飛んで火に入る火取蟲

白樫 猫

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花を貪る胡蝶は蜘蛛の網にかかる

1話

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繁華街の外れにある4階建ての雑居ビル。
テナント募集と書いてある大きな張り紙があり、ずいぶん古びた張り紙である事を考えると、このご時世、あまり景気がよろしくなさそうだ。もっとも築30年以上は経っているであろう、お世辞でも綺麗と言われそうにないビルはら、致し方ないのではないだろうか。
よく見てみると、1階にはチェーン展開しているカフェが入って‥おっと‥これは隣のビルだった、失敬‥その古びたビルの1階は、住まい探しのプロとかなんとか看板が出ており、入り口には何年も貼り替えていなさそうな物件のチラシが、所狭しと貼られている。2階は融資専門の怪しい‥いや怪しそうだが真っ当な金融関係の店舗。3階は先程のテナント募集と大きな張り紙がある。いよいよ4階の案内だが、道路に面したガラス窓には、目立ちたくないのか小さな看板がある。
『神代探偵事務所』
さて、前置きが長いようだが、その事務所に、またお客様がいらしたようだ。


その雑居ビルに入り、どこかへタイムスリップしたような、懐かしい昭和の匂いさえ感じられる薄暗い階段を上がる。
真昼間だというのに、なぜ薄暗いかというと、そのビルの両側には更に高いビルが聳えており、こんな天気が良い日でも、なかなか日が差すことがない。
さらに言えば、このビルには、エレベーターがない。
そのため、4階を目指している宮澤玲華みやざわれいかは、バックから白いハンカチを取り出し、額に浮き出る汗を拭いながら階段を上っていた。
季節は春、少し運動もすれば汗も出るというものだ。
玲華はサーモンピンクのマキシワンピースを着て、カーディガンを羽織っていた。
ヒールの低いパンプスを履いていたが、こんな事ならパンツを履いてくれば良かった‥などと考えていた。
4階までようやく辿り着いた玲華は、まるで団地にあるような鉄のドアの前で呼吸を整える。
ドアには、これもまた遠慮がちなサイズの表札が出ており、そこにも『神代探偵事務所』と記載されていた。
ドアの脇にある古びたブザーを鳴らすと、部屋の奥の方でブーブーと鳴る音が聞こえた。
暫く待つと、中からドタドタと足音が聞こえ、いきなり鉄のドアがバンッと開き、玲華は思わずヒャッ!と声を出し後退る。

「あっ、すみません‥」

そう口にしたのは、30代くらいに見える大柄なガッシリとした体格の、いかにも日本男児と言わんばかりの男だった。
暑いのかワイシャツの袖をまくり上げ、なぜか右手に箸、左手に山盛りの白米を盛ったご飯茶碗を持っていた。

「あっ‥どなた?」

あんぐりと口を開いている玲華に、再び男が声を掛けた。

「‥えっと、神代探偵事務所ですよね?」

表札を確認したが、よもやこんな男性が出てくるとは思わず、再度、確認をしてしまう玲華に、男はニコリと微笑むと、サッと自分の背後に茶碗を箸を隠す。

「はい、そうです」
「‥今日14時に、相談の予約を入れていた、宮澤玲華と申します‥」

今更、背に隠しても‥と思わず笑ってしまった玲華に、男はそうでしたか‥と、照れた様子で中へと案内してくれた。
ペコリとお辞儀をしながら中に入ると、入り口から左側に入った10畳程あるスペースにアンティーク調のソファとテーブルが置かれ、その場所に掛けるように促された。
案内されるがままに落ち着いたダークブラウンのソファに腰掛けると、思いのほか座り心地が良い事に驚いた。
少し早かったのだろうか‥予約していた時間は14時だが、玲華がチラリと腕時計を見ると、今は13時45分だった。

「あっ、私は、留守番をしている者でして‥本人はすぐに来ますから‥お待ちください‥ははっ‥」
「‥はい、ありがとうございます」

玲華が丁寧にお辞儀をすると、お客の案内に慣れていないのか、再びドタドタと衝立の向こうに引っ込んでいった。
玲華は手持ち無沙汰もあり、失礼だとは思いつつ周りをキョロキョロと見渡すと、ソファの横にあるいくつものサイドテーブルには、アンティーク風のランプやビンテージものであろう雑貨などが雑然と飾ってある。
主の趣味だろうか。
なかなか可愛らしく、思わず見入ってしまう。
男が入っていった衝立もアジアン風の彫刻が施されたもので、この応接室がアンティークで統一されセンスのよさが感じられる。
玲華はハンカチを握りしめると、今度は緊張のせいか額に出る汗を再び拭い、小さく息を吐いた。

バタンッと大きな音がしたと思ったら、先程、玲華が入ってきた入り口が再び音を立て開き、外から男性二人が勢いよく入ってきた。

「まったく!なんだって俺が、こんな事‥」

そう言って入ってきた男性は首からタオルを掛け、頭にはカチューシャを付け前髪を上げており、顔立ちのハッキリとした小柄な男性。

「まぁまぁ、これ絶対、旨いよ‥」

後ろか続いて入ってきたもう一人の男性は、両手に大きな皿を持ち、二人が入ってきた瞬間に、部屋中に美味しそうな焼き魚の匂いが充満した。
ソファに座っている玲華の姿に気が付かないのか、衝立の向こうへ入って行ってしまい、玲華は完全に挨拶をするタイミングを見逃してしまい、浮いた腰を再びソファに沈めた。
衝立の奥ではガヤガヤと会話がなされ、同じフロアなのですべてが筒抜けだ。

「おまちど~う。焼くのに時間掛かっちゃったけど、やっぱり干物は炭火だな~」

嬉しそうな声がすると、今度は不機嫌そうな声。

「別に、火が通ればなんでもいいのに、ってか、なんで大石さんは、もう飯盛ってんの?」
「クスクスッ‥気が早すぎ」
「オイッ‥だから、お客さんが来てるって」
「えっ?玲華?」
「あっ~そんな名前‥」
「おい、15時じゃなかったのかよ」
「あれ?どうだっけ?」
 
そう声が聞こえた時、衝立の向こうからひょっこりと顔が出てきた。

「あっ!やっぱ玲華!」

両手を広げ満面の笑みで歓迎してくれる男性に、玲華は苦笑いを浮かべ立ち上がった。

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