飛んで火に入る火取蟲

白樫 猫

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花を貪る胡蝶は蜘蛛の網にかかる

3話

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「なんだよ!あの態度は!」

イライラとした声が、神代探偵事務所に響き渡る。
その声の主は、先程、不安そうな玲華をようやく見送った葉月で、神代は耳に指を突っ込みながら、煩いなーと睨みつけている。
その隣には、まぁまぁと宥めながらも、持っている箸で白飯を口に運ぶのは止まらない大石が居た。

「だいたい、お前が15時って言ったんだろ!なんで14時なんだよ。せっかく俺が焼いた魚が‥」
「お前は火を起しただけだろ!焼いたのは俺だ!」
「‥だい‥じょうぶ‥冷めて‥も‥うまい‥」

モグモグと焼いたホッケと白飯を口いっぱいに頬張りながら、大石が太鼓判を押す。
放っておくと、すべて平らげそうになり、慌てて神代も葉月も箸を進める。

そもそも、この干物‥ホッケや鮭‥それに鯵や甘鯛などを持って来たのは大石で、大石の両親は早々に仕事を引退し、千葉に移住したらしく、35歳のいい大人なのに、いつまでも独身である大石を心配して、定期的に野菜や魚を送ってくるのだ。
いくつになっても可愛い息子には変わらないのだろう。
それを毎回、ここの事務所に持ち込み、一緒に食べるのが慣例になっているのだ。

「やっぱり、炭火で焼くのが美味しさの秘訣だな‥」

腹いっぱいになったのか、お茶を啜りながら葉月が満足そうな顔をする。
そう、この干物は、このビルの屋上で、わざわざ七輪を出し焼いたものだった。
勿論、火起こしは神代の仕事だ。
先程までブーブー文句を垂れていた神代も、美味しかったのか文句を言うのを忘れている。

「‥葉月、お前‥あのお嬢さんの事に付いて知ってることを教えろ‥」
「‥ああ、まぁ、仲が良いと言っても、会えばおしゃべりするくらいで、お家事情までは分からない。玲華と颯馬は大学1年の頃から付き合ってて、玲華の父親は、千代田総合病院の院長、まぁ言わずと知れたお嬢様。医者の兄が二人いるから、玲華は自分の好きな道に進めたってわけ。今は、経営コンサルタントの会社で働いているみたいだね。颯馬は、さっきも言った通り、東条建設に入社してるし‥お父さんが亡くなったのなら、どうするのか‥颯馬が社長になるのだろうか‥?でも、まだ25歳だし‥。あとの兄弟の事は分からないな‥そこまで深く話した事は無いから‥。今回、連絡があったのも、2年振りくらいだし‥」
「そうか‥じゃあ、後は現場を見てからだな‥」

ふう~と息を吐き、神代は背もたれに身を委ねた。




そこは豪邸を言うのにふさわしい屋敷だった。
高い塀に囲まれた敷地は、外からは窺い知る事は出来ないが、塀が長く続いている事から、かなりの広さがある事は分かる。
そして塀と同じ素材で、隠れるように門扉があり、モダンな仕上げになっているのは、流石と言わざるを得ない。
門扉の隣にあるインターホンを鳴らすと、お待ち下さいと女性の声が聞こえてきた。

「いやーここまでの豪邸とは‥凄いですね~」

神代は後ろから聞こえてくる声に、チッと舌打ちをした。

「大石さん?あなたが何故ここに居るのですか?」

インターホンを鳴らした瞬間に、どこから湧いてきたのか、いつの間にか神代と葉月の後ろに大石が我が物顔で立っていた。
一瞬、驚いたが、それもいつもの事で、葉月はニヤケル顔を隠しながら、クスクスと笑う。

「そりゃ、火災現場に行くとなれば、付いてくでしょ~俺とお前の仲だろ?」

意味不明な言葉を発する大石に、眼鏡の奥から冷ややかな視線を送る。

「どうでもいいですけど、口を開かないで下さいね」

神代は、だいたい大石に冷たい。
神代よりも、7歳も年上なのに、ヘラヘラしてくっついてくる大石も、大概おかしいのだが。
そんな無駄なやり取りをしていると、内側からエプロン姿の年配の女性が門扉を開いてくれた。

