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31話 パステル

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 その店の中は賑わっていた。
 月に数度訪れるヴァルターの屋敷に勤めている騎士達の宴。
 屋敷の警備はこの時ばかりは他の信頼できる騎士に任せ、彼らは飲めや食えやの宴を催していた。

 その中には当然パステルも楽し気に酒を煽りまくっている。
 今回も店は貸し切り、多少うるさくしたとしても怒られる事はない。
 彼もこの時ばかりは人目をはばからなかった。

 そんな宴はこれでもかと続く。
 中には、昔話に花を咲かせている騎士達がいた。

「それでさー! その昔からの腐れ縁の奴がふざけた奴でよー!」
「まじかよ! そりゃねぇぜ!」
「だろー! 信じらんないんだよな!」
「ホントホント! パステル様もそう思いますよね!」
「え? ああ、うん。そうかもしれないな」

 いつもなら上手く切り返す彼が、この時ばかりはたじろいでいた。

「あれ……?」
「パステル様?」

 そんなパステルの様子を見た2人が、直ぐ近くにいた騎士に頭を思い切り叩かれた。

「てめぇら。パステル様に昔の友人の話題は禁止だ」
「え? 禁止? 昔の腐れ縁の奴ですよ?」
「どう……してかは聞かないです。はい」

 2人の騎士は険しくなった先輩騎士の顔に慌ててどこかに去って行ってしまう。

「たく……すいません。パステル様。あいつらも悪気がある訳じゃないんですよ」
「……いいよ。知らなかったのなら仕方ないし、それに……俺もそろそろ乗り越えないといけないとは思うんだ」

 パステルはそう言って酒を少し飲みながらどこかに思いを馳せていた。

 そこにとある人物が現れる。
 彼は騎士ではないが、他の騎士に止められる事も無くパステルに近付いた。

「お待たせもう大分飲んじゃってる?」
「遅いぞサラミス。待たせるなよな」
「申し訳ない。仕事が押していて」
「ま、そう言うこともあるからな。仕事は片付いたのか?」
「ええ、仕事道具を取りに行ったりするのに時間がかかりましたけど、それだけで後は問題なかったです」
「そうか、なら飲むか」
「はい。お供しますよ」
「よし!」

 それから彼らは共に酒をこれでもかと飲むことになった。

 酒をこれでもかと飲み始めて更に3時間。
 騎士たちの飲み会は終わり、屋敷に帰る所だ。
 パステルは完全に出来上がっていて、サラミスに肩を貸される形で何とか立って歩いている状態だった。

「うぅ~ちょっと飲み過ぎたか……」
「あれだけ飲めばそうなりますよ」
「しかしなぁ……お前を見ていると……」
「おれを見ていると……何ですか?」
「いや……昔な……。お前の様な親友がいたんだ」
「……」
「そいつは……とある事情で俺の前からいなくなってしまったけれど、お前はそいつにどこか雰囲気が似ていてな……。というか、本当に同一人物じゃないんだよな?」
「……違いますよ。オレは……貴方と会うような家柄の者ではないですから」
「そうはいうがな……うっぷ」
「ちょっとここでは!」

 サラミスは慌ててパステルを連れて少し路地に入った場所に行く。
 幾らなんでも大通りのど真ん中では、ということで2人だけで入って行ったけれど、それはいつものこと。
 止める者は誰もいなかった。

「…………ふぅ。ありがとうサラミス。お前はいつでも俺を助けてくれる。あいつの様に」
「もう。オレはそいつとは違いますよ」
「はは、そうだな。悪い。それでは戻ろう」

 パステルがサラミスにそう言い、彼は大通りに向かって足を向ける。
 サラミスも彼に続く。

「しかしサラミス、お前がカスミを狙っているとは知らなかったぞ」
「……」
「確かにカスミはいい女だがな?」
「……」
「ん? サラミス?」

 後ろから返事が返って来ないことを不思議に思ったパステルが振り返ろうとした瞬間、

 ドスリ

 彼の胸を短剣が貫いた。

「え……」

 2人が大通りに戻って来ることはなかった。



 2人を待つ騎士達は思い思いに話す。

「パステル様は一体どんだけかかっているんだ?」
「仕方ない。久しぶりに飲み過ぎていたようだしな」
「カスミのお陰で少し警備が楽になった。と言っていたぞ」
「まぁ、バレンティア侯爵の護衛が減ったのは流石に痛手だったからな」
「違いない。感謝しなければな」
「……でも、本当に奴は味方だと信じていいのか?」
「……分からん。しかし、パステル様は問題ない。そう言っておられた」
「だがな……」
「それよりも、そのパステル様は無事か? ちょっと見て来い」
「あ、はい」

 言われた騎士はパステルたちが入って行った裏路地に入っていく。そして、

「うわああああああ!!!」

 驚きの声を上げ、腰を抜かして地面に座り込む。

「どうした!」
「何があった!?」

 他の騎士たちが腰の剣に手をかけ走り込むと、そこには血だまりに沈む2つの影があった。

「パステル……様?」

 1人はパステルの着ていた服装だ。
 そして、もう一つはサラミスの着ていたものにそっくりだった。

「そんな……そんな!」
「急いでお体を屋敷へ! 足の早い者は屋敷へ向かい医者を叩き起こしておけ!」
「は!」

 ベテランの騎士はそう言って周りの騎士たちに動くように命令する。
 その間、血だまりにいる2人はピクリとも動かない。

 パステルとサラミスは、そのまま死亡が確認された。
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