不治の病で部屋から出たことがない僕は、回復術師を極めて自由に生きる

土偶の友

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6章

111話 クレア

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「私に! マーキュリーを! 頂戴!」
「おい!?」

 顔半分が真っ黒になっている女性は師匠に襲い掛かる。

 師匠もそんなことが起きるとは思っていなかったのか、驚いてすぐに魔法は唱えられない。

 しかし、それを救ってくれる人がいた。

「死になさい!」
「サシャ!?」

 サシャが颯爽さっそうと僕の側を通り抜け、女性の腹に蹴りをいれる。

「あぁ!!??」

 女性は吹き飛び、地面を数回転がって動きを止めた。

「サシャ!? 何もそこまでしなくても!」
「ダメです! エミリオ様! 警戒して下さい!」
「おい! 大丈夫か!?」

 サシャが警戒して僕の側に控えてくれている間に、師匠が吹き飛ばされた女性の元に駆け寄る。
 そして、警戒しながら襲ってこないのを確認した。

「起き上がれるか?」
「うぅ……マー……キュリー……私の……綺麗な……」
「襲ってはこないか……」

 師匠は彼女を助け起こすと、『体力増強ライフブースト』をかけた。

「其の体は頑強なり、其の心は奮い立つ。幾億の者よ立ち上がれ『体力増強ライフブースト』」
「あ……」
「おい、こいつを連れていく。それは間違いないんだな?」

 師匠はきつく兵士に問う。

 兵士も師匠の雰囲気におののいているのか、少し引き気味だ。

「は、はい。それがドルトムント伯爵の指示ですので……」
「そうか。なら丁寧に連れていけ。分かったか?」
「は、はい……かしこまりました」
「それと、マーキュリーとはなんだ?」
「我々も詳しいことは知りません。なので、病院に行って聞かれるのがよろしいかと……」
「なるほど。分かった。邪魔をしたな」
「いえ、失礼します!」

 兵士たちはそう言って逃げるように僕達から離れていく。

 師匠はそれから僕達の元に戻ってきて、口を開いた。

「よし、まずは宿を探すぞ」
「え? 病院にいくんじゃないんですか?」
「まずは宿。病院に行ったら……そのまま泊まってしまいそうだ」
「なるほど……」

 師匠なら確かにそうなってもおかしくはない。

 僕達は馬車に乗り込み、御者の人に任せて宿を探す。
 でも……

「申し訳ございません。本日は満員でして……」
「申し訳ありません。空いている部屋が1部屋もなく……」
「大変申し訳ないです。ここ1か月先まで埋まっていまして……」

 宿屋を回り続けたけれど、どの宿も一杯だった。

「これは……どうしましょうか」

 宿が決まらなければ病院に行くこともできない。

 師匠は、少し考えて提案をする。

「平民の宿ではどうだ? エミリオ。お前は気にしないだろう?」
「はい。僕は気にしませ……」
「それはいけません!」
「サシャ?」
「エミリオ様の安全は重要です。なので、せめて貴族が泊まる以上の治安の良さ。それと、質を保証してもらわなければならないのです」
「しかしだな」
「先ほどの人を忘れたのですか? 突然襲って来るのかもしれないですよ?」
「むぅ……」

 宿をどこにするか……ということを巡って、サシャが譲らないと主張する。

 師匠はいつもと変わらない感じではあるんだけれど、サシャがどこか鬼気迫ききせまった雰囲気だった。

 なので、僕は前回のことを踏まえて提案してみる。

「あの……ちょっといい?」
「どうした?」
「なんでしょうか?」
「その……師匠に依頼してくれた人はここの領主様なんだよね? それなら、その領主様のところに行くのはダメなのかな? 今回は……流石に前回みたいなことになってない……よね?」
「それは……」
「そうかも……しれないです……」

 2人はそう言って、しばらく考えてから頷いてくれた。

「それでいくか」
「そう……ですね。それがいいかと思います」
「良かった。それじゃあそうしよう!」

 2人とも納得してくれて良かった。

 サシャは嬉しそうに笑う。

「私の考えをんでくださってありがとうございます」
「ううん。サシャが僕達のことを大事に思ってくれているのは知っているから、いつもありがとう」
「エミリオ様……」

 サシャがあれだけ言うのは、きっと……レストラリアの屋敷であんなことがあったからだろう。
 だから、彼女は最大限警戒を続けてくれたし、今も考えてくれている。

「よし、決まったのならそれで行くぞ。早くマーキュリーというモノについて聞かねば」
「師匠……」

 師匠はいいから病院に行きたいという事らしい。

 そんなことがありつつも、僕達は領主の館に行く。
 領主の館はかなり大きい。
 しかし、ディッシュさんのところよりかは少し小さめな赤レンガで建てられた館だった。

 領主の門番はすぐに門を開いてくれて、僕達は屋敷の中に入る。
 そして、灰色の髪をした痩身そうしんの執事服を着た男性が出迎えてくれた。
 年齢は30代中盤だろうか? かなりキリリとした細目は理知的な感じをただよわせている。

「ようこそいらっしゃいました。【奇跡】様。我が主がお待ちです」
「後ろの2人も連れていく。問題ないな?」
「勿論でございます」

 そう話す彼の後ろについて、僕達は屋敷の中を歩く。

 屋敷の中には様々な装飾品がこれでもかと置かれていた。
 ネックレスに指輪、ティアラやドレスがそのまま飾られていることすらあったのだ。

 その一方で、壺や絵画などは少なめだった。
 何か理由があるのだろうか?