「神代様ですね‥どうぞ、お入りください‥」

3人は女性の後ろに付いて歩き出す。
門扉を抜けると、わりとすぐに玄関の扉があり、現代風の建物はお洒落な風貌で、真っ白な両開きの扉を開くと、中は広い空間があり、目の前にはガラス張りの中庭が見え、開放感が素晴らしい。
大石は、あまりの場違いな雰囲気に、ゴクリと喉を鳴らした。
大理石であろう床に出されたスリッパを履き、玄関ホールを抜けると、目の前には20畳程の部屋に一般家庭ではなかなかお目見えしない程の大きさのソファが、半円を描く様に置かれており、正面には大きな窓があった。
ソファに座ると、綺麗に手入れされた庭が見える様になっている。
促されるがままソファに腰掛けると、神代は疲れた顔をして柔らかいソファに身体を預けた。
葉月と大石がその隣に掛け、正面に見える庭を眺める。
季節の花や庭木が丁寧に刈られ、今の季節が一番美しく見えるのだろう、新緑の中に、そよそよと靡く白いハナミズキや色鮮やかなツツジ‥奥には桜も見える。
すぐ脇に少し見えているのは、あれはプールだろうか‥。

「‥すみません、ご足労頂いて‥」

背後から声がして3人が立ち上がり振り返ると、東条颯馬と玲華が並んで入ってきた。
東条颯馬は長身でスラリとした体型で、薄いブルーのシャツにデニムを履き、人懐っこそうな笑顔をしていた。
玲華は水色の花柄のワンピースを着ており、並んで歩く姿は、お似合いのカップルだった。

「初めまして、東条颯馬です。先日は、急な仕事でお伺い出来ず、申し訳ありませんでした。それに玲華の話を聞いて頂いて、ありがとうございました」

そう言いながら、颯馬は名刺を出してきたので、神代も自分の名刺を差し出した。

「神代探偵事務所の神代朱雀です」
「葉月先輩も、ありがとうございます」

颯馬が葉月の方も見て、はにかんだ笑顔で声を掛け、神代は仕方がなく大石の紹介もすると、3人は座る様に促された。

「今日は、お時間を頂いて、ありがとうございます。あの事件の経緯については玲華から聞いていると思いますが、私は、どうしても‥納得が出来ないもので‥」

笑顔ではあるが、苦渋の決断をしているような顔で、颯馬が口を開き、その様子を見て、神代は、颯馬が本心を語っているように見えた。

「宮澤さんから経緯は伺いました。颯馬さん‥もし、あなたが‥自身の納得の為に、この調査をされるのであれば、私はお断りします」

神代の言葉に、颯馬の顔が強張っていく。

「‥調べてみないと分かりませんが、人は誰しも触れて欲しくないモノを持っています。たとえ、それが亡くなられた方だとしても‥それを暴く、と言う事は、どういう事か分かりますか?‥本当に悲劇的な事故であれば、あなたは納得するのでしょうか?あなたに確認しておきたい事は、あなたは誰かの知られたくない部分を暴き、それで自分を納得させたいと思っているのか‥です」

まるで、こんな事を止めろと言わんばかりの神代に、颯馬は口を噤み何かを考えている様だった。
どれくらい時間が経ったのか、長く感じたが1~2分だっただろうか、颯馬が重い口を開いた。

「父は‥亡くなる少し前から、様子がおかしかった。仕事も手に付かない程‥何かに悩み、私が問い詰めても、それを口にすることはありませんでした。だから、おそらく神代さんが言うように、私にも家族にも知られたくない事があったんだと思います。‥‥だけど、残された私達は‥どうすればいいのでしょう。伝えて貰えなかった悲しみ‥相談してもらえなかった苦しみ‥それを‥この先、ずっと‥私達家族は、持ち続けなければならないのでしょうか‥神代さん、私は‥自身の自己満足で、父が最後まで隠し続けたモノを明るみに晒してしまうかもしれません‥ですが、私は知りたい。何故、父が死を‥‥選ばなくてはならなかったのか‥‥」

颯馬の悲痛な叫びは、父への愛があるからこそ、おそらく事故だと言われても、どこかで父は自ら命を絶ったのだと、そう思っているのだろう。
信じられない程、落ち込んでいたという豊成。
その死は、この家族にとって、どのような形で受け入れていくのか‥それを見届ける事が、出来るのだろうか。

「分かりました。ですが、何度も言うように、警察が事故だと判断されている事に、今更、異論は問えませんので、私が調査しても、同じ結果になるかもしれません。それでも構いませんか?」
「‥はい」
「もし、ご家族にとって不都合な事が分かったとして、あなたはどうされますか?」

ありえない話ではない‥必ずしも円満解決には、ならないかもしれない。
再び誰かが傷付くかもしれない。
その時、この目の前の優しい男は、どうするのだろうか‥悔やみ泣き続け、やはり知らなければ良かったと嘆くのだろうか‥そうすれば、自分の気持ちも飲み込まれて‥‥。

「私は、どんな不都合な結果でも、すべて受け止め‥前に進みます。父の代わりに、一家の長になったのですから。私は‥必ず、大切な家族を守ります」

決意した目だった。
神代は目元を緩めるとコクリと頷いた。

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