不治の病で部屋から出たことがない僕は、回復術師を極めて自由に生きる

土偶の友

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5章

99話 ディッシュ・スケルトン

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***サシャ視点***

 何が……起きた?

 さっきまで治療されていたオーじゃなかった。
 スケルトン侯爵様。
 彼が起き上がり、シオン様の作った氷から出てくると室内が急激に重たくなった。

 彼は部屋でぐったりと倒れている者を少し見た後、ゆっくりと口を開く。

「ヴェリス」
「は!」

 ヴェリス様は衛兵を引き連れて部屋に戻って来ていた。
 衛兵達は襲撃者達を拘束している最中だ。

「将軍を呼べ」
「畏まりました! しかし、将軍は今は就寝中しゅうしんちゅうです。来るのに時間を頂きますがよろしいですか?」
「5分で来いと伝えよ」
「5分ですか!?」
「出来んと言うのか?」
「っ!!!???」

 私は思わず警戒してしまう。
 それほどに重苦しい、それでいて心の奥を突き壊して来ようとする何かが彼の言葉にはあった。

「は、ははぁ! 畏まりました! 3分で連れて来てみせます!」

 しかし、ヴェリスはスケルトン侯爵様の言葉に喜ぶようにして走り去ってしまった。

 そして、スケルトン侯爵様はチラリと私を見て首を傾げる。

「して、そこのメイドよ。なぜ俺に剣を向けるのか」
「!?」

 私は護衛の為に持っていた武器を、無意識の内に彼に向けていたことに気付く。
 慌てて頭を下げる。
 私のミスはエミリオ様、ひいてはバルトラン子爵家の責任として問われるかもしれない。
 そんな事は絶対に避けなければ。

「申し訳ございません! これは敵意があるのではなく……」
「よい」
「え……」
「よいと言った。お前は先ほどの時も俺達を守る為に戦ってくれていたのだろう? その事は知っている。戦闘の為に高ぶっていたのだろうしな、不問としよう」
「あ、ありがとうございます……」

 彼の言葉に思わずひざをつきそうになった。
 国王と言われても不思議には思えないほどの圧力を誇っている。

 そんな彼に声をかける人が現れた。

「ディッシュ殿。治療が終わったばかりです。そんなすぐに動かれては」
「おお、ジェラルドきょう。こちらとしてもやらねばならんことがあってな。それに俺の体は俺が一番わかる。問題ない」
「ですが……」
「頼む。この街の為……いや、俺の為なのだ」
「……無茶はしないでください。えみ……いえ、【奇跡】が起きたのですから」
「ああ……体が軽い。こんな軽いのは何年ぶりだろうな。まぁ……脂肪しぼうがつきすぎている事は変わらないが、それでも、今までとは全く違う」
「それは良かった」
「ああ、感謝する。ジェラルド卿にも……そこで眠っている少年にも」
「……」
「どちらが治療してくれたのかは知らない。だが、この借りはきちんと返させてもらおう」

 そう言った所に、ドタドタと走ってくる音が聞こえる。
 人数にして2人。

「戻って参りました!」
「と、到着しました」

 1人は必死な表情のヴェリスと、もう一人は寝巻のままの恐らく将軍だ。
 将軍は40代くらいの男だが、薄い服の上からハッキリと分かるほどに鍛え上げられた肉体を持っている。
 ただ、今は何が起きているのか分からないのか、欠伸あくびをかみ殺していた。

「将軍」
「はい」
至急しきゅう、兵を用意せよ」
「兵……でございますか?」
「どれほど用意できる?」
「この時間ですし……1時間で100と言った所でしょうか」
「30分で300用意せよ」
「し、しかしそれ」
「用意しろ。俺がそう言ったのは聞き取れなかったか?」
「……」

 将軍はスケルトン侯爵様の圧力に押されている。
 何も言えないでいると、侯爵様がゆっくりと歩いて部屋の外に出た。
 将軍は彼の後を追う。

「出来ぬとは言わせぬ。やれ」
「すぐにご用意いたします!」

 将軍の変わり身は早く、先ほどまでのドタドタとした走りから一点、シュタタタと軽快けいかいな走りでどこかに向かった。
 将軍なのに俊敏性しゅんびんせいはとても高いらしい。

「あれは……一体……」
「あれが本来のディッシュ・スケルトン侯爵様です」
「ヴィクトリア様」

 私に教えてくれるのはヴィクトリア様だ。
 エミリオ様はジェラルド様が見てくれているようだ。
 ディッシュ様が動いたことによって、中に入るに入れないのかもしれない。

「貴方。不思議に思わなかった?」
「不思議に……ですか?」
「そう。彼の2つ名は【食の皇帝フードエンペラー】でも。食の……と限定されてはいるものの、皇帝、なんて2つ名。普通はつけるかしら?」
「それは……」

 国王がいるこの国で皇帝と2つ名をつけられる。
 確かに、それは王位を狙っていると思われてもおかしくないのかもしれない。

 私が答えられないでいると、ヴィクトリア様は更に続けてくれる。

「それは彼が皇帝と呼ばれるに相応しい程の力を持っているから。それほどの圧力を……カリスマを備えている。この領地が復興に100年かかると言われたのを10年で立て直し、ここまで成長させた彼の手腕。多くの貴族が言うわ。彼が王家に生まれていれば、国王は彼だった……と」
「そこまで……」
「ええ、でも彼は王位を狙うことは一切しなかった。先々代のこともあって国王も気にしていたけれど、何も言わないという事はそういうこと」
「そんなに凄い人だったのですか」
「最近は体調を崩していたからあまりいい話は聞かなかったけれどね」
「そうだったんですね……」