 僕がそんなことを考えながら進んでいると、師匠が痩身の執事に聞いた。

「マーキュリーとはなんだ?」
「っ!」

 執事は突然足を止め、じっとうかがうように師匠を見つめ返す。

「それを……どこで?」
「たった今馬車で通っていたらマーキュリーと呼んでいた女がいてな。兵士に連れていかれたが……何か病なのか? それとも毒か?」
「わたくしの口から聞くよりも、伯爵様の口から聞いた方がより正確でしょう。すぐに到着しますので、少々お待ちください」

 執事の人はそう言って再び歩き出した。

 それから数分もしない間に奥まった部屋に到着する。

 コンコン。

「伯爵様。【奇跡】様をお連れしました」
「……」

 執事さんが部屋をノックするけれど、返事がない。

 もしかしてどこかに出掛けているのだろうか?
 僕がそんなことを思っていると、執事さんがぼそりという。

「たく……あの小娘は……」
「え?」
「失礼します」
「ええ!?」

 執事さんはそう言って返事がないのに扉を開け、中に入っていく。

 僕達も驚きつつも中を覗き込むと、部屋の中では何か熱心に研究をしている女性がいた。

 その女性は金髪を頭の上でまとめ、白衣をまとっている。
 後ろ姿からはそれくらいしか分からない。

 執事さんがそんな女性の肩を叩く。

「伯爵様。【奇跡】の方々が来られましたよ」
「……え? 何でしょう?」

 伯爵と呼ばれた女性は振り向き、執事を見返す。

 執事は執事でもう一度説明をしてくれた。

「【奇跡】の方々が来られました。対応をお願いします」
「え? そんな。対応はディオンでも出来るでしょう? 私は忙しいのです。任せました」
「え?」

 女性はディオンと呼んだ執事にそう告げると、再び目の前の研究に戻っていく。

 そんな姿にディオンさんも思うところがあったのだろう。
 女性の顔の前の手を差し出して彼女の視線を遮った。

「ディオン? 一体なんのつもりですか?」
「なんのつもりではありません。すでにそこにいらっしゃるのですよ?」
「誰がですか?」
「【奇跡】様です」
「……」

 その女性はディオンさんの横から顔を出して、そっとこちらを覗き込んできた。
 しばらくじっと見つめた後……。

「嘘!? なんでこんな所まで!? え? 確かに呼びましたけど! 何も研究室に呼ばなくてもいいじゃないですか!?」

 女性は綺麗な緑色の瞳をしていて、それを大きく見開いてから慌てている。
 そして、この場で服を脱ぎ始めた。

「急いで着替えなくては! ディオン! 着替えを!」
「お待ちください! それは他の部屋でしてください!」
「別に見られても減るものではありませんよ。いいから着替えを……」
「色んなモノが減る可能性があるのでいいから他の部屋で着替えて下さい!」
「しかし【奇跡】様に失礼ではありませんか!?」
「ここで着替える方が失礼に当たりますよ!?」

 そんなドタバタしているのを見て、流石の師匠も空気を読んでか扉を閉める。

「【翡翠の真珠エメラルドパール】……。どんな人なのかと思っていたが……こんな人だったとはな……」
「え? 2つ名持ちの方なんですか?」
「そうだぞ? 言わなかったか?」
「聞いていないと思いますけど……」

 それからしばらくして、僕達は別室に案内される。
 そこでは、萌葱色もえぎいろのドレスをまとった先ほどの女性がいて、彼女の後ろには少し疲れた顔のディオンさんがいた。

「どうぞ。お座りください」

 先ほどの慌てた感じではなく、凛とした声で女性は僕達に目の前のソファをうながす。

 僕達も豪華な部屋に入り、彼女の指示通りに従った。

「先ほどはお見苦しい姿をお見せしました」

 そう話す彼女は、先ほどとは全く違って別人の様に見えた。

 見た目はまだ20台中盤だろうか?
 慌てていたので詳しくは分からなかったけれど、綺麗な人だった。
 ただ、なぜか扇子で口元をずっと隠しているけれど……。

 扇子?

 そう思って、僕は過去の記憶を掘り起こす。
 すると、この人を一度だけ……見たような気がした。

「あ……」

 確かコンラートに連れて来られた人だった気がする。
 僕の声に、女性はこちらを向く。

「私の顔に何かついていますか?」
「い、いえ。なんでもありません」
「そうですか。では改めて、私はクレア。クレア・ドルトムント伯爵。一応、【翡翠の真珠エメラルドパール】と呼ばれています。以後お見知りおきを」
「こちらこそ、おれはジェラルド・グランマール。【奇跡】……なんて大層な力はないが、一応そう呼ばれている」
「はい。この度は依頼に応じてくださり誠にありがとうございます」
「それはいい。いいからマーキュリーについて話せ。先ほどの研究もそれに関することだったりするのか?」

 師匠は治療のことになると遠慮なく突き進む。
 でも、僕としても聞きたいことだ。

 クレアさんは少し悩んだ後に、口を開く。

「ええ、お話しましょう。私が今研究していることもマーキュリーについて。そして、特級回復術師、ジェラルド・グランマール伯爵。貴方に解決して頂きたいことも、このマーキュリーについてなのです」

 そう話すクレアさんの表情はとても……暗いものだった。
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