店舗に、獅道は来ていた。
店のソファにゆったりと腰かけ、煙草を口に銜えている獅道の前には、Lumeの店長 吉田が厳つい顔をして座っていた。
「それで?要件は?」
相変わらずの低音の通る声で、BAR全体の空気がビリッと凍る。
「実は、1週間程前から不審な男がちょくちょくやってきて、うちの女の子を、しつこく引き抜こうとしてくるんです。調べたら、どうやらこの付近で新しく店を始めるとか‥‥女の子が言うには、その男が電話していた相手が、石塚らしいです」
その名に、BARの男達がざわついた。
「うるせぇぞ!」
獅道の声に、再び静寂が戻る。
「分かった。‥うちの子は、無事なのか?」
「ええ、もちろん。ここは待遇が良いですから。誰もよそには靡きませんよ」
吉田が自信満々にニヤリと笑う。
「そうか、ご苦労だった」
獅道は煙草を消し立ち上がると、吉田の肩をポンと叩いた。
BARの外に出ると、黒塗りのベンツが横付けされており、男がドアを開くと、獅道が乗り込み、反対側のドアからは工藤が素早く乗り込むと、車は音もなく走り出した。
「工藤、石塚の件は、どうなってる」
「‥はい、先程のLumeの店長が言っていた通り、うちの店舗を脅かそうと必死になっているようです。まぁ、次から次へと仕掛けてきますが、そのたびに叩きのめしているので、そろそろ金も人も尽きる頃かと‥」
「そうか、監視を怠るなよ。窮鼠猫を噛むってな‥最後に捨て身の一手があるかもしれん」
そう言いながらも獅道の口角は上がり、どこか嬉しそうに煙草をくゆらせていた。
「‥‥獅道さん、本当に今日‥‥あの計画を?なにも、こんな時にやらなくても‥」
いつも冷静で顔の表情を全く変えない工藤が、眉を潜めながら獅道の方を向いた。
「‥こんな時だからこそだ、迷うな」
その獅道の一言は重く、これ以上は言い返すことが出来なかった。
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