 オークとか思っていたことがばれたらどうなるんだろう。
 絶対に言えない。
 そんなことを考えていたのは誰にも話してはいけないと思う。

 ヴィクトリア様は更に続ける。

「それでも、2つ名に皇帝が入っているのは伊達ではないの。万全であれば彼に出来ない事はない。それほどの逸材いつざいよ。貴族社会でずっと中立を保ちながらあれだけの勢力を維持できるなんて、そうそうないこと。だからこちら側に引き込もうと思って私自ら来たのよ」
「今回来た理由はそれでしょうか?」
「当然よ。彼がこちら側に傾けば大きく状況は動くでしょうからね。これから大事にしないと……。そして、特に裏切ったりしたら……」
(ごくり)

 そんなオー……人を裏切ったらどうなるのだろう。
 私は、聞くに聞けなかった。

******

***セルド・エデッセ視点***

 料理ギルドのギルドマスターの執務室。
 そこには机の上に小さなロウソクが立てられているだけで、それ以外は暗闇が支配していた。

「あぁ~クソ! まだ戻って来ないのですか! あいつらは……一体幾ら金をかけてやったと思っているのでしょう!」

 私は執務室を意味もなくうろうろして、送り出した冒険者達の帰りを待つ。
 こんな事があろうかと大金をはたいて教育し、秘密裏に組織しておいたのに……。

「いつまで待たせる! あの方たっての依頼だし、ディッシュを治療出来る可能性のある者は全て排除しなければならんからというのでやったのに……」

 とうに戻ってくると言った時間は過ぎている。
 けれど、こんな状況で眠る事なんて出来ないし、かと言って仕事も手につかない。

 ディッシュが治療されてしまえば、今まで自分が吐いて来た嘘がバレるかもしれないし、私腹を肥やすために行なってきた数々の事が白日はくじつの元にさらされるかもしれない。
 そんな事は断じて避けなければ。

 そうするためにディッシュに死んでもらうように肉ばかり食べさせていたし、フルカであればその程度の説得は簡単だった。
 でも、もし……もしも彼が治療されれば……。
 決して見逃してはくれないだろう。

「頼む……早く来てくれ……」

 そんな風に祈っていると、外でガチャガチャと騒がしい音がする。

「なんだこんな時間に……。一体誰の許可をとって……」

 私は苛立いらだちを抑えながら、窓の外からチラリと外を見る。

「は……」

 そこには、この街の将軍に率いられた兵士たちが完全武装をして料理ギルドを取り囲んでいた。
 しかも、その中にはベッドで寝たきりになっているはずのディッシュがいる。

「は……ばか……な……そんな……はず……絶対に……ない……のに」

 私は現実を受け入れられず、思わず後ずさる。

「嘘だ……ありえない……もう体はボロボロのはず……。絶対……絶対におかしい……」
「セルド・エデッセ! 10秒以内に出て来い。そうしなければ踏み込ませてもらう」
「!」

 懐かしの私を呼ぶ声が聞こえる。
 何度も聞いて、何度も頭に刷り込まれた命令する声。

 私は慌てて窓を開けて、皇帝に向かって話す。

「ディッシュ様! こんな夜遅くにどうされました!」
「エデッセ子爵。貴様にはその名で呼ぶ資格はない。その意味は貴様がもっとも理解しているな?」
「………………」

 体が震える。
 彼が私を疑っている。
 いや、ここまでしているのだ、恐らく……私が何をしているのかを知っているに違いない。
 もう……終わりだ。

 私は急いで部屋の中に戻り、ロウソクを手に持つ。

 外では皇帝の「将軍!」と叫ぶ声が聞こえるがどうせ間に合うまい。

 私は近くにあった油を、すぐ側のあの方との取引のつながりが残る書類にかける。
 そして、部屋の中央でほんのりと光っているロウソクをそれに投げようとして……。

 ドスリ

「ぐあああああああああ!!!???」

 私の腕が何かに貫かれていた。

「おいおい、セルド・エデッセ子爵。ロウソクを落としたら危ないでしょう?」
「な、なぜ……しょ……将軍が……」
「久しぶりの皇帝陛下の凱旋がいせんだ。俺以外の誰にこんないい役目を任せられるかよ。一番槍はほまれだぜ?」

 将軍はそう軽口を叩きながら、レイピアを私の腕から引き抜く。

「ぐぅ!」

 しかし、それでもロウソクが下の油に点けば……。

「おっと、ロウソクの火は消させてもらったぞ。引火もしないようにロウソク自体ここにね」

 そう言っている彼の手を見ると、私が投げたロウソクがあった。

「く……」
「それが消したい証拠しょうこか? そんな事はさせないぜ。全く、昔はスケルトン様とオークを一緒に狩っていたのにな。信頼していたのに……お前に任せたばかりにこれだ。まぁ……別にいいか。ちゃんと……何があったのか、何をやっていたのか。しっかりと話してもらうぞ」
「ぐぅ……ぅ……」

 私はそれ以上どうすることも出来ず、捕縛されてしまった。
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